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東の大陸
青の魔人<1>
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私達、第四聖戦騎士団の12名は早朝帝都を出発して二日後の昼頃、ゲチト王国に到着した。
冬に入って気温は下がっているが、道中は、それほど冷込むこともなく、馬達の脚も軽やかだった。
ゲチトは、位置的には帝国のちょうど真東にあたり、魔導王国オクルと帝国との間に国土を有している。
また、アザットと同様、古代王国フリギオの傍系王族が興した国でもある。
1000年近い歴史を持つ由緒ある国ではあるが、その内情はお粗末なものだ。
主な産業は農業なのだが、生産物を帝国に買取ってもらうことで、辛うじて政体を保っている。
同盟国というより属国と言っていいだろう。
政体が脆弱なため、防衛を担う軍も、治安を守るのが精一杯で、大きな戦争となれば帝国に頼るしかなく、東の大陸で最弱として知られている。
私達は、ゲチト王宮から派遣された“将軍”ハサンに先導されて、王国南部にあるスプシュマ荘園へと向かった。
ハサンは服装こそ立派だったが、どうみても一軍を率いる“将軍”とは思えない、貧相な風采をしていた。
しかし自尊心だけは高いようで、どこか他人を軽んじているような態度が、私を含め団員達の怒りを買うことになった。
帝国騎士に対してでさえこの態度では、自国の兵士の扱いはきっと酷いものだろう。
目的地であるスプシュマ荘園は辺境の山間にあり、到着までに半日を費やすことになる。
事件が起こった領主の屋敷はスプシュマ村の北側に位置していた。
到着早々に訪ねてみると、驚いたことに、城壁も建物も、堅牢とは言い難い木造であると判明した。
これでは何かあったとき、簡単に陥落してしまうだろう。
“将軍”ハサンは屋敷へ案内するや否や、いかようにもお調べください、と言置いて、さっさと近くにあるスプシュマ村の宿屋へ行ってしまった。
屋敷にも将軍にも非常事態に対する緊張感というものがない。
帝国に頼りきり、自分達の手で国土を守るという気概を失っているのだ。
城門を抜けて中に入ると、主屋以外にも建物がいくつかあったが、その全てに酷い損壊の痕が見受けられた。
ジョルジの凶行の結果と考えられる。
特に城内左翼にある二階建ての広い建物の被害状況は酷く、半壊しており、とても人の住める状態には見えなかった。
ところが、生残った女や子供の農奴と思われる者達が、壊れた建物の中から、不安げに、こちらをうかがっているのに気がついた。
おそらく、この建物が、農奴達の寮と思われる。
他に行場が無く、ここで生活するしかないのだろう。
衛兵隊長の話では、荘園領主の一人娘であるイゼル・スプシュマは既に親類のもとに避難しているので、現在荘園に居留するのは、10名の衛兵と農奴達だけということだった。
資料の時系列を見ると、まず真夜中近く、主屋に併設された寮で、青い魔人となったジョルジが同僚の農奴達の殺戮を開始する。
見回りの衛兵の報告により、領主は荘園を守る衛兵隊の60名全員を招集し、暴れまわるジョルジの討伐を指示する。
しかしジョルジの圧倒的な攻撃力に抗しきれず、衛兵隊は明方までに全滅することとなる。
結果、農奴、衛兵、そして領主ヤシャル・スプシュマ侯を含めた200名余りが死亡。
死因のほぼ全てが撲殺による。
ただしイゼル・スプシュマ嬢及び寮内にいた女、子供、約50名は無傷である。
資料と照らし合わせ、現場の凡その状況が把握できたので、次にジョルジの変身を目撃したという老婆を呼出し、尋問することとした。
私たちの前に出た老婆は、酷く動揺し震えていた。
かなり怯えており、何を尋ねても、以前お話ししたとおりですと繰返すばかりだった。
仕方なく女の農奴達に尋ねてもみたのだが、ジョルジへの恐怖から部屋に閉じこもっていたため、役に立たなかった。
埒が開かないので、今後の方針をどうするか話合っていると、スプシュマ村で聞込みをしていた騎士達が戻ってきた。
村には宿屋の他に酒場や娼館があり、屋敷の衛兵達が非番の日に利用していたようだ。
彼らは震えている老婆を横目で見ながら、団長の周りに集まってきた。
「いくつか収穫がありました」
最初に二番隊の隊長セルカンが口を開いた。
後手に整えられた黒髪と眼光鋭い褐色の瞳。
