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東の大陸
ミネ・ユルダクル<1>
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我が帝国にとってアザット連邦との戦いは、決して楽なものではない。
彼らは帝国より広い領土を持ち、倍近い戦力をも保有しているからだ。
さらに、陸上戦では優位に立てる帝国だが、海上戦おいてはアザットに一日の長があった。
そのため局地戦での勝率は、アザットが上回っているのが現状だ。
半年前、新たに皇帝となられたメシフ陛下は、帝国の長年の宿願であった海上交易の主導権を奪取しようとアザット連邦に対して戦いを挑まれた。
しかしアザット連邦は地形を巧みに利用し、戦を長引かせることに成功する。
これにより帝国が最も恐れていた冬が到来してしまう。
帝国とアザットとの間にあるドンマイェリ山脈は雪が深く、冬期の行軍は、ほぼ不可能と言っていい。
陸上戦力を主体とする帝国にとって、主要な行軍路を雪で閉ざされてしまえば、戦闘を継続することが難しくなるのは当然のことだ。
つまり我らは来春の雪解けまでの三月余り間、受忍の日々を送ることになる。
ただし、この戦闘停止は、皇帝陛下には御不快であろうが、末端の騎士達にとっては母国に帰れるという朗報となる。
かく言う私も昨日、雪中行軍を終えて、『帝都フェルハトラ』に帰還したばかりだ。
野営続きの行軍から解放され、久しぶりに官舎にある自室の清潔で暖かな寝台で、眠ることができた。
昨日まで雪の降る屋外で眠っていたことが嘘のようだ。
統帥府からの命令で数日の休養が与えられていたので、朝食をとることもなく、昼過ぎまで寝台から出もせず、自堕落に過ごした。
このまま夕食まで寝ていようかと思っていたところへ、唐突に参謀府から召致の命令が届いた。
渋々、戸棚の奥から絹で織られた緑の礼服を取出し、数ヶ月ぶりに腕を通す。
初秋からアザットとの戦いに出陣し、既に三月以上経っていたので、かびの臭いが漂っている。
それをごまかすため、香水を多めにふった。
身なりを整え、姿見の前に立つ。
軍の規律により、女でも髪を伸ばすことは禁じられ、クセのある私の赤毛も耳の上まで刈上げられていた。
私は幼い頃から自分の赤い髪を好きになれずにいる。
長く伸ばしていたときは、雨が降ると四方八方に縮れて大変だったからだ。
一方、灰色の瞳は、とても気に入っている。
光が射すと、ときおり、鍛え上げた剣のような輝きを放つように見えるからだ。
実家に帰ると母はいつも、こんなに美人なのに殿方との恋愛話の一つもないのかしら、と嘆いてみせる。
わずらわしいこと、この上ない。
昔から自分の容姿を特に気にしたことはないが、確かに言寄る男は少なくなかった。
しかし全て無視してきた。
私は一人娘であり、亡くなった父に代わり、ユルダクルの家名を継ぎ、存続させる義務があったからだ。
帝国では男系相続が優遇されているため、婿養子をとって、その婿に家名を継がせ、存続させるのが一般的である。
しかし私は自分の力で家名を守りたかった。
女の私が家名を継ぐには、騎士の地位を得ることが必須だった。
なので恋愛にかまけている暇などなかったのだ。
姿見の中の自分をにらみつける。
そして防寒用の外套を肩にかけ、自室をあとにした。
冬に入り、帝都でも厚手の衣服をまとい、どことなく気忙しく歩く人の姿が目につく。
外套の下に垣間見える緑の礼服は『馨侖侯』の地位にある貴族しか身につけられない。
足早に歩く人の中には、礼服を目にとめ、すれ違うときに立止まり、丁寧に会釈する者もいた。
軍の官舎のある通りから行幸大路に出て北を望むと、巨大な『英雄大門』が目に入る。
さらに英雄大門の奥には、千年近い歴史を誇る荘厳な『エスクリムジ皇宮』が、そびえている。
紅色を基調にした壁と屋根には、所々に豪奢な黄金の装飾がされている。
エスクリムジ皇宮こそ、フェルハトラの象徴であり、聖騎士団帝国の心臓部でもあるのだ。
