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迷宮挑戦の章

閑話.寂しい夜にー中編ー

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「ふぅ……何か凄く久しぶりな気分」


 およそ二ヶ月ぶりに訪れた大衆浴場。今年で二十一歳になったイリアーナだが、これまでの人生において風呂に入った経験など、この大衆浴場が出来た十八歳の時まで皆無だった。


「この開放感……やっぱりいいのよね」


 浴場には自分の他に誰も居ない。まさに貸し切り状態で、イリアーナは思わず口端が緩む。
 正直、風呂はかなり好きだ。では何故たまにしか来ないのかと言うと、やはり自分の裸を他人に見られるのに抵抗があるからだ。いくら同性とは言え、見ず知らずの誰かに裸を見られるのはやはり恥ずかしい。


「フンフフーン♪今日は誰も居なくてラッキーラッキー♪」


 大好きな風呂、誰も居ない開放感から、身体を洗いながらつい鼻歌を歌ってしまうイリアーナ。普段の完璧な受付嬢の姿からは想像出来ない、イリアーナの素の部分だった。

 しかし、貸し切り状態だったのも束の間、イリアーナが頭を洗っているその時、浴場のドアが開いて誰かが入って来た。しかしちょうど頭を洗い流している最中で、目を閉じているイリアーナにはその姿を確認する事ができない。


(あ……誰か入って来ちゃった………)


 せっかく今日は一人でのんびりと湯に浸かれると思っていたのに、誰か来たのであればあまり長湯はしたくない。
 心底残念な気持ちになりながら、頭に付いた泡を湯で洗い流す。とにかく、どんな人が入って来たのかだけでも早く確認したかった。
 
 その時である。桶を片手に持ち、もう片方の手で髪を流している両手の塞がったイリアーナの後ろから、未だその姿を確認出来ていないその人物の手が伸びて来た。しかも、いきなりイリアーナの豊かな双丘を鷲掴みしてきたのである。


「えっ!?はっ……!?ちょ……な、何!!?」


 謎の人物に後ろから胸を揉みしだかれるイリアーナ。弾力のある綺麗なその胸は、揉まれる度に形を変える。


「ちょっと……!い、いやっ!」


 身体を捻じったりして何とか振りほどこうとするのだが、その手は離れてくれない。それどころか、誰のものか分からないその手は、イリアーナの胸の突起をキュッキュッと刺激し始めた。


「あんっ!ちょっ……んんっ!や、やめて……いやぁ!」


 乳首を刺激されて、思わず悶えるイリアーナ。その時、イリアーナの後ろから手の人物であろう者の、クスクスとした笑い声が聞こえた。この声には聞き覚えがあった。


「え……もしかしてファナ!?」
「あははは!せいかーい!気持ち良かったイリアーナ?」
「ば、馬鹿な事言ってないで早く手を放して!」
「えー、イリアーナのおっぱい大きくて柔らかいから、揉んでると気持ちいいんだけど」


 そう言いながら、更に揉みしだくファナ。挙げ句の果てに、薄紅色の綺麗な乳首に指を往復させる。次第に、イリアーナの乳首に硬さが帯びて肥大してゆく。


「ああっ!ちょ、ちょっと本当にやめて………あんっ!」
「おやおや~?何か乳首硬くなって来たよ~?もしかして感じてたりする?」
「し、しないわよ!んんっ、ほ、本当にやめて………誰か来たら………」
「あ、もう閉めて来たから誰も来ないよ。あたしとイリアーナだけの貸し切り~」


 貸し切り。それは非常に嬉しいが、だからと言って今の状態を続けて良い理由にはならない。
 ファナに胸を揉まれながらも、何とか髪を洗い流し終えるイリアーナ。ようやく自由になった両手で、ファナの腕をギュッと掴んだ。


「はぁはぁ……もう、何考えてるのよ!?」
「んー、スキンシップ?」
「それにしては激し過ぎでしょ!」


 イリアーナの激しい突っ込みを笑顔で流しつつ、イリアーナの手から開放されたファナは、マイペースに自分の身体を洗い始める。

 幼馴染であるイリアーナとファナは、お互いの事を知り尽くしている。昔は互いの家に頻繁に泊まりに行っていたし、湯で身体を拭く時に相手の裸だって何度も見ている。
 でもそれは、まだ少女の頃の話であって、大人になってからはそういう機会も無くなっていた。ましてや、こんな風に身体を触られる事自体、初めての事だった。


「またまたぁ、そんな事言ってるけど彼氏と別れて寂しい思いしてるんでしょ?」
「い、いつの話よ……もう二年よ?」
「ありゃ、じゃあ二年間彼氏居なくて、毎日自分で慰めてるんだ?」
「毎日じゃないし!」


 そう言った瞬間、墓穴を掘った事に気付く。「毎日じゃないし」とはつまり、たまには自慰行為をしていると告白したようなものだ。

 顔を真っ赤にして恥ずかしがるイリアーナ。そんなイリアーナを、ニヤニヤした顔で見るファナ。もちろん、ファナも裸なのは言うまでもない。


「へぇ、そうなんだぁ、イリアーナみないな美人でもするんだぁ」
「うう……そ、そういうファナはどうなのよ……彼氏居るの……?」
「え?ああ、今は居ないよ。半年前に別れちゃったから」


