パンジャンゴーレム

いみじき

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 ツグミの姿を最近見かけない理由がわかった。
「じゃーん、履くゴーレム!!」
 ホバーで浮いて走れる靴作っていたらしい。それを履いて走り回っていたから、顔に腕白小僧みたいな絆創膏いくつも貼り付けている。こんなエルフ見たことがない。
「いいんじゃねえか。靴自体の重さと百メートルごとにチャージしなきゃいけない状況以外は」
「それはこれから改良すんの! へへ、これは絶対売れるぜ!」
 発想は面白いし称賛したい。うまくすれば軍用だって夢ではないだろう。
 ただその改良をするのが最終的にルベルカ任せになりがちなところが。そして手柄はツグミのものになる。腑に落ちない。
 わかっている。腑に落ちないが、この役目はルベルカでなくていい。所長だっていいし、他にもできる奴はいるだろう。
 それでも殆どルベルカが基礎から作り直して改良してやっと商品化したものがほぼ発案者の手柄になるというのは、モチベーションが下がるものだ。
(仕事やめよーかな。やめて何になるんだ? 町工場の現場監督か。売春してたほうがまだしも稼げるな。安賃金で磨き上げた技術を安売りすんの、やだなあ。俺は一流のラボで働ける技術と知識があんのに)
 そういえば、ミミズ。ツグミの言うとおりに作ったらうまくいった。死にたい。
「死にそうな顔だな、ルベルカ」
「死にそうだからな」
「だから言ってるだろう。淫魔の君は好きな奴といいセックスして、充実した仕事をするべきだと」
「そんな結婚して子供産んで育てるのが女の幸せみたいに」
「淫魔の身体的な話をしているんだ。君がしているのは運動もしないで日光を浴びずジャンクフードばかり食べて睡眠不足で仕事をしているのと大差がない。不健康なんだ」
 そこまで不健康なのか。呆然とした。
 セフレでも作ろうか。後腐れないやつを。アオイでは後腐れありすぎる。
 ルベルカは、アオイと駄目になれば立ち直れない。
「思うに、俺が枕営業でもしたらいいんじゃねえかな」
「るーべーるーかー」
 アオイが笑顔でルベルカの前髪を掴んで引き上げた。アオイのこめかみに青筋浮かんでいる。
「客と寝たら殺すぞ?」
「………」
 離され、こくこく頷く。こういうときの所長には逆らってはいけない。
「淫魔って不思議なくらい、好きな人とセックスしたがらないんだよね」
「どうでもいいやつとばっか寝るんだよなー」
「……恥ずかしがり屋」
 シグマまで会話に加わった。普段ろくに口もきかないくせをして。
(そうだよ恥ずかしがり屋なんだよ淫魔ってのは。好きな人ととは口もきけないし目も合わせらんない。駄目になるのが怖くて近づけないし拒否されたら死にたくなる。そういう自分が重いの分かってるから自重する)
 引き継いだパンジャンボールに改良を加えながら栄養剤をすする。ああ、肌の調子悪い。たぶん内臓も悪い。目も痛いし肩も痛いし頭も痛いし、何もかも悪い。
 どんなにいい夢見せてもらっても、現実ではないからガッカリする。
 ルベルカは、所長の言うとおり名誉など、どうでもいい。ただ、凄いと褒められたい、所長に。アオイに。あの優しい声と笑顔で凄いぞルベルカと言われたい。
 だが現実問題、なにひとつ凄くない。褒められたところで所長のほうがはるかに上手く出来ることばかり。ミミズひとつうまく作れない。死にたい。死にたい……クスリがほしい。
 そう、薬物に頼ってたのはストレス解消の意味もあった。このやるせない現実をやり過ごすために。
 場違いなのかもしれない。やはり一流のラボで働くなどという大それた夢を持たなければよかった。淫魔の分際で。現場監督でもしていたほうがずっと身の丈に合っている。
 くよくよしながらパンジャンボールにストレスを全部ぶつけた。試作すると柵を破壊するほど威力が上がっていてガッツポーズした。