寡黙で年齢はまだ27歳と若いが、武力にも知力にも優れた将来有望な騎士である。
通常、1つの団には10の隊があり、1隊は500人で構成される。
つまりどの団にも隊長は、10人いることになる。
セルカンは背後にいた騎士に、報告するように命じた。
右目を皮の眼帯で覆い、いかにも下層階級出身の風貌をしたその騎士は、二番隊の隊員であるベラトだ。
傷だらけの禿頭、のび放題の無精ひげ、数本抜けた前歯、吐く息は、いつも酒臭い。
元は盗賊だったという噂のある男だが、騎士に採用されて功績をあげ、今では下級貴族である酬侖卿となっていた。
歳は四十を越えている。
こいつは、私が作った『団の嫌いな奴順位表』で、だんとつの一位を占めている。
ただ、戦闘力は高く、他の隊員からは頭一つ抜けていた。
そこがまた気に食わないところでもある。
「へへへっ、あっしが酒場で聞込みをしてましたら、死ぬのを忘れちまったような占い師のクソババアに出くわしましてね。銀貨を握らせたら、ベラベラとそりゃもう臭ぇツバを飛ばして、しゃべりまくりやがって……」
「要点だけを話しなさいっ!」
怒鳴りつけると、ベラトは小指で耳の穴をほじりながら顔をしかめた。
「副長様ぁ、そんなでけぇ声出さなくても、聞こえまずぜぇ。あっしは心臓が弱いんですから、脅かさねぇでくださいよ」
殺しても死なないような顔をして、よくそんなことが言える。
もう一度怒鳴りつけようとしたが、団長に止められた。
「――それで?」
団長は無表情で尋ねられる。
ふざけ半分だったベラトは一瞬で真顔になった。
「ジョルジの野郎が酒場に来たとき、ババアは声をかけたんだそうで。初めて観る奇妙な人相だったんで、タダで占ってやることにしたらしくてね。奴は人に言えない悩みを抱えてるらしく、どうすりゃあ解決するかを尋ねてきたそうで。だからババアは星観の札をちょちょいと並べて、奴の宿命を観てやったって話ですわ……」
団長は目を細め、興味深げにベラトの報告を聞かれている。
「星観の札がジョルジの野郎に出した答えを、ババアは神官みたいにもったいぶって、あっしにぬかすんですわ」
ベラトは、真似をしたつもりなのか、両手を胸の前で組み、おごそかに占いの内容を告げた。
「『はるか遠き南東の森にいる隠者に会えば、悩みは解消される』つうことだそうで」
「――隠者? それは何者だ?」
「いや、ババアにもそこまでは、わからねぇらしくって……」
ベラトは気まずそうに頭をかいた。
「副長、何か心当たりは?」
私は急いで記憶を探った。
「――隠者と言えば、かのビルルル・アルカンが思い浮かびます。もしかすると、その南東の森にビルルルがいるのかもしれません」
「ビルルル……。確か太祖帝様を裏で支えた白妖精の女だったな」
「はい、ビルルル・アルカンは高度な錬金術を用いて強力な回復薬や治癒薬を作成する傍ら、特殊な能力を持つ武器や道具なども発明し、それらを太祖帝様や聖師、賢者のために用立てていました」
「だが、『災厄の時』からもう1000年以上が経っている。いくら白妖精が長寿でも、死んでいるのではないか」
「そうかもしれませんが、生きている可能性も捨て切れません」
「ベラト、その占い師は、ビルルルのことを知っていたのか?」
話についていけずポカンとしているベラト。
「ビルルルてぇのは、誰のことですかい?」
どうやらベラト自身が、ビルルルを知らないようだ。
三傑と比べるとビルルルは、庶民にあまり知られていないので仕方がない。
「――そうか、ならばいい。では、その『はるか南東の森』とは、どこのことだ?」
「ああ、そっちはなんとか聞き出せやした。ババアは、自分は札に出た相を読んだだけで、その内容にまでは責任は持てねぇと、もったいぶりやがりましてね。あっしは仕方なく、もう1枚銀貨を握らせたんですわ。そしたらババア、自分は長年、東の大陸中を旅して来たんで、その森がどんなもんで、どこにあるかの予想はつくってぬかしやがって」
「ほう」
団長の目がまた針のように細められた。
「ババアの言分によると、その森は、オルマン王国の北の国境付近にある『人喰い森』じゃねぇかってことです」
「人喰い森?」
「へえ、なんでもその森に入った野郎は二度と出てこねぇとかで。しかも森の中には、とんでもねぇ化物が棲む焼けた屋敷があるそうでして。だから近隣の者は誰も近づかねぇらしいです。だがババアはその化物こそが、隠者だとぬかしやがるんですわ」
