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第二十六夜(2)
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共通の知り合いの話題にしばし夢中になっていると、ふと思い出したように、黙ってそれを聞いていた清彦が口を開いた。
体格の良い翔太を、小さな清彦が慣れた様子で押しのけて、ずいと恭介に迫る。
「ねえそう言えば、海斗先輩って結局あっちに戻るの?それともこっちで教員試験受けることにした?この前聞くの忘れちゃってさ」
大きく心臓が跳ねる。
「……あ、それは…………」
考えないようにしようとしていたことが、身構える暇もなく突如目の前に現れて返答につまる。
一瞬、どころではないと思う。体感で数秒間も身体の何もかもが固まって、黙りこくる恭介を不思議そうに見る後輩2人が目に入ってきたのは、しばらくしてからだった。
身体の横で握った拳に力を入れる。いつの間にか俯いていた顔を上げて、意識して口角を上げた。
「海斗は、地元に帰るよ。向こうの教員採用試験を受けるって」
言いながら、まるで地面がぐにゃりとゆがむような感覚に見舞われる。自分が真っ直ぐ立てているか自信がない。
「そうなんだ。で、……あんたは?」
そんな恭介の心うちを見透かしたかのように、察しのいい清彦が戸惑いの表情を浮かべながらも聞いてくる。
その横では、不穏な空気を感じ取った翔太も気遣わしげな面持ちを恭介へ向けている。
「俺は、こっちで……」
へらっと笑いながら言いかけたところで、
「恭介くん、どうかしたの?」
絡まれているとでも思ったのだろうか。芽衣が駆け寄ってきた。
わずかな逡巡のあと、恭介は芽衣に身体を向けた。
「ディルを探してるんだって。案内頼める?」
「ちょっと……」
遠慮がちに伸びてきた清彦の手を避けるようにして振り払う。
「ごめん清彦くん、翔太くん、俺もう行かなきゃ」
──どこへだよ。
心の中で自分自身を嘲笑う。
でももうこれ以上、この話をしなくなかった。
その場を芽衣に任せて、自分は一目散にバックヤードへ駆け込んで、一目のつかない場所、積まれた商品ダンボールのさらに奥のわずかな隙間でしゃがみ込む。
海斗は地元愛知へ戻る。
恭介は東京でこのまま院に進む。
もうずっと前に2人で話し合って決めたことだ。
今のアパートは引き払って、恭介は1人で空きが出る予定の学生寮に移り住むことも決まっている。
なにも悲しい決定ではない。前向きで建設的な決断だ。
恭介も院を卒業したら地元に戻るつもりなのだから。
来年の春からたった2年だ。2年という短い期間海斗と離れるだけ。
でも、恭介はそれが不安で仕方がない。
今までの人生、ほとんど隣に海斗がいた。当たり前すぎて気付かなかっただけで、海斗が意図的にそばに居てくれていたのだ。
はじめて、離ればなれになる。
女々しいことにその事実が、未だに受け入れられないでいる。
いっそ院へは行かずに、海斗と一緒に卒業して地元に戻ろうかとも思った。
高校も、大学も、恭介に合わせて同じ進路を選択してくれていたのは海斗だ。
ならば今度は恭介が海斗の隣にいる努力をすべきではないか。
でも、海斗はそれを望まなかった。
「どうして?高校の時から院まで進みたいって言ってたよな?俺は2年くらい平気だよ」
距離なんて大したことはない、と笑って言ってのける海斗を前に、恭介は口をつぐんだ。情けなくて恥ずかしくて何も言えなかった。
海斗が近くにいないのは心細い。
そうあの時正直に言えばよかったのかもしれない。恭介は今や1日、また1日と、終わりの日が近づいてくることが憂鬱でたまらない。
しかし今更それを言うのは躊躇われる。言ったところで未来は変わらないし、教員採用試験が控えている海斗に余計な憂いは聞かせたくない。
じわりと目元に水気を感じて、慌ててシャツの袖を押し当てる。
──いつからこんなに弱くなった?
既にこんな調子では先が思いやられる。
恭介は自嘲気味に笑いをこぼして、力なく垂らした頭を両手で抱えた。
体格の良い翔太を、小さな清彦が慣れた様子で押しのけて、ずいと恭介に迫る。
「ねえそう言えば、海斗先輩って結局あっちに戻るの?それともこっちで教員試験受けることにした?この前聞くの忘れちゃってさ」
大きく心臓が跳ねる。
「……あ、それは…………」
考えないようにしようとしていたことが、身構える暇もなく突如目の前に現れて返答につまる。
一瞬、どころではないと思う。体感で数秒間も身体の何もかもが固まって、黙りこくる恭介を不思議そうに見る後輩2人が目に入ってきたのは、しばらくしてからだった。
身体の横で握った拳に力を入れる。いつの間にか俯いていた顔を上げて、意識して口角を上げた。
「海斗は、地元に帰るよ。向こうの教員採用試験を受けるって」
言いながら、まるで地面がぐにゃりとゆがむような感覚に見舞われる。自分が真っ直ぐ立てているか自信がない。
「そうなんだ。で、……あんたは?」
そんな恭介の心うちを見透かしたかのように、察しのいい清彦が戸惑いの表情を浮かべながらも聞いてくる。
その横では、不穏な空気を感じ取った翔太も気遣わしげな面持ちを恭介へ向けている。
「俺は、こっちで……」
へらっと笑いながら言いかけたところで、
「恭介くん、どうかしたの?」
絡まれているとでも思ったのだろうか。芽衣が駆け寄ってきた。
わずかな逡巡のあと、恭介は芽衣に身体を向けた。
「ディルを探してるんだって。案内頼める?」
「ちょっと……」
遠慮がちに伸びてきた清彦の手を避けるようにして振り払う。
「ごめん清彦くん、翔太くん、俺もう行かなきゃ」
──どこへだよ。
心の中で自分自身を嘲笑う。
でももうこれ以上、この話をしなくなかった。
その場を芽衣に任せて、自分は一目散にバックヤードへ駆け込んで、一目のつかない場所、積まれた商品ダンボールのさらに奥のわずかな隙間でしゃがみ込む。
海斗は地元愛知へ戻る。
恭介は東京でこのまま院に進む。
もうずっと前に2人で話し合って決めたことだ。
今のアパートは引き払って、恭介は1人で空きが出る予定の学生寮に移り住むことも決まっている。
なにも悲しい決定ではない。前向きで建設的な決断だ。
恭介も院を卒業したら地元に戻るつもりなのだから。
来年の春からたった2年だ。2年という短い期間海斗と離れるだけ。
でも、恭介はそれが不安で仕方がない。
今までの人生、ほとんど隣に海斗がいた。当たり前すぎて気付かなかっただけで、海斗が意図的にそばに居てくれていたのだ。
はじめて、離ればなれになる。
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ならば今度は恭介が海斗の隣にいる努力をすべきではないか。
でも、海斗はそれを望まなかった。
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しかし今更それを言うのは躊躇われる。言ったところで未来は変わらないし、教員採用試験が控えている海斗に余計な憂いは聞かせたくない。
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