***

「やばいね、ルベルカ」
「このままだと辞めるんじゃないの、ほんとに」
 ツグミとヴィルトレンが独り言のように呟く。明らかにこちらへ向けて。
「あのクラスの術式線を読める奴はそういない。もしルベルカが辞めたら自分の作品は自分で仕上げてもらうことになるぞ」
「俺なんか自分で仕込んだ術式線も読めなくなるのに」
「潰れるんじゃないかなあ、うち」
 はじめはいなかったのだから、潰れるということはないだろう。アオイもいる。
 だが、それ以上に逃す気はない。
(まったく手のかかる……)
 ふっと苦笑し、試験場に足を向けた。スパイクボールが縦横無尽に走り回っている。シュールな光景だ。ルベルカはそれをただ静かに眺めている。
「ルベルカ?」
 声をかけると無表情で振り返った。
「どうしてそんなに我慢をする? 壊れる前に訳を言ってくれないか」
「………自分の不甲斐なさが悔しいだけです」
「不甲斐ないのか?」
「ミミズひとつうまく作れない」
 なぜそこでミミズ?
 そういえば人工筋肉でミミズのおもちゃを作ろうとしていたことがあったか。
「よくも人工筋肉なんかであれを作ろうと思ったが。相当難しい設計を紙の片隅に」
「ツグミのやり方でやったら上手くいきました」
「実際に作るとアルゴリズムで躓くぞ普通」
「俺なんかいくらでも代わりが」
「ルベルカ?」
 呆れて笑ってしまった。スパイクボールが鉄の壁に何度も体当たりしてガンガンぶつかる音が響く。トゲがひとつ弾け飛んだ。
「就活してるとき、俺より学歴の低いやつがどんどん採用されていった。淫魔だから? 俺が使えないから……?」
「淫魔で堅実な奴は相当珍しい。面接ごときじゃお前の仕事はわからんだろうさ。
 これはあまり言いたくなかったが……うちで引き抜きの話が一番多いのは君だ」
「ひきぬき?」
 不安そうにルベルカが眉を下げ、アオイを見上げる。その背後でトゲが三つ弾けて空に飛んだ。
「あいつらの作った作品に必ず連名してるだろう。それらの作品が誰のおかげで完成したか、いい人材が欲しい鵜の目鷹の目の連中はちゃんと知ってる。大金を積まれたこともあった。君の耳に届かないよう、君に直接スカウトがいかないよう、ずっと守ってきた。
 トランクいっぱいの金よりも価値のある、君が必要だから」
「所長が……俺を、守っ……」
 かあ、とルベルカは赤面した。おやおやそこなのか。トランクいっぱいの金より価値あることよりも。
「引き抜きの話があるってことは、俺は町工場で働かなくていいのかな」
「なぜ町工場」
「俺なんかそのくらいしか働き口がないと思って」
 職歴のない新卒の淫魔のマギテックと言われたら、それは働き口がなくて当然だ。淫魔は享楽的で今さえよければそれでいい種族なのだから。ルベルカのような例外がいるなど考えられないほどに。
「しかし、今は幾多の実績を作っているだろう。新卒の時とは訳が違うんだ。所長待遇にするからどうか譲ってくれと言われたのも一度や二度じゃない」
「でも、所長のほうがずっと凄いし」
 またくよくよしはじめた。一流ラボで所長待遇がどれほど凄いか。それが何件もあったことがどれほど凄いか。そんなことより、ルベルカにとっては眼の前のアオイなのだ。
「俺よりも君のほうが凄いことはあるぞ」
「え」
「君のほうが術式を読んで仕上げるのが速い。三馬鹿に仕上げまでやらせたら何年かかるかわからん。それよりはあいつらの頭の中身を吐き出させたほうが効率がいいんだ。それを可能にしているのは君だろう。俺ではこうはいかない」
 スパイクボールがバウンドして跳ね落ち、ついに沈黙した。
「俺が監督し、奴らが作り、君が仕上げる。最高の環境だ。永遠には続かない、今だけだ。だから奴らのアイデアを可能な限り今のうちに絞っておく。
 俺が引退すればラボは君の天下だ。新しい才能を雇うなり……」
「いんたい」
 ルベルカの白い頬が青ざめた。きつめの瞳が潤んでいる。
 ああ、もう。愛しい。最初から最後までアオイのことしか考えていないではないか……何のスイッチが入ったのか、沈黙したはずのスパイクボールが震えてよろよろと動き出した。
 アオイはルベルカの頬を包み、額に額をつける。
「嘘だ。ずっと一緒だとも」
「……」
 すん、とルベルカは鼻を鳴らした。ああ、もう。どうせプロポーズしても素直には受け取らないくせに、面倒な。この子が何を怖がっているか知らないが、こうして一つ一つ解さねばならないのだろう。ただでさえ淫魔の恋は厄介なのだ。
「少しは気が晴れたか?」
「はい」
 あまりスッキリという顔ではないが、死にそうな顔をしていないだけよしとしよう。
「あ、あの……」
「ん?」
「所長は…………」
 言いかけて、俯いてしまった。アオイも無理に聞き出さなかった。淫魔の心は繊細だ。面倒だと言う者もいるかもしれないが、アオイにはそれも愛しい。
(早くお前を抱きしめて、キスをして、どろどろに甘やかしてやれる日がくるといいな)
 ルベルカの頭をぽんぽんと撫で、工房へ戻った。
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