君に捧ぐ花

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第十二章 Beyond the Truth

第百六話 不器用な愛

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「なんで追いかけて来たんだよ!なんでこんなこと言わせるんだよ!こんなこと聞かなかったら、…お前は何の後腐れも無くアメリカに行けたのに!そこで家族に愛されて、いつかは他の男に愛されて。…杏子には、それがふさわしいんだ…。」
一歩間違えれば罵声となりうるほどの声量で杏子を怒鳴り始めた宮部は、次第にその勢いを落とし、最後には心の裡から絞り出すように言葉を紡いだ。その宮部の乱暴な言葉の裏には、確かに愛があるのだと、杏子は確信をもった。

杏子は思い出していた。いつかの宮部とのメールのやりとりで、それは実際には真奈美との遣り取りの体をとってはいたが、宮部は杏子を、人を愛せる人間だと、人に愛される人間だと、そう評価してくれたのだ。今もまた、杏子は家族に愛されるべき、誰かに愛されるべき存在なのだと、宮部はそう言っているのだ。真奈美の言は正しく、宮部はまだ杏子を想ってくれていた。それも、杏子の新たな門出の前に、自分の気持ちを押し殺してでも身を退いて、杏子の幸せを心から願うことができるほどに、宮部は杏子を愛してくれていた。
それは、杏子が思い描いていたような、甘く囁く愛の告白とはほど遠かったが、紛れもなく、宮部から杏子に向けられた激しいまでの愛の言葉だった。

(あぁ…なんて不器用な人!)

もとより、宮部への未練を断ち切れずにいた杏子の恋慕は、真奈美の激白にも動じず、宮部の居直りにも揺るがず、むしろ、宮部の愛を確信した今では、さらに勢いを増して炎のように杏子の身を焦がした。
身の内の熱く滾る想いに、思わず震えそうになる声で、杏子は宮部に問いかけた。

「あんなに…、あんなに怒ってたのに。私のこと、軽蔑してたんじゃなかったんだ?」
宮部は、まるで杏子を見ると不都合でもあるかのように、憮然とした表情でまた顔を背けていたが、杏子の問いには答えるように、ただ僅かに首を縦に振った。
「浮気も二股もしない?」
ぴくり、と、今度は杏子にもはっきりと判るほどに、宮部は眉を動かした。それでもこちらを見ようとはせず、やはり首を縦に振った。
「健くんに嫉妬したの?」
今やはっきりと眉根を寄せて、機嫌の悪さを隠そうともせず、宮部はまた首を縦に振った。
「私が宮部さんのこと、それほど好きじゃ無いって思って臍曲げてたの?」
宮部はもう堪えられないといった様子で、まるで目の前のおぞましいものから視線を遮るかのように固く目を瞑っている。それでも、杏子の問いには答えて、首を縦に振るのだった。

兼ねてから尋ねたかった問いを、最初こそ怖ず怖ずと聞き始めた杏子だったが、嫌々ながらも正直に答え続ける宮部に、杏子は次第に可笑しくなって仕舞いにはにやけてしまった。それでも、まだ赦してやるものかと、杏子はさらに問いを続けたのだった。

「私のこと、好きで好きで堪らなくて、かわいさ余って憎さ百倍だったの?私のこと、魅力的で綺麗だって思ってくれてるの?」
堪りかねた宮部が、おい、と大きな声を出して凄み、杏子を睨み付けたが、杏子は怯むどころか、声を上げて笑い出した。
「人が真剣に話してるのに揶揄うな!真奈美のふりをしたことは、悪かったと思ってる。済まなかった。」
「やっと謝った。」
一貫してふてぶてしく居直り続けた宮部だったが、ついに謝罪の言葉を口にして、杏子はもう、何もかもを水に流そうと決意した。結局の所、杏子と宮部は、おあいこ様、なのだ。

憑き物が落ちたように、すっかり晴れ晴れしい気分になった杏子は、今やっと、愛しい男を素直な気持ちで見つめることができて、自然と笑みが溢れた。
「ちゃんと聞かせて?真奈美ちゃんの言葉を借りるんじゃなくて、頷くだけでもなくて、宮部さんの言葉で、ちゃんと聞きたい。」
甘えて強請るように、杏子は宮部にそう言った。もう、どんな気持ちも隠さなくても良い、宮部も杏子も同じ想いを共有しているのだという確信が、杏子にそうさせた。
宮部は一瞬瞠目したが、すぐに顔を引き締めて、真っ直ぐ杏子の瞳を見つめた。これまでに宮部が見せた、探るような視線でもなければ、恨むような目つきでも無く、杏子の大好きな柔らかい瞳だった。
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