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聖女の章
44.救いたい
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屋敷に戻って来てから今日まで毎日、夜更けに彼女が帰って来るのを待つのが日課になっていた。
それはつまり、初日から今日まで彼が指名した夜伽の相手が彼女だけだという事。
自分の時も確か五日連続で指名されたが、この分だと彼女は更にその日数が伸びるかもしれない。それほど彼は、勇者アリオンは賢者セリナにご執心だった。
正直、毎日その綺麗な目を泣き腫らしながら帰って来るセリナを見ると、こちらまで悲しくて胸が痛くなる。
(あの日……わたくしが嘘を述べていれば何かが変わったのでしょうか?)
セリナの部屋の前で佇む美少女、聖女フィリアが思い出すあの日とは、初めてウルスス村でセリナに会った時の事。
セリナの挨拶も終わり、さあ出発だという時になって、セリナが大きな声で一人の青年の名前を呼んだ。
そして人混みを掻き分けて現れたのは、とても綺麗な顔をした一人の青年。その青年を見た瞬間、誰もがセリナの恋人なのだと認識した。
その青年を見たアリオンが突然フィリアの名前を呼んだ。そして、彼はフィリアにこう訪ねた。
「彼女は………セリナは処女かい?」
「……………え?」
フィリアには、聖女の力の一つなのだろう不思議な目が備わっていた。
フィリアは女性をひと目見ただけで、その女性が処女なのかそうでないかが分かるのだ。
処女であれば身体から白く薄い光を放っており、そうでない場合は光を発していない。
セリナは白い光を発していた。つまり、まだ彼とはしていない穢れの無い純血だという事。
言葉に詰まるフィリア。アリオンの目的は分かっている。
セリナと繋がりたいのだ。『勇者の加護』を付与し、そのまま性行為に至り、そのまま彼女を夜伽の相手にする。
それは二年前、フィリア自身が経験した事。処女だったフィリアが、勇者アリオンから勇者の加護を付与された為に処女を失った。
直前まで知らされなかった。アリオンは、少し触れるだけだと言っておきながら、直前で真実を伝えて来た。
断るフィリア。その頃のフィリアにも想い人が居たのだ。聖女の称号を授かった以上、その想い人とは残念ながら同じ世界を生きられなくなってしまったが、それでも初めては自分の好きになった相手と望むのは、きっとどんな女性でも同じだろう。
しかし、結局はアリオンに処女を捧げる事になる。勇者の加護を付与されないと高確率で命を落とす。そうなれば、両親が悲しむと諭されたのだ。
フィリアが聖女になった事で、小さな子爵家の当主だったフィリアの父は、いきなり侯爵という地位を与えられた。
貴族で一番地位の高い爵位は公爵だが、公爵とは王族が与えられる地位。王族以外の者で与えられる最高の地位が侯爵であり、フィリアの父は貴族で最も位の低い子爵から、最高位の侯爵を与えられた。
上級貴族の世界とは毎日が腹の探り合い、相手を蹴落とす為の戦いに、常に身を投じている様なものだ。下級貴族の父や母が、いきなりそんな世界に入ったのだ。まさに気の休まる暇など無いだろう。
そんな両親を、フィリアは魔王討伐が終わったら支えようと決心していた。なので、命を落とす訳にはいかなかったのだ。
「分かっているね?正直に答えるんだよ」
セリナを見つめながら、アリオンはフィリアに呟いた。
もしも嘘を付き、セリナが処女では無いと言えばどうなっていただろう。
既に他人の男に身体を捧げた者など、アリオンは興味を示さなかっただろうか?それとも、あの美しさの前には瑣末な事だと勇者の加護を付与しようとするだろうか?
