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第二十四夜
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自室で講義ノートを広げて勉強をしていた恭介は、ふとその手を止めた。外がやけに静かだ。
1時間ほど集中できたのはいいが、その代償に肩がひどく凝っている。立ち上がって伸びをして、ぐるぐると肩回しをしながら、机横の窓を開ける。
「雪か」
少し前から降っていたようで、隣の家の屋根や塀にうっすらと積もっていた。
月さえ見えない真っ暗な空を仰ぎ見れば、大粒の無数の雪が音もなく降り続けていて、吐く息が白く上った。
あっという間に大学3年の冬がきた。
ここ東京で幼なじみで恋人の海斗とルームシェアを始めてもう2年半が過ぎたのだ。
一緒に買い物に行ったり、旅行に行ったり、家に引き籠って一晩中ゲームをしたり、今までも海斗としていたこと全部、恋人同士になってからはそこに随分と糖度が増した。
帰り道に1つのアイスを2人で食べたり、誰もいない夜道でこっそり手を繋いで歩いたこともある。
どこか泊まりで出かければ、やっぱり夜はそういう流れになってしまうし、ずっと家にいようものなら、どちらからともなくキスをして、そこからはもう、言うまでもない。
最初はお互いにむずがゆくて慣れなかったが、それもすぐ日常になった。
──でも……。
ふうと息を吐いて、閉めた窓に鍵をかけると、恭介は散乱する机の上を片付けはじめた。
ずっといつまでもこのままではいられないのだ。卒業まであと1年半もないのだから。
将来を見据えて就職活動をはじめている友人たちを見ていると、院へ進むつもりの恭介もなんだか気持ちが落ち着かない。
なによりも、身近では海斗が教師を目指して奮闘中だ。
3年になってからは今まで以上に忙しそうで、つい最近卒業したはずの母校で教育実習生として教壇に立ち、先日は聾学校と老人ホームへ介護体験に行っていた。
このまま同大学の院に進むと決めたのは勿論恭介自身だが、どんどん変わっていく周囲に自分だけ置いていかれるような漠然とした不安を感じてしまう。
自分の部屋をあとにして、その斜め前に位置する海斗の部屋のドアを開ける。
暗くたってもうどの位置のどの距離にベッドがあるかを知っている。
近づくと、どうぞと言うように、そっと掛け布団が持ち上がったから、恭介はするりと海斗のベッドに潜り込む。
「襲いにきたんだけど?」
昔のネタを持ち出して尋ねると、布団から海斗がゆっくりと顔を出した。
「むり。吐く」
力のない声。いつものように恭介の腰にまわってきた手もどこか頼りない。
薄暗くて分かりづらいが、海斗の顔はまだ真っ赤なのだろう。それに酒臭い。
今日海斗は高校時代のサッカー部の集まりがあった。場所は家からすぐ近くの居酒屋。上京OB組の飲み会だ。
行ってもいい?と子供みたいに律儀に聞いてきた海斗はほんの少し可愛かった。
いいよ、飲んできなよと快く答えたのに、結局今日は22時前には家に帰ってきた。
「なんか会いたくなって」
帰宅早々、コートを着たまま恭介の部屋にやってきて、そんなことを言う。毎日顔を合わせているというのに、一体飲み会で何があったんだろう。
手探りで海斗の身体を辿って、行き着いた頭をぽんぽんと撫でる。
そこには栗色の柔らかい髪は、もうない。実習と就活用に黒く染め直された、ちょっと軋む髪がある。
「飲み会、楽しかった?」
「うん、飲みすぎたよね」
ぐりぐりと甘えるように頭を寄せてくる酔っ払いからは、恭介と同じ石鹸の香りがする。布団で温まった身体に体温を分けてもらうと、恭介はなんとも言えない幸福を感じる。幸せだ。
幸せだからこそ、終わりが怖い。
「あ、こら、変なとこ触るなって」
恭介の背中をくすぐるように蠢く手が、だんだんと脇腹に移動する。
「おい酔っ払い、やめろっ」
たまらず恭介が笑うと、つられて海斗も笑うから、何でかおかしくなって、顔を寄せ合ってふたりして肩を揺らした。
温かな場所がここに確かにあるのに、幸せな日々を過ごせば過ごすほど、終わりが近づいてくる。
