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八章 動画の反響
5 帰省
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とまり木の最寄り駅から快速電車に乗ってハブ駅まで出て、そこから特急電車に乗り換えて二時間。所要時間三時間ほど、十七時前に祖父母宅に到着した。
「ただいま」
と言うほど、祖父母宅に我が家感はない。けれど、他に言葉が思いつかなくて、そっと引き戸を開けながら、中に声をかけた。
「おかえり。依織ちゃん」
「おかえり」
両親が揃って出迎えてくれる。長らくなかった光景に、不思議な気持ちになった。
「これ、お土産。とまり木のパン」
母に渡すと、嬉しそうな笑顔になった。
「ありがとう。お父さんが買ってきてくれたとき、とても美味しかったから、他のも食べてみたかったの」
「どれも美味しいよ。カレーパンも買ってきた」
父に怒りの感情をぶつけたせいか、顔を見られない。でもごめんなさいの気持ちを込めて、伝えた。
「カレーパンすごく美味しかった。お土産、ありがとうな」
「うん」
上がりかまちで靴を抜いで、玄関から上がる。
祖父母宅もなかなかに古い。築何十年になるのかは知らないけれど、廊下を歩くとミシミシやらギーやら、あちこちから音が鳴る。
祖父が他界して、その後一年住んでいた父がいなくなって五年。誰も住まない家は老朽化が進んでいるようだった。
台所に隣接している居間ではなく、広い和室に通された。
ローテーブルが四台並んでいて、上には寿司、筑前煮、きんぴらごぼう、高野豆腐、白和え、炊き込みご飯、唐揚げ、海老や野菜の揚げ物、ポテトサラダ、春雨サラダなど、三人分以上の食事が用意されていた。
「三宅さん、今日到着するから」
「ああ、そうなんだ」
三宅さんって、どんな親戚だったっけ? と記憶を探る。
祖父は三人きょうだいの真ん中。上はすでに亡くなっていて、妹がたしか三宅さんだったはず。高齢になのに、前日から泊まりでやってくるんだ。
三宅さんが何人家族なのか知らないけど、料理の量にたくさん来るんだろうな、と想像がついた。
父の弟の浩章叔父さん一家と、妹の景子叔母さん一家は明日の昼までに来るらしい。
正直なところ、明日の集まりは、私には気が重かった。
私が保険会社に就職して、ノルマを課されるようになったころ、浩章叔父さんと景子叔母さんに、入ってくれないかと連絡をした。
浩章叔父さんには断られ、景子叔母さんは入ってくれた。
浩章叔父さんは迷惑そうな声をしていて、入ってくれた景子叔母さんには、担当変更のお知らせだけが届いているはず。
申し訳なくて、顔を合わせづらい。
明日、謝ったほうがいいだろうな。
退職から三か月が経って、まだ事後処理の必要があるとは思っていなかった。自分の甘さにうんざりした。
十八時頃、三宅さんが到着した。
三宅さん一家は五人だった。
「遠い所、お疲れになったでしょう。お食事ご用意しておりますから、おくつろぎくださいね」
両親が一家を出迎え、広い和室に案内した。
「呼んでくれてありがとうねえ。兄さんにはよく面倒をみてもらったから、体が大丈夫なうちは駆けつけたくてねえ」
お婆ちゃんの体を支える息子さんだろうか、男性が「お世話になります」と言いながら、お婆ちゃんの靴を脱がせて、家に上がる。
お嫁さんが靴を揃え、玄関で待っていた子供たちが後をついて行く。
一番上はたぶん高校生。長い髪をゴムでひとつにくくった、落ち着いた様子の女の子が、頭を下げていく。
中学生と小学生の男の子が、少し高めのテンションでどたばたと通る。
賑やかな夜になりそうだ。
今夜は両親と話す時間は取れないように思えた。
お嫁さんや高校生の娘さんが手を貸してくれて、テーブルにお酒やお吸い物を並べた。
みんなでわいわいと食事をする。祖父母との思い出話をし、ときどき横道に逸れながら。
三時間ほどで、料理はすべてなくなった。男の子二人がよく食べてくれた。私もお腹いっぱい。
明日この部屋で法要を行うから、三宅一家を二階の二部屋に案内し、お風呂に入っている間にテーブルを片付けた。
お嫁さんが食器の後片付けを手伝ってくれたけど、両親と話す時間はやっぱりなかった。
起床が早かったのもあってか、お風呂に入ると眠くなってしまった。
