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第3章 隠し事
27-3 水晶玉と船と夢
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あの近場から調査し、医者を探した。大樹くんの祖父の秘密を知る医者を。
もしかしたら離れた場所の――ふもとや、もっと都会な所の――医者の話を盗み聞かなければならない可能性もあったが、そうはならずに済んだ。大樹くんの祖父が住む村にある診療所の男性医師がそうだった。彼は掛かり付け医でもあった。
これ以上盗み聞く必要は恐らくない。
俺はこれらを、大樹くんのスマホを通し、彼の家族に話した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
檀野さんからの知らせを受けて、数日後、僕らは例の男性医師に会いに行った。
で、お願いした。
お兄ちゃんとお姉ちゃんと僕はマギウトをやって見せたけど、お父さんは見せなかった。お父さんが見せたら話が逸れるからね。
「あなたが話を聞いていて、祖父の秘密を守っているのは知っています、どうか教えてください」
お兄ちゃんがそう言った。それから僕らは頭を下げた。
僕らの気持ちを察してくれたのか、医師は、低い声で言った。
「分かりました」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
私は、一人暮らしの老人に拾われ、その家に養子に入って生活していた。拾われてからは母国の言葉を一切話さなかった。
名前についての日本語を学んですぐのことだ、私は、イェキセンという名だったが、それを捨て、春彦と名乗り始めた。
少年の頃は学校などに行かず、十進数の数学や日本語を使った化学に興味を持っても、地球で覚えるべき一般的な知識がまだまだあると思っても、家で勉強した。その後、農業に興味を持ち、米作りの仕事をした。
戦争に行かせられる。その不安が私に重く圧し掛かった。もしものことがあれば、自分はきっと化け物扱いされるから余計に。知られれば狙われ、閉じ込められ、研究される。このような環境では、軍事的にも私は危うい。
誰の血も見たくはない。
不安と戦いながら仕事をしたが、赤紙は来なかった。
私の世話をしてくれている老人――藤宮豊さんがあまりの高齢なので、私が豊さんを支えるようになり始めていた。その頃には、私がいなければ豊さんは恐らく……。
私は赤紙がこない理由を、一人の老人を支えていることと、日本の食のために農業をやっていることのせいかもしれないと考えた。
よく働いているという自負もあったが、それだけで満足せず私は用心していた、歩く時も働く時も、食う時も寝る時も。だからか頑健だった。
そのため、子供の頃にレントゲン写真をそもそも撮られず、それによって疑われることはなかった。
そしてほかに身内のいない豊さんが死んだあと、全ての遺産を引き継いだ。当時私は齢三十。地球においての育ての親を失い、一人寂しく、それでも私は、地球の、ここにある稲を刈った。
何のために稲作をするのか。
それをよく考えるようになった。もちろん他人が食うためでもあるが、農家はほかにもある。単純な興味もあったが、自分が食うためというのが目的としては大きかったはずだ。
私は考え続けた。この稲は、今を生き、これを買う全ての者の命のためにある。その意識は以前からなかった訳ではない、が、以前よりも強く意識しながら私は稲を植え、育て、刈るようになった。
私は家を継ぎ戸主となったが、それが実は兵役免除になるとあとから知った。
ならばと、世話になったこの日本のために、尚更、自分はここで稲を刈ることに手を抜いてはならぬと精魂を傾け続けた。
何よりそれに汗を流すことに抵抗感はなかった。充実感をすら覚えた。
数年後、岸辺サエという女性と出会い、結婚。彼女は藤宮サエを名乗るようになった。
そのサエとのあいだに、中々子供ができなかった。一度流産した時、サエはしばらく泣いて暮らした。
それから数年度、ようやく女児を授かった。ただ一人の娘。私とサエは話し合い、その子を香菜と名付けた。
香菜は日本人の赤子の姿をしていた。青くない。これに驚いたことは誰にも言わなかった。