話半分に聞いていた私だが、事件の資料にあるヘペル卿の証言を思い出した。
「そういえば、ヘペル卿は、ジョルジが南東方面へ逃走したと証言していたはずです」
「なるほどな。距離はあるが、ここからならオルマンは南東になるな。――一応、手がかりになりそうだ」
団長は、わずかに口元をゆるめられた。
「私からも、ご報告があります」
三番隊の隊長であるオメルが進み出た。
太り気味ではあるが、団きっての怪力の持主で、大鎚を振回して戦うことを得意としている。
生真面目な部分は評価できるのだが、食い意地が張っているのが難点である。
「――娼館の女達の証言によると、この荘園には『魔族』の女と子供が複数監禁されていたようなのです」
「魔族だと……」
「はい。領主がときおり、奴隷として売られている魔族の女や子供を買ってきては、地下牢に繋ぎ、慰み者として男の農奴達に与えていたそうです。衛兵達は、それを知っていましたが、見て見ぬふりをしていたとか」
私はオメルの話を補足した。
「最近、魔族を拉致して売買することが、再び盛況となっていると聞いています。奴隷としてだけでなく、薬の原料にしているという話もあるそうです」
「気持ちの良いものではないな」
団長は眉を顰められた。
『魔族』とは東の大陸の北端にある『魔国』の住人のことである。
外見は人間とそっくりだが、額や側頭部に獣のような角を持っている。
魔国は現在、他国との接触が殆ど無く、一部の限られた商人だけが、わずかに交易をしている。
古代から、バシャルの人々は、彼らを忌み嫌い、見かけることがあると石を投げて追払い、ときには捕まえて暴行を加え奴隷にし、最悪の場合は殺してしていたともいう。
そんなこともあり、魔国は国境を閉ざし、人間との交流を断ったのだ。
団長はふいに、まだ震えている老婆の前に行き、その瞳をのぞきこんだ。
「おまえ、魔族のことを知っていたな」
敵を射殺すような視線と鬼気を帯びた声が、老婆を押しつぶす。
老婆はヒッと悲鳴を上げ、その場にひれ伏した。
「お、お許しくださいっ! 私は旦那様に言われて、魔族の身の回りの世話をしていただけです! ジョルジは魔族を庇ったばっかりに男達に甚振られて、あんなことに……」
「全てを正直に話せ」
老婆は、何度も地面に額をこすりつけながら、事件の真相を語った。
農奴の男達は、新入りのジョルジを、普段から揶揄い虐めていた。
その日も嫌がる彼を無理やり地下室へ連れてきたそうだ。
地下室には牢屋があり、魔族の女と子供が閉込められていた。
農奴の男達はそこで、彼らを夜毎慰み者にしていた。
あの日、男達は、その行為をジョルジに見せつけるために、地下へ連れて来たのだった。
魔族に対する男達らの仕打ちを見ていられなかったジョルジは、止めようとして怒りを買い、自分も暴行を受けることになる。
ジョルジは線が細く、外見が女性のようだったことが、男達の欲望に火をつけた。
服を破られて丸裸にされ、魔族と同じ目にあわされそうになったとき、突然、ジョルジの身体が青く輝き、異形の魔人へと変わった。
変身したジョルジは男達を殴り殺し、魔族が閉込められていた牢の扉を壊し、彼女らを解放した。
物音を聞きつけ降りてきた農奴達は、ジョルジを見て驚き逃げようとしたが、全員が殴り殺されてしまう。
殺された者の血が階段を流れ、滝のように地下室へ滴り落ちたそうだ。
ジョルジはそのまま階段を上っていき、魔族達もその後を追って姿を消した。
部屋の隅で一部始終を見ていた老婆は恐ろしくて動くことができず、上で何が起こったのかは分からないらしい。
ただ、ジョルジの獣のような雄たけび、建物が壊れる音、農奴達の悲鳴、それらが長い間、頭上から聞こえていたことだけは覚えているという。
老婆は話し終わった後も、地面から顔を上げず、震え続けていた。
冬に入って気温は下がっているが、道中は、それほど冷込むこともなく、馬達の脚も軽やかだった。
ゲチトは、位置的には帝国のちょうど真東にあたり、魔導王国オクルと帝国との間に国土を有している。
また、アザットと同様、古代王国フリギオの傍系王族が興した国でもある。
1000年近い歴史を持つ由緒ある国ではあるが、その内情はお粗末なものだ。
主な産業は農業なのだが、生産物を帝国に買取ってもらうことで、辛うじて政体を保っている。
同盟国というより属国と言っていいだろう。
政体が脆弱なため、防衛を担う軍も、治安を守るのが精一杯で、大きな戦争となれば帝国に頼るしかなく、東の大陸で最弱として知られている。