考えるのをやめるべく、ぎゅうっと目を瞑り、今度は恭介が海斗に擦り寄った。
1時間ほど集中できたのはいいが、その代償に肩がひどく凝っている。立ち上がって伸びをして、ぐるぐると肩回しをしながら、机横の窓を開ける。
「雪か」
少し前から降っていたようで、隣の家の屋根や塀にうっすらと積もっていた。
月さえ見えない真っ暗な空を仰ぎ見れば、大粒の無数の雪が音もなく降り続けていて、吐く息が白く上った。
あっという間に大学3年の冬がきた。
ここ東京で幼なじみで恋人の海斗とルームシェアを始めてもう2年半が過ぎたのだ。
一緒に買い物に行ったり、旅行に行ったり、家に引き籠って一晩中ゲームをしたり、今までも海斗としていたこと全部、恋人同士になってからはそこに随分と糖度が増した。
帰り道に1つのアイスを2人で食べたり、誰もいない夜道でこっそり手を繋いで歩いたこともある。
どこか泊まりで出かければ、やっぱり夜はそういう流れになってしまうし、ずっと家にいようものなら、どちらからともなくキスをして、そこからはもう、言うまでもない。
最初はお互いにむずがゆくて慣れなかったが、それもすぐ日常になった。
──でも……。
ふうと息を吐いて、閉めた窓に鍵をかけると、恭介は散乱する机の上を片付けはじめた。
ずっといつまでもこのままではいられないのだ。卒業まであと1年半もないのだから。
将来を見据えて就職活動をはじめている友人たちを見ていると、院へ進むつもりの恭介もなんだか気持ちが落ち着かない。
なによりも、身近では海斗が教師を目指して奮闘中だ。
3年になってからは今まで以上に忙しそうで、つい最近卒業したはずの母校で教育実習生として教壇に立ち、先日は聾学校と老人ホームへ介護体験に行っていた。
このまま同大学の院に進むと決めたのは勿論恭介自身だが、どんどん変わっていく周囲に自分だけ置いていかれるような漠然とした不安を感じてしまう。
自分の部屋をあとにして、その斜め前に位置する海斗の部屋のドアを開ける。
暗くたってもうどの位置のどの距離にベッドがあるかを知っている。
近づくと、どうぞと言うように、そっと掛け布団が持ち上がったから、恭介はするりと海斗のベッドに潜り込む。
「襲いにきたんだけど?」
昔のネタを持ち出して尋ねると、布団から海斗がゆっくりと顔を出した。
「むり。吐く」
力のない声。いつものように恭介の腰にまわってきた手もどこか頼りない。
薄暗くて分かりづらいが、海斗の顔はまだ真っ赤なのだろう。それに酒臭い。
今日海斗は高校時代のサッカー部の集まりがあった。場所は家からすぐ近くの居酒屋。上京OB組の飲み会だ。
行ってもいい?と子供みたいに律儀に聞いてきた海斗はほんの少し可愛かった。
いいよ、飲んできなよと快く答えたのに、結局今日は22時前には家に帰ってきた。
「なんか会いたくなって」
帰宅早々、コートを着たまま恭介の部屋にやってきて、そんなことを言う。毎日顔を合わせているというのに、一体飲み会で何があったんだろう。
手探りで海斗の身体を辿って、行き着いた頭をぽんぽんと撫でる。
そこには栗色の柔らかい髪は、もうない。実習と就活用に黒く染め直された、ちょっと軋む髪がある。
「飲み会、楽しかった?」
「うん、飲みすぎたよね」
ぐりぐりと甘えるように頭を寄せてくる酔っ払いからは、恭介と同じ石鹸の香りがする。布団で温まった身体に体温を分けてもらうと、恭介はなんとも言えない幸福を感じる。幸せだ。
幸せだからこそ、終わりが怖い。
「あ、こら、変なとこ触るなって」
恭介の背中をくすぐるように蠢く手が、だんだんと脇腹に移動する。
「おい酔っ払い、やめろっ」
たまらず恭介が笑うと、つられて海斗も笑うから、何でかおかしくなって、顔を寄せ合ってふたりして肩を揺らした。
温かな場所がここに確かにあるのに、幸せな日々を過ごせば過ごすほど、終わりが近づいてくる。
考えるのをやめるべく、ぎゅうっと目を瞑り、今度は恭介が海斗に擦り寄った。
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