香菜には遺伝しているかもしれなかった。その力のことを言うべきか、もし言うべきならそれはいつか、そのことで私は長く悩んだ。だが香菜は二十歳を大きく過ぎても食事量の変化や鉄分欲しさなどを見せなかった。
だからこそ、私は話さないことに決めた。
そして思った、危機感を覚えない人生などあろうか、何か力に目覚めるような『こんなことができたら』という想いがない人生などあろうか。力は、この土地の者との間にできた子供には伝わらないのだろう、それが私の結論だった。
年老いてからは、医者に掛からなければならない時は、診療所を頼るしかなかった。
その際――レントゲンを撮られた時に――そこに映るサクラに関することを打ち明け、味方になってもらうほかなかった……。
サクラのことをその医師にだけは打ち明けた私だが、自分が元はイェキセンという名の薄青い肌の異星人だったことを、誰にも言ってはいない、その医師にすら。
最期の寝台の上で私は幻を見た。青々とした緑と紫掛かった緑を宿した木々、それに、地球と同じ青さに緑が足されたような、その上で夕焼けが彩りを足す空。それを見る自分は白壁の窓辺にいる、そういう幻。
真下の道路には青い肌の隣人が歩いていた。
それを見た私の胸に、夢だと理解できた感覚がなぜかあった。
そしてその幻達に語り掛けたくなった。
だが、私はルオセウの言葉をほとんど忘れていた。
仕方なく、新たに覚えた言葉で告げるしかなかった。
「ありがとう、フロラーダ」
その声は、夢の中でしか音にならなかったかもしれない。それから空に目を向け、哀愁を抱き、声にした。
「懐かしいなあ、ルオセウの空。こんなに、美しかったんだな……」
地球に住んでからの幻も、そのあとに見た。我が子と、そして孫と、遊ぶ幻。
辛いこともあったが、いいこともあった、本当に色んなことが。
この夢の中で、思った、
『私は、幸せの中にいることができたのだ』
と。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
祖父の死ぬ間際までの掛かり付けの医師。一緒に看取ってくれたあの医師。彼はこう言った。
「レントゲンを撮って見えたものについて、春彦さんは誰にも言わないでくれと言ってたよ」
息継ぎ後、こうも言った。
「最初は精神病院に送ろうかと思ったけど、春彦さんが水晶玉を操るから調達してきてみろと言ってね、私がその通りにしたら、見せてくれたんだ、本当にできたからびっくりだよ。それで信じて誰にも言わないことを誓ったけど、家族であるあなた方がその力を知っていると言うのなら――。まあ、話さない訳にはいかないよね」
「そう……だったんですね」
お母さんも驚きを隠せてない。
……結局、この人に聞いて分かったのは、お爺ちゃんが掛かり付けの医師に『レントゲンに映るサクラの性質とマギウトについて』を説明したこと、『診察しても誰にも言わないようにしてほしい』と頼んでいたこと、それらだけだった。
僕と両親と兄弟。計五人でこのことを確認したけど、お婆ちゃんには言わない。まだ生きているうちに知れたら違ったかもしれないけど、お爺ちゃんはもう……。そんな状況な上、僕らのことにお婆ちゃんが巻き込まれる心配をする必要がほぼないと思っている今、話す必要もないと思っている。
お婆ちゃんのものとなった家に寄った時、お母さんが、
「これからどうするの」
と聞いた。
お父さんは同居を勧めたけど、お婆ちゃんの対応はこうだった。
「一緒に住む気はないよ、稲畑はもう、ずうっと前に若い衆に継がせてはいるけどね、この家に、私がいたいのよ。だから、まだなんとかやっていくよ」
僕らはマンションに帰ってきた。
それから特に事件もなく、また何日も経った。
四十九日。その法要も終わり、今や白い粉でしかないお爺ちゃんは、あの地の近くの墓地に埋葬された。
数日後、お爺ちゃんの乗ってきた宇宙船のことが気になって、家族五人で見に行った。船はあの施設のもっと下層の十九番倉庫とやらにあって、その船自体は想像とは違って小さかった。というのは、佐倉守家の船と比べてという意味で、一般的な車よりは全然大きいけど。
これでお爺ちゃんは地球に、日本に……。
でも、来た理由は何だったんだろう。
それに、お爺ちゃんが――いや、そもそも近代のルオセウ人が――なんで居那正さんとも違う変身能力を使えたのかな。
