兄嫁〜あなたがくれた世界で〜

SAKU

文字の大きさ
6 / 17

五章

しおりを挟む
冴夢は中学三年になった。

「進路希望調査票、出した?」

世那が問うと、冴夢は視線をそらす。

「……出せなかった。」

「どうして?」

小さな声で返ってきた。

「……“高校なんて行く価値ない”って……
 ママの彼氏さんが。」

胸がきゅっと縮む。

「さゆ、高校行きたいんだよな。」

「……うん。」

その声には迷いなんて一つもなかった。

行きたい。
でも行けないかもしれない。

そんな子どもの声だった。



その数日後。

夜のアパートの前で、世那は信じられない光景を見た。

冴夢が外階段の下で、
スーパーの袋を枕にして眠っていた。

(……うそだろ。)

足元には薄いパーカー。
春とはいえ夜風は冷たい。

それでも彼女は起きなかった。
疲れ果てていたのだ。

世那は震える手で冴夢の肩を揺らした。

「……さゆ、なんでこんなところで……」

冴夢はゆっくり目を開けた。
その瞳には、あきらめが滲んでいた。

「……家、入れてもらえなかった……
 邪魔だって……」

(もうダメだ。限界だ。)

世那は深く息を吸った。

「さゆ、うちに来い。
 今日はじゃなくて……これからもだ。」

冴夢は驚いて固まる。

「……でも、迷惑だよ……?」

「迷惑じゃない。
 俺が言ってるんだ。来い。」

声が震えた。
怒りじゃない。
悔しさでもない。

守りたいという感情が溢れていた。



世那は翌朝、学校に事情を話し、
冴夢が学校に通いやすくなるよう手続きをした。

しかし、法的な壁は高かった。
「他人の家で未成年を預かること」は、簡単ではない。

家族でもなく、親権もない。
世那の立場はあまりにも弱かった。

その夜、世那は机に額をつけた。

(……どうすれば……あの子を守れる……?)

答えは、苦しいほど明白。

【結婚】

その2文字が浮かんだ…。


冴夢を守れる唯一の方法。
それが“結婚”だった。

普通ならありえない選択。
でも、冴夢の現状は“普通”なんかじゃない。

世那はペンを握りしめた。
誰より頼りたい相手に――
本音を送るために。

──────────────────────────
✦手紙

◆世那 → 大我

大我へ。
……聞いてほしい。

今日、さゆが外階段の下で寝てた。
家に入れてもらえなくて、ビニール袋を枕にして……
パーカー一枚で丸まってた。

起こしたらさ、
「邪魔だから外にいろって言われたから」って
まるで“いつものこと”みたいに言うんだ。

あれは……本当に胸が詰まった。

学校も、このままだと通えなくなる。
進学も危ない。

俺、やれることは全部やったつもりだった。
でも「他人」のままじゃどうにもならない。

それで……
一つだけ、あの子を守れる方法を考えた。

……俺が“家族”になることだ。

正しいかどうかは分からない。
感情で動いてる気もする。
でも、このままあの子を“ひとり”にする方が怖い。

大我、お前ならどうする?

世那



◆大我 → 世那

兄ちゃんへ。
……まず、さゆちゃんのこと。
怒りというより、読んでて寒気がした。
兄ちゃんがそこまで追い詰められるのも当然だ。

でもさ。

兄ちゃん、
これは“子猫拾う”のとは違うからな。

拾って、可哀想だから抱えて、
途中で「やっぱ無理でした」って放すことは絶対に出来ない。

“家族になる”っていうのは、
そういう重さのあることだよ。

だから――

ちゃんと考えてほしい。
ただ守りたい、だけじゃなくて
生活も将来も、全部ひっくるめて。

その上で、兄ちゃんが

「それでも俺がさゆちゃんの味方でいる」
「俺があの子の家になる」

って決めたなら……

その時は俺、ちゃんと兄ちゃんを応援する。

無責任な背中押しはしない。
けど、考えた末の決断なら支える。

兄ちゃん、ひとりで抱え込むなよ。

大我
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。 周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。  …彼は絶対に生きている。 そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。 だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。 「すまない、君を愛せない」 そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。 *設定はゆるいです。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

王妃は涙を流さない〜ただあなたを守りたかっただけでした〜

矢野りと
恋愛
理不尽な理由を掲げて大国に攻め入った母国は、数カ月後には敗戦国となった。 王政を廃するか、それとも王妃を人質として差し出すかと大国は選択を迫ってくる。 『…本当にすまない、ジュンリヤ』 『謝らないで、覚悟はできています』 敗戦後、王位を継いだばかりの夫には私を守るだけの力はなかった。 ――たった三年間の別れ…。 三年後に帰国した私を待っていたのは国王である夫の変わらない眼差し。……とその隣で微笑む側妃だった。 『王妃様、シャンナアンナと申します』 もう私の居場所はなくなっていた…。 ※設定はゆるいです。

15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~

深冬 芽以
恋愛
 交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。  2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。  愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。 「その時計、気に入ってるのね」 「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」 『お揃いで』ね?  夫は知らない。  私が知っていることを。  結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?  私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?  今も私を好きですか?  後悔していませんか?  私は今もあなたが好きです。  だから、ずっと、後悔しているの……。  妻になり、強くなった。  母になり、逞しくなった。  だけど、傷つかないわけじゃない。

幸せの見つけ方〜幼馴染は御曹司〜

葉月 まい
恋愛
近すぎて遠い存在 一緒にいるのに 言えない言葉 すれ違い、通り過ぎる二人の想いは いつか重なるのだろうか… 心に秘めた想いを いつか伝えてもいいのだろうか… 遠回りする幼馴染二人の恋の行方は? 幼い頃からいつも一緒にいた 幼馴染の朱里と瑛。 瑛は自分の辛い境遇に巻き込むまいと、 朱里を遠ざけようとする。 そうとは知らず、朱里は寂しさを抱えて… ・*:.。. ♡ 登場人物 ♡.。.:*・ 栗田 朱里(21歳)… 大学生 桐生 瑛(21歳)… 大学生 桐生ホールディングス 御曹司

冷たい王妃の生活

柴田はつみ
恋愛
大国セイラン王国と公爵領ファルネーゼ家の同盟のため、21歳の令嬢リディアは冷徹と噂される若き国王アレクシスと政略結婚する。 三年間、王妃として宮廷に仕えるも、愛されている実感は一度もなかった。 王の傍らには、いつも美貌の女魔導師ミレーネの姿があり、宮廷中では「王の愛妾」と囁かれていた。 孤独と誤解に耐え切れなくなったリディアは、ついに離縁を願い出る。 「わかった」――王は一言だけ告げ、三年の婚姻生活はあっけなく幕を閉じた。 自由の身となったリディアは、旅先で騎士や魔導師と交流し、少しずつ自分の世界を広げていくが、心の奥底で忘れられないのは初恋の相手であるアレクシス。 やがて王都で再会した二人は、宮廷の陰謀と誤解に再び翻弄される。 嫉妬、すれ違い、噂――三年越しの愛は果たして誓いとなるのか。

処理中です...