私に割り当てられた二階の一部屋は両親と同部屋だった。両親が来るのをスマホでも見ながら待っていようと思っていたのに。私は布団に入った途端寝落ちし、両親の入室にも気づかないほど、朝までぐっすりと眠った。
次回⇒九章
「ただいま」
と言うほど、祖父母宅に我が家感はない。けれど、他に言葉が思いつかなくて、そっと引き戸を開けながら、中に声をかけた。
「おかえり。依織ちゃん」
「おかえり」
両親が揃って出迎えてくれる。長らくなかった光景に、不思議な気持ちになった。
「これ、お土産。とまり木のパン」
母に渡すと、嬉しそうな笑顔になった。
「ありがとう。お父さんが買ってきてくれたとき、とても美味しかったから、他のも食べてみたかったの」
「どれも美味しいよ。カレーパンも買ってきた」
父に怒りの感情をぶつけたせいか、顔を見られない。でもごめんなさいの気持ちを込めて、伝えた。
「カレーパンすごく美味しかった。お土産、ありがとうな」
「うん」
上がりかまちで靴を抜いで、玄関から上がる。
祖父母宅もなかなかに古い。築何十年になるのかは知らないけれど、廊下を歩くとミシミシやらギーやら、あちこちから音が鳴る。
祖父が他界して、その後一年住んでいた父がいなくなって五年。誰も住まない家は老朽化が進んでいるようだった。
台所に隣接している居間ではなく、広い和室に通された。
ローテーブルが四台並んでいて、上には寿司、筑前煮、きんぴらごぼう、高野豆腐、白和え、炊き込みご飯、唐揚げ、海老や野菜の揚げ物、ポテトサラダ、春雨サラダなど、三人分以上の食事が用意されていた。
「三宅さん、今日到着するから」
「ああ、そうなんだ」
三宅さんって、どんな親戚だったっけ? と記憶を探る。
祖父は三人きょうだいの真ん中。上はすでに亡くなっていて、妹がたしか三宅さんだったはず。高齢になのに、前日から泊まりでやってくるんだ。
三宅さんが何人家族なのか知らないけど、料理の量にたくさん来るんだろうな、と想像がついた。
父の弟の浩章叔父さん一家と、妹の景子叔母さん一家は明日の昼までに来るらしい。
正直なところ、明日の集まりは、私には気が重かった。
私が保険会社に就職して、ノルマを課されるようになったころ、浩章叔父さんと景子叔母さんに、入ってくれないかと連絡をした。
浩章叔父さんには断られ、景子叔母さんは入ってくれた。
浩章叔父さんは迷惑そうな声をしていて、入ってくれた景子叔母さんには、担当変更のお知らせだけが届いているはず。
申し訳なくて、顔を合わせづらい。
明日、謝ったほうがいいだろうな。
退職から三か月が経って、まだ事後処理の必要があるとは思っていなかった。自分の甘さにうんざりした。
十八時頃、三宅さんが到着した。
三宅さん一家は五人だった。
「遠い所、お疲れになったでしょう。お食事ご用意しておりますから、おくつろぎくださいね」
両親が一家を出迎え、広い和室に案内した。
「呼んでくれてありがとうねえ。兄さんにはよく面倒をみてもらったから、体が大丈夫なうちは駆けつけたくてねえ」
お婆ちゃんの体を支える息子さんだろうか、男性が「お世話になります」と言いながら、お婆ちゃんの靴を脱がせて、家に上がる。
お嫁さんが靴を揃え、玄関で待っていた子供たちが後をついて行く。
一番上はたぶん高校生。長い髪をゴムでひとつにくくった、落ち着いた様子の女の子が、頭を下げていく。
中学生と小学生の男の子が、少し高めのテンションでどたばたと通る。
賑やかな夜になりそうだ。
今夜は両親と話す時間は取れないように思えた。
お嫁さんや高校生の娘さんが手を貸してくれて、テーブルにお酒やお吸い物を並べた。
みんなでわいわいと食事をする。祖父母との思い出話をし、ときどき横道に逸れながら。
三時間ほどで、料理はすべてなくなった。男の子二人がよく食べてくれた。私もお腹いっぱい。
明日この部屋で法要を行うから、三宅一家を二階の二部屋に案内し、お風呂に入っている間にテーブルを片付けた。
お嫁さんが食器の後片付けを手伝ってくれたけど、両親と話す時間はやっぱりなかった。
起床が早かったのもあってか、お風呂に入ると眠くなってしまった。
私に割り当てられた二階の一部屋は両親と同部屋だった。両親が来るのをスマホでも見ながら待っていようと思っていたのに。私は布団に入った途端寝落ちし、両親の入室にも気づかないほど、朝までぐっすりと眠った。
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