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十章
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車内に、ふっと静寂が流れた。
買い物袋。
助手席の冴夢の笑顔。
世那の、横顔。
全部がいつも通りで、
あまりに幸せすぎて怖いくらいの夕焼け。
その、次の瞬間。
轟音が空気を裂いた。
視界の端で、ありえない速さの“黒い塊”が迫る。
「え……?」
冴夢の口から声が出るより早く、
世那が叫んだ。
「さゆ——!」
腕が伸びた。
冴夢の肩を強く抱き寄せる。
シートの中でふたりの身体が密着して、
世那の胸が冴夢の額に覆いかぶさる。
(あ……守ってる……)
そう思った刹那——
衝撃。
骨の軋む音。
ガラスの砕ける光。
世界が真っ白になり、
意識がすうっと遠ざかる。
最後に冴夢が感じたのは、
世那の腕の温もり。
(……あったかい……)
それだけだった。
──────────────────────────
ー病院・夜
救急搬送のアナウンスが響くロビーを、
大我は走っていた。
「……兄ちゃん……どこだ……っ」
エレベーターのボタンを連打する指が震える。
兄から届くはずだったメッセージ。
冴夢ちゃんと3人で会う約束。
“明日、楽しみにしてる”って言った兄の声。
全部頭の中でぐちゃぐちゃになって、
息が上手く吸えない。
看護師に名前を告げると、
緊迫した声が返ってきた。
「冴夢さんは処置室に。
世那さんは……こちらです。」
「兄ちゃんは!?」
「……ご家族の方ですか?」
「……弟です。」
医者が深刻な顔で頷く。
「……どうか、中へ。」
──────────────────────────
白いスライドドアが開く。
消毒液の匂い。
規則的な機械音。
そのすべての中央に——
世那がいた。
酸素マスク。
血でにじむ包帯。
砕けた肋骨を固定する器具。
折れた腕。
痛々しくつながる点滴。
“いつも優しい兄ちゃん”は、
そこにほとんど残っていなかった。
大我は膝が崩れそうになる。
「……に……兄ちゃん……」
世那の瞼が微かに動いた。
「……大我……?」
かすれた声。
触れたら壊れそうなほど弱い声。
大我はベッドに縋りついた。
「兄ちゃん!今、治療してもらってる、冴夢ちゃん……っ
大丈夫だから……っ
兄ちゃんも、すぐ……!」
世那は首を横に振った。
そのしぐさですら息が漏れる。
「……俺は……もう……無理だ、な……」
「やめろよ……っ!
なんで……なんでそんな……!」
大我の声が震える。
涙が止まらない。
世那は、弟の手を探して——
触れた。
その体温はもう氷のように冷たいのに、
触れ方だけは昔と同じ“兄の手”だった。
「……ごめん……大我……」
「謝るなよ!謝るなって……!」
世那は小さく笑おうとする。
「……さゆ……」
その名前を言った途端、
喉が苦しそうに詰まる。
「……冴夢……頼む……
あの子は……俺より……ずっと……生きて……」
大我は必死で頷く。
「……兄ちゃん……安心しろ……
俺が……俺が絶対守るから……
さゆちゃんの全部……守るから……!」
世那の瞳から涙が一粒こぼれた。
(ああ……兄ちゃん……)
それは悔しさでも痛みでもなく、
安心の涙だった。
「……ありが……とな……大我……」
呼吸が、細くなる。
機械音がゆっくりと下がっていく。
「……兄ちゃん……?
兄ちゃん……!!?」
最後の瞬間。
世那は微かに微笑んだ。
「……さゆ……幸せに……」
心電図が——
ひときわ高い音を鳴らし、
まっすぐな線を描いた。
大我の叫びは、
夜の病院に吸い込まれて消えていった。
──────────────────────────
――真っ白。
視界が光に焼かれて、形も音も捉えられない。
まぶたをゆっくり上げた瞬間、
消毒液の匂いと、機械の規則的な電子音だけが世界を支配した。
「……ここ、どこ……?」
喉がカラカラで、声がかすれる。
胸がぎゅっと縮む。
心臓が、何かを思い出そうと必死に軋む。
(……世那くん?)
空気が、冷たい。
ほんの少し前――
夕焼けと、買い物袋と、笑っていた世那くんがいたはずなのに。
その一瞬の後に、
眩しいライト、けたたましいクラクション、
世那くんの腕が、わたしを包んで――
「せ……な……?」
呟いた瞬間、胸がひっくり返るほど不安が押し寄せた。
(ねぇ……どこ……?
