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夏休み編 ー東の街カルディナー
第三十七話 : 薬屋の店主、リュウ
しおりを挟む突然やってきた刺客。レンと呼ばれる少年は、刃をこちらに向けつつ、後ろにいるリュウと話している。持っている魔法式はどれも戦闘用ではない。かろうじて足止めぐらいはできるものの、なにせ買い物目当てで来たからな⋯⋯
後ろと両側は簡単には登れそうにない壁、唯一の出口には二人の敵。リュウはまだしも、この包帯少年相手に今持ってる魔法式で対応できるかどうか。くそっ、こうなるなら一旦家に戻って⋯⋯いやでも、そしたら団員は⋯⋯
「⋯うおっ!?」
考え込んでいると、いきなりレンが下から回り込み攻撃を仕掛けてくる。団員でも半数以上が反応できないであろうその速度に、思わず肝を冷やす。身体強化をしていなかったら、重症だったかもしれない。一歩下がり距離を取るも、防御壁には小さな切り傷、そして血が付いていた。
あれ、俺どこも切られてないよな⋯⋯となると、この血はあの短刀に付いていた⋯?まだ血が液体状って事は、直近のもので⋯⋯もしやあの引きずってた団員のものか!?
つまりはリュウとレン、二人して団員を襲ったってことか?リュウが運んで、レンが切る。最悪、団員はもう⋯⋯⋯ていうか、レンは上から降ってきたんだよな。登れそうなのは両隣の家だけど、見た所縄も無いし、どうやって登ったんだ?団員もきっと屋根の上にいるっぽいが、いまいち登り方が分かんねぇ⋯⋯が、とりあえず今は逃げるのが最優先だな。団員も連れて帰るのが一番いいが、それは難しい。一度転移魔法で帰ってから応援を呼ぶか。
転移魔法の魔法陣を、足元に落とす。魔法陣にのみ使える認識阻害魔法もかけておいたからバレる心配はないだろうが、目的地が遠い分、準備が完了するまでに時間がかかる。持ってきた魔法陣も一枚だけだから、一旦どこかにを中継する事もできない。だから完了するまでの時間を稼ぐしかない。
「なぁリュウ、なんで団員なんか襲うんだ?」
目の前のレンを警戒しつつ、遠くで壁に斜め掛けながら腕を組んでいるリュウに聞く。
「⋯⋯うーん、そうだね。レイが順位を上げるんなら教えてあげる。試しにほら、錬を倒してみなよ」
「順位ってなんなんだ」という疑問も、レンの攻撃を躱す際にどこかへ飛んでしまった。矢継ぎ早にやって来る刃は、一つ一つが重く、防御壁に傷を打つ。微妙に長さも違うこと、取る距離が変わってくるのがも対処が難しい理由の一つだ。
完了時間まであと三分、この調子で避け続けられたらいいんだけど⋯⋯
「ちょこまか、ちょこまか鬱陶しい⋯⋯」
レンがボソッと呟く。聞き取れなかった俺は少しの間動きを止め、レンの方を向いた。しかし、レンの姿はどこにもなかった。
瞬間、斜め上から物凄い速さの物体が防御壁に傷を付けた。右上、左下、上⋯⋯次から次へ、いつの間にか傷が付いているこの状況に、戸惑いつつも目を凝らす。すると、物凄い速さの物体の正体が、レンであることに気がついた。怒りをあらわにするレンを、避けるのは不可能に近かった。
ありえない、あまりにも人間離れしすぎている。能力値を底上げしてもなお、姿を捉えれないなんて。
できるだけ掠らせるよう避けてはいるが、このままだと防御もいずれ破られる。
⋯⋯しょうがない。できるだけ使いたくなかったけど、やってみるか。イチがいないことを願うしかない。
「世界の理よ。今この瞬間、目を瞑ってはくれまいか―――古代応用魔法、空白無時」
ピタリ。
目を見開くリュウも、素早いレンも、脇を走っていたネズミも、皆が動きを止める。いや、俺以外のもの全てが止まってるんだ。
イチ相手だと後々面倒なんだよな、時間停止魔法は無いと思ってる相手に説明するのは骨が折れる。だが実際は存在もするし使えもする。まぁ、凄く長い魔法式を間違えることなく書かないといけないけど。
またこの魔法を使ってる間、自分や任意の相手以外の意識は存在しない。つまり、時間停止ではなく、一瞬のうちに何かが起こったのだと皆、錯覚する。
「ふぅ⋯うわっ、結構血ぃ付いてんな⋯⋯」
レンの持っていた刀を、二つとも取り上げる。幸い力強く握っておらず、すっと抜くことが出来た。
刀を鞄に入れた俺は、急いで元の位置に戻ると共に、地面にある転移魔法を見る。
「あと一分ちょっとか⋯⋯」
時間停止は特定の範囲のみ有効で、それを出るとすぐに解除されてしまう。それに発動中は他の魔法も使えない。時間だって、一分ほどしか止められない。
できるだけ何事もなかったように見せたい俺は、先ほどと同じ位置に立ち、制限時間が来るのを待った。
「⋯はぁっ!!?」
すぐに魔法は終わりを告げた。左上で刀を構えていたレンの声が防御壁越しに耳に入り込んだ。彼は一旦俺から離れるやいなや、混乱した様子で自分の両手から刀が消えたことをリュウに伝えていた。
「龍、消えた!俺の刀消えた!!」
しかし、そんなレンの焦りを無視して、リュウは俺の方ばかり目を向けていた。それも、珍しく酷く驚いた様子で。
「⋯うわ、順位上がりまくりなんだけど」
「え、龍、なんて?」
レンの問いかけにも一切応じることなく、リュウは掛けていた体を起こし、俺の方に歩み寄ってきた。今までに見たことのないほどの朗らかな笑みを浮かべる彼に、俺は警戒色を強めた。
そして、防御壁ぎりぎりの所で立ち止まったリュウは言った。
「ねぇ、なんで古代魔法知ってるの?それも、時間停止なんて難易度ヤバいくらい高いやつ」
魔法は使ってないはずなのに、俺とレンの動きが止まる。
時間停止魔法は、発動者と発動者が許した相手以外に記憶が残らない。発動したことすら気付けない。
だが稀に、極稀に、時間停止魔法の存在を知る且つ、古代魔法の微々たる魔力を感じ取る者が、気付くことがあるという。
薬屋の店主で、裏路地に住み、仲間と共に団員を狩るならず者。そして黒い髪を持ち、猫のような目をした青年。
なのになんで、なんでリュウは、気付いたんだ⋯⋯?
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