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番外編
89 チーの気持ち
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吾輩は猫である。
名前はまだにゃい。
どこで生まれたか、とんと見当がつかぬ。
何でも、薄暗いジメジメした所でニャーニャー泣いていたことだけは記憶している。
いま私は、保護猫センターという場所にいる。
黒い折の中にいる私を、体躯がすらりとした黒髪の男性が見ていた。
「きみ……すごく綺麗。瞳が透き通ってる」
感慨深く言って私を真っ直ぐに見る男。
私は今まで、とんと誰かに心を開いたことが無い。
ずっと一人で生きてきたし、何より、心の内側を見せるのは怖いからだ。
「きみ、うちに来ない? というかもう来て欲しい。お願いします。大切にするから」
……私は、誰かに心を開いたことが無い。
開きたくない。
それなのにこの男は、日を分けて何回も私のところにやってきて話しかけ続けた。
そしてある日、私をひょいと抱き上げて小さな箱の中に移動させ、連れて行ってしまった。
「ここが今日からきみのおうち。出ておいで」
ケースの扉が開かれたが、私は奥の方で身を縮めたままだ。
そうやって優しい声を出しても無駄である。
どうせ貴様も、いつかは私を面倒に思うのだ。何度裏切られてきたことか。
「お腹空いてない? きみはこれだったら食べるって職員の方から聞いたんだけど、どうかな」
いつまでも沈黙を守っていた私に、キャットフードの入った皿を置かれる。
私はギラッと目を尖らせ、ついつい頭半分をケースから出してしまった。だが「おぉ」と期待に満ち溢れた男の顔を目にした私は、また素早く奥の方へ戻った。
あ……危ない。私としたことが、考えなしに餌に飛びつきそうになってしまった。
「お水もここに置いておくよ」
皿をもう1つ床に置かれる。
私は瞳孔を開いて体の毛を逆立てた。
何が目的だ貴様。
私に餌付けしたら、またあのセンターへ戻すつもりなのか。
「わぁ、威嚇してるね。大丈夫、俺はきみの味方なんだ」
この男の声は柔らかくて低く、安心する。
睨みつけていた私であったが、どうにも笑顔を崩さない男に居心地が悪くなった私はほんの少し力を抜き、顔の半分をケースから出してみた。
広い空間には私以外の動物はいないようだ。
大丈夫かもしれない。
方肢を出し、ケースから出てみる。
そしてキャットフードを1粒ガリッと噛んだ。いつもの味。美味しい。
ガリガリという音が空間に響く。
あっという間に餌を平らげた私が顔を上げると、ダイニングテーブルで頬杖をついて見下ろしている男と目が合った。
もっと欲しいんだが。
そういう意味を込めてにゃあーと鳴いてみると、「かわい……」としみじみ言われた。
「きみの名前を考えなくちゃね。何がいいかな」
この男は私に名前を付けてくれるようだった。
付けるからには、私に見合ったセンスの良い名前にするのだぞ。
「白い体だから……ユキ?」
すごく安易ではないか。
却下。
ニャー。
「違うか。きみにはうんと幸せになってもらいたいんだよね。ちょっと辛い思いをしたようだから」
どうでもいいから、はよ付けろ。
ニャー。
「大切にしたいんだ。もう手放すのはイヤなんだよ。俺はこれまで何度も後悔しているからね」
よく分からないが、憂いある表情を見て、貴様にもこれまで何かがあったのだなと察しが付いた。
大丈夫だ。生きていれば、いくらでもやり直せるのだ。
「福助とか? 福丸とか……うーん、なんか違うよね」
私を見ながら真剣に考えてくれている男はきっといい人だ。
よし、認めよう。
貴様は今日から、私のご主人様だ。
「……チー助。チー丸」
私を見ているが、私ではなく誰かのことを想って言っている。
助も丸も要らない。
ニャー。
「……チー」
まぁいいのではないか?
