上 下
172 / 208

第171話 晶(あきら) 

しおりを挟む

 で、結局のところ怒鳴ったのはまずかった。
 昔を知る俺からしてみればちょっと考えが及ばないことなのだが、この国において聖女というクラスを持っていて高度な回復魔法が使える晶。
 そしてガンオタで好きなように改造銃が作れるようになって軍事的に意味のある存在になってしまった晶。まあ、こちらはむべなるかなという気はするが、平たく言えば彼女は重要人物だ。

 その重要人物の部屋で大声が響いたのだ、そりゃ周りがさわぐだろう。

「何事だー!」
「聖女様の部屋です」
「いそげー」
「聖女様になにかあったら一大事だぞ!」

 なんて声が聞こえてきてどたどたと走る足音が近づいてくる。
 素晴らしい反応だ。
 護衛というかおそらくだがこの屋敷で暮らす人間の大半が晶のサポートと護衛のための人為になのだろう。
 屋敷中が即座に反応した。
 だがそんなノ一一相手にしていられない。

 俺は晶をひょいと肩に担ぐとそのままバルコニーを蹴って空に飛び立った。

「うわあぁぁぁぁっとんでるー! っていうか、なんかロマンが足りない。お姫様だっこを希望ー!」

 とかあほなことをほざいているが無視だ無視。
 そしてある程度の所まで上がると黒曜がお出迎えしてくれた。
 またこれでひと騒ぎ。

『おかえりー』

「みぎゃーーーーーーっ、ドラゴンドラゴンドラゴンが出たー!
 いやーーーっ、食べてもおいしくないです。脂肪ばっかりです。
 運動しないからーーーーーーっ」

 当然黒曜を見た晶は大騒ぎ。
 運動はしろよ。
 まあ、今、ジタバタすごい勢いで動いているからいい運動に…

「ひぎっ………っっ!」

『あっ、おとなしくなった』

「あっ、このヤロウ、どっか筋を違えたな」

 いや、ほんとマジで運動しろ、ラジオ体操とかあるだろ、日本人の必殺技が。

■ ■ ■

 その後上空を移動して王都からかなり離れた所へ移動する。

 その間一つ賢くなりました。
 黒曜の周りがちょっと温かかったんだよね。

 なんと重力場で周囲の空間を仕切って内部の気圧を上げて温度を上げたらしい。

 賢い。

 野生の勘はバカにならないな。

 まあ、そんな発見をしつつも晶と情報交換しようとしたのだけどその前にちび助を見て晶が衝撃を受けていた。

「あああああっ、私というものがありながら他の女と…」

 みたいな感じだ。
 ちび助は俺の子ではないのだがいい機会なので…

 俺は晶を地球に押し戻したことで晶とは決定的に決別がなったのだと思ったこと。お互いに異なる世界に引き裂かれ、二度と会えないという状況だったのだ。言ってみればお互いに死別したようなものだ。
 しかもその後の半年にも及ぶ極限状態。
 俺の中では晶のことは過去のことで、遠い日に失った愛しい人。その思い出を抱えて生きていくというスタンスだったのだから、新しいパートナーというのは自然な流れだと思う。
 そして現在はちゃんとした嫁がいるのだ。

 というようなことを話して聞かせた。

 長いときが流れた。というのは晶のほうでもそうだったらしい。

「私も最初のころは毎日先輩のことを思い出して、枕を濡らしていたわ…でも最近ではそれもなくなって…
 この世界の友達や知人たちとそれなりに楽しく生きてたから…それは分かるわ…
 そういう話を聞いて…やっぱりショックだったけど…何年もたっているんだから…
 そういうこともあるのよね…」

 そういう感覚。
 時のながれ。

「じゃあ、今は奥さん一筋何だね…
 じゃあ、何で帝国に?」

 とここら辺からは説明しずらいのだが、まず、帝国に来た理由としてはどうも晶のように思われる人間が帝国にいるようなので、ひょっとして助けたつもりで役に立たなかったのかと、もし今、困っているのであれば力にならねばならないと駆けつけたというのが本当のところ。