なんで……ここにいないの……?)
冴夢は震える指でシーツを掴む。
目元に熱がにじむ。
「……せな、くん……?」
扉が、そっと開いた。
足音は静かで、だけど迷いなく近づいてくる。
立っていたのは――
知らない青年だった。
けれど。
肩の線。
歩き方。
まなざしの奥にある寂しさ。
その全部が、
あの人に似すぎていた。
「……世那……くん……?」
青年の顔が歪む。
違う。
頭ではわかってる。
こんなはずないのに。
でも心が、それ以外の現実を拒絶した。
「ひとりにしないって……言ったのに……
どこ……いったの……?」
冴夢の手が宙を探すように伸びる。
青年――大我はそっとベッドに近づき、
震える指を包んだ。
「……冴夢ちゃん。俺は……大我。
世那兄さんの弟だ。」
その言葉が、
刃みたいに胸を裂いた。
「………………え?」
大我は苦しそうに息を吸い込む。
「兄さんは……もう……ここにはいないんだ。」
世界が――音をなくした。
「…………いない……?」
声が震えて、うまく出ない。
「ちがう……世那くん……
だって、守ってくれた……わたしを……」
冴夢の肩が震え、息が荒くなる。
混乱と絶望が一気に襲いかかる。
「いや……いやだ……
世那くん……!
ねぇ……返して……!」
大我は堪えきれず、冴夢を抱きしめた。
その腕は強くて、だけど必死で優しかった。
「冴夢ちゃん……もう……兄さんは……」
「ちがうっ!!ちがう!!
いる……!絶対いる!!
世那くんっ……!!
いやぁぁぁぁ!!」
助けを求めるように叫んだ声が病室中に響いた。
看護師が駆けつけ、
大我の目が赤くなる。
「ごめん……冴夢ちゃん……ごめんな……
兄さん……守りきれなかった……」
冴夢は泣きながら暴れ、
名前を呼び続けた。
「世那くん……世那くん……いやぁぁぁ……!!
置いてかないで……!!」
看護師が薬を用意する。
「少し、落ち着きましょうね……」
「やだ……!
眠りたくない……!
世那くんが来るかもしれないの……!」
針が腕に入り、
冴夢の声が薄れていく。
「……せな……くん……
どこ……い……かない……で……
お願い……」
世界が黒く沈んだ。
大我は拳を握りしめ、
唇を噛んだ。
「兄さん……
あの子……あんなに呼んでるのに……
なんで……いないんだよ……」
静かな病室に、
冴夢のしぼんだ呼吸だけが残った。
そしてその夜――
冴夢の心は世那を失った現実を受け止められないまま、
深い眠りへ落ちていった。
──────────────────────────
葬儀場の空は、晴れでも雨でもない、
どこまでも薄くて頼りない灰色だった。
白い煙がゆっくりと上に伸びていく。
その煙に混ざって、
世那の温もりも、声も、優しさも、
全部が空にほどけていくようだった。
冴夢は――ただ立っていた。
髪は結ばれず落ちたまま。
病院着のまま。
靴だけは大我が履かせた。
でも。
表情は、何もなかった。
涙もない。
声もない。
震えもない。
ただ、“何か”が抜け落ちたみたいに静かだった。
昔の、あのボロアパートで。
母やその恋人に怯えて、
誰にも期待しないように生きていた頃の冴夢。
その頃の“人形みたいな冴夢”に戻っていた。
世那と出会う前の、
“生きているけど、生きていない子”。
煙を見つめる目は焦点が合っていなかった。
(……あれが……世那くん……?)
胸の奥のどこかで声がしたはずなのに、
その声すら届かない。
──────────────────────────
大我は遺影の前で拳を握りしめていた。
兄の笑顔。
優しい目。
あの家族みたいな温度。
もう二度と戻らない現実が胸をえぐる。
だけど――
それ以上に胸を裂いたのは、
冴夢が一滴も泣かないことだった。
まるで感情が全部消えてしまったみたいで。
“兄さんが命を賭けて守った子が、
こんな顔してるなんて……許せない。”
込み上げる怒りでも悲しみでもない、
もっとどうしようもない衝動が大我を押した。
そして――
静かに煙を見つめる冴夢の横で、
大我は堪えきれず叫んだ。
「……おい!!」
冴夢の肩がわずかに揺れた。
「唇、噛むな……!
