たとえそれが、結ばれない恋の糸だとしても

夕闇蒼馬

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第9話 対面

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 しばらくして、どちらからともなく離れたわたしたちは、今までの話や互いの熱を思い出し、赤面していた。

「あ、あっあの、姫様!」
「なっ、なななっ、な、なにかしら」

 明らかに挙動不審になりながら、わたしたちはなんとか会話をする。

「本当に、お、オレなんかでいいんですか?言ってもオレはただの騎士ですし、姫様に利が……」
「あら、利ならあるわよ。わたしはディラスと一緒にいられるんだから」
「……っ、」
「それに、お父様は好きな相手と結婚すればいいと仰っていたわ。どこの馬の骨とも知れない輩、というわけではないし」
「そ、そそそそうですか。良かったです」

 ぎこちなく笑みを交わし……ふと時計を見たら、顔合わせの時間がもう間近であることに気づいた。

「ディラス!」
「はっ、はい!」
「顔合わせに行くわよ!」
「何時からですか!?」
「あと5分よ!急いで!」
「はい!」

 わたしたちは、慌ただしくバタバタと部屋を出た。
 ドレスをひるがえし、ヒールの音を高らかに鳴らしながら走った。


「……はぁ、はぁ、なんとか、間に合ったわね」
「えぇ、なんとか……あぁ姫様、ちょっと待ってください」

 ディラスに呼び止められ、わたしは顔合わせ会場のホールに続く扉を押そうとした手を引っ込める。

「ネックレスが……」

 そう言い、ディラスはわたしの首元に手をやる。
 走ったせいで、ネックレスの位置が変わっていたらしい。
 ディラスの指が、わたしの肌に触れた。

「……っ、」
「あ、ドレスも直しますね」

 ディラスはわたしの襟元に指を入れ、形を整える。
 ただそれだけの行為だと分かっていながら、普段アイリス以外触れないところにディラスが触れていると意識してしまい、全身が熱を帯びる。

「できましたよ……って、うわぁ!すみませんごめんなさい!」

 ようやく自分のしでかしたことに気づいたのだろう。ディラスは顔を真っ赤にしながら謝ってきた。

「い、いえ、大丈夫よ。ありがとう」

 わたわたとしながら、わたしたちは何とか準備を整えた。

「……随分待たせてしまったかもしれないわね。行きましょう」
「はい!」

 わたしは、若干緊張しながらホールの扉を押した。

 ◇◆◇

「遅くなってすみません。準備に時間がかかってしまったもので」

 入場するなり、わたしは遅れたのを謝る。
 既に着席していたノーラットの使者、そして身なりがいかにもな雰囲気を醸し出す王子は笑った。

「いえ、急に押しかけたのは我々です。こちらこそ突然すみませんね」

 そう答えたのは、異国風のマントをつけた男――宰相のドリアーノ。

「女の支度は時間がかかるってマジなんだな」

 吐き捨てるようにそう言ったのは、何を隠そう、ノーラット王国の第二王子であらせられるカッツヴァルド様だ。
 少しくすんだ赤色の髪は、自然なオールバックのようでいて無造作にも見える不思議な形だ。
 瞳は鋭くこちらを射抜いてくるようで、髪と同じ色の瞳から発される厳しい視線を一身に受けたわたしは、王族としての微笑みを絶やさないよう必死だった。

「申し訳ございません」
「まぁいいけどよ。で、その男は何者だ?」
「……わたし、カッツヴァルド様に謝らなければならないことがたくさんあります」

 それだけ言うと、カッツヴァルドは察してくれたようだ。あぁ、と漏らした。

「そういうことか。なんとなく分かった」

 そう言いながら頷くカッツヴァルド。
 カッツヴァルドが良い人で助かった……そう安堵していると、突然ドリアーノはカッツヴァルドの胸ぐらを掴んで揺さぶり始めた。

「やはり殿下はもっと早くにリエールを訪問するべきだったんですよ!今回失敗すれば、もうあなたと婚約を考えてくださる珍妙な女性は現れないだろうと、自分はそう申し上げましたよね!?」