皇宮に入るには、まず英雄大門の脇にある掖門をくぐり、皇宮前の広大な閲兵場を渡る。
渡り終えると正階段があり、それを上ると巨大な正面玄関である『勑士闔』にたどりつける。
そこで衛兵に用向きを伝え、勑士闔の横にある小さな通用口の扉を開いてもらえば、いよいよ宮中ということになる。
入ってすぐの広間には、数々の装飾品や絵画が設えてあり、中央奥にある正面階段の踊場には、右手で剣を掲げる『太祖帝』フェルハト様の像が鎮座していた。
初代皇帝チラック様とフェルハト様の間に血縁関係は無い。
しかしチラック様はフェルハト様を実の兄のように慕い、聖騎士団帝国を建国した際に『太祖帝』という皇帝の始祖たる地位と名誉を捧げ、その霊を祀ったのだった。
正面階段をのぼれば玉座のある謁見の間だが、左に折れて参謀府のある左翼の廊下へと進む。
参謀府の部屋は廊下に入ってすぐの場所にある。
扉の前に立ち、拳で四回叩いた後で告げた。
「ミネ・ユルダクル、召致に応じ参上いたしました」
「どうぞ」
中から少し甲高い声で応えがあった。
「失礼します」
扉を開き入室すると、そこには三人の男性がいた。
奥にある机には、青色の礼服を着た参謀府の長であるバリス・エファンジ府督がいらっしゃり、私を見ると軽くうなずかれた。
府督の横に立つのは灰色の礼服を着た補佐官のアリ・カイマク府佐。
机の前で、こちらに背を向けて立つのは緑色の礼服を着たトゥガイ・デスタン団長。
彼こそ、我らが第四聖戦騎士団を率いる団長である
私は、トゥガイ団長の横に並び、胸に右拳を当て、バリス府督に敬礼した。
団長はこちらに顔を向けることなく、一瞬、横目で私をとらえただけだった。
しかし私の心臓はそれだけで、鼓動を速くしてしまう。
帝国の上級貴族には四階級あり、下から常侖侯、庸侖侯、馨侖侯、盈侖侯とされており、礼服の色も灰、黒、緑、青と決まっている。
また下級貴族は酬侖卿という名称で呼ばれ、礼服は褐色である。
上級貴族の四つは世襲制であるが、酬侖卿の身分は本人一代限りとなっている。
「ミネ君、前線から帰還したばかりなのに呼出してすまないな」
バリス府督は、ゆったりとした様子で、にこにこと微笑まれている。
歳はもう七十に近く、髪やアゴ髭は白いが、均整のとれた身体つきからは、衰えを感じさせない。
エファンジ家と我がユルダクル家は古くからの付合いであるため、バリス府督は、公式の場以外では、実の娘であるかのように接してくださる。
貴族同士は普通、家名や職名で呼び合うのだが、親しい友人や仲間内では名前を呼ぶのだ。
「いいえ、帝国騎士としての勤めですので」
私は敬礼したまま答えた。
「楽にしてくれたまえ」
「はっ」
拳を下ろし、腰の後ろで手を組む。
バリス府督はアリに向かって告げた。
「ではカイマク侯、二人に召致の理由を説明してくれたまえ」
「かしこまりました」
ネズミのような顔をしたアリは一礼すると、神経質そうな手つきで抱えていた書類をめくりながら、男にしては甲高い声で語り始めた。
「今より15日前、同盟国のゲチト王国で、問題が発生いたしました。それは王族が所有するスブシュマ荘園で起きた虐殺事件であります。荘園領主であるヤシャル・スプシュマ侯をはじめ、衛兵や男の農奴のほぼ全員の合わせて二百名余りが殺されております。ただし女の農奴と子供及び領主の一人娘イゼル嬢は危害を加えられておらず、生存しております」
どうでもいい話だが、私はこのアリという男を好きになれない。
常侖侯という上級貴族でありながら、ときおり見せる下品な仕草や、腹に一物ありそうな、うさんくさい目つきが鼻につくのだ。
年嵩の印象があり、当初四十代くらいと推察していたが、29歳だと聞いてとても驚いたものだ。
私より5つ年上なだけで、こんなにも老けてみえるということに呆れるばかりだ。
アリは指をなめて、書類をめくる。
そのなめ方があまりにも、しつこくてムカムカさせられる。
睨みつけてやったが、書類から顔を上げることなく、そのまま説明を続けた。
