君に捧ぐ花

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第九章 真実の端緒

第七十一話 贖罪のとき

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手短に、と、ぶっきらぼうに釘を刺され、杏子は躊躇う暇も与えられず、とにかく口を開いた。
「妹さんに…、真奈美さんに、付いていてあげないといけない事情は聞きました。どうか、私への怒りはひとまず忘れて、一経営者として聞いてください。伯母様が戻られる来週まで、私を太陽の庭のアルバイトとして、もう一度雇ってください。プライベートなことは抜きにして、仕事だけに徹します。宮部さんに謝罪しようとしたり、不快な思いをさせるようなことは、一切しないと約束します。ただ毎日ここへ来て、植物の世話を言われた通りにして帰ります。こちらにも上がりません。無事に真奈美さんが加古川へ発って、宮部さんが仕事に戻れるようになれば、もう二度とこちらには来ません。伯母様の家も出ます。だから、どうかお願いします。宮部さんと伯母様が今まで私にしてくださったことに対して、最後にお礼をさせてください。」
何の準備もなく口火を切った杏子だが、自分でも驚くほどにすらすらと、心のままに言葉を紡ぐことができた。少しでも想いが伝わればと、宮部が重い沈黙を破るその時まで、杏子は、目の前の男をじっと見つめ続けた。

「わかった。その言葉を違えないのなら、雇わせてもらう。勤務条件については、前と同じで。」
憮然とした態度はそのままに、宮部は杏子の望みを入れて、再び杏子の雇用主となることを承知した。
杏子は、心の底から安堵した。これで、静子との約束を何とか果たせそうであった。話は付いたので、これ以上、宮部をここに引き留めてはいけないと、杏子は早くも腰を上げた。
「ありがとうございます。じゃあ、早速作業に取りかかりますから、仕事の指示を下さい。」
先程まで切実に訴えかけていた女が、途端に淡白な口調で指示を仰いだので、宮部は僅かに瞠目したが、杏子の本気を見てとったのか、宮部もまた淡々と、的確に杏子に指示を与え、そして直ぐに二階へと姿を消したのだった。

二ヶ月ぶりに立ち入ったハウスには、杏子の見知った植物はほとんどなかった。より正確に言えば、以前と同じ種類の顔ぶれではあるのだが、大きさが違ったり、形が違ったりして、杏子が以前に世話をしていた個体とは別のものに入れ替わっているようだった。疑いようもなく、以前のものたちがほとんど売れてしまい、今ここにあるものは、四月に宮部が仕入れてきた新参者で、秋以降の売り出しに向けて養生のときを過ごす植物たちであった。

水遣り、葉の整理、施肥といった、以前に経験済の仕事に加え、今回は、梅雨時の今ならではの作業も加わった。多湿により病気や害虫が蔓延しやすいため、消毒剤や殺虫剤の散布が欠かせないのである。杏子が当惑したことは、それらの薬剤散布のための器材を、隣の坂下果樹園に借りに行かねばならなかったことである。
昨日の今日で、健の暴挙が保の耳に届いていないかもしれないとも思ったが、宮部の告げ口によるものか、はたまた健自身が白状したのか、保は弟の醜態をしっかりと把握しており、床に頭が着きそうな程、杏子に謝罪した。杏子の心情を考えて、暫くは健を杏子から遠ざけるが、いずれ必ず本人にも詫びに行かせると、保は杏子に固く約束したのだった。

太陽の庭での作業は、初日の日曜のみ二時間程で終えたが、翌月曜から約束の土曜日までは、以前と同じ朝九時から午後二時までの実働四時間で、昼休憩には、宮部の出張中と同様に、曽我の家に帰って過ごした。
仕事の指示は、朝出勤してきて直ぐに電話で指示を仰ぎ、終えた作業は都度メールで報告し、不明な点があればまた電話で確認をするという、対面のコミュニケーションが一切ない殺伐としたものだった。それでも、杏子の嬉しかったことには、電話の向こうの宮部の声が、当初は冷たく突き放すような口調であったのが、日を追う毎に自然なものへと変わり、全く返信のなかった作業報告のメールにも、わかった、了解、などの返信が届くようになったのである。それは、恋だの愛だのといった甘やかさとは程遠かったが、せめてもの罪滅ぼしのつもりで毎日通ってくる杏子にとっては、酬いとなるのに十分であった。
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