ブルーピーシーズ

弧川ふき@ひのかみゆみ

文字の大きさ
67 / 158
第3章 隠し事

27 藤宮家

しおりを挟む
 僕が実千夏みちかに秘密を話してから三か月ほどの月日が経った。
 体ももう傷だらけになる前と同じように動かせる。
 学校や家なんかでの運動も含めて色んな状況で段階を踏んで慣らしていったけど、今はもうなんのその。
 十一月。
 突然だけど、その中旬に僕のお爺ちゃんが倒れた。お婆ちゃんから連絡を受けて、お爺ちゃんの家の近くに唯一ある診療所を訪ねた。
 そこで、家族みんなで医師の話を聞いた。

「胃がんです。肝臓にも、ほかにも転移しています」
 問題の本人は、この診療所の病室のベッドで今は寝ている。
 だからこの説明は、お爺ちゃん以外のみんなで聞いた。

 詳しい話はよく覚えてない。覚えてるのは、あとほんの数か月の命だということだけだった。
 ただ図で説明されながら、転移箇所やその深度を知った。
 その説明のあとで、違和感があって、お婆ちゃんに聞いた。
 するとお婆ちゃんはこう言った。
「先生が仰っていたけどね、本当は随分前から患っていたはずなのよ、でも、お爺ちゃんは言わないことにした、そういうことみたいなのよね」

 それを聞いて、誰より早くお母さんが言った。「なんでそんなこと」小さく叫ぶようだった。
 お婆ちゃんはそれまでのように、落ち着いたトーンで話し続けた。
「どっちにしろ手遅れだと思ってたってことだと思うわよ。自分で考えたかったみたいね、これからのことを……多分」
 それを聞いて、そうか、と思うことしかできなかった。

 ……そして一月。年越しも祝う気になれず。その中旬。
「もうお迎えが近いみたいって」
 と、お婆ちゃんが、マンションの僕らの家に、連絡を寄越した。


「あんなにも、よく動けたもんです」と、あの診療所のお医者さんが称えた。
 以前説明してくれたのと同じ医師。お父さんより少し年配くらいの。
 その診療所には、どうやらしか診られる医師はいないらしい。
 そこの、二人用の病室。
 片方のベッドは空。

 お爺ちゃんは奥のベッドの上で、ほとんど寝たまま過ごしていた。世話しながら見守った。
 僕らは近くで本を読んだり、お爺ちゃんの好きな音楽をスマホで流して聞いたりした。
 食事は必要な時に代わる代わる済ませる。それに対して、お爺ちゃんは少しの水を飲めればよし、という程度になってしまっていた。
 お爺ちゃんはその翌日の夕暮れ時に、息も絶え絶えに、誰へともなく。「おあ……りあ……ふるら……」
 するとお兄ちゃんが「俺達は長生きするよ」って。

 横たわるお爺ちゃんのそばに、みんなが一緒にいた。お姉ちゃんも、お父さんも、お母さんも、お婆ちゃんも。
 きっとお兄ちゃんは、お爺ちゃんが『お前達はすぐにはこっちに来るなよ』みたいに言ったと思って、心配しないで、と思ったんだろう。僕もそう聞こえたし同じように思った。

 数分後、お母さんもお父さんもこの場を立って、
「夕飯の準備をしてくるよ」
 と、一旦出て行った。お爺ちゃんの家に行ったはず。
 お兄ちゃんも「何か飲みたい」と言って病室を出た。お姉ちゃんは「ちょっとその辺を歩いてくる」って。考えを整理したいみたいだった。

 僕とお婆ちゃんだけが、この病室に残った。
 そんな時に、僕らが何も音を立てないでいたせいか――なぜかは分からないけど――お爺ちゃんが独り言のように口にした。「なす……かし……な……るぉ……せうの……そら……こ……なに……うすく……し……」
 寒気を感じた。

 今、なんて……。
 ルオセウの、と聞こえた。はっきりそう聞こえた。
 なんで。
 ただ、瞬間的に理解した。僕の力の理由は、お父さんだけじゃなかった、お爺ちゃんもそうだったんだ!――って!

 心臓がバクバクと鼓動する。とがった氷が胸に刺さったような気分にさえなった。
 そんな感覚の中、考えた。
 お爺ちゃんは死ぬ直前に走馬灯でも見て、言いたくなったんだろう、

『懐かしいな、ルオセウの空、こんなに美し……』

 と。多分そこで途切れただけで、まだ先があったんじゃないかな……。
 それを言いながら永遠の夢の中へ……。
 そしてお爺ちゃんは、その幻か何かに対しての言葉すら、もう発してはいない――。

 そんなまさか。そんなまさか――!