私達は、ゲチト王宮から派遣された“将軍”ハサンに先導されて、王国南部にあるスプシュマ荘園へと向かった。
ハサンは服装こそ立派だったが、どうみても一軍を率いる“将軍”とは思えない、貧相な風采をしていた。
しかし自尊心だけは高いようで、どこか他人を軽んじているような態度が、私を含め団員達の怒りを買うことになった。
帝国騎士に対してでさえこの態度では、自国の兵士の扱いはきっと酷いものだろう。
目的地であるスプシュマ荘園は辺境の山間にあり、到着までに半日を費やすことになる。
事件が起こった領主の屋敷はスプシュマ村の北側に位置していた。
到着早々に訪ねてみると、驚いたことに、城壁も建物も、堅牢とは言い難い木造であると判明した。
これでは何かあったとき、簡単に陥落してしまうだろう。
“将軍”ハサンは屋敷へ案内するや否や、いかようにもお調べください、と言置いて、さっさと近くにあるスプシュマ村の宿屋へ行ってしまった。
屋敷にも将軍にも非常事態に対する緊張感というものがない。
帝国に頼りきり、自分達の手で国土を守るという気概を失っているのだ。
城門を抜けて中に入ると、主屋以外にも建物がいくつかあったが、その全てに酷い損壊の痕が見受けられた。
ジョルジの凶行の結果と考えられる。
特に城内左翼にある二階建ての広い建物の被害状況は酷く、半壊しており、とても人の住める状態には見えなかった。
ところが、生残った女や子供の農奴と思われる者達が、壊れた建物の中から、不安げに、こちらをうかがっているのに気がついた。
おそらく、この建物が、農奴達の寮と思われる。
他に行場が無く、ここで生活するしかないのだろう。
衛兵隊長の話では、荘園領主の一人娘であるイゼル・スプシュマは既に親類のもとに避難しているので、現在荘園に居留するのは、10名の衛兵と農奴達だけということだった。
資料の時系列を見ると、まず真夜中近く、主屋に併設された寮で、青い魔人となったジョルジが同僚の農奴達の殺戮を開始する。
見回りの衛兵の報告により、領主は荘園を守る衛兵隊の60名全員を招集し、暴れまわるジョルジの討伐を指示する。
しかしジョルジの圧倒的な攻撃力に抗しきれず、衛兵隊は明方までに全滅することとなる。
結果、農奴、衛兵、そして領主ヤシャル・スプシュマ侯を含めた200名余りが死亡。
死因のほぼ全てが撲殺による。
ただしイゼル・スプシュマ嬢及び寮内にいた女、子供、約50名は無傷である。
資料と照らし合わせ、現場の凡その状況が把握できたので、次にジョルジの変身を目撃したという老婆を呼出し、尋問することとした。
私たちの前に出た老婆は、酷く動揺し震えていた。
かなり怯えており、何を尋ねても、以前お話ししたとおりですと繰返すばかりだった。
仕方なく女の農奴達に尋ねてもみたのだが、ジョルジへの恐怖から部屋に閉じこもっていたため、役に立たなかった。
埒が開かないので、今後の方針をどうするか話合っていると、スプシュマ村で聞込みをしていた騎士達が戻ってきた。
村には宿屋の他に酒場や娼館があり、屋敷の衛兵達が非番の日に利用していたようだ。
彼らは震えている老婆を横目で見ながら、団長の周りに集まってきた。
「いくつか収穫がありました」
最初に二番隊の隊長セルカンが口を開いた。
後手に整えられた黒髪と眼光鋭い褐色の瞳。
寡黙で年齢はまだ27歳と若いが、武力にも知力にも優れた将来有望な騎士である。
通常、1つの団には10の隊があり、1隊は500人で構成される。
つまりどの団にも隊長は、10人いることになる。
セルカンは背後にいた騎士に、報告するように命じた。
右目を皮の眼帯で覆い、いかにも下層階級出身の風貌をしたその騎士は、二番隊の隊員であるベラトだ。
傷だらけの禿頭、のび放題の無精ひげ、数本抜けた前歯、吐く息は、いつも酒臭い。
元は盗賊だったという噂のある男だが、騎士に採用されて功績をあげ、今では下級貴族である酬侖卿となっていた。
歳は四十を越えている。
こいつは、私が作った『団の嫌いな奴順位表』で、だんとつの一位を占めている。
ただ、戦闘力は高く、他の隊員からは頭一つ抜けていた。
そこがまた気に食わないところでもある。
「へへへっ、あっしが酒場で聞込みをしてましたら、死ぬのを忘れちまったような占い師のクソババアに出くわしましてね。銀貨を握らせたら、ベラベラとそりゃもう臭ぇツバを飛ばして、しゃべりまくりやがって……」
