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三章
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季節は秋。
冴夢は中学生になり、制服のスカートの裾を
落ち着かなそうにいじりながら、世那の部屋の前に立つことが増えた。
「……勉強、教えて。」
その言葉は、十二歳の少女が言うには重かった。
甘えではなく、
逃げ場を求める手つきだったからだ。
世那は机を片付け、冴夢に椅子を差し出す。
「数学のここが分かんなくて……」
「うん、一緒にやろう。」
窓の外で、冴夢の家の玄関が乱暴に閉まる音が響く。
(……またか。)
最近、冴夢の母には新しい恋人ができた。
その男が来る日、冴夢は決まって外へ追い出される。
「さゆ、最近……夜遅いの多くない?」
世那がそっと聞くと、
冴夢はペン先を見つめたまま言う。
「……ママ、彼氏さんと話したいんだって。
子どもがいると邪魔だから、って……」
その声に、慣れた傷が混じっていた。
胸が熱くなり、世那は深く息を吸う。
(これは……もう、放っておけない。)
*
数日後。
世那は市役所の児童相談所を訪れた。
担当者に事情を説明すると、
慎重な反応が返ってきた。
「お母さんに確認を取らせていただいても……?」
そして――
たった30分後。
「お母様は『娘の思い込みです』とおっしゃってました。
家の中に問題はない、と……」
あまりにも早い“否定”。
世那は喉の奥が乾くのを感じた。
(……うそだ。絶対に。)
家に戻ると、
冴夢はいつものように世那の部屋の前でうつむいていた。
「……ママ、また怒って……」
「さゆ。」
世那はその小さな肩に手を置く。
「今日は……うちにいろ。」
冴夢は、ゆっくりうなずいた。
その目の奥にある“諦めに慣れた影”が痛かった。
*
その夜、世那は手紙を書こうとして
ペンを止めた。
(……大我に言ったら、絶対怒られる。)
でも、
言わずにはいられない。
兄弟の手紙だけは、
いつだって本音で書くと決めていたからだ。
──────────────────────────
✦手紙
◆世那 → 大我
大我へ。
ちょっと、聞いてほしい。
冴夢の家のこと、前から気になってたけど
やっぱり……普通じゃない。
夜に外へ出されるのが当たり前になってる。
母親に新しい男ができてから、とくにひどい。
今日、児相に相談に行った。
だけど“問題なし”で片付けられた。
……そんなわけないだろって思った。
俺、怒ってる。
こんな小さな子に、なんでこんな思いさせるんだ。
でも俺が踏み込みすぎると
余計にこじれそうで……正直怖い。
大我なら、どうしてた?
世那
⸻
◆大我 → 世那
兄ちゃんへ。
……これはさすがに、笑えないな。
兄ちゃんが怒る気持ち、よく分かるよ。
俺だって同じ状況見たら黙っていられないと思う。
でも兄ちゃんひとりで背負うなよ。
兄ちゃんが“家族じゃない大人”として動いたら
余計にややこしくなる可能性もある。
ただな――
兄ちゃんがその子を守りたいって思うなら、
俺はそれを否定しない。
昔から兄ちゃんは
“自分より他人の痛みを先に拾うやつ”だから。
でも一つだけ約束して。
兄ちゃんが傷つくようなやり方だけは、するな。
大我
冴夢は中学生になり、制服のスカートの裾を
落ち着かなそうにいじりながら、世那の部屋の前に立つことが増えた。
「……勉強、教えて。」
その言葉は、十二歳の少女が言うには重かった。
甘えではなく、
逃げ場を求める手つきだったからだ。
世那は机を片付け、冴夢に椅子を差し出す。
「数学のここが分かんなくて……」
「うん、一緒にやろう。」
窓の外で、冴夢の家の玄関が乱暴に閉まる音が響く。
(……またか。)
最近、冴夢の母には新しい恋人ができた。
その男が来る日、冴夢は決まって外へ追い出される。
「さゆ、最近……夜遅いの多くない?」
世那がそっと聞くと、
冴夢はペン先を見つめたまま言う。
「……ママ、彼氏さんと話したいんだって。
子どもがいると邪魔だから、って……」
その声に、慣れた傷が混じっていた。
胸が熱くなり、世那は深く息を吸う。
(これは……もう、放っておけない。)
*
数日後。
世那は市役所の児童相談所を訪れた。
担当者に事情を説明すると、
慎重な反応が返ってきた。
「お母さんに確認を取らせていただいても……?」
そして――
たった30分後。
「お母様は『娘の思い込みです』とおっしゃってました。
家の中に問題はない、と……」
あまりにも早い“否定”。
世那は喉の奥が乾くのを感じた。
(……うそだ。絶対に。)
家に戻ると、
冴夢はいつものように世那の部屋の前でうつむいていた。
「……ママ、また怒って……」
「さゆ。」
世那はその小さな肩に手を置く。
「今日は……うちにいろ。」
冴夢は、ゆっくりうなずいた。
その目の奥にある“諦めに慣れた影”が痛かった。
*
その夜、世那は手紙を書こうとして
ペンを止めた。
(……大我に言ったら、絶対怒られる。)
でも、
言わずにはいられない。
兄弟の手紙だけは、
いつだって本音で書くと決めていたからだ。
──────────────────────────
✦手紙
◆世那 → 大我
大我へ。
ちょっと、聞いてほしい。
冴夢の家のこと、前から気になってたけど
やっぱり……普通じゃない。
夜に外へ出されるのが当たり前になってる。
母親に新しい男ができてから、とくにひどい。
今日、児相に相談に行った。
だけど“問題なし”で片付けられた。
……そんなわけないだろって思った。
俺、怒ってる。
こんな小さな子に、なんでこんな思いさせるんだ。
でも俺が踏み込みすぎると
余計にこじれそうで……正直怖い。
大我なら、どうしてた?
世那
⸻
◆大我 → 世那
兄ちゃんへ。
……これはさすがに、笑えないな。
兄ちゃんが怒る気持ち、よく分かるよ。
俺だって同じ状況見たら黙っていられないと思う。
でも兄ちゃんひとりで背負うなよ。
兄ちゃんが“家族じゃない大人”として動いたら
余計にややこしくなる可能性もある。
ただな――
兄ちゃんがその子を守りたいって思うなら、
俺はそれを否定しない。
昔から兄ちゃんは
“自分より他人の痛みを先に拾うやつ”だから。
でも一つだけ約束して。
兄ちゃんが傷つくようなやり方だけは、するな。
大我
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