そんなの……血が出るだけだろ……」
冴夢は気づかぬうちに
歯で強く唇を押しつぶしていた。
血の味も、痛みも、感じていなかった。
大我は堪えられなかった。
「いいから……泣けよ……!!
泣いていいんだよ……!!
全部受け止めてやるから……
その感情……吐き出せよ……!」
声が震えた。
「間違ってねぇから……っ
兄さんのこと、好きだったんだろ……?
大事だったんだろ……?
守ってほしかったんだろ……?」
風が煙を揺らし、
冴夢の髪が静かに揺れる。
冴夢は――何も言わなかった。
ただ、煙を見ている。
涙も出ない。
声も出ない。
呼吸の仕方すら忘れたみたいに静か。
大我の喉が痛くなるほど叫んでも、
冴夢は動かない。
その“静寂”が、何よりも残酷だった。
(兄さん……何でだよ……
あの子、泣き方……もう分かんなくなってんじゃん……)
大我は目を伏せ、拳を震わせた。
冴夢は、灰色の空に昇る煙をずっと見ていた。
その煙が終わりを告げるまで、
一度も瞬きをしなかった。
──────────────────────────
葬儀を終えた夜。
大我は冴夢を連れて帰った。
病院に戻るより、少しでも“世那の気配”が残る場所の方が
冴夢が落ち着くだろうと判断したからだった。
鍵は大我が預かっていた。
「……開けるよ。」
冴夢は返事をしなかった。
ただ、静かに立っていた。
カチャ、と鍵が回る音。
その瞬間、
あの日の夕焼けと笑い声が
一気に胸へ突き刺さるように戻ってきた。
扉を開けると、
ほんの少しだけ残った世那の生活の匂いが漂った。
コーヒーの香り。
散らばったままの本。
洗って干したばかりのシャツ。
冴夢が選んだ黄色いマグカップ。
全部がそのまま。
全部が世那の温度を残していた。
冴夢は一歩、部屋の中に入った。
足音が、小さかった。
(……ここ……世那くんの部屋……)
視界が揺れる。
彼がよく座っていたソファ。
冴夢に買ってくれたブランケット。
ノートパソコン。
帰るたびに笑ってくれた顔。
全部があるのに、
彼だけがいない。
冴夢はゆっくりと部屋を歩き出した。
まるで“探し物”をするみたいに。
キッチン。
ソファ。
本棚。
ベッド。
窓際。
どこを見ても——
彼の姿は、なかった。
冴夢の喉が、ぎゅっと詰まる。
呼吸がうまく吸えない。
(……おかしいよ……
いつも、ここにいたのに……
声が聞こえるはずなのに……)
部屋の中央で、冴夢は小さく首を振った。
何度も、何度も。
「……世那くん……?」
返事はない。
呼んでも呼んでも、
“もう返ってこない沈黙”だけが返ってくる。
背後で、大我はただ黙って立っていた。
無理に声をかけなかった。
泣かせようともしなかった。
ただ、兄が命を懸けて守った少女が
“現実の中で迷う”すべてを
静かに見守っていた。
冴夢は最後に、
世那の机の上に置かれたペン立てに触れた。
指先が震えた。
そして——
ゆっくり、大我の方を向いた。
瞳が、ふるふると揺れていた。
「……ねぇ……大我くん……」
声は細くて、壊れそうで、
それでも確かに“生きている声”だった。
「……世那くん……」
喉の奥で、何かがほどける音がした。
「……居なく……なっちゃった……」
その言葉を言った瞬間。
冴夢の目から、
ぽたり、と涙が落ちた。
一粒。
二粒。
三粒。
止まらない。
静かに泣いていた子が、
ようやく“現実”を掴んだ瞬間だった。
大我はそっと近づき、
ゆっくり冴夢を抱きしめた。
強くじゃない。
壊れないように。
逃げ道を作るように。
冴夢の顔が、大我の胸元に沈む。
「……うん……居なくなった……
もう……どこにもいない……
でも……」
震える声で、大我は続けた。
「……泣いていいよ。冴夢ちゃん。
兄さん……お前が泣いたら……きっと……安心するから……」
冴夢は胸に手を押し当て、
声を殺すように泣き崩れた。
「……やだよ……
会いたいよ……
世那くん……
いたいよ……っ
あいたい……っ……!」
夜の静かなアパートに、
冴夢のむせび泣く声がやっと響いた。
大我は迷いなくその声を受け止めた。
それが、
