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彼女(だった)
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アキラは、呆然としながらため息をついた。
目の前に対峙するのは何の変哲もない下駄箱だ。
ただ、靴箱に置かれたアキラの靴の前にはハートのシールが貼ってある。
犯人は、一人しか思いつかなかった。
しかし、犯人像が浮かんでいたところで、アキラにはどうしようもない。
面倒な奴と関わっちまった。
少し力を入れ、ハートの脇に爪を入れる。
半球のように膨らんでいたそれは、赤い軌跡を描きながらどこかへ飛んで行った。
◇
ミヤコ。
それは、アキラが先日別れを切り出した相手である。
友達が在籍しているからと頻繁に立ち寄っていた生徒会。
用事もないのにたむろしていたメンバーの中に、ミヤコはいた。
業務中でも業務中でなくても、会計と書かれたテーブルに座り、よく言えば柔和、悪く言えば印象に残らない。
それが、アキラから見たミヤコの印象だ。
そんなミヤコが、アキラに声を掛けたのは蝉が名残惜しげに鳴く頃だった。
「先輩、好きです」
友人を訪ねて入室した生徒会室には友人の姿は見えず、ミヤコだけがぼんやりと座っていた。
アキラが、友人が戻るまで待つと伝えた後、まるで日常会話のやり取りのように、その言葉が発せられた。
「え?」
「付き合ってください」
さらりと聞き流しそうになるのを止めたアキラの鼓膜に、再度告白の言葉が触れた。
◇
あの時、タイミング良く失恋していなければ。
あの時、冷静になっていれば。
ホームルーム前の騒がしい教室。
朝練を終わらせた運動部が去っていくグラウンドを眺めながら、アキラは思いを巡らせる。
◇
ぼんやりとした後輩に、心が焼き切れる程好きになった人を忘れさせることなど不可能だった。
「別れよう」
アキラとミヤコが最後に一緒に帰った日。アキラが数ヶ月付き合った彼女に伝えた言葉は、別れの言葉だった。
苦虫を噛み潰したような表情のアキラと違い、その言葉を聞いたミヤコは顔色一つ変えなかった。
「なんで」
放っておけば空気中に散っていきそうな言葉が向けられ、アキラは更に奥歯を噛み締める。
癒えない失恋の痛みを吐露したアキラを、責めることも慰めることもせず、ミヤコはアキラをぼんやりと見つめるだけだった。
◇
チャイムが鳴り、アキラは目の前に掛けられた時計に目をやる。
時間を知るのと同時に、時計の枠に貼られたハートのシールがアキラの目に飛び込んだ。
小さいながらに照明を反射するハートから、あのぼんやりとした目線が向けられている気持ちになり、身震いをする。
アキラは、先程飛ばしたハートから乱暴に目を背けた。
◇
次の日の朝。
アキラはスマホの画面を睨みつけていた。
画面には、ミヤコの連絡先が映っている。
『別れたんだから付きまとうな』
『毎日毎日俺の見えるところにシール貼るな』
文章を打っては消し、打っては消しを繰り返す。
赤いハートのシールは、別れてから毎日、至る所に貼られていた。
下駄箱、靴、教室はもちろん、日によってはアキラの通学鞄に付いているキーホルダーにまで貼られている。
今日は、机に貼られていた。
ハートが、ミヤコの瞳に見える。
シールを捨てたゴミ箱から、目線が向けられているように思う。
やめろと連絡するのも、ミヤコの思うつぼではないか。
彼女は、まだ俺を諦めていないのだ。
彼女なりの、気味の悪い意思表示なのだ。
アキラは『これ以上付きまとわず諦めてくれ』と入力した文章を削除し、スマホを制服のポケットにねじ込んだ。
◇
実際に送った訳ではないが、その日を境にハートのシールは姿を表さなくなった。
一日、二日。三日。
監視するようなシールから逃げた日を重ねていくにつれ、アキラは落ち着いて日々を過ごすことが出来ていた。
それからもっと日を重ね、首元にマフラーを巻く頃。
大学生活を夢見るアキラの下駄箱前に、ピンク色の包みを抱えたミヤコが座り込んでいた。
足音に気づいたのか、ミヤコはアキラを捕捉し、勢い良く立ち上がる。