 実は半年前までは居たという事実を突きつけられたイリアーナ。確かに、ファナはこの明るい性格と話しやすい雰囲気も相まって、昔から男女問わず人気者だった。なので、別に彼氏が居た事に対しては驚かないのだが、その事実を知らなかった事に何故か少しだけ悲しみが湧いて来た。


「そう……なんだ……半年前まで居たんだ……」
「ん?何かテンション低くない?」
「だって………何も知らなかったから」


 昔は、何処に行くのも何をするのも一緒だったイリアーナとファナ。毎日同じ学園に通い、毎日一緒にお昼ご飯を食べて、毎日一緒に帰り、互いの家にも頻繁に出入りしていた。
 
 相手の事で知らない事など何一つ無かった。イリアーナが男の子に告白されれば、いの一番にファナの耳に入り、ファナに新しい友達が出来れば、次の日にはイリアーナとも友達になっていた。

 段々と距離が離れ始めたのは、やはり互いに就職してからだ。特にイリアーナの職業である冒険者ギルドの受付嬢は、高学歴、精神力の高さ、容姿の良さを兼ね揃えていないと就けない職業。
 更には新人の研修などもあり、イリアーナは受付嬢になると同時に半年もの間、受付嬢の研修で別の街へと行っていた。
 当然、ファナとは半年間離れ離れの生活。しかもその期間中に、イリアーナは研修先の先輩男性と恋に落ち、人生で初めての彼氏が出来た。


「おやおや~?もしかして嫉妬してたりする?」
「嫉妬って言うか……何も聞かされなかったのがちょっと寂しくて………」
「あはは、ごめんね~。イリアーナいつも忙しそうだから、話す機会無かったよ」


 そう、実際イリアーナは忙しい。受付嬢は激務なので、イリアーナ本人からしてもプライベートな時間はとにかく休みたいと思っている。特に新人の頃はそれが顕著で、研修の一件もあってファナとも距離が出来てしまった。


「そっか……でもわたしも新人の時に彼氏の事をファナに教えてあげられなかったから……」
「まさか彼氏連れて研修から戻って来るとは思って無かったけどね!」


 クスクスと笑う二人。あの時は、ファナが呆然としながら油の切れた機械のように、ギギギと首から音でも出そうな仕草で、イリアーナと彼氏の顔を交互に見ていた。それを思い出して、二人とも思わず笑いが込み上げてしまった。


「何かさ、こうしてゆっくり話するの久しぶりだよね」
「そうね。ファナも洗い終わったのなら、一緒にお湯に浸かろっか」


 広い湯溜めに二人で入る。二人は頭の上に思い切り腕を伸ばし、完全にリラックスしている。だが突然、ファナが意地悪そうな表情を浮かべてイリアーナに話し掛けた。


「そう言えばさっきのアレ、どれくらいの頻度なの?」
「アレ?」

 首を傾げるイリアーナ。ファナの言葉の意味が良く理解出来ない。 
 そんなイリアーナの耳に、ファナが小声で呟くように言う。


「オナニーだよぉ。毎日じゃないけどしてるんでしょ~?」


 カーッと顔が耳まで真っ赤に染まるイリアーナ。そうだった、そういう事をしている事実を先ほどファナに知られてしまったのだ。


「な……なな………」


 あっけらかんと、何という事を訊いてくるのだろうか。そもそも女の子がおおっぴらにしても良い話題ではないのに、それを何の恥ずかし気もなく訊いてくるなんて、いかにもファナらしいと言えばらしいのだがーーーー


「隠さなくてもいいじゃん。オナニーくらい、誰でもしてるよ?」


 誰でもしてる。それはつまり、ファナもしているという事なのだろうか。


「誰でもって………ファナもしてるの……?」
「んー、してるよ。週に一回ぐらいだけど」


 週に一回。イリアーナの場合は、月にニ、三回程度なのでファナの方が僅かに多いが、そんなには変わらない。
 

「そ……そうなんだ……」
「やっぱり彼氏が居ないとさ、性欲だけは解消出来ずに溜まっていくじゃん?もう仕方無いよね」


 それは同感である。イリアーナとて、男性との性行為が嫌いな訳ではない。寧ろどちらかと言うと好きなのだが、如何せん相手が居ないのであれば自分でするしか無いのだ。


「でもやっぱり、自分でしててもあまり気持ち良く無いよね。何かイクにイケないって言うか」


 熱い。顔がとても熱い。これは決して、湯に浸かっているからでは無い。幼馴染の口から止まる事なく出続ける下ネタに、恥ずかしい気持ちでいっぱいなのだ。


「そ、そう?わ、わたしは別に………」


 嘘だ。確かに気持ち良いが、彼氏としていた時ほどの快感など得られた事は無い。だからと言って、仕事が忙し過ぎて彼氏を作る機会も、ましてや作る気も今は無い。

 しかしイリアーナの声が届かなかったのか、ファナは天井を眺めながら何事かを考えている様子だった。そして不意に、イリアーナが耳を疑うような事を言い出したのである。


「そうだ!ねえイリアーナ、今からあたしとしてみようよ!」


 その言葉は、イリアーナの鼓膜を揺らしながら、しっかりと彼女の胸に浸透してゆくのだった。


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