君に捧ぐ花

ancco

文字の大きさ
75 / 110
第九章 真実の端緒

第七十五話 受け入れられた謝罪

しおりを挟む
「チャンスをくれてありがとう。私、ずっとごめんなさいと言いたかったの。何もかも。真奈美さんのことを勝手に誤解して、宮部さんに酷い態度をとって、追い返したりして本当にごめんなさい。それから、坂下さんのところで会ったときも、私のことを心配してくれたのに、関係無いだなんて言ってごめんなさい。あと、佑さんにも、私…、二股しているのは宮部さんの方だって言っちゃって…。それも、申し訳無いです。でも、何より、宮部さんのことを、私ちゃんと信じなくて…。そのことが一番、ごめんなさい。」
杏子は、ずっと打ち明けたかった思いを吐き出すように、立て板に水の如く捲し立てた。宮部は、真剣に耳を傾けていた。
「そのことは、もういい。真奈美のことをきちんと話さなかった俺も悪かったと思う。」
「ありがとう。でも、話しにくかったのは、わかるから。あと、健さんとのことなんだけど…、あのときは、助けてくれて本当にありがとう。たまたま宮部さんが来てくれたから良かったけど、そうじゃなかったらと思うと…。あんなに忠告してもらってたのに、私全然わかってなかったんだって。それも、ごめんなさい。」
宮部は、当時を思い出したのか、少し眉根を寄せた。
「あれは、たまたまじゃなくて、県道で車がすれ違ったんだよ。その前に坂下から、どうも坂下の弟が一方的に言い寄ってるだけのようだって聞いてたから、万が一ってこともあるかと思って、Uターンしてついて行って車の中から見てた。何も無ければそのまま帰ろうと思ったけど、案の定。」
杏子は、宮部の勘の良さと親切心に感謝しつつも、自分の愚かさが堪らなく恥ずかしくなって、身を縮こまらせた。
「でも、あのときは、俺も言い過ぎた。すまん。」
確かに、酷い言葉で心を抉られたなぁと、杏子は思い返した。もっとも、宮部の心情を思えば無理からぬことであった。
「あと、その次の日に、伯母様が尋ねてきてくださったんだけど、そのときに、私、宮部さんの了承も得ずに、家族のプライベートなことを色々と伺ってしまって。それも、ごめんなさい。誰にも口外しません。」
杏子は、このときばかりは、俯いたり頭を下げたりせず、真っ直ぐ宮部を見据えて、そう約束した。宮部も、こちらは先ほどからずっとそうしているが、杏子にしっかりと視線を据えている。
「それは、伯母が勝手にしたことだから、岡田さんが謝ることじゃない。伯母から、ちゃんと詫びをもらっているから、気にしなくていい。いずれは、俺の口から話そうと思ってた。隠すつもりは無かったけど、それが岡田さんの不信感を招いた原因でもあるんだろう。」

謝れども謝れども、次々と謝罪を受け入れてくれる宮部に心底感謝しつつも、相変わらず岡田さんと余所余所しく呼ばれて、杏子は心が冷える思いだった。この一週間、心中で澱み渦巻いていた重苦しい感情が、謝罪と感謝の言葉という形で宮部に向かって吐き出されて、杏子の心は驚くほど軽くなっていたが、岡田さんと呼ぶ宮部の心情が表しているように、どれほど二人が語り合ったとしても、もう以前の甘い関係に戻ることはできないのだと、そう杏子は思い知ったのだ。

「最後に、もう一つ…、謝りたいことが…。」
「まだあるのか。」
杏子の言葉に被せるように、宮部は目を丸くしてそう言い、少し笑って見せた。呆れているのだろうが、嫌な笑みでは無かったことに、杏子は背中を押されたように感じた。
もう、宮部とは元には戻れないのだと、端からわかっていたことではあったが、それでも心の奥底で抱いていた微かな希望すら潰え、杏子は進退窮まった。失うものはもう何も無いのだと、そう思い知った杏子は、いよいよ宮部に最大の秘密を打ち明けて、正直に詫びるときが来たのだと、そう悟った。

「宮部さん、私、貴方にずっと隠していたことがあるの。それを打ち明けて、そのことをお詫びしたいと、そう思ってるんだけど、聞いてもらえますか?」
「なんだ、今更。さっきから、ずっと詫びっぱなしだと思うが。まぁ、どうぞ。」
宮部は、それほど深刻には捉えていないようだった。秘密を打ち明けるのだと前置きしたはずが、思いの外軽い調子で返されて、杏子は、若干の話しにくさを感じつつも、思い切って口を開いた。
「ここへ越してくる前の話だけど、関東に居たとき、私、チャットにハマってて…。」
もう、後には引き返せないと、杏子は覚悟を決めたのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

届かぬ温もり

HARUKA
恋愛
夫には忘れられない人がいた。それを知りながら、私は彼のそばにいたかった。愛することで自分を捨て、夫の隣にいることを選んだ私。だけど、その恋に答えはなかった。すべてを失いかけた私が選んだのは、彼から離れ、自分自身の人生を取り戻す道だった····· ◆◇◆◇◆◇◆ 読んでくださり感謝いたします。 すべてフィクションです。不快に思われた方は読むのを止めて下さい。 ゆっくり更新していきます。 誤字脱字も見つけ次第直していきます。 よろしくお願いします。

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

偽りの愛の終焉〜サレ妻アイナの冷徹な断罪〜

紅葉山参
恋愛
貧しいけれど、愛と笑顔に満ちた生活。それが、私(アイナ)が夫と築き上げた全てだと思っていた。築40年のボロアパートの一室。安いスーパーの食材。それでも、あの人の「愛してる」の言葉一つで、アイナは満たされていた。 しかし、些細な変化が、穏やかな日々にヒビを入れる。 私の配偶者の帰宅時間が遅くなった。仕事のメールだと誤魔化す、頻繁に確認されるスマートフォン。その違和感の正体が、アイナのすぐそばにいた。 近所に住むシンママのユリエ。彼女の愛らしい笑顔の裏に、私の全てを奪う魔女の顔が隠されていた。夫とユリエの、不貞の証拠を握ったアイナの心は、凍てつく怒りに支配される。 泣き崩れるだけの弱々しい妻は、もういない。 私は、彼と彼女が築いた「偽りの愛」を、社会的な地獄へと突き落とす、冷徹な復讐を誓う。一歩ずつ、緻密に、二人からすべてを奪い尽くす、断罪の物語。

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。 周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。  …彼は絶対に生きている。 そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。 だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。 「すまない、君を愛せない」 そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。 *設定はゆるいです。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

処理中です...