古民家ベーカリー&カフェ とまり木 ~美味しいパンとやすらぎを~ 〈何気ない暮らしの景色賞〉受賞

衿乃 光希

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六章 地域のイベント

3.イベント開始

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 行列を作っていた人々が、続々と飲食ブースに入ってくる。顔を見ると、期待と興奮に満ちているように見える。
 目当てのお店があるのか、まっすぐに向かっていく人、迷っているのか顔をあちこちに向けている人。さまざまな人が歩いてくる。
 とまり木のブースにまっすぐ向かってくるお客さんももちろんいた。

「いらっしゃいませー」
 隣の沙耶さんが、お客さんを出迎えた。
「グルメバーガー1個ください」
「はい。ありがとうございます。1500円になります」

 ベーコンレタスチーズバーガーだと長いので、今日は注文しやすいようにグルメバーガー、と名を変えていた。
 ずしりと重いグルメバーガーを受け取ったお客さんは、ぱっと顔を輝かせた。

「去年食べ損ねたから、今日は朝早くに来ました。楽しみです」
「そうだったんですね。がっつり頬張ってください」

 沙耶さんは気さくに応対し、次のお客を出迎えた。
 次々とお客さんが並び、出来上がっては渡し、焼き上がるのに時間がかかる場合は「お待ちくださいね」と声をかける。

「お店はどこにあるんですか」と質問されてお店の場所を印刷したチラシを渡したり、パンだけ欲しいというお客さんには、後ろで対応したり。

 バットの食材の量を見ながら切ったり剥がしたり、バンズを焼いて、バーガーを作って、沙耶さんと担当を交代し、商品を渡して、お金を受け取って。
 店長と沙耶さんの足を引っ張らないように、私は夢中で対応していた。

「パティの残りを数えてもらえますか」
 店長に言われて、沙耶さんが発泡スチロールの中身を数える。

「残り二十五個。注文数の確認行ってくる」
 言うなり、沙耶さんが並んでいるお客さんのところに向かった。
 しばらくして戻ってくる。

「並んでいるお客さんの分で終わり。看板立てといた」
「ありがとうございます」

 夢中になっている間に、用意した百五十個のパティが尽きようとしていた。
 オープンから三時間ほど。早いのか、そうでもないのか、わからないうちにグルメバーガーは売り切れとなった。
 パンも十四時頃にすべて売り切れ、イベント初日のとまり木は閉店した。

「「「お疲れ様でした」」」
 ミニバンのハッチバックを閉じ、私たちは誰からともなく挨拶を交わした。
 今朝運びこんだ道具類は一度持ち帰って、明日また運んで設置するため、ミニバンにすべて積み込んだ。
 これからお店に戻って、明日の分のパンの袋詰めなどの作業をすることになっている。

「忙しかったですね。鈴原さん、大丈夫でしたか」
「はい、楽しかったです。お客さんがすごく楽しみにしてくれているのが伝わってきました。並んでいるお客さんもみんな笑顔でしたし」

 お客さんと会話をしてなくても、「美味しそう」「楽しみ」「食べきれるかな」といった弾む声が聞こえていた。それだけで私は嬉しかった。

「依織ちゃん、手際すごく良くなってたよ」
「本当ですか!?」
 沙耶さんに褒められて、きゃっーと心が躍った。

「早いけれど丁寧に作ってくれていて、感心してたんですよ。明日も頼みます」
 店長からも褒めてもらえて、
「もちろんです」
 私は両手を握りしめて、力強く頷く。

 子供みたいにはしゃいでしまいそうな私がいた。今日は自分でもよくできたなと思う。頑張った。
 同じ作業をずっとしていたのだから、できて当たり前。なんて冷めた考えはしない。ベテラン二人の足を引っ張らずに作業ができたんだから、胸を張って自分で自分を褒めていい。

「店に戻る前に、僕たちもお昼食べましょうか」
「賛成」
「はい」
 店長からの提案に、沙耶さんと私も手を上げて喜んだ。

「何食べようかな。メンチカツ美味しそうだったんだよね。まだあるかな?」
「コロッケも美味しそうでしたね」
「夜ご飯に買って帰ってもいいよね」
「それいいですね」

 飲食ブースに戻ると、
「僕はベーグル専門店の桂木さんに、ご挨拶をしてきますね」
「あ、あたしも行きます」
 私と沙耶さんも、店長の後ろをついて行った。

 ベーグル専門店は私たちのスペースと同じ列の端にあった。〈まんまる〉という可愛らしい店名。
「こんにちは。とまり木の笹井です」

「あ、お疲れ様です。とまり木さん、長蛇の列すごかったですね。ここまで美味しそうな匂いが届いていました」
 四十代に届くかどうかぐらいの年齢の男性が、にこやかに微笑みながらお店から出てきた。

「初めての出店、いかがですか」
「なかなか苦戦していますよ。うちは香りがないですから。お店もまだオープンしていないので、知名度も低くて」

 ラップに包まれたベーグルがクロスを敷いたテーブルに並んでいる。何もサンドされていないものと、サンドイッチのようなものと両方。
 イベントはあと二時間ほどで終了する。売り切るのは少し難しそうな量。

「香りは出しようがないですが、とても美味しそうですよ。昼食にいただきます」
「ありがとうございます」
 店長がサンドイッチ系を二種類手に取った。

「あたしも食べよう」
 沙耶さんもハムとレタスとキュウリのベーグルを手に取った。つられて私もブルーベリーとクリームチーズのベーグルを取る。
 店長がまとめて清算してくれた。

「差し出がましいとは思いますが、断面を見せて並べてみてはどうでしょうか? それと半分だといろいろ試せるので、買いやすくなると思います」
 お釣りを受け取った店長が、まんまるの店主さんにアドバイスをした。

「断面! それは思いつきませんでした。半分の販売もいいですね」
 店主さんは気を悪くする様子もなく、店長の案に目を輝かせた。

 沙耶さんがあとを続ける。
「ベーグルってお腹いっぱいになっちゃうから、半分だと嬉しいです」

「やっぱりそうですよね。さっきも女性のお客さんに言われたんです。大きいわねと。食べ方や保存方法をお伝えしたら、サンドしていない物を買ってくれたんですが、僕も引っかかっていたんです。とまり木さんの案、頂戴していいですか」

「もちろんです。売れる確約はできませんけども、美味しい物が残ってしまうのは悲しいですからね」
 店長が笑顔で頷くと、店主さんは頭を下げた。

「アドバイスありがとうございます。来週オープンしますので、よろしくお願いいたします」
「こちらこそよろしくお願いします。一緒に地域を盛り上げていきましょう」
 店主さんは何度も頭を下げて、私たちを見送ってくれた。

 コロッケとメンチカツを夜ご飯用に、おやつにと沙耶さんはポップコーンを、店長はフランクフルトを買い、空いていたテーブルで食事をした。
 私と沙耶さんはベーグルを半分こして、二種類のサンドイッチを楽しんだ。

 車で戻る店長と一度別れ、電車で移動して、私と沙耶さんはとまり木に寄り、明日の分のパンの袋詰めを終わらせて、帰宅した。


 次回⇒4.イベント二日目
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