「――生存者の証言から、犯人は農奴の一人と判明しております。農奴名簿によると、氏名はジョルジ・エシャルメン、男性、19歳、魔導適正無し、生国はアヴジ王国、であります。ジョルジは事件後、逃走しましたが、目撃者の証言によると『災厄の荒野』方面へ向ったことがわかっております。第四団には、このジョルジ・エシャルメンの討伐をお願いしたいのです」
第四団の副長である私の、直属の上司でもあるトゥガイ団長は、勇猛な騎士達を震え上がらせてきた鋭い視線をアリに向けられた。
赤みがかった金髪と碧眼。
左頬に深い刀傷。
上背があり、がっしりとした体躯は騎士に似つかわしいが、他者とは明確に異なる凛然とした雰囲気を全身から発している。
英雄という称号は団長のためにあると言っても過言ではない。
アリの背丈は団長の首元までしかなく、見下ろされたネズミ男は、みるみる青ざめていった。
「なぜ我が団に、その任を命じられるのです? 二百余名を殺したことは確かに重大ですが、たとえ戦闘停止とはいえ、戦争継続中のこの時に、たった一人の犯罪者に対して、正規の軍団を動かす必要がありますか? それにゲチトの軍は何をしているのです。帝国に犯罪者の討伐をさせ、高みの見物ですか?」
トゥガイ団長の低く抑えられた声は、あまたの戦場をくぐりぬけてきた猛者が持つ鬼気を帯びている。
怯えたアリは返答に窮して、目を白黒させた。
私は内心、ざまあみろと喝采した。
「デスタン侯、その辺りで。――カイマク侯に責は無い。侯を指名したのは私なのだ」
バリス府督が助け舟を出された。
「実は、12日前、別の討伐隊の千人を派遣したのだ。隊の主力はゼリハ・ヘペル卿が率いる第八団だ」
ゼリハ・ヘペルは最近団長に抜擢された盈侖侯の地位をもつヘペル家の令嬢だ。
騎士としての実力はないが、父親のカシム・ヘペル侯の縁故によって、第八団の団長となったのだと、もっぱらの噂だった。
「――第八団はゲチト軍と協力し、『災厄の荒野』でジョルジと交戦した。その結果、第八団とゲチト軍の合わせて三千もの兵が、全滅したのだよ」
さすがのトゥガイ団長も目を見張る。
もちろん私も驚いた。
「ただ、団長のヘペル卿だけが、唯一無傷のまま見つかっていてね。ここでもジョルジは、女を殺さなかったということになるのだろうな……」
「三千の兵を一人で全滅させたと仰るのですか?」
「そうだ」
バリス府督は困惑した表情で頷く。
「昨年起こったヒュリア皇女討伐の件と状況が酷似していますな」
「言ってくださるな、デスタン侯。その件については、陛下から強いお叱りを受けている。その上に今回のこの事件……、胃がおかしくなりそうなのだ……」
バリス府督は眉をひそめ、深く溜息を吐いた。
――ヒュリア・ウル・エスクリムジ第一皇女。
皇女でありながら反意を抱き、帝国滅亡を企てたとして反逆罪に問われた重罪人である。
最高法廷で斬首の刑を言渡されるも、処刑前日に共謀者の手引きを受け、脱走した。
ほどなく皇女討伐に向かった第二聖戦騎士団から、『災厄の荒野』で皇女を追詰めたとの報告が入る。
皇女は断迪刑を受け、魔導の力を失っていたため、討伐は時間の問題と思われた。
しかし、数日後に伝令が『災厄の荒野』に到着すると信じられない光景が広がっていた。
第二団に所属する五千の騎士が全滅していたのだ。
全滅の理由は明らかにされていないが、魔導によるでも、武器よるでもない手段で殺されていたそうだ。
遺体の顔は苦痛にゆがみ、皮膚はところどころ黒く変色していたと聞く。
その後の皇女の行方は杳として知れないが、それまでの皇女の来歴は帝国人なら誰もが知っている。
投獄されるまでの彼女は、国民から厚い敬愛を受ける存在だったからだ。
彼女は15歳で成人してすぐに『勇者号の闘儀』に参加し、そこでいきなり『二席の勇者号』を獲得する。
そして空席だった第三聖戦騎士団の団長に抜擢された。
仇敵キュペクバルとの戦いでは数多の敵を殺し、『氷刃の皇女』としての名声をも博している。
次期皇帝を決めるための『選帝の闘儀』においては、他の皇子皇女を圧倒し、太子であった現皇帝メシフ陛下を完膚なきまでに叩きのめし、一時は皇帝権をも手にしていた。