そこら辺だけは未だに謎だ。
僕はマギウトの練習を怠らないようにした、前よりも強い意志で。それは妙にそわそわしたからだった。なぜそわそわしたのか。自分でもよく分からない。
もしかしたら離れた場所の――ふもとや、もっと都会な所の――医者の話を盗み聞かなければならない可能性もあったが、そうはならずに済んだ。大樹くんの祖父が住む村にある診療所の男性医師がそうだった。彼は掛かり付け医でもあった。
これ以上盗み聞く必要は恐らくない。
俺はこれらを、大樹くんのスマホを通し、彼の家族に話した。
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檀野さんからの知らせを受けて、数日後、僕らは例の男性医師に会いに行った。
で、お願いした。
お兄ちゃんとお姉ちゃんと僕はマギウトをやって見せたけど、お父さんは見せなかった。お父さんが見せたら話が逸れるからね。
「あなたが話を聞いていて、祖父の秘密を守っているのは知っています、どうか教えてください」
お兄ちゃんがそう言った。それから僕らは頭を下げた。
僕らの気持ちを察してくれたのか、医師は、低い声で言った。
「分かりました」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
私は、一人暮らしの老人に拾われ、その家に養子に入って生活していた。拾われてからは母国の言葉を一切話さなかった。
名前についての日本語を学んですぐのことだ、私は、イェキセンという名だったが、それを捨て、春彦と名乗り始めた。
少年の頃は学校などに行かず、十進数の数学や日本語を使った化学に興味を持っても、地球で覚えるべき一般的な知識がまだまだあると思っても、家で勉強した。その後、農業に興味を持ち、米作りの仕事をした。
戦争に行かせられる。その不安が私に重く圧し掛かった。もしものことがあれば、自分はきっと化け物扱いされるから余計に。知られれば狙われ、閉じ込められ、研究される。このような環境では、軍事的にも私は危うい。
誰の血も見たくはない。
不安と戦いながら仕事をしたが、赤紙は来なかった。
私の世話をしてくれている老人――藤宮豊さんがあまりの高齢なので、私が豊さんを支えるようになり始めていた。その頃には、私がいなければ豊さんは恐らく……。
私は赤紙がこない理由を、一人の老人を支えていることと、日本の食のために農業をやっていることのせいかもしれないと考えた。
よく働いているという自負もあったが、それだけで満足せず私は用心していた、歩く時も働く時も、食う時も寝る時も。だからか頑健だった。
そのため、子供の頃にレントゲン写真をそもそも撮られず、それによって疑われることはなかった。
そしてほかに身内のいない豊さんが死んだあと、全ての遺産を引き継いだ。当時私は齢三十。地球においての育ての親を失い、一人寂しく、それでも私は、地球の、ここにある稲を刈った。
何のために稲作をするのか。
それをよく考えるようになった。もちろん他人が食うためでもあるが、農家はほかにもある。単純な興味もあったが、自分が食うためというのが目的としては大きかったはずだ。
私は考え続けた。この稲は、今を生き、これを買う全ての者の命のためにある。その意識は以前からなかった訳ではない、が、以前よりも強く意識しながら私は稲を植え、育て、刈るようになった。
私は家を継ぎ戸主となったが、それが実は兵役免除になるとあとから知った。
ならばと、世話になったこの日本のために、尚更、自分はここで稲を刈ることに手を抜いてはならぬと精魂を傾け続けた。
何よりそれに汗を流すことに抵抗感はなかった。充実感をすら覚えた。
数年後、岸辺サエという女性と出会い、結婚。彼女は藤宮サエを名乗るようになった。
そのサエとのあいだに、中々子供ができなかった。一度流産した時、サエはしばらく泣いて暮らした。
それから数年度、ようやく女児を授かった。ただ一人の娘。私とサエは話し合い、その子を香菜と名付けた。
香菜は日本人の赤子の姿をしていた。青くない。これに驚いたことは誰にも言わなかった。
香菜には遺伝しているかもしれなかった。その力のことを言うべきか、もし言うべきならそれはいつか、そのことで私は長く悩んだ。だが香菜は二十歳を大きく過ぎても食事量の変化や鉄分欲しさなどを見せなかった。