私はすんっと澄ました顔をして、家の中を探検するためにトテトテ歩き始めた。
背後から、なぜか戸惑ったような声が聞こえる。
「えぇ、本当に? まぁでもいっか……どうせもう、会いたくても会えないからね」
ふふ、と困ったように笑うご主人様を見て私は祈った。
ご主人様も幸せになれますように。
吾輩は猫である。
名前はチー。
どこで生まれたか、とんと見当がつかぬ。
だが、これからはたくさん、ご主人様に甘やかしてもらう予定である。
おわり𓏲𓎨✧︎
名前はまだにゃい。
どこで生まれたか、とんと見当がつかぬ。
何でも、薄暗いジメジメした所でニャーニャー泣いていたことだけは記憶している。
いま私は、保護猫センターという場所にいる。
黒い折の中にいる私を、体躯がすらりとした黒髪の男性が見ていた。
「きみ……すごく綺麗。瞳が透き通ってる」
感慨深く言って私を真っ直ぐに見る男。
私は今まで、とんと誰かに心を開いたことが無い。
ずっと一人で生きてきたし、何より、心の内側を見せるのは怖いからだ。
「きみ、うちに来ない? というかもう来て欲しい。お願いします。大切にするから」
……私は、誰かに心を開いたことが無い。
開きたくない。
それなのにこの男は、日を分けて何回も私のところにやってきて話しかけ続けた。
そしてある日、私をひょいと抱き上げて小さな箱の中に移動させ、連れて行ってしまった。
「ここが今日からきみのおうち。出ておいで」
ケースの扉が開かれたが、私は奥の方で身を縮めたままだ。
そうやって優しい声を出しても無駄である。
どうせ貴様も、いつかは私を面倒に思うのだ。何度裏切られてきたことか。
「お腹空いてない? きみはこれだったら食べるって職員の方から聞いたんだけど、どうかな」
いつまでも沈黙を守っていた私に、キャットフードの入った皿を置かれる。
私はギラッと目を尖らせ、ついつい頭半分をケースから出してしまった。だが「おぉ」と期待に満ち溢れた男の顔を目にした私は、また素早く奥の方へ戻った。
あ……危ない。私としたことが、考えなしに餌に飛びつきそうになってしまった。
「お水もここに置いておくよ」
皿をもう1つ床に置かれる。
私は瞳孔を開いて体の毛を逆立てた。
何が目的だ貴様。
私に餌付けしたら、またあのセンターへ戻すつもりなのか。
「わぁ、威嚇してるね。大丈夫、俺はきみの味方なんだ」
この男の声は柔らかくて低く、安心する。
睨みつけていた私であったが、どうにも笑顔を崩さない男に居心地が悪くなった私はほんの少し力を抜き、顔の半分をケースから出してみた。
広い空間には私以外の動物はいないようだ。
大丈夫かもしれない。
方肢を出し、ケースから出てみる。
そしてキャットフードを1粒ガリッと噛んだ。いつもの味。美味しい。
ガリガリという音が空間に響く。
あっという間に餌を平らげた私が顔を上げると、ダイニングテーブルで頬杖をついて見下ろしている男と目が合った。
もっと欲しいんだが。
そういう意味を込めてにゃあーと鳴いてみると、「かわい……」としみじみ言われた。
「きみの名前を考えなくちゃね。何がいいかな」
この男は私に名前を付けてくれるようだった。
付けるからには、私に見合ったセンスの良い名前にするのだぞ。
「白い体だから……ユキ?」
すごく安易ではないか。
却下。
ニャー。
「違うか。きみにはうんと幸せになってもらいたいんだよね。ちょっと辛い思いをしたようだから」
どうでもいいから、はよ付けろ。
ニャー。
「大切にしたいんだ。もう手放すのはイヤなんだよ。俺はこれまで何度も後悔しているからね」
よく分からないが、憂いある表情を見て、貴様にもこれまで何かがあったのだなと察しが付いた。
大丈夫だ。生きていれば、いくらでもやり直せるのだ。
「福助とか? 福丸とか……うーん、なんか違うよね」
私を見ながら真剣に考えてくれている男はきっといい人だ。
よし、認めよう。
貴様は今日から、私のご主人様だ。
「……チー助。チー丸」
私を見ているが、私ではなく誰かのことを想って言っている。
助も丸も要らない。
ニャー。
「……チー」
まぁいいのではないか?
私はすんっと澄ました顔をして、家の中を探検するためにトテトテ歩き始めた。
背後から、なぜか戸惑ったような声が聞こえる。
「えぇ、本当に? まぁでもいっか……どうせもう、会いたくても会えないからね」
ふふ、と困ったように笑うご主人様を見て私は祈った。
ご主人様も幸せになれますように。
吾輩は猫である。
名前はチー。
どこで生まれたか、とんと見当がつかぬ。
だが、これからはたくさん、ご主人様に甘やかしてもらう予定である。
おわり𓏲𓎨✧︎
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