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第102話 天翔ける裂爪イアハート③

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「いやいや、すまなかったね。ティファリーゼがヘロヘロだったもんだからさぞかしひどい目にあったんだろうと思っちまってね」

「アタイもティファリーゼが踏みつぶされたカエルみてえな声を出すからよ、慌てちまって」

「ピンチだとおもった」

「いえいえ、お気になさらずに」

「「「「あははははははっ」」」」

「かるっ!」

 和解して森の奥に移動して改めて挨拶をした次第だ。
 森の奥の住処にいたのは鬼娘のロッキ、アルケニーのニーニセアという二体の魔物。
 どちらも会話ができるぐらいに知能が高いから魔族ということなんだろう。

 ちなみに人間の言葉が分かるのはティファリーゼとイアハートだけ。
 二人は片言だ。

 でもなぜか言葉が通じる。
 まあ、それを言ったらここは異世界でみんなが日本語を話しているわけでもないのに意思の疎通が成り立つのだから今更だ。

 森の奥には洞窟があって、その洞窟の中がイアハートの住処。
 いくつかある住居のひとつらしい。

 イアハートは一番人間離れした姿をしているが年の功というか一番知性的だった。

 そしてここには他にも魔物がいる。

「にゅーにゅー」
「みゃが、みゃが」
「ろぱろぱ」

 なんかとても小さい獣たちの天国がここにあったのだ。
 すべて魔物らしいがなかなかに愛らしいものが多い。

「この子たちは力も弱く、でも珍しい魔物たちでね、人間の町に近づくと狩られてしまうし、他の魔物の攻撃も危ない。
 あたしが保護してるわけさ」

 とりあえずは知らない人が来たせいかイアハートの近くに集まってみぃみぃ言っている。

 中には魔族といえるほどの知能を持った者もいるらしい。

 こうしてみると話に聞いた魔族のイメージは間違いなのではないかと思えてくる。

 まあ、知性体であるならば俺にとってはしょせん異世界人。
 個別に友好的か敵対的かというだけの話だ。

「それでラウニーを探すために豚の魔石が必要だと?」

「豚の魔石は必要ないと思います」

 あまり意思の疎通がうまくいかないな…まあ話を通したのがティファリーゼだったからな。下手に人間の言葉でコミュニケーション取ったからおかしくなったんだよな。

 なので改めて説明。

「ふ~む、そういうことかい…ちと難しいかね? 豚は死んでもうずいぶん経つ。死骸に魔力なんぞ残ってないよ…骨は埋めちまったし、それ以外は森に帰っちまったしね」

 イアハートがちらりと横を見ると獣の死骸に無視だのスライムだの俗に言うスカベンジャーが集っている。
 ここではすべての死骸はああして世界に還元されるのだそうな。
 まっ、鳥葬とかもあるしね。そういうもんだろう。

「しかし、そうなると魔力をたどるというのは無理ですかね?」

「手がかりがないわね」

「うーん、魔力がダメとなると…あとは…」

「困ったねえ…」

 俺たちは車座になって頭をひねる。
 何かいい方法はないものか…

 その時視界の隅で気にかかるものが見えた。

 俺は魔力視で周辺を見ていたのだ。

 特になにかあるわけじゃないんだ。
 考え事をするときにウロウロしたり、キョロキョロしたりするだろ、あれと同じノリで周辺を虱潰しに見ていたんだが、その中に目を引くものがあったんだ。

「イアハート殿? それって魔道具ですよね?」

 俺が目をつけたのは何かの骨。

 かなり大きいから魔物の骨だろうね。細い方に布がまいてあって、たぶんこん棒として使われている。
 実際骨が武器になっている所というのは初めて見たが、なかなか強そうだ。

「おっ、アタイのお気に入りなんだ」

 鬼娘がその骨をつかんでブオンと振り回す。

 うん、間違いなく魔道具だ。
 俺の目を引いたのはその骨に刻まれた魔力のライン、つまり術式だ。魔力で周囲を見ると魔力密度の違いのせいか、術式が浮かび上がって見えるのだ。
 人間の世界ではここまで見事なものはあまり見たことがない。