兄への弔いであり、
冴夢の“最初の一歩”だったから。
──────────────────────────
冴夢が泣き疲れて眠りついたのは、日付をまたいだ頃だった。
大我は、ソファに沈む冴夢の肩をそっと包んだまま、
彼女の呼吸がゆっくりと安定するまでずっと、ずっと動かなかった。
(……兄さん……冴夢ちゃん……)
ようやく冴夢が完全に眠ったのを確認すると――
大我は静かに腕をほどき、立ち上がった。
フローリングの微かなきしみだけが響く深夜のアパート。
大我は、ためらいながら世那の部屋のドアを開いた。
暗がりの中、その部屋だけは――
“まだ兄が生きている匂い”が残っていた。
コーヒーの香り。
書きかけのペンのインク、紙の匂い。
洗濯して畳まれていないジャージ。
大我は、ゆっくりとそのジャージを拾った。
袖を握る。
胸元をつかむ。
そして――
「……兄ちゃん……」
声が震えた。
「なんでだよ……
どうして兄ちゃんが……死ななきゃいけねぇんだよ……」
言葉が濁って、喉の奥で千切れた。
「冴夢ちゃん……めちゃくちゃ守って……
全部背負って……
最後の最後まで……っ
兄ちゃん……らしい」
笑おうとして、笑えなかった。
がくり、と膝から崩れ落ちた。
ジャージを抱きしめて、顔を押しつける。
「……兄ちゃん……
俺、まだ……
兄ちゃんに何も返してねぇよ……」
嗚咽がこぼれた。
涙がジャージに落ちるたび、
世那がそこに触れてくれているようで、
余計に苦しくなる。
「兄ちゃん……っ
もっと……生きててよ……
冴夢ちゃんと……
一緒に……幸せになれよ……っ」
部屋の暗闇に、大我の泣き声だけが静かに響いた。
────────────
その声を――
部屋の入り口の影で、ひとりの少女が聞いていた。
冴夢。
眠っていたはずのその目は開いていて、
涙で光っていた。
(……大我くん……)
大我の背中は震えている。
世那に似た横顔。
世那とは違う泣き方。
冴夢は、足が動かなかった。
声も出せなかった。
ただ――
胸の奥がぎゅっと締めつけられた。
(世那くんを守りたかったのは……
大我くんも同じなんだ……)
冴夢の頬を、涙が静かに伝った。
大我は気づいていない。
部屋の暗がりで。
兄の匂いに包まれながら泣く弟と。
扉のそばで立ち尽くし、
その涙を見つめる少女。
ひとつの喪失が、
二人の心に全く違う形で深い影を落としていた。
──────────────────────────
泣き疲れて、
大我の呼吸が
ゆっくりと深くなっていった。
震えが少しずつおさまる。
涙の跡が頬に残り、
眉もきゅっと寄ったまま。
眠りに落ちてもなお、
“失った痛み”が大我の表情には刻まれていた。
冴夢はそっと、大我の頭を支える。
(……大我くん……)
世那の弟。
いつも手紙で優しくて、
明るくて、
強くて。
でも――
「……泣いてたんだ……こんなに……」
指先が震えた。
優しい人ほど、
誰よりも泣くのを我慢してしまう。
大我の寝息は乱れていて、
喉の奥で小さな音が漏れる。
冴夢はそっと、
大我の髪に触れた。
ふわりと温かい。
だけど、その下に隠した痛みは深い。
(……大我くんも……
わたしと……おんなじだ……)
胸の奥で、静かに気づく。
世那に救われたのに
世那を失って
世界の色が一度全部消えたこと。
誰かの前で泣けなかったこと。
泣き方を忘れたこと。
大我も――
同じ場所にいる。
同じ痛みに触れてしまった子。
冴夢はそっと、大我の頬にかかった髪を払った。
「……大我くん……」
細い声でつぶやく。
「……ひとりじゃないよ……
わたしも……ここにいるから……」
誰かを慰める言葉ではなく、
自分自身にも向けた言葉。
冴夢は大我の肩にブランケットをかけて、
静かにその隣に座り込んだ。
闇はまだ深く、
夜明けは遠い。
でも――
ふたりで寄り添っているその形は、
どこか救われたように見えた。
世那が遺した“気配”の中で、
冴夢は初めてほんの少しだけ
涙を止めることができた。
買い物袋。
助手席の冴夢の笑顔。
世那の、横顔。
全部がいつも通りで、
あまりに幸せすぎて怖いくらいの夕焼け。