「要点だけを話しなさいっ!」
怒鳴りつけると、ベラトは小指で耳の穴をほじりながら顔をしかめた。
「副長様ぁ、そんなでけぇ声出さなくても、聞こえまずぜぇ。あっしは心臓が弱いんですから、脅かさねぇでくださいよ」
殺しても死なないような顔をして、よくそんなことが言える。
もう一度怒鳴りつけようとしたが、団長に止められた。
「――それで?」
団長は無表情で尋ねられる。
ふざけ半分だったベラトは一瞬で真顔になった。
「ジョルジの野郎が酒場に来たとき、ババアは声をかけたんだそうで。初めて観る奇妙な人相だったんで、タダで占ってやることにしたらしくてね。奴は人に言えない悩みを抱えてるらしく、どうすりゃあ解決するかを尋ねてきたそうで。だからババアは星観の札をちょちょいと並べて、奴の宿命を観てやったって話ですわ……」
団長は目を細め、興味深げにベラトの報告を聞かれている。
「星観の札がジョルジの野郎に出した答えを、ババアは神官みたいにもったいぶって、あっしにぬかすんですわ」
ベラトは、真似をしたつもりなのか、両手を胸の前で組み、おごそかに占いの内容を告げた。
「『はるか遠き南東の森にいる隠者に会えば、悩みは解消される』つうことだそうで」
「――隠者? それは何者だ?」
「いや、ババアにもそこまでは、わからねぇらしくって……」
ベラトは気まずそうに頭をかいた。
「副長、何か心当たりは?」
私は急いで記憶を探った。
「――隠者と言えば、かのビルルル・アルカンが思い浮かびます。もしかすると、その南東の森にビルルルがいるのかもしれません」
「ビルルル……。確か太祖帝様を裏で支えた白妖精の女だったな」
「はい、ビルルル・アルカンは高度な錬金術を用いて強力な回復薬や治癒薬を作成する傍ら、特殊な能力を持つ武器や道具なども発明し、それらを太祖帝様や聖師、賢者のために用立てていました」
「だが、『災厄の時』からもう1000年以上が経っている。いくら白妖精が長寿でも、死んでいるのではないか」
「そうかもしれませんが、生きている可能性も捨て切れません」
「ベラト、その占い師は、ビルルルのことを知っていたのか?」
話についていけずポカンとしているベラト。
「ビルルルてぇのは、誰のことですかい?」
どうやらベラト自身が、ビルルルを知らないようだ。
三傑と比べるとビルルルは、庶民にあまり知られていないので仕方がない。
「――そうか、ならばいい。では、その『はるか南東の森』とは、どこのことだ?」
「ああ、そっちはなんとか聞き出せやした。ババアは、自分は札に出た相を読んだだけで、その内容にまでは責任は持てねぇと、もったいぶりやがりましてね。あっしは仕方なく、もう1枚銀貨を握らせたんですわ。そしたらババア、自分は長年、東の大陸中を旅して来たんで、その森がどんなもんで、どこにあるかの予想はつくってぬかしやがって」
「ほう」
団長の目がまた針のように細められた。
「ババアの言分によると、その森は、オルマン王国の北の国境付近にある『人喰い森』じゃねぇかってことです」
「人喰い森?」
「へえ、なんでもその森に入った野郎は二度と出てこねぇとかで。しかも森の中には、とんでもねぇ化物が棲む焼けた屋敷があるそうでして。だから近隣の者は誰も近づかねぇらしいです。だがババアはその化物こそが、隠者だとぬかしやがるんですわ」
話半分に聞いていた私だが、事件の資料にあるヘペル卿の証言を思い出した。
「そういえば、ヘペル卿は、ジョルジが南東方面へ逃走したと証言していたはずです」
「なるほどな。距離はあるが、ここからならオルマンは南東になるな。――一応、手がかりになりそうだ」
団長は、わずかに口元をゆるめられた。
「私からも、ご報告があります」
三番隊の隊長であるオメルが進み出た。
太り気味ではあるが、団きっての怪力の持主で、大鎚を振回して戦うことを得意としている。
生真面目な部分は評価できるのだが、食い意地が張っているのが難点である。
「――娼館の女達の証言によると、この荘園には『魔族』の女と子供が複数監禁されていたようなのです」
「魔族だと……」
「はい。領主がときおり、奴隷として売られている魔族の女や子供を買ってきては、地下牢に繋ぎ、慰み者として男の農奴達に与えていたそうです。衛兵達は、それを知っていましたが、見て見ぬふりをしていたとか」
私はオメルの話を補足した。