まさに戦闘の天才と言っていい。
彼らは帝国より広い領土を持ち、倍近い戦力をも保有しているからだ。
さらに、陸上戦では優位に立てる帝国だが、海上戦おいてはアザットに一日の長があった。
そのため局地戦での勝率は、アザットが上回っているのが現状だ。
半年前、新たに皇帝となられたメシフ陛下は、帝国の長年の宿願であった海上交易の主導権を奪取しようとアザット連邦に対して戦いを挑まれた。
しかしアザット連邦は地形を巧みに利用し、戦を長引かせることに成功する。
これにより帝国が最も恐れていた冬が到来してしまう。
帝国とアザットとの間にあるドンマイェリ山脈は雪が深く、冬期の行軍は、ほぼ不可能と言っていい。
陸上戦力を主体とする帝国にとって、主要な行軍路を雪で閉ざされてしまえば、戦闘を継続することが難しくなるのは当然のことだ。
つまり我らは来春の雪解けまでの三月余り間、受忍の日々を送ることになる。
ただし、この戦闘停止は、皇帝陛下には御不快であろうが、末端の騎士達にとっては母国に帰れるという朗報となる。
かく言う私も昨日、雪中行軍を終えて、『帝都フェルハトラ』に帰還したばかりだ。
野営続きの行軍から解放され、久しぶりに官舎にある自室の清潔で暖かな寝台で、眠ることができた。
昨日まで雪の降る屋外で眠っていたことが嘘のようだ。
統帥府からの命令で数日の休養が与えられていたので、朝食をとることもなく、昼過ぎまで寝台から出もせず、自堕落に過ごした。
このまま夕食まで寝ていようかと思っていたところへ、唐突に参謀府から召致の命令が届いた。
渋々、戸棚の奥から絹で織られた緑の礼服を取出し、数ヶ月ぶりに腕を通す。
初秋からアザットとの戦いに出陣し、既に三月以上経っていたので、かびの臭いが漂っている。
それをごまかすため、香水を多めにふった。
身なりを整え、姿見の前に立つ。
軍の規律により、女でも髪を伸ばすことは禁じられ、クセのある私の赤毛も耳の上まで刈上げられていた。
私は幼い頃から自分の赤い髪を好きになれずにいる。
長く伸ばしていたときは、雨が降ると四方八方に縮れて大変だったからだ。
一方、灰色の瞳は、とても気に入っている。
光が射すと、ときおり、鍛え上げた剣のような輝きを放つように見えるからだ。
実家に帰ると母はいつも、こんなに美人なのに殿方との恋愛話の一つもないのかしら、と嘆いてみせる。
わずらわしいこと、この上ない。
昔から自分の容姿を特に気にしたことはないが、確かに言寄る男は少なくなかった。
しかし全て無視してきた。
私は一人娘であり、亡くなった父に代わり、ユルダクルの家名を継ぎ、存続させる義務があったからだ。
帝国では男系相続が優遇されているため、婿養子をとって、その婿に家名を継がせ、存続させるのが一般的である。
しかし私は自分の力で家名を守りたかった。
女の私が家名を継ぐには、騎士の地位を得ることが必須だった。
なので恋愛にかまけている暇などなかったのだ。
姿見の中の自分をにらみつける。
そして防寒用の外套を肩にかけ、自室をあとにした。
冬に入り、帝都でも厚手の衣服をまとい、どことなく気忙しく歩く人の姿が目につく。
外套の下に垣間見える緑の礼服は『馨侖侯』の地位にある貴族しか身につけられない。
足早に歩く人の中には、礼服を目にとめ、すれ違うときに立止まり、丁寧に会釈する者もいた。
軍の官舎のある通りから行幸大路に出て北を望むと、巨大な『英雄大門』が目に入る。
さらに英雄大門の奥には、千年近い歴史を誇る荘厳な『エスクリムジ皇宮』が、そびえている。
紅色を基調にした壁と屋根には、所々に豪奢な黄金の装飾がされている。
エスクリムジ皇宮こそ、フェルハトラの象徴であり、聖騎士団帝国の心臓部でもあるのだ。
皇宮に入るには、まず英雄大門の脇にある掖門をくぐり、皇宮前の広大な閲兵場を渡る。
渡り終えると正階段があり、それを上ると巨大な正面玄関である『勑士闔』にたどりつける。
そこで衛兵に用向きを伝え、勑士闔の横にある小さな通用口の扉を開いてもらえば、いよいよ宮中ということになる。