その、次の瞬間。
轟音が空気を裂いた。
視界の端で、ありえない速さの“黒い塊”が迫る。
「え……?」
冴夢の口から声が出るより早く、
世那が叫んだ。
「さゆ——!」
腕が伸びた。
冴夢の肩を強く抱き寄せる。
シートの中でふたりの身体が密着して、
世那の胸が冴夢の額に覆いかぶさる。
(あ……守ってる……)
そう思った刹那——
衝撃。
骨の軋む音。
ガラスの砕ける光。
世界が真っ白になり、
意識がすうっと遠ざかる。
最後に冴夢が感じたのは、
世那の腕の温もり。
(……あったかい……)
それだけだった。
──────────────────────────
ー病院・夜
救急搬送のアナウンスが響くロビーを、
大我は走っていた。
「……兄ちゃん……どこだ……っ」
エレベーターのボタンを連打する指が震える。
兄から届くはずだったメッセージ。
冴夢ちゃんと3人で会う約束。
“明日、楽しみにしてる”って言った兄の声。
全部頭の中でぐちゃぐちゃになって、
息が上手く吸えない。
看護師に名前を告げると、
緊迫した声が返ってきた。
「冴夢さんは処置室に。
世那さんは……こちらです。」
「兄ちゃんは!?」
「……ご家族の方ですか?」
「……弟です。」
医者が深刻な顔で頷く。
「……どうか、中へ。」
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白いスライドドアが開く。
消毒液の匂い。
規則的な機械音。
そのすべての中央に——
世那がいた。
酸素マスク。
血でにじむ包帯。
砕けた肋骨を固定する器具。
折れた腕。
痛々しくつながる点滴。
“いつも優しい兄ちゃん”は、
そこにほとんど残っていなかった。
大我は膝が崩れそうになる。
「……に……兄ちゃん……」
世那の瞼が微かに動いた。
「……大我……?」
かすれた声。
触れたら壊れそうなほど弱い声。
大我はベッドに縋りついた。
「兄ちゃん!今、治療してもらってる、冴夢ちゃん……っ
大丈夫だから……っ
兄ちゃんも、すぐ……!」
世那は首を横に振った。
そのしぐさですら息が漏れる。
「……俺は……もう……無理だ、な……」
「やめろよ……っ!
なんで……なんでそんな……!」
大我の声が震える。
涙が止まらない。
世那は、弟の手を探して——
触れた。
その体温はもう氷のように冷たいのに、
触れ方だけは昔と同じ“兄の手”だった。
「……ごめん……大我……」
「謝るなよ!謝るなって……!」
世那は小さく笑おうとする。
「……さゆ……」
その名前を言った途端、
喉が苦しそうに詰まる。
「……冴夢……頼む……
あの子は……俺より……ずっと……生きて……」
大我は必死で頷く。
「……兄ちゃん……安心しろ……
俺が……俺が絶対守るから……
さゆちゃんの全部……守るから……!」
世那の瞳から涙が一粒こぼれた。
(ああ……兄ちゃん……)
それは悔しさでも痛みでもなく、
安心の涙だった。
「……ありが……とな……大我……」
呼吸が、細くなる。
機械音がゆっくりと下がっていく。
「……兄ちゃん……?
兄ちゃん……!!?」
最後の瞬間。
世那は微かに微笑んだ。
「……さゆ……幸せに……」
心電図が——
ひときわ高い音を鳴らし、
まっすぐな線を描いた。
大我の叫びは、
夜の病院に吸い込まれて消えていった。
──────────────────────────
――真っ白。
視界が光に焼かれて、形も音も捉えられない。
まぶたをゆっくり上げた瞬間、
消毒液の匂いと、機械の規則的な電子音だけが世界を支配した。
「……ここ、どこ……?」
喉がカラカラで、声がかすれる。
胸がぎゅっと縮む。
心臓が、何かを思い出そうと必死に軋む。
(……世那くん?)
空気が、冷たい。
ほんの少し前――
夕焼けと、買い物袋と、笑っていた世那くんがいたはずなのに。
その一瞬の後に、
眩しいライト、けたたましいクラクション、
世那くんの腕が、わたしを包んで――
「せ……な……?」
呟いた瞬間、胸がひっくり返るほど不安が押し寄せた。
(ねぇ……どこ……?