 そうだったのか。カッツヴァルドも色々苦労しているんだろうな。
 そう思いつつ。

「珍妙で悪かったわね」
「……あ」
「悪い、こいつに悪気はねぇんだ、多分。こいつに代わって謝る」
「す、すみません!つい本音が!」
「そういうとこだぞ」
「痛てっ」

 まるで喜劇のようにポンポンと交わされる会話、そして軽く飛ぶ拳。

「……仲がよろしいですね」
「はぁ!?自分がこんなのと!?いやぁ、やめてくださいよ王女殿下。こんなのと一緒にされちゃ困りますよ」
「おい、こんなのってなんだ、こんなのって」
「こんなのはこんなのですよ」
「だー、クソ!あぁ言えばこう言うなお前は!」
「それが自分の数ある長所のひとつですからね!」
「開き直るな!」

 それからもひと悶着あったが、なんとか収拾をつけて本題に戻った。

「それで、なんだっけか。婚約しないって話だったか」
「察してくれたようで何よりです」
「相手はそちらの?」
「はい。護衛のディラスです」

 ディラスに目配せすると、ディラス心得たとばかりに小さく頷き、わたしの斜め後ろから一歩前に出た。

「ご紹介に預かりました、姫様の護衛をさせて頂いておりますディラスと申します。オレ……じゃなかった。私は、姫様とお付き合いしております」
「そうか。まぁそんなこったろうと思ったけどな」
「何故ヴァルド様はそんな悠長にしているんですか!ピンチですよ!ヴァルド様の顔が怖すぎて、こちらがどれだけ下手したてに出ても、国内にはもう顔合わせすらしてくれる令嬢がいないんですよ!このままでは王家存続の危機ですよ!」
「お前、本当言葉選びってもんをしないよな。まぁいいけど。……俺の顔が怖いのは生まれつきだ。諦めろ」
「あぁ……自分にはもう、我が国の明るい未来が見えない……」
「…………あの」

 わたしはカッツヴァルドとドリアーノに小さく声をかけた。

「わたし、手伝いましょうか?婚約すらできない状況になったのはわたしのせいです。ですから、罪滅ぼしになるか分かりませんが、お手伝いいたしますよ。有能なメイドがいるので彼女に頼んでみましょう」
「いや、さすがにそれは気が引け……」
「本当ですか!?いやぁ、ありがとうございます王女殿下。話の分かる方で助かります!」
「……お前、がめつすぎだろ」
「長所のひとつです!」
「……ふふっ、本当におふたりは仲がいいですね。見ていて楽しいです。良いものを見せてもらいましたし、わたしも全力でお手伝いさせていただきます」

 そう言うとカッツヴァルドは複雑な顔になっていたが、ドリアーノは目を輝かせていた。

「本当にありがとうございます……!この際言葉を話せる程度の幼子でも構いません。いやむしろ、心に傷を負った未亡人のマダムでも構いません!」
「後半のはお前の趣味だろ」
「えぇそうです!」
「……と、とにかく。結婚願望があり、かつ他国の王子と結婚する度胸のある女性を探してみます。お時間はいただきますが、必ずや条件に合った方を探し出しますのでご安心ください」
「それは頼もしい!よろしく頼みます、王女殿下!」
「……すまないな、こいつのせいで」
「いえ、元はと言えばわたしのせいです。申し訳ございません」
「あぁ、謝らないでください!あなたはヴァルド様、引いては自分の恩人です!あなたが結婚できなくとも、代わりの者が見つかればそれでいいんですよ!」
「……なんでお前がそれを言うんだ。普通は俺のセリフだろ」

 ふたりの独特のペースにのみ込まれないよう、わたしは必死になった。
 ふたりの、というよりもドリアーノのペースだが。

「では、よろしくお願いしますよ」
「はい」
「ありがとう、姫」
「いえ、こちらこそ」

 短く言葉を交わし、わたしはディラスを連れて部屋を出た。
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