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番外編② ─清彦side─
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「ええっと、とりあえず、寒いんで入ってもいいですか?」
清彦の返事を待たずに、翔太が中へ押し入ってくる。狭い玄関では距離が近すぎる。
突然の出来事に何から尋ねたらいいか分からない。
立ち竦んでいると、不意に翔太がこめかみのあたりに顔を寄せてきた。
すんすんと匂いを嗅がれ、堪らず目の前の厚い胸板を押し返すが、大きな身体はびくともしない。
「ねえちょっと何して……」
「もう風呂入ったんすね、石鹸のいい匂いがする」
「あっ」
言いながら、背中の溝を撫で上げられ、情けない声が漏れてしまった。
それにいつの間にか、清彦は壁側に追いやられている。逃さないと言わんばかりに、顔の横に両手がきた。
ただ、まだわずかに清彦には余裕があった。赤の他人にこんなことをされたら怖気付いていただろうが、相手は後輩だ。
「お前、こっちの人間だったの?」
2年間同じ部活だったよく知る後輩なのだが、同性もいけるだなんて知らなかった。
「そうですよ」あっさりと翔太は認めた。
「先輩はまだ海斗先輩のことが好きなんですか?」
クスリと笑いながら問われ、かあっと頰が熱くなる。
高校時代、清彦がずっと想いを寄せていたのが、同じサッカー部の内田海斗という先輩部員だった。
当時清彦が海斗にアタックしまくっていたことを、部員のほとんどが知っている。翔太も例外ではない。
「そ、そういうわけじゃない。もうオレは……」
「俺のこと、このカイトって名前で選んだんじゃないの?」
「うぅ……、だいたい、お前はなんでそんな源氏名使ってんの?意味分かんないんだけど」
「さあ、何ででしょうね」ふふっと、誤魔化すように翔太が笑う。
前髪をかきあげる仕草は、大人の男の色気がある。
清彦が知る翔太は、17歳の高二で止まっているからまるで別人なのだが、そこら中に面影がはっきりとあるから、会ってすぐに気づいてしまったのだろう。
「なんでこんな仕事してんの?大学は?」
ふとそんなことが気になった。清彦の記憶では、翔太の成績はそこそこ良かったはずだ。
「これはバイトですよ。趣味と実益を兼ねてね。心配しなくてもちゃんと大学は行ってます」
「別に……」
心配なんてしてない。そう言う前に言葉が途切れたのは、唇を唇で塞がれたからだ。
チュッというドラマなんかでよく聞くリップ音が、自分の口元からした。
びっくりした、なんてレベルではない。突然のことに、思考が停止した。
瞬きを繰り返しながら唖然としていると、顎を持ち上げられて、そのまま下唇を甘噛みされた。
驚いてわずかに口を開きかけると、するりと湿った舌が口腔に入り込んでくる。
「や……やめ……っ」
自分の舌で押し返そうとしても、どういうわけか逆に絡め取られ、翔太の熱い舌に口腔中を蹂躙される。
当然清彦はキスさえもしたことがない。抵抗をさせてもらえず、すっかり固まっていると、唐突に背中に淡い電気が走る。
「ふっ……んン……っ」
口蓋のカーブを丁寧になぞられたのだ。それだけなのに、急に身体の力が入らなくなる。
逃げてしまう清彦の腰を、翔太の手がぐっと支えるように引き止めてくる。
「ここ、好きなんです?」
どうしてこんなにも激しい口づけの合間に喋ることができるんだ。
違うとやめろの意味を込めて何とか顔を横に振るが、顎を掴み上げる手は離れないし、口づけの雨は止んでくれない。
「……あ……ふ……ぅ……ん……っ」
それどころか、舌先でちろちろと執拗に口蓋を嬲られ、自分のものとは思えない甘ったるい声が零れた。
くらくらするのは、呼吸法が分からず酸欠になっているからだろうか。翔太の巧みな技術に翻弄されているのかもしれないが、それだけは認めたくない。
そう思いながらも、清彦はもう目の前の男にしがみつくことしかできない。
唇がやっと離れた時、清彦だけが息を荒くしていた。
親指の腹で濡ていたらしい口端を拭われたかと思うと、翔太は徐に清彦を搔き抱いた。
「やっば……。先輩、キスも初めてなんすか?」
耳元で聞こえる声は、酷く熱っぽかった。
今のたったあれだけの行為でバレてしまったのかと、じわじわと頰が紅潮する。
後輩の前だというのに、醜態を晒しすぎている。恥ずかしくて堪らない。
でもわずかに残っている先輩としての威厳が、清彦を奮い立たせた。
「……ふざけないで。勘違いしてるようだけど、お前なんかチェンジだから。すぐに別の人呼んで」
平静を装ってなんとか言えた。
もうこの男に近づくべきではない。清彦は胸の前で自分の腕を抱き寄せる。これ以上変なことはさせない。
