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ボタンをください
しおりを挟む桜はまだ開花しなかった。今年は寒さが尋常ではなかったから仕方がないのかも。
ロマンチックな桜の演出なんて必要ないとも思った。
今日は卒業式だ。
大好きな先輩が、この高校を去ってしまう日。
先輩とは同じ委員会だった。先輩は委員長で、私は下っ端。キビキビ動き、やる気のない委員会の面々を動かしていた。
すごい。とてもできない。
それが最初の感想。
それから先輩に夢中になった。
友達からはストーカー扱いされてしまったけど、色々と調べた。
先輩は帰宅部で、有名な塾に通ってる。しかも成績優秀。
何でも完璧にこなしていそうだけど、運動……特に球技……は苦手らしい。そして彼女は……いない!
このちょっとした周辺調査。これで自分には限界だった。
告白するなんて。付き合うなんて。
そんなの無理!
そう思っていた。友達に指摘されるまでは。
「アンタさ、その大好きな先輩が卒業するのに何もしないの?」
心に風が吹いた。
先輩がいなくなる。当たり前の事実が心をかき乱す。
「で、でも……」
「後悔するよ、いいの?」
そう言う友人の目は笑ってなくて。
誤魔化して笑っている自分が恥ずかしくなった。
そこからだ。
私はオシャレやスキンケアに気を遣うようになった。
まで影でひっそりと活動していた委員会も積極的に活動したし、先輩に声を掛けるようになった。
そして最後の委員会。私は、次期の書記になり、書記をしていた先輩からノートなどの引き継ぎをした。
その引き継ぎが終わった頃には、私と先輩しか教室に残っていなかった。
今だ、行くんだ。強気な自分が顔を出す。
「先輩!」
自分が発した声に胸が高鳴る。
「何でしょう」
もう引き返せない。やるしかない!
「卒業式の日、式が終わったらこの教室の前で待ってます!」
顔が熱い。鼓動が早い。
「今じゃ、いけませんか?」
予想外の反応に私は面食らってしまった。
「あっ、あの! いや今日じゃなくて卒業式の日が……」
「そうですね……卒業式当日の予定が分からないのでお待たせするかもしれませんが良いですか?」
「……っはい! ずっと待ちますから! それでは!」
私はそう言い残すと全力疾走で自分の教室に戻った。
その日から1週間程過ぎた今日。今日がその当日だ。
帰りのHRが終わって、一目散に目的地を目指す。
面白いくらい人混みが少ない教室の前には、もう先輩が立っていた。
「先輩! あの、その、待たせましたか!」
「大丈夫です、10分位ですから」
先輩は腕時計を見ながら答える。
先輩を待たせてしまった。予想外の状況に頭がパンクしそうになる。
落ち着け。自分に言い聞かせるが、余計頭がパニックになる。
「気にしないでください。貴女が先日慌てていたので、急ぎの用かと思い早めに来てしまいました」
それで、と先輩は姿勢を正す。
「ご要件は……?」
今だ。
「先輩の第2ボタン、私にください!」
私は頭を下げる。これで伝わってくれるだろう。
「ブレザーのですか?」
「はい!」
「いやでも……これ……」
先輩が困惑している。もしかして。
先輩、好きな人がいるんだろうか……?
涙が溢れてきた。思わずその場にしゃがみこむ。
「え、ちょっと。泣かないでください」
「あの、だって」
私の言葉は、もう言葉になっていない。ただの単語の羅列だ。
「僕のブレザーと貴女のブレザー、デザインが違うから貴女は使えませんよ?」
予想外の返答に、更に私は混乱した。
私の代で制服のデザインが変わり、ブレザーのボタンも変わってしまった。
先輩は何を考えているのだろう……。
「――え、あ、もしかして」
先輩が狼狽しているのが分かる。
もしかして先輩、気づいてくれたの……?
「うちの高校はブレザーですよ?」
「ひゃい」
「ブレザーだから、第2ボタンは心臓から離れてますよ?」
「ふぁい」
「私の勝手な想像だったら申し訳ないのですが……もしかしてわたしに好意が?」
「はい!」
私は涙を拭って立ち上がる。少しよろけてしまったのを先輩が支えてくれた。
「先輩の事が、好きですっ」
神様お願い、ボタンを、先輩を下さい。
「私ので良ければ、喜んで」
先輩の顔を覗き込む。
先輩の顔も真っ赤で、こんな先輩を見るのは初めてで。
「やった……」
そして、私は先輩のボタンを握りしめて泣くのだった。
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