 奥さん一筋化ということに関してはこれはちょっと言うべきかどうか…
 だが言わねばならないだろう。
 うちの嫁さんが『もし晶にその気があるならば受け入れる意思がある』と言っていることを。

 その話をしたときの晶の表情は何とも複雑なものだった。
 複雑すぎて何を思ったのかわからない。
 だが…

「えっと、私も…今の生活があるから…それを全部捨ててとかは…うーん、考えちゃいます…
 多分?」

「うん、まあ、気持ちは分かった」

 それは誰でもそうだろう。
 何年もなじんだ生活をいきなり捨てるというのはどんな奴だってハードルが高いのだ。
 だが帝国の現状を考えるとこのまま晶を置いていくのもはばかられる。
 帝国はとてもお勧めできるような国ではない。
 さて、なんて説明するべきか…

 そんなことを考えているとちび助が目を覚ました。
 じっと俺の目を見る。

 あー、はいはい、何かジュースね。

「かわいい子ね、全然喋らないけど…警戒されているのかな?」

 おお、ここだな。

「いや、そんなことはない。実は…」

 と言いつつちび助が俺の子ではないことを説明し、さらに帝国の貴族に襲われて両親を殺されたことも話す。

「何それ、信じられないよ、そんな奴がいるなんて!」

 字面だけ見ると否定しているように見えるが晶は本気で憤っている。
 この調子では帝国がどんなところなのか全く気が付いていないのだろう。
 じつにこのあんぽんたんらしいあり様だ。

「いやいや、ここに来るまでいろいろ見たが帝国は全体的にそんなもんだぞ?
 人族至上主義でドワーフとかエルフとか獣人とか扱い酷いし、普通の人だって貧民なんかはひどい扱いだ。
 基本的に貴族は人間。平民は家畜といった感覚が全体を貫いていると思うな。
 どんな街に行っても必ずスラムがあって、貴族は偉そうだ」

「えっ…うそ…だって…みんな優しいし…いい人だし…」

 晶は本気でショックを受けている。

「うーん、それは貴族社会の中にいるからじゃないかな? 貴族同士なら同じ人間同士ということなんだと思うよ」

 だからみんな良識的に行動する。
 貴族に思いやりがないわけではないのだ。
 根底にある思想の問題なのだ。

 地球にいた時、ある文献で読んだことがある。

 中世において貴族が平民を殺しても罪に問われたりしなかったのは貴族が特別扱いされていたから人殺しが特に許された。というわけではないというのだ。
 貴族は平民をそもそも同じ人間だと思っていなかったと書いてあった。

 平民は家畜。

 家畜を殺すのは所有者きぞくの正当な権利。
 役立たずを殺し、目に付いた女を犯す。それは俺たちから見ればひどいことだが、当時の彼らはそもそも罪であるという意識すら持っていないのだ。
 人間が家畜を殺して食べるように。
 だが彼らも人間。
 同じ人間きぞく同士なら思いやりもするし気づかいもする。

 ここら辺が教育の恐ろしさというものだ。

 この国の貴族たちも仲間同士なら良き隣人であり、良識ある人間なのだろう。

「とはいっても口できいただけじゃわからないよね。そういう時は見に行くのが一番。
 近くの村を訪ねてみようか?」

 ショックを受けて一人でぶつぶつと現実と戦っている晶の前で俺はそう宣言する。
 彼女がどうするか。
 それは彼女が決めることだけど、正しい知識は必要だと断言します。

 でもまあ、夜が明けてからな。
 俺は魔法でとりあえずちび助と晶を寝かしつけた。
 安眠の魔法だ。

 眠れないときにちょっと眠くなる便利魔法。
 興奮しすぎていると効かないのだけど俺の出力ならちょっと無理が利く。
 晶には今無理矢理でも休息が必要だ。
 目の下に熊ができているから多分趣味に邁進していたんだよね。

 ちび助はもっかい、ねんこしような。まだ早いから。

 俺? 俺は少しぐらい寝なくても平気だよ。黒曜と話しながら夜明けでも待つさ。
しおりを挟む
1 / 2

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!


処理中です...