なんで……ここにいないの……?)
冴夢は震える指でシーツを掴む。
目元に熱がにじむ。
「……せな、くん……?」
扉が、そっと開いた。
足音は静かで、だけど迷いなく近づいてくる。
立っていたのは――
知らない青年だった。
けれど。
肩の線。
歩き方。
まなざしの奥にある寂しさ。
その全部が、
あの人に似すぎていた。
「……世那……くん……?」
青年の顔が歪む。
違う。
頭ではわかってる。
こんなはずないのに。
でも心が、それ以外の現実を拒絶した。
「ひとりにしないって……言ったのに……
どこ……いったの……?」
冴夢の手が宙を探すように伸びる。
青年――大我はそっとベッドに近づき、
震える指を包んだ。
「……冴夢ちゃん。俺は……大我。
世那兄さんの弟だ。」
その言葉が、
刃みたいに胸を裂いた。
「………………え?」
大我は苦しそうに息を吸い込む。
「兄さんは……もう……ここにはいないんだ。」
世界が――音をなくした。
「…………いない……?」
声が震えて、うまく出ない。
「ちがう……世那くん……
だって、守ってくれた……わたしを……」
冴夢の肩が震え、息が荒くなる。
混乱と絶望が一気に襲いかかる。
「いや……いやだ……
世那くん……!
ねぇ……返して……!」
大我は堪えきれず、冴夢を抱きしめた。
その腕は強くて、だけど必死で優しかった。
「冴夢ちゃん……もう……兄さんは……」
「ちがうっ!!ちがう!!
いる……!絶対いる!!
世那くんっ……!!
いやぁぁぁぁ!!」
助けを求めるように叫んだ声が病室中に響いた。
看護師が駆けつけ、
大我の目が赤くなる。
「ごめん……冴夢ちゃん……ごめんな……
兄さん……守りきれなかった……」
冴夢は泣きながら暴れ、
名前を呼び続けた。
「世那くん……世那くん……いやぁぁぁ……!!
置いてかないで……!!」
看護師が薬を用意する。
「少し、落ち着きましょうね……」
「やだ……!
眠りたくない……!
世那くんが来るかもしれないの……!」
針が腕に入り、
冴夢の声が薄れていく。
「……せな……くん……
どこ……い……かない……で……
お願い……」
世界が黒く沈んだ。
大我は拳を握りしめ、
唇を噛んだ。
「兄さん……
あの子……あんなに呼んでるのに……
なんで……いないんだよ……」
静かな病室に、
冴夢のしぼんだ呼吸だけが残った。
そしてその夜――
冴夢の心は世那を失った現実を受け止められないまま、
深い眠りへ落ちていった。
──────────────────────────
葬儀場の空は、晴れでも雨でもない、
どこまでも薄くて頼りない灰色だった。
白い煙がゆっくりと上に伸びていく。
その煙に混ざって、
世那の温もりも、声も、優しさも、
全部が空にほどけていくようだった。
冴夢は――ただ立っていた。
髪は結ばれず落ちたまま。
病院着のまま。
靴だけは大我が履かせた。
でも。
表情は、何もなかった。
涙もない。
声もない。
震えもない。
ただ、“何か”が抜け落ちたみたいに静かだった。
昔の、あのボロアパートで。
母やその恋人に怯えて、
誰にも期待しないように生きていた頃の冴夢。
その頃の“人形みたいな冴夢”に戻っていた。
世那と出会う前の、
“生きているけど、生きていない子”。
煙を見つめる目は焦点が合っていなかった。
(……あれが……世那くん……?)
胸の奥のどこかで声がしたはずなのに、
その声すら届かない。
──────────────────────────
大我は遺影の前で拳を握りしめていた。
兄の笑顔。
優しい目。
あの家族みたいな温度。
もう二度と戻らない現実が胸をえぐる。
だけど――
それ以上に胸を裂いたのは、
冴夢が一滴も泣かないことだった。
まるで感情が全部消えてしまったみたいで。
“兄さんが命を賭けて守った子が、
こんな顔してるなんて……許せない。”
込み上げる怒りでも悲しみでもない、
もっとどうしようもない衝動が大我を押した。
そして――
静かに煙を見つめる冴夢の横で、
大我は堪えきれず叫んだ。
「……おい!!」
冴夢の肩がわずかに揺れた。
「唇、噛むな……!