全く知らない他人に一夜だけ抱かれたかっただけなのに、運悪く後輩に出会ってしまうなんて。
清彦の返事を待たずに、翔太が中へ押し入ってくる。狭い玄関では距離が近すぎる。
突然の出来事に何から尋ねたらいいか分からない。
立ち竦んでいると、不意に翔太がこめかみのあたりに顔を寄せてきた。
すんすんと匂いを嗅がれ、堪らず目の前の厚い胸板を押し返すが、大きな身体はびくともしない。
「ねえちょっと何して……」
「もう風呂入ったんすね、石鹸のいい匂いがする」
「あっ」
言いながら、背中の溝を撫で上げられ、情けない声が漏れてしまった。
それにいつの間にか、清彦は壁側に追いやられている。逃さないと言わんばかりに、顔の横に両手がきた。
ただ、まだわずかに清彦には余裕があった。赤の他人にこんなことをされたら怖気付いていただろうが、相手は後輩だ。
「お前、こっちの人間だったの?」
2年間同じ部活だったよく知る後輩なのだが、同性もいけるだなんて知らなかった。
「そうですよ」あっさりと翔太は認めた。
「先輩はまだ海斗先輩のことが好きなんですか?」
クスリと笑いながら問われ、かあっと頰が熱くなる。
高校時代、清彦がずっと想いを寄せていたのが、同じサッカー部の内田海斗という先輩部員だった。
当時清彦が海斗にアタックしまくっていたことを、部員のほとんどが知っている。翔太も例外ではない。
「そ、そういうわけじゃない。もうオレは……」
「俺のこと、このカイトって名前で選んだんじゃないの?」
「うぅ……、だいたい、お前はなんでそんな源氏名使ってんの?意味分かんないんだけど」
「さあ、何ででしょうね」ふふっと、誤魔化すように翔太が笑う。
前髪をかきあげる仕草は、大人の男の色気がある。
清彦が知る翔太は、17歳の高二で止まっているからまるで別人なのだが、そこら中に面影がはっきりとあるから、会ってすぐに気づいてしまったのだろう。
「なんでこんな仕事してんの?大学は?」
ふとそんなことが気になった。清彦の記憶では、翔太の成績はそこそこ良かったはずだ。
「これはバイトですよ。趣味と実益を兼ねてね。心配しなくてもちゃんと大学は行ってます」
「別に……」
心配なんてしてない。そう言う前に言葉が途切れたのは、唇を唇で塞がれたからだ。
チュッというドラマなんかでよく聞くリップ音が、自分の口元からした。
びっくりした、なんてレベルではない。突然のことに、思考が停止した。
瞬きを繰り返しながら唖然としていると、顎を持ち上げられて、そのまま下唇を甘噛みされた。
驚いてわずかに口を開きかけると、するりと湿った舌が口腔に入り込んでくる。
「や……やめ……っ」
自分の舌で押し返そうとしても、どういうわけか逆に絡め取られ、翔太の熱い舌に口腔中を蹂躙される。
当然清彦はキスさえもしたことがない。抵抗をさせてもらえず、すっかり固まっていると、唐突に背中に淡い電気が走る。
「ふっ……んン……っ」
口蓋のカーブを丁寧になぞられたのだ。それだけなのに、急に身体の力が入らなくなる。
逃げてしまう清彦の腰を、翔太の手がぐっと支えるように引き止めてくる。
「ここ、好きなんです?」
どうしてこんなにも激しい口づけの合間に喋ることができるんだ。
違うとやめろの意味を込めて何とか顔を横に振るが、顎を掴み上げる手は離れないし、口づけの雨は止んでくれない。
「……あ……ふ……ぅ……ん……っ」
それどころか、舌先でちろちろと執拗に口蓋を嬲られ、自分のものとは思えない甘ったるい声が零れた。
くらくらするのは、呼吸法が分からず酸欠になっているからだろうか。翔太の巧みな技術に翻弄されているのかもしれないが、それだけは認めたくない。
そう思いながらも、清彦はもう目の前の男にしがみつくことしかできない。
唇がやっと離れた時、清彦だけが息を荒くしていた。
親指の腹で濡ていたらしい口端を拭われたかと思うと、翔太は徐に清彦を搔き抱いた。
「やっば……。先輩、キスも初めてなんすか?」
耳元で聞こえる声は、酷く熱っぽかった。
今のたったあれだけの行為でバレてしまったのかと、じわじわと頰が紅潮する。
後輩の前だというのに、醜態を晒しすぎている。恥ずかしくて堪らない。
でもわずかに残っている先輩としての威厳が、清彦を奮い立たせた。
「……ふざけないで。勘違いしてるようだけど、お前なんかチェンジだから。すぐに別の人呼んで」
平静を装ってなんとか言えた。
もうこの男に近づくべきではない。清彦は胸の前で自分の腕を抱き寄せる。これ以上変なことはさせない。
全く知らない他人に一夜だけ抱かれたかっただけなのに、運悪く後輩に出会ってしまうなんて。
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