入ってすぐの広間には、数々の装飾品や絵画が設えてあり、中央奥にある正面階段の踊場には、右手で剣を掲げる『太祖帝』フェルハト様の像が鎮座していた。
初代皇帝チラック様とフェルハト様の間に血縁関係は無い。
しかしチラック様はフェルハト様を実の兄のように慕い、聖騎士団帝国を建国した際に『太祖帝』という皇帝の始祖たる地位と名誉を捧げ、その霊を祀ったのだった。
正面階段をのぼれば玉座のある謁見の間だが、左に折れて参謀府のある左翼の廊下へと進む。
参謀府の部屋は廊下に入ってすぐの場所にある。
扉の前に立ち、拳で四回叩いた後で告げた。
「ミネ・ユルダクル、召致に応じ参上いたしました」
「どうぞ」
中から少し甲高い声で応えがあった。
「失礼します」
扉を開き入室すると、そこには三人の男性がいた。
奥にある机には、青色の礼服を着た参謀府の長であるバリス・エファンジ府督がいらっしゃり、私を見ると軽くうなずかれた。
府督の横に立つのは灰色の礼服を着た補佐官のアリ・カイマク府佐。
机の前で、こちらに背を向けて立つのは緑色の礼服を着たトゥガイ・デスタン団長。
彼こそ、我らが第四聖戦騎士団を率いる団長である
私は、トゥガイ団長の横に並び、胸に右拳を当て、バリス府督に敬礼した。
団長はこちらに顔を向けることなく、一瞬、横目で私をとらえただけだった。
しかし私の心臓はそれだけで、鼓動を速くしてしまう。
帝国の上級貴族には四階級あり、下から常侖侯、庸侖侯、馨侖侯、盈侖侯とされており、礼服の色も灰、黒、緑、青と決まっている。
また下級貴族は酬侖卿という名称で呼ばれ、礼服は褐色である。
上級貴族の四つは世襲制であるが、酬侖卿の身分は本人一代限りとなっている。
「ミネ君、前線から帰還したばかりなのに呼出してすまないな」
バリス府督は、ゆったりとした様子で、にこにこと微笑まれている。
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エファンジ家と我がユルダクル家は古くからの付合いであるため、バリス府督は、公式の場以外では、実の娘であるかのように接してくださる。
貴族同士は普通、家名や職名で呼び合うのだが、親しい友人や仲間内では名前を呼ぶのだ。
「いいえ、帝国騎士としての勤めですので」
私は敬礼したまま答えた。
「楽にしてくれたまえ」
「はっ」
拳を下ろし、腰の後ろで手を組む。
バリス府督はアリに向かって告げた。
「ではカイマク侯、二人に召致の理由を説明してくれたまえ」
「かしこまりました」
ネズミのような顔をしたアリは一礼すると、神経質そうな手つきで抱えていた書類をめくりながら、男にしては甲高い声で語り始めた。
「今より15日前、同盟国のゲチト王国で、問題が発生いたしました。それは王族が所有するスブシュマ荘園で起きた虐殺事件であります。荘園領主であるヤシャル・スプシュマ侯をはじめ、衛兵や男の農奴のほぼ全員の合わせて二百名余りが殺されております。ただし女の農奴と子供及び領主の一人娘イゼル嬢は危害を加えられておらず、生存しております」
どうでもいい話だが、私はこのアリという男を好きになれない。
常侖侯という上級貴族でありながら、ときおり見せる下品な仕草や、腹に一物ありそうな、うさんくさい目つきが鼻につくのだ。
年嵩の印象があり、当初四十代くらいと推察していたが、29歳だと聞いてとても驚いたものだ。
私より5つ年上なだけで、こんなにも老けてみえるということに呆れるばかりだ。
アリは指をなめて、書類をめくる。
そのなめ方があまりにも、しつこくてムカムカさせられる。
睨みつけてやったが、書類から顔を上げることなく、そのまま説明を続けた。
「――生存者の証言から、犯人は農奴の一人と判明しております。農奴名簿によると、氏名はジョルジ・エシャルメン、男性、19歳、魔導適正無し、生国はアヴジ王国、であります。ジョルジは事件後、逃走しましたが、目撃者の証言によると『災厄の荒野』方面へ向ったことがわかっております。第四団には、このジョルジ・エシャルメンの討伐をお願いしたいのです」
