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序章
兵舎
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そこは、兵舎と言うには少々違和感のある場所だった。
無論、兵舎と言われて納得できる部分もある。床はコンクリートの打ちっぱなしだし、壁は板張りで壁紙や漆喰による化粧すらされていない。天井からぶら下がっている照明も、電球に傘がついているだけという、無粋なものだ。
それに、室内に並んでいる家具や調度品は、飾り気のまったくない実用性一点張りの品物ばかりだ。飾り気のまるでない金属フレームで組み立てられた二段ベッドに、引出の取っ手以外には突出した部分の見られない鍵付きロッカー。机や椅子も、頑丈で手荒に扱っても問題ない、頑丈だけが取り柄のゴツいものばかり並んでいる。
整理整頓されていることも違和感の正体ではない。何しろ、兵隊となって入営すれば、最初に教えられるのは徹底した規律であり、そこには決められた場所に決められた物を置く。ということも含まれるからだ。さらにはシーツの折り目やその長さなども、どのように整えればよいかを徹底的に叩き込まれる。それゆえに、荒くれ男たちが生活する兵舎であっても、雑然とすることはないのだ。
では、兵舎にそぐわないものがあるとしたら、それは何だろう。
その一つは、窓の側にきれいに並べられた鉢植えではないだろうか。
半地下式の構造のため、高いところにしか窓がないのだが、そこに鉢植えが並んでいるため、室内に入る明かりはその分少なくなる。だが、ここの住人たちはそれも気にならないようだ。
はっきり言って、高い値の付く花ではない。どこにでも咲いていそうなありふれた花なのだが、手入れをしている人の愛情がしっかり伝わるほど、美しい姿で咲き誇っている。
鉢植えには生きた花が飾られているのだが、壁に目をやると、逆さに吊るされたドライフラワーが、吊るされた制服とともにぶら下がっている。
どうやら、この兵舎の住人は、花を愛でるだけの心の余裕があるらしい。
さらに、室内をよくよく見渡してみると、他にもいろいろと目につくものがある。例えば、シーツや枕カバーに施された刺繍はどうだろう? モチーフとなっているものは鳥や蝶であったり、花であったりするのだが、少なくとも、普通の兵舎の中でこういったものを見かけることはほとんどない。それも当然で、軍から支給されたこれらの品に、勝手に手を加えることなど許されてはいないからだ。
他にも、鍵付きロッカーの上に並べられた鏡や櫛といった小物に、制服と共に吊るされた淡いピンク色のツーピースを見れば、兵舎に対する違和感の正体もわかるだろう。
この部屋の住人は、すべて女性なのだ。
丁度昼食も終わり、午後の課業の前の休憩時間ということもあり、ここの住人たちは、それぞれの時間を思い思いに過ごしていた。
恋愛小説に目を通している者もいれば、一針一針丁寧に施した刺繍が完成に近づいている者もいる。ベッドに寝転んでぼーっと天井を眺めている者もいるし、制服を身体に合わせるための裁縫に余念のない者もいる。
そんな彼女たちの憩いの時間は、壁に据え付けられたスピーカーから流れたサイレンによって、すべて中断させられてしまう。
続けて流れるメッセージに集中しているのか、部屋にいる全員が壁のスピーカーに注目した。
『警報! 警報! 西方より侵入する敵機あり。機数およそ二十。高度三〇。到達予想時刻は一五分後、一三〇五時』
次の瞬間、女性たちは驚くほど迅速に作業中だった物たちを片付けると、あっという間に兵舎から飛び出していった。
最後の一人が扉の鍵を外からかちりとかけると、室内には、鉢植えからほのかに漂う花の香りだけが残された。
無論、兵舎と言われて納得できる部分もある。床はコンクリートの打ちっぱなしだし、壁は板張りで壁紙や漆喰による化粧すらされていない。天井からぶら下がっている照明も、電球に傘がついているだけという、無粋なものだ。
それに、室内に並んでいる家具や調度品は、飾り気のまったくない実用性一点張りの品物ばかりだ。飾り気のまるでない金属フレームで組み立てられた二段ベッドに、引出の取っ手以外には突出した部分の見られない鍵付きロッカー。机や椅子も、頑丈で手荒に扱っても問題ない、頑丈だけが取り柄のゴツいものばかり並んでいる。
整理整頓されていることも違和感の正体ではない。何しろ、兵隊となって入営すれば、最初に教えられるのは徹底した規律であり、そこには決められた場所に決められた物を置く。ということも含まれるからだ。さらにはシーツの折り目やその長さなども、どのように整えればよいかを徹底的に叩き込まれる。それゆえに、荒くれ男たちが生活する兵舎であっても、雑然とすることはないのだ。
では、兵舎にそぐわないものがあるとしたら、それは何だろう。
その一つは、窓の側にきれいに並べられた鉢植えではないだろうか。
半地下式の構造のため、高いところにしか窓がないのだが、そこに鉢植えが並んでいるため、室内に入る明かりはその分少なくなる。だが、ここの住人たちはそれも気にならないようだ。
はっきり言って、高い値の付く花ではない。どこにでも咲いていそうなありふれた花なのだが、手入れをしている人の愛情がしっかり伝わるほど、美しい姿で咲き誇っている。
鉢植えには生きた花が飾られているのだが、壁に目をやると、逆さに吊るされたドライフラワーが、吊るされた制服とともにぶら下がっている。
どうやら、この兵舎の住人は、花を愛でるだけの心の余裕があるらしい。
さらに、室内をよくよく見渡してみると、他にもいろいろと目につくものがある。例えば、シーツや枕カバーに施された刺繍はどうだろう? モチーフとなっているものは鳥や蝶であったり、花であったりするのだが、少なくとも、普通の兵舎の中でこういったものを見かけることはほとんどない。それも当然で、軍から支給されたこれらの品に、勝手に手を加えることなど許されてはいないからだ。
他にも、鍵付きロッカーの上に並べられた鏡や櫛といった小物に、制服と共に吊るされた淡いピンク色のツーピースを見れば、兵舎に対する違和感の正体もわかるだろう。
この部屋の住人は、すべて女性なのだ。
丁度昼食も終わり、午後の課業の前の休憩時間ということもあり、ここの住人たちは、それぞれの時間を思い思いに過ごしていた。
恋愛小説に目を通している者もいれば、一針一針丁寧に施した刺繍が完成に近づいている者もいる。ベッドに寝転んでぼーっと天井を眺めている者もいるし、制服を身体に合わせるための裁縫に余念のない者もいる。
そんな彼女たちの憩いの時間は、壁に据え付けられたスピーカーから流れたサイレンによって、すべて中断させられてしまう。
続けて流れるメッセージに集中しているのか、部屋にいる全員が壁のスピーカーに注目した。
『警報! 警報! 西方より侵入する敵機あり。機数およそ二十。高度三〇。到達予想時刻は一五分後、一三〇五時』
次の瞬間、女性たちは驚くほど迅速に作業中だった物たちを片付けると、あっという間に兵舎から飛び出していった。
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