結局、フィリアは正直に答えた。そうしないと、いざ勇者の加護を付与する事になった場合に嘘がバレてしまうし、もし嘘が原因で勇者の加護を付与されないと、セリナはきっと戦いで命を落としてしまう。
(わたくしの選択は………正しかったのでしょうか………)
二年前の自分と今のセリナが重なる。勇者の加護を付与される一回だけ身体を許す、そう思っていたのに実際はその後も続く夜伽の日々。
日を追うごとに、心とは関係なく身体が快楽に堕ちていく。絶頂しやすい身体へと変わり、愛液の分泌量も増えて、やらしい身体へと変化していく。
次第に擦り切れて行く心を守る為に、アリオンとの行為を仕事と割り切る事にした。
行為自体を「お務め」と称して、心を閉したままアリオンに抱かれた。そうする事で、上辺だけはアリオンとも仲良く出来たし、サージャに心配をかける事も無かった。何より、自分の心を守る事が出来た。
(わたくしはそれで何とかなりましたが………セリナは………)
自分の時とセリナが決定的に違うのは、セリナには許嫁が居るという事。
それはこの五日間、毎日セリナを励ます過程で聞いた話。あの時ウルスス村で見た青年を恋人だと思っていたのだが、彼は恋人の更に上、許嫁だと聞かされた。
つまり、既に結婚の約束をしている間柄であり、そんな存在が居ながら毎日アリオンに抱かれているセリナ。
(セリナの苦しみは………当時のわたくしの比では無い………)
このまま思い詰めて、自死する危険性すらある。セリナの性格を考えれば、その可能性も否定出来ない。
助けなければならない。救ってあげなくてはならない。
あの日、セリナに一目惚れしてしまったフィリア。心の底からセリナを愛してしまったが、だからと言って許嫁に嫉妬などしない。
思うのは、セリナが幸せになって欲しいという思いと、何故自分達がウルスス村を訪れる前にセリナとの初体験を終わらせなかったのだという、アルトへの理不尽な怒気。
せめて、初めての相手がアルトだったなら、今の状況でもセリナはもう少し救われていたのかもしれない。そう思うと、そこに至らなかったアルトに対して静かな怒りが込み上げて来る。
(これは………わたくしの手前勝手な怒りですわね………でも、セリナは毎日辛い思いをしているのですよ……?)
しかし、そのアルトは此処には居ない。セリナを救える一番の存在は此処には居ないのだ。
ならば、自分が何とかしなければならない。毎日心を擦り切らせているセリナを、セリナの心の負担を少しでも減らしてあげなくては。
ここ三日間は、ついに始まったセリナの修行で毎日朝から夕刻まで一緒に居るフィリア。アリオンはサージャと共に別メニューの訓練をしており、昼間はアリオンと一緒にはならない。それがセリナにとっては、せめてもの救いだった。
しかし、それもあと数日の事。数日後には、アリオンとサージャもセリナ達の修行に合流して、本格的に勇者パーティとしての全体的な訓練に突入する。そうなれば、セリナは朝から夜中まで、ほとんどの時間をアリオンと過ごす事になる。嫌でも思い出したく無い事を色々と思い出してしまうだろう。
(何とか………わたくしが何とかしなくては………)
瞳に強い意思を浮かべるフィリア。その時、セリナがいつものように覇気の無い足取りで戻って来た。
「セリナ………」
ああ、また生気の無い虚空を見つめる様な瞳。心底疲れ果てた、そんな力の無い表情。
これで五日、とても見ていられない痛ましい顔を見る事になったフィリア。毎晩この顔を見る度に、本当に自分はセリナを救えるのだろうかと不安になる。
「………いつもありがとう……フィリア」
ふらふらとフィリアに近づき、力無くフィリアに抱き着くセリナ。セリナに抱き着かれ、そう言葉を掛けられたその瞬間、思わず涙が込み上げて来るフィリア。
「そんな事………ッ!!」
苦しいのはセリナなのに、誰かを気遣う余裕など無い筈なのに、ありがとうと言ってくれたセリナ。愛おしさが込み上げて来て、フィリアは力いっぱいセリナを抱きしめた。
「………フィリア……?」
「わ、わたくしが………わたくしが必ずセリナの心を………」
それ以上は言葉にならなかった。暫く誰も居ない廊下で抱き合い、そしていつものように二人はセリナの部屋へと入って行った。
それはつまり、初日から今日まで彼が指名した夜伽の相手が彼女だけだという事。
自分の時も確か五日連続で指名されたが、この分だと彼女は更にその日数が伸びるかもしれない。それほど彼は、勇者アリオンは賢者セリナにご執心だった。
正直、毎日その綺麗な目を泣き腫らしながら帰って来るセリナを見ると、こちらまで悲しくて胸が痛くなる。
(あの日……わたくしが嘘を述べていれば何かが変わったのでしょうか?)
