生贄にされた少年。故郷を離れてゆるりと暮らす。

水定ゆう

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53話 真夜中の死臭

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 チェリムさんの馬車は、少し速度を落とし、ゆったりとしたスピードで車輪を回す。
 馬の蹄が土煙を上げる音、ガタガタと揺れる車輪の回る音。それらが耳の奥へと、心地よく流れてきた。

 それもそのはず、未だに少女は眠ったまま。
 リュウラン師匠に襲った、満腹感を出す正露丸を無理矢理口の中に押し込んだものの、溶けるまでにしばしの時間がかかる。

 その欠点を考慮して、僕とリーファさんは名前のわからない少女を横にして、互いに向かい合うスタイルから、横に隣り合っていた。

「よく眠っていますね」
「あの薬には、満腹効果以外に睡眠効果もあるからかも。そのおかげで、体力の回復も早いと思うよ」

 僕もよく教わった。
 師匠から教わったこの薬は、作るのが簡単な割に、一粒食べれば一週間以上、何も食べなくてもいいので、コスパに最適。

 ただしクソまずい。
 吐きそうなほどまずいのが特徴で、意識が途切れて味覚がなくなっている時じゃないと、とてもじゃないが飲めやしない。

 それこそ僕みたいに、何度も何度も飲んで慣れてきた人間には、もはや何ともない味だが、リーファさんが一度食べた時は、人舐めしただけで、吐瀉物としゃぶつが吐かれていたっけな。

「ですがあんなまずいものをよく食べられますね」
「慣れだよ慣れ。慣れれば大抵なんとかなるから」
「慣れ? その理屈だと、あのまずい正露丸を何度も食べたように聞こえますが」
「うん。もう千回以上は食べてるよ。最初は不味すぎで、すぐに吐き出してたけど、今じゃ平気。懐かしいぐらいだよ」

 僕がそう口にすると、「懐かしい?」と引き攣った顔でリーファさんが嫌煙した。

 そんな顔をされるとは思ってなかった。
 これじゃあ僕が異常みたいじゃないか。まあ、そうなんだけどさ。

 走行しているうちに時間はあっという間に過ぎ去っていた。

 空は次第に青空から夕焼け色に様変わりし、自然と空は真っ暗になる。
 これはそろそろ夜営が必要かもしれない。

 ここまでおよそ半日。
 少女はまだ起きない。その上、チェリムさんもテンションがハイになっていて、目の奥がぎらついていた。

「チェリムさん、そろそろ野営にしましょう。近くの木のそばにでも停めてください」
「わかったニャ」

 時刻の程はどれくらいだろう。
 多分もう真夜中だ。ここまでして、まだ十キロぐらいある。流石に遅すぎだ。

「それじゃあご飯にするニャ」
「ご飯って、今からですか?」
「そうだニャ。ついつい走りすぎたニャ」

 走りすぎたニャ。じゃないですよ。
 だってもう真夜中。にもかかわらず、チェリムさんは大きな鉄鍋と落ちていた木々を拾い集めて、焚き火を起こそうとしていた。

「まさか今から料理をするんですか?」
「そうだニャー。これが一番の楽しみニャ」

 それはわかる。
 食べることは、一番の楽しみだ。

 しかしその材料の数はなんだ。
 流石にこの時間に鍋物は、時間がかかりすぎる。一体いつ寝るつもりなんだろう。

「じゃあ早く皆んなで準備するニャ」
「準備って、一体何を作るんですか?」
「何って、鍋ニャよ? 鍋は皆んなを仲良くさせるニャ」

 チェリムさんのテンションは高かった。
 これは否定できない。それを悟ると、僕とリーファさんは憐れんだ顔から、落胆に差し代わる。

 量も量で、料理の準備を手伝おうとした。
 しかししゃがみ込んだ瞬間、僕の鼻先をつんざいた。

「うわぁ!?」
「ど、如何したニャ!」

 チェリムさんが驚く。
 リーファさんも剣の塚に手を添える。

 僕も自然とナイフに手が差し掛かり、振り返る。
 そこには黄色に光る無数の何か。

 暗闇の中に溶け込んでいて、何がいるかはわからない。
 しかし僕は一瞬で理解する。

 この臭いは血だ。
 しかも飢えた血の臭いだ。

「あれは、なんでしょうか?」
「多分モンスターだよ。この森、モンスターの縄張りだったんだ」

 焚き火の火を近づけると、暗闇の中に光る黄色いものの見た目がはっきりとした。
 そこにいたのは、何匹ものコヨーテ。
 四本の脚を揃えて、僕たちを狙う獣の目をしていた。
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