「最近、魔族を拉致して売買することが、再び盛況となっていると聞いています。奴隷としてだけでなく、薬の原料にしているという話もあるそうです」
「気持ちの良いものではないな」
団長は眉を顰められた。
『魔族』とは東の大陸の北端にある『魔国』の住人のことである。
外見は人間とそっくりだが、額や側頭部に獣のような角を持っている。
魔国は現在、他国との接触が殆ど無く、一部の限られた商人だけが、わずかに交易をしている。
古代から、バシャルの人々は、彼らを忌み嫌い、見かけることがあると石を投げて追払い、ときには捕まえて暴行を加え奴隷にし、最悪の場合は殺してしていたともいう。
そんなこともあり、魔国は国境を閉ざし、人間との交流を断ったのだ。
団長はふいに、まだ震えている老婆の前に行き、その瞳をのぞきこんだ。
「おまえ、魔族のことを知っていたな」
敵を射殺すような視線と鬼気を帯びた声が、老婆を押しつぶす。
老婆はヒッと悲鳴を上げ、その場にひれ伏した。
「お、お許しくださいっ! 私は旦那様に言われて、魔族の身の回りの世話をしていただけです! ジョルジは魔族を庇ったばっかりに男達に甚振られて、あんなことに……」
「全てを正直に話せ」
老婆は、何度も地面に額をこすりつけながら、事件の真相を語った。
農奴の男達は、新入りのジョルジを、普段から揶揄い虐めていた。
その日も嫌がる彼を無理やり地下室へ連れてきたそうだ。
地下室には牢屋があり、魔族の女と子供が閉込められていた。
農奴の男達はそこで、彼らを夜毎慰み者にしていた。
あの日、男達は、その行為をジョルジに見せつけるために、地下へ連れて来たのだった。
魔族に対する男達らの仕打ちを見ていられなかったジョルジは、止めようとして怒りを買い、自分も暴行を受けることになる。
ジョルジは線が細く、外見が女性のようだったことが、男達の欲望に火をつけた。
服を破られて丸裸にされ、魔族と同じ目にあわされそうになったとき、突然、ジョルジの身体が青く輝き、異形の魔人へと変わった。
変身したジョルジは男達を殴り殺し、魔族が閉込められていた牢の扉を壊し、彼女らを解放した。
物音を聞きつけ降りてきた農奴達は、ジョルジを見て驚き逃げようとしたが、全員が殴り殺されてしまう。
殺された者の血が階段を流れ、滝のように地下室へ滴り落ちたそうだ。
ジョルジはそのまま階段を上っていき、魔族達もその後を追って姿を消した。
部屋の隅で一部始終を見ていた老婆は恐ろしくて動くことができず、上で何が起こったのかは分からないらしい。
ただ、ジョルジの獣のような雄たけび、建物が壊れる音、農奴達の悲鳴、それらが長い間、頭上から聞こえていたことだけは覚えているという。
老婆は話し終わった後も、地面から顔を上げず、震え続けていた。
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でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。
でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。
その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。
そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。
大学生活を謳歌しようとしたら、女神の勝手で異世界に転送させられたので、復讐したいと思います
町島航太
ファンタジー
2022年2月20日。日本に住む善良な青年である泉幸助は大学合格と同時期に末期癌だという事が判明し、短い人生に幕を下ろした。
死後、愛の女神アモーラに見初められた幸助は魔族と人間が争っている魔法の世界へと転生させられる事になる。
命令が嫌いな幸助は使命そっちのけで魔法の世界を生きていたが、ひょんな事から自分の死因である末期癌はアモーラによるものであり、魔族討伐はアモーラの私情だという事が判明。
自ら手を下すのは面倒だからという理由で夢のキャンパスライフを失った幸助はアモーラへの復讐を誓うのだった。
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
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