セリナの部屋の前で佇む美少女、聖女フィリアが思い出すあの日とは、初めてウルスス村でセリナに会った時の事。
セリナの挨拶も終わり、さあ出発だという時になって、セリナが大きな声で一人の青年の名前を呼んだ。
そして人混みを掻き分けて現れたのは、とても綺麗な顔をした一人の青年。その青年を見た瞬間、誰もがセリナの恋人なのだと認識した。
その青年を見たアリオンが突然フィリアの名前を呼んだ。そして、彼はフィリアにこう訪ねた。
「彼女は………セリナは処女かい?」
「……………え?」
フィリアには、聖女の力の一つなのだろう不思議な目が備わっていた。
フィリアは女性をひと目見ただけで、その女性が処女なのかそうでないかが分かるのだ。
処女であれば身体から白く薄い光を放っており、そうでない場合は光を発していない。
セリナは白い光を発していた。つまり、まだ彼とはしていない穢れの無い純血だという事。
言葉に詰まるフィリア。アリオンの目的は分かっている。
セリナと繋がりたいのだ。『勇者の加護』を付与し、そのまま性行為に至り、そのまま彼女を夜伽の相手にする。
それは二年前、フィリア自身が経験した事。処女だったフィリアが、勇者アリオンから勇者の加護を付与された為に処女を失った。
直前まで知らされなかった。アリオンは、少し触れるだけだと言っておきながら、直前で真実を伝えて来た。
断るフィリア。その頃のフィリアにも想い人が居たのだ。聖女の称号を授かった以上、その想い人とは残念ながら同じ世界を生きられなくなってしまったが、それでも初めては自分の好きになった相手と望むのは、きっとどんな女性でも同じだろう。
しかし、結局はアリオンに処女を捧げる事になる。勇者の加護を付与されないと高確率で命を落とす。そうなれば、両親が悲しむと諭されたのだ。
フィリアが聖女になった事で、小さな子爵家の当主だったフィリアの父は、いきなり侯爵という地位を与えられた。
貴族で一番地位の高い爵位は公爵だが、公爵とは王族が与えられる地位。王族以外の者で与えられる最高の地位が侯爵であり、フィリアの父は貴族で最も位の低い子爵から、最高位の侯爵を与えられた。
上級貴族の世界とは毎日が腹の探り合い、相手を蹴落とす為の戦いに、常に身を投じている様なものだ。下級貴族の父や母が、いきなりそんな世界に入ったのだ。まさに気の休まる暇など無いだろう。
そんな両親を、フィリアは魔王討伐が終わったら支えようと決心していた。なので、命を落とす訳にはいかなかったのだ。
「分かっているね?正直に答えるんだよ」
セリナを見つめながら、アリオンはフィリアに呟いた。
もしも嘘を付き、セリナが処女では無いと言えばどうなっていただろう。
既に他人の男に身体を捧げた者など、アリオンは興味を示さなかっただろうか?それとも、あの美しさの前には瑣末な事だと勇者の加護を付与しようとするだろうか?