そんなの……血が出るだけだろ……」
冴夢は気づかぬうちに
歯で強く唇を押しつぶしていた。
血の味も、痛みも、感じていなかった。
大我は堪えられなかった。
「いいから……泣けよ……!!
泣いていいんだよ……!!
全部受け止めてやるから……
その感情……吐き出せよ……!」
声が震えた。
「間違ってねぇから……っ
兄さんのこと、好きだったんだろ……?
大事だったんだろ……?
守ってほしかったんだろ……?」
風が煙を揺らし、
冴夢の髪が静かに揺れる。
冴夢は――何も言わなかった。
ただ、煙を見ている。
涙も出ない。
声も出ない。
呼吸の仕方すら忘れたみたいに静か。
大我の喉が痛くなるほど叫んでも、
冴夢は動かない。
その“静寂”が、何よりも残酷だった。
(兄さん……何でだよ……
あの子、泣き方……もう分かんなくなってんじゃん……)
大我は目を伏せ、拳を震わせた。
冴夢は、灰色の空に昇る煙をずっと見ていた。
その煙が終わりを告げるまで、
一度も瞬きをしなかった。
──────────────────────────
葬儀を終えた夜。
大我は冴夢を連れて帰った。
病院に戻るより、少しでも“世那の気配”が残る場所の方が
冴夢が落ち着くだろうと判断したからだった。
鍵は大我が預かっていた。
「……開けるよ。」
冴夢は返事をしなかった。
ただ、静かに立っていた。
カチャ、と鍵が回る音。
その瞬間、
あの日の夕焼けと笑い声が
一気に胸へ突き刺さるように戻ってきた。
扉を開けると、
ほんの少しだけ残った世那の生活の匂いが漂った。
コーヒーの香り。
散らばったままの本。
洗って干したばかりのシャツ。
冴夢が選んだ黄色いマグカップ。
全部がそのまま。
全部が世那の温度を残していた。
冴夢は一歩、部屋の中に入った。
足音が、小さかった。
(……ここ……世那くんの部屋……)
視界が揺れる。
彼がよく座っていたソファ。
冴夢に買ってくれたブランケット。
ノートパソコン。
帰るたびに笑ってくれた顔。
全部があるのに、
彼だけがいない。
冴夢はゆっくりと部屋を歩き出した。
まるで“探し物”をするみたいに。
キッチン。
ソファ。
本棚。
ベッド。
窓際。
どこを見ても——
彼の姿は、なかった。
冴夢の喉が、ぎゅっと詰まる。
呼吸がうまく吸えない。
(……おかしいよ……
いつも、ここにいたのに……
声が聞こえるはずなのに……)
部屋の中央で、冴夢は小さく首を振った。
何度も、何度も。
「……世那くん……?」
返事はない。
呼んでも呼んでも、
“もう返ってこない沈黙”だけが返ってくる。
背後で、大我はただ黙って立っていた。
無理に声をかけなかった。
泣かせようともしなかった。
ただ、兄が命を懸けて守った少女が
“現実の中で迷う”すべてを
静かに見守っていた。
冴夢は最後に、
世那の机の上に置かれたペン立てに触れた。
指先が震えた。
そして——
ゆっくり、大我の方を向いた。
瞳が、ふるふると揺れていた。
「……ねぇ……大我くん……」
声は細くて、壊れそうで、
それでも確かに“生きている声”だった。
「……世那くん……」
喉の奥で、何かがほどける音がした。
「……居なく……なっちゃった……」
その言葉を言った瞬間。
冴夢の目から、
ぽたり、と涙が落ちた。
一粒。
二粒。
三粒。
止まらない。
静かに泣いていた子が、
ようやく“現実”を掴んだ瞬間だった。
大我はそっと近づき、
ゆっくり冴夢を抱きしめた。
強くじゃない。
壊れないように。
逃げ道を作るように。
冴夢の顔が、大我の胸元に沈む。
「……うん……居なくなった……
もう……どこにもいない……
でも……」
震える声で、大我は続けた。
「……泣いていいよ。冴夢ちゃん。
兄さん……お前が泣いたら……きっと……安心するから……」
冴夢は胸に手を押し当て、
声を殺すように泣き崩れた。
「……やだよ……
会いたいよ……
世那くん……
いたいよ……っ
あいたい……っ……!」
夜の静かなアパートに、
冴夢のむせび泣く声がやっと響いた。
大我は迷いなくその声を受け止めた。
それが、
兄への弔いであり、
