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第二章 脱OL
第七話 12月5日(金)
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杏がログインしました。
杏がログアウトしました。
(今日もナツキ来ないんだ…。どうしたのかな。忙しいのかな。それとも愚痴ばっかりの私の相手が嫌になったのかな…。)
どれ程落ち込んだとしても、気分を理由に欠勤をすることが出来なかった杏子は、火曜日以降も通常通りに出勤し、明日には週末を控えていた。
杏子の心に滞る暗い思いには、自己嫌悪にとどまらず、必要以上に陰湿に詰る先輩への憎悪も少なからずある。これが学生の頃であれば、迷いなく自主休講を決め込み、一日家から出ずに自己憐憫に浸っていたことだろう。
今の杏子がそうしないのは、社会人としての責任やモラルからというよりは、自らの失態に対し叱責を受けた翌日に、病欠などを装って欠勤の連絡をする勇気がないからというほうが正確である。何より、杏子を貶めた張本人に対し、自らの心の弱さをさらけだせる程、杏子は自尊心に欠けた人間ではなかった。
そして、今夜こそナツキと話せるに違いないという縋るような思いが、辛い日々を乗り切る杏子の拠り所となっていた。
もっとも、その願いは夜毎に打ち砕かれ、一日、また一日と失意が深まるうちに、やがては、もう二度とナツキと話すことはできないのではないかとすら思うようになった。
それでも、期待を込めてチャットルームにログインとログアウトを繰り返し、合間にネットサーフィンで気を紛らわして時間を潰していた杏子は、ふと検索サイトの右端に表示された広告に目を留めた。
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(在宅フリーランス…。)
現在の職場の、主に人間関係に悩まされている杏子にとって、その広告のキャッチコピーは、まるで曇天に差す一条の光のようであり、また、泥沼地獄から杏子を救い出してくれる天からの蜘蛛の糸のようにすら思えた。
杏子は、コンピューターソフトウェア開発会社において、海外との取引に関わる業務を一手に引き受ける渉外部に所属していた。会社の規模としては小さく、従業員は50人ほどであり、杏子のいる渉外部にはわずか四人の社員しか居ない。顧客との販売契約やライセンス契約を取り付けるのは営業部の仕事であり、受注内容について打ち合わせたりプログラム作成を行うのは開発部である。納入後の決済については経理部の管轄となり、客先でのシステム維持管理については顧客管理部が受け持つ。渉外部は、これらの各専門部署が外国の顧客と円滑にやり取りができるよう、主に通訳や翻訳をしたり、海外の法規制や市場の調査を行う役割を担っている。
入社四年目の杏子は、書面の英訳や海外との電話・メール対応を主たる業務としつつ、調査業務の補佐をしながら仕事を覚えているところだった。調査についてはまだまだ駆け出しであるものの、翻訳業務に関しては、他部署の外国人社員からも、ネイティブ以上の文章の出来であると何度も評価を受けている。杏子自身も、この本業については揺るぎない自信を持っていた。
とはいえ、社会人として四年目というのは、ようやく新人としての青臭さが抜けた程度のレベルにすぎず、専門スキルの熟達度以前の問題として、業務管理能力の経験の浅さは否めない。先日の杏子のミスも、そのような経験の浅さに由来するものであった。つまりは、単に、毎日山のように来る外国からのメールのうち、納期変更に関する非常に重大な連絡メールの処理を抜かしてしまったのである。処理済みのメールと新規メールを厳格に分けて管理したり、メールの見落としがないかのチェックをしたりと、自分なりのミス防止ルールのようなものが確立出来ていなかったせいである。
(翻訳専門のフリーランスになれば、得意な仕事に専念できる。納期を考えて受注量をコントロールすれば、一人でもやっていけるはず…)
転職という選択肢に取り憑かれた杏子は、期待と不安の狭間を行き来しつつも、ここ数日で初めて、ナツキのことで思い悩むことなく一日を終えることが出来た。
杏がログアウトしました。
(今日もナツキ来ないんだ…。どうしたのかな。忙しいのかな。それとも愚痴ばっかりの私の相手が嫌になったのかな…。)
どれ程落ち込んだとしても、気分を理由に欠勤をすることが出来なかった杏子は、火曜日以降も通常通りに出勤し、明日には週末を控えていた。
杏子の心に滞る暗い思いには、自己嫌悪にとどまらず、必要以上に陰湿に詰る先輩への憎悪も少なからずある。これが学生の頃であれば、迷いなく自主休講を決め込み、一日家から出ずに自己憐憫に浸っていたことだろう。
今の杏子がそうしないのは、社会人としての責任やモラルからというよりは、自らの失態に対し叱責を受けた翌日に、病欠などを装って欠勤の連絡をする勇気がないからというほうが正確である。何より、杏子を貶めた張本人に対し、自らの心の弱さをさらけだせる程、杏子は自尊心に欠けた人間ではなかった。
そして、今夜こそナツキと話せるに違いないという縋るような思いが、辛い日々を乗り切る杏子の拠り所となっていた。
もっとも、その願いは夜毎に打ち砕かれ、一日、また一日と失意が深まるうちに、やがては、もう二度とナツキと話すことはできないのではないかとすら思うようになった。
それでも、期待を込めてチャットルームにログインとログアウトを繰り返し、合間にネットサーフィンで気を紛らわして時間を潰していた杏子は、ふと検索サイトの右端に表示された広告に目を留めた。
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杏子は、コンピューターソフトウェア開発会社において、海外との取引に関わる業務を一手に引き受ける渉外部に所属していた。会社の規模としては小さく、従業員は50人ほどであり、杏子のいる渉外部にはわずか四人の社員しか居ない。顧客との販売契約やライセンス契約を取り付けるのは営業部の仕事であり、受注内容について打ち合わせたりプログラム作成を行うのは開発部である。納入後の決済については経理部の管轄となり、客先でのシステム維持管理については顧客管理部が受け持つ。渉外部は、これらの各専門部署が外国の顧客と円滑にやり取りができるよう、主に通訳や翻訳をしたり、海外の法規制や市場の調査を行う役割を担っている。
入社四年目の杏子は、書面の英訳や海外との電話・メール対応を主たる業務としつつ、調査業務の補佐をしながら仕事を覚えているところだった。調査についてはまだまだ駆け出しであるものの、翻訳業務に関しては、他部署の外国人社員からも、ネイティブ以上の文章の出来であると何度も評価を受けている。杏子自身も、この本業については揺るぎない自信を持っていた。
とはいえ、社会人として四年目というのは、ようやく新人としての青臭さが抜けた程度のレベルにすぎず、専門スキルの熟達度以前の問題として、業務管理能力の経験の浅さは否めない。先日の杏子のミスも、そのような経験の浅さに由来するものであった。つまりは、単に、毎日山のように来る外国からのメールのうち、納期変更に関する非常に重大な連絡メールの処理を抜かしてしまったのである。処理済みのメールと新規メールを厳格に分けて管理したり、メールの見落としがないかのチェックをしたりと、自分なりのミス防止ルールのようなものが確立出来ていなかったせいである。
(翻訳専門のフリーランスになれば、得意な仕事に専念できる。納期を考えて受注量をコントロールすれば、一人でもやっていけるはず…)
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