Dazai & JK

牧村燈

文字の大きさ
12 / 15
第1章 太宰とJKが過ごしたある初夏の日々

第12話 初夏のエピローグ

しおりを挟む
 6月13日。太宰治の命日に、私は姉と一緒に太宰先生のお墓のある禅林寺に行った。ここに来るのは5月の満月の日以来だ。桜桃忌の行われる6月19日よりは人が少ないと聞いていたが、それでも先生のお墓にはお参りの列が続いていた。

 梅雨入りしてグズグズした空に、お寺の周りを彩る紫陽花がよく映えていた。花にはその花を美しく見せる季節がある。春は菜の花、夏は向日葵、秋は秋桜、冬は椿と同じように、紫陽花はこの季節だからこそ美しい。

 私は、今の私に映える花を咲かせよう。きっとまた迷ったり、悩んだり、苦しんだりもすると思うけど、それでもいつもその時その時に出来る精一杯の力を注げばいい、ということを知った。出来る出来ないは関係ない。だよね、先生。

 いつも自由奔放に生きていると思っていた姉も、実は悩み多き乙女だったのだと気づいた。そんなことは今まで考えたことすらなかったが、そうでなければ突然家を出たりするはずがないことに、やっと思い至ったのだ。私は今まで何を見ていたのだろう。ほんの少し視野が広がっただけでこんなにも違う景色が見える。それは両親に対しても言えることだった。ああ、私って、ホント至らな過ぎだ。だけど、それは落ち込むようなことでもないことを、私は知っている。太宰先生ならきっとこんな風に言うだろうと。

『それは君にとって、千載一遇の僥倖であるかも知れない』

 家を出る前と今の姉を比べると、目の前の姉はとても清々しい顔をしている。一人暮らしは何かとお金も入用で、極貧生活だよ、と言うけれど、きっと必死に何かに頑張っているんだろうなと思う。

 頑張れ、お姉ちゃん。出来る出来ないは関係ない。私が、応援するから頑張れ。大好きなお姉ちゃん。ありがとう。ずっとずっと私を見ていてくれて本当にありがとう。私が今まで言えずにいた、言いたかった言葉たちが溢れ出す。

「おねえちゃん、あのね」

 ポツリと雨が落ちてきた。サーっという音に地面が包まれて待ち人たちの傘が開いた。赤に黄色、黒に青もあるにはあるが、一番多いのは透明傘だ。色とりどりと表現するには少し憚られるけれど、今日の私の気分ならこれも色とりどりということにしていいんじゃないかなと思う。

 隣で姉が赤のストライプの折りたたみ傘を少しずらして空を見上げた。グレーな空。黙って私の話を聞いていた、端正な顔立ちの姉の円らな瞳から、一粒の滴が溢れた。その滴が雨粒と混じりあって、丁度しずくちゃんの形になってツーと頬を伝う。我が姉ながらこれは真珠か翡翠かというレベルの美しさだなと思う。姉の泣き顔を見たのも多分初めてだ。

「あ」

 あともう少しになった列の向こうに、どこか落ち着かなそうなあの懐かしい黒い影が見えた。例によって顔は見えないので、どこを見ているか分からないけれど、先生のことだから多分私を見ているんだろうと感じた。ま、今日は満月じゃないから、触れないよ、先生。

 少し恥ずかしかったけど、私は先生に手を振った。更に困ったように上を向いた太宰先生が、私に向かって腰の辺りで小さく手を振り返した。胸の奥で何かがギュッとなるのを感じる。熱く紅潮した頬を姉に見られないようにと、傘で顔を隠したが、あいにく私の傘は透明傘、ちゃんと隠せたかどうかはかなり疑問だった。

(完)
しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―

ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」 前世、15歳で人生を終えたぼく。 目が覚めたら異世界の、5歳の王子様! けど、人質として大国に送られた危ない身分。 そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。 「ぼく、このお話知ってる!!」 生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!? このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!! 「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」 生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。 とにかく周りに気を使いまくって! 王子様たちは全力尊重! 侍女さんたちには迷惑かけない! ひたすら頑張れ、ぼく! ――猶予は後10年。 原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない! お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。 それでも、ぼくは諦めない。 だって、絶対の絶対に死にたくないからっ! 原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。 健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。 どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。 (全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)

まほカン

jukaito
ファンタジー
ごく普通の女子中学生だった結城かなみはある日両親から借金を押し付けられた黒服の男にさらわれてしまう。一億もの借金を返済するためにかなみが選ばされた道は、魔法少女となって会社で働いていくことだった。 今日もかなみは愛と正義と借金の天使、魔法少女カナミとなって悪の秘密結社と戦うのであった!新感覚マジカルアクションノベル! ※基本1話完結なのでアニメを見る感覚で読めると思います。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

異世界帰りの少年は現実世界で冒険者になる

家高菜
ファンタジー
ある日突然、異世界に勇者として召喚された平凡な中学生の小鳥遊優人。 召喚者は優人を含めた5人の勇者に魔王討伐を依頼してきて、優人たちは魔王討伐を引き受ける。 多くの人々の助けを借り4年の月日を経て魔王討伐を成し遂げた優人たちは、なんとか元の世界に帰還を果たした。 しかし優人が帰還した世界には元々は無かったはずのダンジョンと、ダンジョンを探索するのを生業とする冒険者という職業が存在していた。 何故かダンジョンを探索する冒険者を育成する『冒険者育成学園』に入学することになった優人は、新たな仲間と共に冒険に身を投じるのであった。

処理中です...