第四団の副長である私の、直属の上司でもあるトゥガイ団長は、勇猛な騎士達を震え上がらせてきた鋭い視線をアリに向けられた。
赤みがかった金髪と碧眼。
左頬に深い刀傷。
上背があり、がっしりとした体躯は騎士に似つかわしいが、他者とは明確に異なる凛然とした雰囲気を全身から発している。
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さすがのトゥガイ団長も目を見張る。
もちろん私も驚いた。
「ただ、団長のヘペル卿だけが、唯一無傷のまま見つかっていてね。ここでもジョルジは、女を殺さなかったということになるのだろうな……」
「三千の兵を一人で全滅させたと仰るのですか?」
「そうだ」
バリス府督は困惑した表情で頷く。
「昨年起こったヒュリア皇女討伐の件と状況が酷似していますな」
「言ってくださるな、デスタン侯。その件については、陛下から強いお叱りを受けている。その上に今回のこの事件……、胃がおかしくなりそうなのだ……」
バリス府督は眉をひそめ、深く溜息を吐いた。
――ヒュリア・ウル・エスクリムジ第一皇女。
皇女でありながら反意を抱き、帝国滅亡を企てたとして反逆罪に問われた重罪人である。
最高法廷で斬首の刑を言渡されるも、処刑前日に共謀者の手引きを受け、脱走した。
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皇女は断迪刑を受け、魔導の力を失っていたため、討伐は時間の問題と思われた。
しかし、数日後に伝令が『災厄の荒野』に到着すると信じられない光景が広がっていた。
第二団に所属する五千の騎士が全滅していたのだ。
全滅の理由は明らかにされていないが、魔導によるでも、武器よるでもない手段で殺されていたそうだ。
遺体の顔は苦痛にゆがみ、皮膚はところどころ黒く変色していたと聞く。
その後の皇女の行方は杳として知れないが、それまでの皇女の来歴は帝国人なら誰もが知っている。
投獄されるまでの彼女は、国民から厚い敬愛を受ける存在だったからだ。
彼女は15歳で成人してすぐに『勇者号の闘儀』に参加し、そこでいきなり『二席の勇者号』を獲得する。
そして空席だった第三聖戦騎士団の団長に抜擢された。
仇敵キュペクバルとの戦いでは数多の敵を殺し、『氷刃の皇女』としての名声をも博している。
次期皇帝を決めるための『選帝の闘儀』においては、他の皇子皇女を圧倒し、太子であった現皇帝メシフ陛下を完膚なきまでに叩きのめし、一時は皇帝権をも手にしていた。
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そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。
大学生活を謳歌しようとしたら、女神の勝手で異世界に転送させられたので、復讐したいと思います
町島航太
ファンタジー
2022年2月20日。日本に住む善良な青年である泉幸助は大学合格と同時期に末期癌だという事が判明し、短い人生に幕を下ろした。
死後、愛の女神アモーラに見初められた幸助は魔族と人間が争っている魔法の世界へと転生させられる事になる。
命令が嫌いな幸助は使命そっちのけで魔法の世界を生きていたが、ひょんな事から自分の死因である末期癌はアモーラによるものであり、魔族討伐はアモーラの私情だという事が判明。
自ら手を下すのは面倒だからという理由で夢のキャンパスライフを失った幸助はアモーラへの復讐を誓うのだった。
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
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転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
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