だからこそ、私は話さないことに決めた。
そして思った、危機感を覚えない人生などあろうか、何か力に目覚めるような『こんなことができたら』という想いがない人生などあろうか。力は、この土地の者との間にできた子供には伝わらないのだろう、それが私の結論だった。
年老いてからは、医者に掛からなければならない時は、診療所を頼るしかなかった。
その際――レントゲンを撮られた時に――そこに映るサクラに関することを打ち明け、味方になってもらうほかなかった……。
サクラのことをその医師にだけは打ち明けた私だが、自分が元はイェキセンという名の薄青い肌の異星人だったことを、誰にも言ってはいない、その医師にすら。
最期の寝台の上で私は幻を見た。青々とした緑と紫掛かった緑を宿した木々、それに、地球と同じ青さに緑が足されたような、その上で夕焼けが彩りを足す空。それを見る自分は白壁の窓辺にいる、そういう幻。
真下の道路には青い肌の隣人が歩いていた。
それを見た私の胸に、夢だと理解できた感覚がなぜかあった。
そしてその幻達に語り掛けたくなった。
だが、私はルオセウの言葉をほとんど忘れていた。
仕方なく、新たに覚えた言葉で告げるしかなかった。
「ありがとう、フロラーダ」
その声は、夢の中でしか音にならなかったかもしれない。それから空に目を向け、哀愁を抱き、声にした。
「懐かしいなあ、ルオセウの空。こんなに、美しかったんだな……」
地球に住んでからの幻も、そのあとに見た。我が子と、そして孫と、遊ぶ幻。
辛いこともあったが、いいこともあった、本当に色んなことが。
この夢の中で、思った、
『私は、幸せの中にいることができたのだ』
と。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
祖父の死ぬ間際までの掛かり付けの医師。一緒に看取ってくれたあの医師。彼はこう言った。
「レントゲンを撮って見えたものについて、春彦さんは誰にも言わないでくれと言ってたよ」
息継ぎ後、こうも言った。
「最初は精神病院に送ろうかと思ったけど、春彦さんが水晶玉を操るから調達してきてみろと言ってね、私がその通りにしたら、見せてくれたんだ、本当にできたからびっくりだよ。それで信じて誰にも言わないことを誓ったけど、家族であるあなた方がその力を知っていると言うのなら――。まあ、話さない訳にはいかないよね」
「そう……だったんですね」
お母さんも驚きを隠せてない。
……結局、この人に聞いて分かったのは、お爺ちゃんが掛かり付けの医師に『レントゲンに映るサクラの性質とマギウトについて』を説明したこと、『診察しても誰にも言わないようにしてほしい』と頼んでいたこと、それらだけだった。
僕と両親と兄弟。計五人でこのことを確認したけど、お婆ちゃんには言わない。まだ生きているうちに知れたら違ったかもしれないけど、お爺ちゃんはもう……。そんな状況な上、僕らのことにお婆ちゃんが巻き込まれる心配をする必要がほぼないと思っている今、話す必要もないと思っている。
お婆ちゃんのものとなった家に寄った時、お母さんが、
「これからどうするの」
と聞いた。
お父さんは同居を勧めたけど、お婆ちゃんの対応はこうだった。
「一緒に住む気はないよ、稲畑はもう、ずうっと前に若い衆に継がせてはいるけどね、この家に、私がいたいのよ。だから、まだなんとかやっていくよ」
僕らはマンションに帰ってきた。
それから特に事件もなく、また何日も経った。
四十九日。その法要も終わり、今や白い粉でしかないお爺ちゃんは、あの地の近くの墓地に埋葬された。
数日後、お爺ちゃんの乗ってきた宇宙船のことが気になって、家族五人で見に行った。船はあの施設のもっと下層の十九番倉庫とやらにあって、その船自体は想像とは違って小さかった。というのは、佐倉守家の船と比べてという意味で、一般的な車よりは全然大きいけど。
これでお爺ちゃんは地球に、日本に……。
でも、来た理由は何だったんだろう。
それに、お爺ちゃんが――いや、そもそも近代のルオセウ人が――なんで居那正さんとも違う変身能力を使えたのかな。
そこら辺だけは未だに謎だ。
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