ひらひらのあつまり

獅子倉 八鹿

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月が落ちる夜

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 裏通りには、点々と灯りが灯っていた。
 時折通る車の音と、表通りから微かに聞こえる声だけが、心地よいランニング空間を作り出していた。

 後数分で休息を迎えようとする信号が、青に変わる。
 黒のランニングシューズを一歩、横断歩道に向かって進めた。

「月がぁ、ヤバいっすねぇ」

 もう一歩、進むことは出来なかった。
 文豪の名文をアルコールに浸した挙句握りつぶしたような言葉を、私の横にある壁が吐きだしたのだ。

 壁の向こうから、頭から足元まで派手な女の子が顔を覗かせた。
 付きすぎて邪魔としか思えないベルトを揺らしながら、私の前に立ち塞がる。

「おじさん、駅ってどっち?」
「この道をまっすぐ行って、十字路を左に曲がってすぐの分かれ道を右」

 自分の来た道を振り返り、業務的に返答をした。

「ありがとーございまっす!」

 かろうじて礼儀はあったようだ。
 私に向かってお辞儀をするが、アルコールがお辞儀を深くさせる。
 下を向いた拍子に、金髪が横に揺れた。

「――っと」

 こんな奴相手でも身体は動いた。
 腕を掴み、そのままゆっくりとしゃがみこませる。

「ごめんねぇ、おじさん」
「まだ35だ」
「私からしたらおじさん」

 ヘラヘラと笑う女の子に、苦笑で返す。
 街頭が照らす女の子の顔は、予想とは違い女を感じさせた。

 ゆっくり立ち上がる女と一緒に私も立ち上がり、来た道に向かって歩を進める。

「おじさん、道案内してくれるの?」
「ジョギングのついでだ」
 喜びに満ちた声を右耳で受けながら、目線を左側に逃がす。

『推し』とやらのライブを見に、遠方から来たこと。
 その『推し』は活動を終了するらしく、今日がラストライブだったこと。
『チェキ』とやらを何枚も撮ろうとしたが、先にファンと撮影している『推し』の笑顔を見て、そのまま会場を出たこと。

 終始、右側から話しかけられる。

 騒がしい散歩は嫌いだ。
 嫌いだが、徐々に歩幅を縮まっていた。

「なんで月が綺麗だったらぁ、好きだってなるの」
「知ってるんだな」
「偉い人のセリフなんしょ? 動画で見たー」

 色々違う。

 表通りの赤信号で、歩幅を並べる。
 私は空を仰ぐ。
 ゆっくりと、金髪が揺れる気配がした。
「わからんが」
「わからんが?」
「綺麗なものは、大切な人と味わいたいだろ」

 横で唸る声がする。
 目線を右に移すと、大袈裟なくらい顔に皺を寄せ、首を傾げている。

「まず『すきぴ』が綺麗だし」
「な、なんだ」
「すきぴめちゃくちゃ綺麗」
「だからなんだ、その『すきぴ』って」
「『すきぴ』の意味知らないとか、やっぱりおじさんだ」

 女の顔が一気に笑顔に変わる。
 心臓が少しだけ、高揚する。
 急いで顔を左に背け、不機嫌そうに咳払いをした。

 隣から聞こえる笑い声を、まだ聞きたい。
 そんな気の迷いまで頭をよぎってしまう。

 決して伝えることのない考えを頭の隅に追いやりながら、横断する。

 駅はほんのりと暖かく照らされていた。
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