「先輩、やっぱり付き合いましょう」
空気中に霧散するような言葉に、アキラは目眩を覚えた。
目の前に対峙するのは何の変哲もない下駄箱だ。
ただ、靴箱に置かれたアキラの靴の前にはハートのシールが貼ってある。
犯人は、一人しか思いつかなかった。
しかし、犯人像が浮かんでいたところで、アキラにはどうしようもない。
面倒な奴と関わっちまった。
少し力を入れ、ハートの脇に爪を入れる。
半球のように膨らんでいたそれは、赤い軌跡を描きながらどこかへ飛んで行った。
◇
ミヤコ。
それは、アキラが先日別れを切り出した相手である。
友達が在籍しているからと頻繁に立ち寄っていた生徒会。
用事もないのにたむろしていたメンバーの中に、ミヤコはいた。
業務中でも業務中でなくても、会計と書かれたテーブルに座り、よく言えば柔和、悪く言えば印象に残らない。
それが、アキラから見たミヤコの印象だ。
そんなミヤコが、アキラに声を掛けたのは蝉が名残惜しげに鳴く頃だった。
「先輩、好きです」
友人を訪ねて入室した生徒会室には友人の姿は見えず、ミヤコだけがぼんやりと座っていた。
アキラが、友人が戻るまで待つと伝えた後、まるで日常会話のやり取りのように、その言葉が発せられた。
「え?」
「付き合ってください」
さらりと聞き流しそうになるのを止めたアキラの鼓膜に、再度告白の言葉が触れた。
◇
あの時、タイミング良く失恋していなければ。
あの時、冷静になっていれば。
ホームルーム前の騒がしい教室。
朝練を終わらせた運動部が去っていくグラウンドを眺めながら、アキラは思いを巡らせる。
◇
ぼんやりとした後輩に、心が焼き切れる程好きになった人を忘れさせることなど不可能だった。
「別れよう」
アキラとミヤコが最後に一緒に帰った日。アキラが数ヶ月付き合った彼女に伝えた言葉は、別れの言葉だった。
苦虫を噛み潰したような表情のアキラと違い、その言葉を聞いたミヤコは顔色一つ変えなかった。
「なんで」
放っておけば空気中に散っていきそうな言葉が向けられ、アキラは更に奥歯を噛み締める。
癒えない失恋の痛みを吐露したアキラを、責めることも慰めることもせず、ミヤコはアキラをぼんやりと見つめるだけだった。
◇
チャイムが鳴り、アキラは目の前に掛けられた時計に目をやる。
時間を知るのと同時に、時計の枠に貼られたハートのシールがアキラの目に飛び込んだ。
小さいながらに照明を反射するハートから、あのぼんやりとした目線が向けられている気持ちになり、身震いをする。
アキラは、先程飛ばしたハートから乱暴に目を背けた。
◇
次の日の朝。
アキラはスマホの画面を睨みつけていた。
画面には、ミヤコの連絡先が映っている。
『別れたんだから付きまとうな』
『毎日毎日俺の見えるところにシール貼るな』
文章を打っては消し、打っては消しを繰り返す。
赤いハートのシールは、別れてから毎日、至る所に貼られていた。
下駄箱、靴、教室はもちろん、日によってはアキラの通学鞄に付いているキーホルダーにまで貼られている。
今日は、机に貼られていた。
ハートが、ミヤコの瞳に見える。
シールを捨てたゴミ箱から、目線が向けられているように思う。
やめろと連絡するのも、ミヤコの思うつぼではないか。
彼女は、まだ俺を諦めていないのだ。
彼女なりの、気味の悪い意思表示なのだ。
アキラは『これ以上付きまとわず諦めてくれ』と入力した文章を削除し、スマホを制服のポケットにねじ込んだ。
◇
実際に送った訳ではないが、その日を境にハートのシールは姿を表さなくなった。
一日、二日。三日。
監視するようなシールから逃げた日を重ねていくにつれ、アキラは落ち着いて日々を過ごすことが出来ていた。
それからもっと日を重ね、首元にマフラーを巻く頃。
大学生活を夢見るアキラの下駄箱前に、ピンク色の包みを抱えたミヤコが座り込んでいた。
足音に気づいたのか、ミヤコはアキラを捕捉し、勢い良く立ち上がる。
「先輩、やっぱり付き合いましょう」
空気中に霧散するような言葉に、アキラは目眩を覚えた。
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