冴夢の“最初の一歩”だったから。
──────────────────────────
冴夢が泣き疲れて眠りついたのは、日付をまたいだ頃だった。
大我は、ソファに沈む冴夢の肩をそっと包んだまま、
彼女の呼吸がゆっくりと安定するまでずっと、ずっと動かなかった。
(……兄さん……冴夢ちゃん……)
ようやく冴夢が完全に眠ったのを確認すると――
大我は静かに腕をほどき、立ち上がった。
フローリングの微かなきしみだけが響く深夜のアパート。
大我は、ためらいながら世那の部屋のドアを開いた。
暗がりの中、その部屋だけは――
“まだ兄が生きている匂い”が残っていた。
コーヒーの香り。
書きかけのペンのインク、紙の匂い。
洗濯して畳まれていないジャージ。
大我は、ゆっくりとそのジャージを拾った。
袖を握る。
胸元をつかむ。
そして――
「……兄ちゃん……」
声が震えた。
「なんでだよ……
どうして兄ちゃんが……死ななきゃいけねぇんだよ……」
言葉が濁って、喉の奥で千切れた。
「冴夢ちゃん……めちゃくちゃ守って……
全部背負って……
最後の最後まで……っ
兄ちゃん……らしい」
笑おうとして、笑えなかった。
がくり、と膝から崩れ落ちた。
ジャージを抱きしめて、顔を押しつける。
「……兄ちゃん……
俺、まだ……
兄ちゃんに何も返してねぇよ……」
嗚咽がこぼれた。
涙がジャージに落ちるたび、
世那がそこに触れてくれているようで、
余計に苦しくなる。
「兄ちゃん……っ
もっと……生きててよ……
冴夢ちゃんと……
一緒に……幸せになれよ……っ」
部屋の暗闇に、大我の泣き声だけが静かに響いた。
────────────
その声を――
部屋の入り口の影で、ひとりの少女が聞いていた。
冴夢。
眠っていたはずのその目は開いていて、
涙で光っていた。
(……大我くん……)
大我の背中は震えている。
世那に似た横顔。
世那とは違う泣き方。
冴夢は、足が動かなかった。
声も出せなかった。
ただ――
胸の奥がぎゅっと締めつけられた。
(世那くんを守りたかったのは……
大我くんも同じなんだ……)
冴夢の頬を、涙が静かに伝った。
大我は気づいていない。
部屋の暗がりで。
兄の匂いに包まれながら泣く弟と。
扉のそばで立ち尽くし、
その涙を見つめる少女。
ひとつの喪失が、
二人の心に全く違う形で深い影を落としていた。
──────────────────────────
泣き疲れて、
大我の呼吸が
ゆっくりと深くなっていった。
震えが少しずつおさまる。
涙の跡が頬に残り、
眉もきゅっと寄ったまま。
眠りに落ちてもなお、
“失った痛み”が大我の表情には刻まれていた。
冴夢はそっと、大我の頭を支える。
(……大我くん……)
世那の弟。
いつも手紙で優しくて、
明るくて、
強くて。
でも――
「……泣いてたんだ……こんなに……」
指先が震えた。
優しい人ほど、
誰よりも泣くのを我慢してしまう。
大我の寝息は乱れていて、
喉の奥で小さな音が漏れる。
冴夢はそっと、
大我の髪に触れた。
ふわりと温かい。
だけど、その下に隠した痛みは深い。
(……大我くんも……
わたしと……おんなじだ……)
胸の奥で、静かに気づく。
世那に救われたのに
世那を失って
世界の色が一度全部消えたこと。
誰かの前で泣けなかったこと。
泣き方を忘れたこと。
大我も――
同じ場所にいる。
同じ痛みに触れてしまった子。
冴夢はそっと、大我の頬にかかった髪を払った。
「……大我くん……」
細い声でつぶやく。
「……ひとりじゃないよ……
わたしも……ここにいるから……」
誰かを慰める言葉ではなく、
自分自身にも向けた言葉。
冴夢は大我の肩にブランケットをかけて、
静かにその隣に座り込んだ。
闇はまだ深く、
夜明けは遠い。
でも――
ふたりで寄り添っているその形は、
どこか救われたように見えた。
世那が遺した“気配”の中で、
冴夢は初めてほんの少しだけ
涙を止めることができた。
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