 そんな言葉ばかりが頭に浮かぶ。
 本当なのか。
 だったらと、力のことについて聞きたいと思った。お爺ちゃんを含めてみんなで話したい。だっておかしい。ルオセウ人の姿をしていないのになんで。変身は――僕は違うけど――ずっとは続かないはずなのに。
 ルオセウ人ではない? でもそうだとすると懐かしく思うかな。もっと別の星の? もう、こうなると意味不明だ、ルオセウ人ですらないならルオセウを懐かしく思うかな、最後の夢で。

 ありえないとは言い切れないけど、でも……。
 やっぱりルオセウ人? だとするとどうして変身が続いて……。
 それとも聞き間違い? 考え過ぎただけ?
 声を掛けたい。でも、どう声を掛ければいいのかが分からない。

「お爺ちゃん……、ねえ、聞いてよ」
 やっとそんな言葉が出てから、少しずつ絞り出そうとした。
「教えてほしいことがあるんだよ。ねえ……。お爺ちゃん」
 ただ、返事はなかった。
「お爺ちゃん……?」
 大きな声を出さないと聞こえなくなっているのかも。そう思って――
「お爺ちゃん! お爺ちゃん!!」
 叫んだけど、反応はなかった。

 今になって、亡くなることの実感が、唐突にいてきた。それまで、なぜだか現実感がなかった、想像が追い付いていなかったのかも……。
 話を聞きたかった。
 変身やルオセウに関してもそうだけど、お爺ちゃんの旅の話が好きだったし、写真も。特に旅行先の写真を見ながらのお爺ちゃんの解説。好きだったな。もっと話したかった。習字対決も。僕らに合わせた遊びも。もうできない。
 もっと話したかった。でも聞けない。
 まだ一緒にいたかった。でももういられない。
 取り付けられた心電図の音が響いてる。まだ脈はある。ただ、かなりゆっくりにはなっていて……。
 また呼び掛けてみた。「お爺ちゃんっ」
 でも声はない。

 僕がうなだれていると、「だいちゃん」と、お婆ちゃんに声を掛けられた。「みんなを呼んで。ね」
 そう言われて診療所を出て、スマホでみんなを呼ぶ。まずはお父さんに。
「どうした」
 そう言われ、僕は開口一番。「戻ってきて、病室に」
 意識しないとうまくしゃべれない。必死に話した。
「声、何度も掛けた。……もう、全然、返事しないんだよ。……脈も、もうすぐ……止まりそう、だから……」
 大事な話はあとにする。そう決めた。まずはちゃんと送りたかったから。

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 春彦はるひこさんの家に嫁いで、今まで大切にされてきた、私もあなたを大切にしてきた。
 そういう人生を振り返りながらこうして見送ることで、『いい人生だったのだ』と安心した中で眠らせてあげる、それが私にできる最大限のことで、そしてそれができたのだと私は信じている。
 夕陽の差す中、眠る春彦さんに向けて告げたくなった。
「ありがとうね」
 その手に触れ、また告げる。
「お疲れ様、春彦さん」
 掛けたい言葉は幾らでもある。ただただのどに詰まる。それだけの密度が、私達にはあったから。

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 お爺ちゃんの家から、夕飯の準備をしていたお父さんとお母さんが戻ってきた。少し離れた所にある自販機で缶ジュースを買ったらしいお兄ちゃんも、そこら辺を歩いてきたというお姉ちゃんも戻っている。
 この診療所唯一の医者も来た、彼は僕のお父さんと共に。

 お医者さんはベッドの向こうに回り込むと、お爺ちゃんの脈を心電図で確かめたり、呼吸の音を聞いたりした。
 僕らは声を掛けた、代わる代わる。
「今までありがとね」
「色々話が聞けて楽しかったよ」
「写真、大事にしておくからね」
「心配しないでね、みんな大丈夫だから」
「カッコよかったよお爺ちゃん」
 最後の言葉が心地いいものであってほしい、だからそうした。

 叶わないことは口にしなかった。孫を見せたかったのに、とかそういうことは――、後ろ向きな言葉になってしまう。「お爺ちゃんがいい気持ちで去れないじゃない?」とお婆ちゃんが言ったからだった。
 だから、僕らは大丈夫だよと、そういうことばかりを言った。

 掛ける言葉が段々なくなって、静かになる。それから数分と数十秒が経ってから。
「お亡くなりになりました」
 しばらく何も言わなかった。言えなかった。言いたいことが多過ぎて、今さら実感だけが増して。ちゃんと不安なくけたのかなとか、お爺ちゃん孝行もそんなにできなかったなぁとか、そんなことを思って、今度はそれが胸につっかえて。
 みんなもそうだったのかな。
 無言だった。みんなが。
 記憶の中のお爺ちゃんを想ってたら……いつの間にか、滝のように涙を流してた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

処理中です...