古民家ベーカリー&カフェ とまり木 ~美味しいパンとやすらぎを~ 〈何気ない暮らしの景色賞〉受賞

衿乃 光希

文字の大きさ
39 / 45
八章 動画の反響

5 帰省

しおりを挟む
 とまり木の最寄り駅から快速電車に乗ってハブ駅まで出て、そこから特急電車に乗り換えて二時間。所要時間三時間ほど、十七時前に祖父母宅に到着した。

「ただいま」
 と言うほど、祖父母宅に我が家感はない。けれど、他に言葉が思いつかなくて、そっと引き戸を開けながら、中に声をかけた。

「おかえり。依織ちゃん」
「おかえり」
 両親が揃って出迎えてくれる。長らくなかった光景に、不思議な気持ちになった。

「これ、お土産。とまり木のパン」
 母に渡すと、嬉しそうな笑顔になった。

「ありがとう。お父さんが買ってきてくれたとき、とても美味しかったから、他のも食べてみたかったの」
「どれも美味しいよ。カレーパンも買ってきた」
 父に怒りの感情をぶつけたせいか、顔を見られない。でもごめんなさいの気持ちを込めて、伝えた。

「カレーパンすごく美味しかった。お土産、ありがとうな」
「うん」

 上がりかまちで靴を抜いで、玄関から上がる。
 祖父母宅もなかなかに古い。築何十年になるのかは知らないけれど、廊下を歩くとミシミシやらギーやら、あちこちから音が鳴る。

 祖父が他界して、その後一年住んでいた父がいなくなって五年。誰も住まない家は老朽化が進んでいるようだった。

 台所に隣接している居間ではなく、広い和室に通された。
 ローテーブルが四台並んでいて、上には寿司、筑前煮、きんぴらごぼう、高野豆腐、白和え、炊き込みご飯、唐揚げ、海老や野菜の揚げ物、ポテトサラダ、春雨サラダなど、三人分以上の食事が用意されていた。

「三宅さん、今日到着するから」
「ああ、そうなんだ」

 三宅さんって、どんな親戚だったっけ? と記憶を探る。
 祖父は三人きょうだいの真ん中。上はすでに亡くなっていて、妹がたしか三宅さんだったはず。高齢になのに、前日から泊まりでやってくるんだ。
 三宅さんが何人家族なのか知らないけど、料理の量にたくさん来るんだろうな、と想像がついた。

 父の弟の浩章叔父さん一家と、妹の景子叔母さん一家は明日の昼までに来るらしい。
 正直なところ、明日の集まりは、私には気が重かった。

 私が保険会社に就職して、ノルマを課されるようになったころ、浩章叔父さんと景子叔母さんに、入ってくれないかと連絡をした。
 浩章叔父さんには断られ、景子叔母さんは入ってくれた。

 浩章叔父さんは迷惑そうな声をしていて、入ってくれた景子叔母さんには、担当変更のお知らせだけが届いているはず。

 申し訳なくて、顔を合わせづらい。
 明日、謝ったほうがいいだろうな。
 退職から三か月が経って、まだ事後処理の必要があるとは思っていなかった。自分の甘さにうんざりした。

 十八時頃、三宅さんが到着した。
 三宅さん一家は五人だった。

「遠い所、お疲れになったでしょう。お食事ご用意しておりますから、おくつろぎくださいね」
 両親が一家を出迎え、広い和室に案内した。

「呼んでくれてありがとうねえ。兄さんにはよく面倒をみてもらったから、体が大丈夫なうちは駆けつけたくてねえ」
 お婆ちゃんの体を支える息子さんだろうか、男性が「お世話になります」と言いながら、お婆ちゃんの靴を脱がせて、家に上がる。

 お嫁さんが靴を揃え、玄関で待っていた子供たちが後をついて行く。
 一番上はたぶん高校生。長い髪をゴムでひとつにくくった、落ち着いた様子の女の子が、頭を下げていく。
 中学生と小学生の男の子が、少し高めのテンションでどたばたと通る。

 賑やかな夜になりそうだ。
 今夜は両親と話す時間は取れないように思えた。

 お嫁さんや高校生の娘さんが手を貸してくれて、テーブルにお酒やお吸い物を並べた。
 みんなでわいわいと食事をする。祖父母との思い出話をし、ときどき横道に逸れながら。
 三時間ほどで、料理はすべてなくなった。男の子二人がよく食べてくれた。私もお腹いっぱい。

 明日この部屋で法要を行うから、三宅一家を二階の二部屋に案内し、お風呂に入っている間にテーブルを片付けた。
 お嫁さんが食器の後片付けを手伝ってくれたけど、両親と話す時間はやっぱりなかった。

 起床が早かったのもあってか、お風呂に入ると眠くなってしまった。
 私に割り当てられた二階の一部屋は両親と同部屋だった。両親が来るのをスマホでも見ながら待っていようと思っていたのに。私は布団に入った途端寝落ちし、両親の入室にも気づかないほど、朝までぐっすりと眠った。


 次回⇒九章
しおりを挟む
感想 13

あなたにおすすめの小説

薬師だからってポイ捨てされました~異世界の薬師なめんなよ。神様の弟子は無双する~

黄色いひよこ
ファンタジー
薬師のロベルト・シルベスタは偉大な師匠(神様)の教えを終えて自領に戻ろうとした所、異世界勇者召喚に巻き込まれて、周りにいた数人の男女と共に、何処とも知れない世界に落とされた。  ─── からの~数年後 ──── 俺が此処に来て幾日が過ぎただろう。  ここは俺が生まれ育った場所とは全く違う、環境が全然違った世界だった。 「ロブ、申し訳無いがお前、明日から来なくていいから。急な事で済まねえが、俺もちっせえパーティーの長だ。より良きパーティーの運営の為、泣く泣くお前を切らなきゃならなくなった。ただ、俺も薄情な奴じゃねぇつもりだ。今日までの給料に、迷惑料としてちと上乗せして払っておくから、穏便に頼む。断れば上乗せは無しでクビにする」  そう言われて俺に何が言えよう、これで何回目か? まぁ、薬師の扱いなどこんなものかもな。  この世界の薬師は、ただポーションを造るだけの職業。  多岐に亘った薬を作るが、僧侶とは違い瞬時に体を癒す事は出来ない。  普通は……。 異世界勇者巻き込まれ召喚から数年、ロベルトはこの異世界で逞しく生きていた。 勇者?そんな物ロベルトには関係無い。 魔王が居ようが居まいが、世界は変わらず巡っている。 とんでもなく普通じゃないお師匠様に薬師の業を仕込まれた弟子ロベルトの、危難、災難、巻き込まれ痛快世直し異世界道中。 はてさて一体どうなるの? と、言う話。ここに開幕! ● ロベルトの独り言の多い作品です。ご了承お願いします。 ● 世界観はひよこの想像力全開の世界です。

治療院の聖者様 ~パーティーを追放されたけど、俺は治療院の仕事で忙しいので今さら戻ってこいと言われてももう遅いです~

大山 たろう
ファンタジー
「ロード、君はこのパーティーに相応しくない」  唐突に主人公:ロードはパーティーを追放された。  そして生計を立てるために、ロードは治療院で働くことになった。 「なんで無詠唱でそれだけの回復ができるの!」 「これぐらいできないと怒鳴られましたから......」  一方、ロードが追放されたパーティーは、だんだんと崩壊していくのだった。  これは、一人の少年が幸せを送り、幸せを探す話である。 ※小説家になろう様でも連載しております。 2021/02/12日、完結しました。

幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない

しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

処理中です...