「ほう、いい目をしているね。その通りだよ。これは打撃の威力を上げるための魔方式を刻んだものさ」

 イアハートの尻尾の一つがそれをつかんでひょいと持ち上げてみせる。

「あーーーっ」

「取りゃしないよ」

 バシッと尻尾でたたき伏せられる鬼娘。
 俺はちょっと残念な気持ちになる。

 鬼娘というとかわいい〝だっちゃ〟というのを期待してしまうんだけど、この鬼はどちらかというと世紀末覇者な感じの鬼だ。
 見た目に楽しくない。

 っと、そんなことはいいや。

「このこん棒は件の豚の太ももの骨だね。魔族の骨だからもともとかなり丈夫だし、魔法で強化して使う者には軽く、使われる物には重くなる。そして殴るととても響くようになっている。結構いい出来だ」

 なんと作ったのはこのイアハートらしい。
 これは何と言うか…興味が…
 ぜひ教わりたい…

「まあ、機会があれば教えるのは構わんさ。ただ」

「そうですね、今はちび助の方が重要だ。
 で、思いついたんですけど、もしそのお守りというやつに使った術式が分かれば、探せるかもしれません」

「本当かい?」
「ほんとですか?」
「?」

 最後よくわからんのが混じったがたぶん行ける。

 町全体を俯瞰すれば魔力の濃いところは分かるはず。
 後はその場所を一つ一つ虱潰しにしていけばいい。同じ術式が見つかればそこが目的地。きっと見つけられる。

「なるほど、いい考えだ。
 だったら同じものをもう一個作ってやろうじゃないか」

 そう言うと寝そべっていたイアハートは立ち上がり、奥に歩いて行った。
 結構大きい洞窟なんだがでっかい四足獣がのっしのっしと歩くとなぜか狭く見える。

 その動きに合わせておくに視線(魔力視)を向けると奥はきれいに片付いた部屋のようになっていて、目を引くのが本棚だろうか。
 いろいろな本が所狭しと並んでいる。
 かなりの蔵書量だ。

 小物も多いがこちらは放置されている感じだ。

 なんとなく親近感がわくね。

 そのがらくたの中から一つの魔石を持ってくるイアハート。

「昔亡くなった友人の魔石だ。
 まあ、なんとなく手をつけずにおいておいたが、守護の術式を刻むのは向いているかもしれんね」

 そう言うとイアハートは魔石を圧縮し研磨し、ペンダントヘッドに加工してみせる。

「魔石ってのはより強い魔力で圧縮すると形を変えられるのさ」

 つまり押しつぶすらしい。
 魔力で押しつぶすのであれば割れたり崩れたりはしないということだった。

「あとはこれに術式を刻印してやる」

 これにも俺は驚いた。
 昔〝あいつ〟が見せてくれたやり方にとても似ている。

 焦点レーザーとでもいうのだろうか。

 魔力との親和性の高い物質は、高濃度の魔力にさらされると変質する。

 なので高濃度の魔力の点を作り出してそれを動かしてやれば物質内部に変質した物質で出来た術式を構築できるのだ。
 ここで注意するのは最初に点を作ってそれを対象に送り込む方法はペケだということ。
 送り込む過程で魔力点が通過したところが変質し、そこから魔力が漏れてしまう。

「術式は完全に封じ込めないといけないのさ」

 なので多方向から魔力を送り込み、術式の起点で魔力が高濃度の点になるように制御しないといけない。

 できるけどものすごく練習が必要そうだな。

 イアハートの作業をあらゆる観測手段で観測する俺。
 いや、本当に勉強になる。
 どうもこの魔族、他にもいろいろ術式を知ってそうだからぜひ教わりたいものだ。

 そんなことをしていたらいつの間にかちび魔物が俺の周囲に集まっていた。
 全部ではない。一部。

「ほれ、できた。持っていきな。
 本当は私が行ければいいんだけどね、でっかい街ではそれどころではなくなるからね」

 ごもっとも。

 まあ、術式は覚えたから現物がなくてもいいような…いや、万が一細かいところがあやふやだったりすると困るからな、借りておくか。

「さて、じゃあ今日の所は失礼するよ」

 立ち上がる俺、そしたら膝の上に乗っていた三尾の狐がコロリと転げた。
 それを見た三つの頭を持った真っ黒いチビ犬が喜んで真似をする。

「なかなかなつこいやつらだな。
 大丈夫なのか? こんなになつこくて」

 ちび助みたいに人間にさらわれたりしないといいけど…

「何心配はいらんよ、こいつらは人間には警戒心が強い。
 間違っても人間のそばに寄ったりはしないだろう…」

「?」

 俺は黙って自分を指さす。
 俺って人間だよね?

「うー、お前さんに関してはよくわからん。
 ただ気配は人間というより古龍に似ているよ。
 お前さん。人間じゃないんじゃないのかい?」

 はい~?


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