結局、フィリアは正直に答えた。そうしないと、いざ勇者の加護を付与する事になった場合に嘘がバレてしまうし、もし嘘が原因で勇者の加護を付与されないと、セリナはきっと戦いで命を落としてしまう。
(わたくしの選択は………正しかったのでしょうか………)
二年前の自分と今のセリナが重なる。勇者の加護を付与される一回だけ身体を許す、そう思っていたのに実際はその後も続く夜伽の日々。
日を追うごとに、心とは関係なく身体が快楽に堕ちていく。絶頂しやすい身体へと変わり、愛液の分泌量も増えて、やらしい身体へと変化していく。
次第に擦り切れて行く心を守る為に、アリオンとの行為を仕事と割り切る事にした。
行為自体を「お務め」と称して、心を閉したままアリオンに抱かれた。そうする事で、上辺だけはアリオンとも仲良く出来たし、サージャに心配をかける事も無かった。何より、自分の心を守る事が出来た。
(わたくしはそれで何とかなりましたが………セリナは………)
自分の時とセリナが決定的に違うのは、セリナには許嫁が居るという事。
それはこの五日間、毎日セリナを励ます過程で聞いた話。あの時ウルスス村で見た青年を恋人だと思っていたのだが、彼は恋人の更に上、許嫁だと聞かされた。
つまり、既に結婚の約束をしている間柄であり、そんな存在が居ながら毎日アリオンに抱かれているセリナ。
(セリナの苦しみは………当時のわたくしの比では無い………)
このまま思い詰めて、自死する危険性すらある。セリナの性格を考えれば、その可能性も否定出来ない。
助けなければならない。救ってあげなくてはならない。
あの日、セリナに一目惚れしてしまったフィリア。心の底からセリナを愛してしまったが、だからと言って許嫁に嫉妬などしない。
思うのは、セリナが幸せになって欲しいという思いと、何故自分達がウルスス村を訪れる前にセリナとの初体験を終わらせなかったのだという、アルトへの理不尽な怒気。
せめて、初めての相手がアルトだったなら、今の状況でもセリナはもう少し救われていたのかもしれない。そう思うと、そこに至らなかったアルトに対して静かな怒りが込み上げて来る。
(これは………わたくしの手前勝手な怒りですわね………でも、セリナは毎日辛い思いをしているのですよ……?)
しかし、そのアルトは此処には居ない。セリナを救える一番の存在は此処には居ないのだ。
ならば、自分が何とかしなければならない。毎日心を擦り切らせているセリナを、セリナの心の負担を少しでも減らしてあげなくては。
ここ三日間は、ついに始まったセリナの修行で毎日朝から夕刻まで一緒に居るフィリア。アリオンはサージャと共に別メニューの訓練をしており、昼間はアリオンと一緒にはならない。それがセリナにとっては、せめてもの救いだった。
しかし、それもあと数日の事。数日後には、アリオンとサージャもセリナ達の修行に合流して、本格的に勇者パーティとしての全体的な訓練に突入する。そうなれば、セリナは朝から夜中まで、ほとんどの時間をアリオンと過ごす事になる。嫌でも思い出したく無い事を色々と思い出してしまうだろう。
(何とか………わたくしが何とかしなくては………)
瞳に強い意思を浮かべるフィリア。その時、セリナがいつものように覇気の無い足取りで戻って来た。
「セリナ………」
ああ、また生気の無い虚空を見つめる様な瞳。心底疲れ果てた、そんな力の無い表情。
これで五日、とても見ていられない痛ましい顔を見る事になったフィリア。毎晩この顔を見る度に、本当に自分はセリナを救えるのだろうかと不安になる。
「………いつもありがとう……フィリア」
ふらふらとフィリアに近づき、力無くフィリアに抱き着くセリナ。セリナに抱き着かれ、そう言葉を掛けられたその瞬間、思わず涙が込み上げて来るフィリア。
「そんな事………ッ!!」
苦しいのはセリナなのに、誰かを気遣う余裕など無い筈なのに、ありがとうと言ってくれたセリナ。愛おしさが込み上げて来て、フィリアは力いっぱいセリナを抱きしめた。
「………フィリア……?」
「わ、わたくしが………わたくしが必ずセリナの心を………」
それ以上は言葉にならなかった。暫く誰も居ない廊下で抱き合い、そしていつものように二人はセリナの部屋へと入って行った。
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