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オートフォーカス編
買っちゃいました
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彩花は掴んだその手にあっという間に引き上げられて、その自衛官とようやく対面した。少し日に焼けた肌が訓練をしている隊員らしいと彩花は感心した。
「では行きましょうか」
「はい!」
彩花はどこに行くのか聞きもせずその自衛官に従った。前を歩くその自衛官の男性の歩く姿は颯爽としていた。ピンと伸びた背筋、規則正しく運ばれる足、振られる腕の角度はどう見ても普通ではない。自衛官になったらみんなこうなるのかと想像した。そしてそんな彼について歩く自分はまるで連行されているみたいだと、少し滑稽に思えた。
「今日はどちらから来られたのですか」
「はい。えっと、市内からです」
「初めてですか? こういったイベントは。サイン会の列に並ばれていましたよね」
少し歩く速度を落としてその自衛官は彩花に問いかけた。丁寧な口調と少しだけ緩めた顔の表情はどこにでもいそうな営業マンに見える。
「あ、はい。知らぬ間に並んでいて……巻き込まれたサイン会でした」
「そうだったんですか。一度その中に入ると抜け出せませんからね、特に彼らが絡むと」
「彼ら?」
聞けばブルーインパルスと言えば、航空自衛隊の花形で全国各地を回って展示飛行というものを披露している人気の部隊らしい。今日見たのはほんの一部で、基地で行うときはアクロバット飛行もするという。
「アクロバット飛行……へぇ」
彩花の何も知りませんといった反応に男性自衛官は僅かに目を細めた。彩花の頭の中はあの小さなジェット飛行機がどんなふうに飛ぶのか想像中だ。
「インターネットにたくさん上がってますよ。ブルーインパルスで探してみてください」
「ありがとうございます」
そうこうしていると、小さな仮テントが現れてそこに案内された。まさに撤収中といった感じで、数名の自衛官が忙しそうに箱を整理していた。その一人に男性自衛官が問いかける。
「拾得物の届出はありませんか」
「え、あ、そちらのお嬢さんの?」
「はい。ICカードらしいのですが」
「あったかな……もしかしたもう警察にまわしたかもだな」
そう答えたのは濃い紺色の制服の男性だった。奥では黒い制服を着た人もいて胸にたくさんの飾り物があった。
(みんな自衛官なのよね? どうして制服がバラバラなの?)
「交番か……。近くにありましたかね」
「ああ、あそこの交差点の所にあるよ。おまえついて行ってやれ」
落とし物の管轄は確かに警察だから仕方がない。そう思いながらも彩花は落胆を隠せなかった。それよりこれ以上は迷惑をかけられないと、慌てて口を開いた。
「お手数をおかけしました。一人で大丈夫です。交番に行ってみます」
彩花がそう言うと連れてきたくれた男性自衛官が申し訳なさそうに頭を下げた。
「管轄外なもので申し訳ないです。イベント時間内でしたら保管していたと思うのですが」
「いえ、大丈夫です。落とした自分が悪いので! ありがとうございました!」
彩花もその自衛官に頭を下げてその場をあとにした。残念なのに少しだけ気分がいいのはなぜだろう。彩花は思った。
(礼儀正しい人に接したから……かな?)
なんとなく自分もきちんとした人になった気がしていた。
◇
「すご……。なんでこうなるの? どうやったらこんなふうに飛べるのよ」
あのあと彩花は交番で無事にICカードを手にした。届けられてすぐだったようで、あまり待たずに引取り手続きは終わった。家に帰った彩花はさっそくパソコンの前に座った。あの自衛官が言っていたブルーインパルスのアクロバットとを見ている。最初は驚いた。6機の機体がぶつかりそうな距離で一周したり、くるくる回転したりと何もかもがあり得ない飛行をする。よく見ればその機体は白と青の可愛らしい飛行機だった。彩花は真っ白な煙を噴きながら大空を舞う彼らの姿に、胸を踊らせた。そして、もっと驚いたことがある。
「これ……カッコイイ!」
たくさんの写真。しかも、プロじゃないアマチュアが撮ったブルーインパルスの写真に彩花は釘付けになる。今にも画面から飛び出しそうな迫力、エンジン音が聞こえてきそうな臨場感に彩花は時間が経つのも忘れて夢中になって見ていた。ページを移動させる指は止まらず、気がつくと自衛隊だけでなくいつも目にしている旅客機までときりがなかった。
「ヤバい、鳥肌がたつわ……」
航空機の部分的アップを見た彩花はブルッと震えた。美しいボディから伸びた細い脚とタイヤは特に彩花の何かを刺激した。
「スマホじゃ、無理よね。何で撮ってるのかな……一眼レフ? デジタル一眼レフカメラ! なるほどー」
こんな世界があるのかと彩花はときめいた。そう、飛行機にでもなく、それに乗るパイロットにでもない。カメラが捉えたその世界にドキドキが止まらなくなってしまった。彩花はカメラが欲しい! そう思い始めたら自分の気持ちを抑えられなくなって、すぐにインターネットで調べ始めた。一眼レフ、初心者、メーカー……。こうして夜はあっという間に更けていった。
翌日。彩花はあるカメラ専門店に駆け込んだ。インターネットでは見てもわからない事が増えていく、だったら実物を見てみよう! もうほとんど勢いだった。
「一眼レフカメラが欲しいんです。一度も触ったことない初心者なのですがっ」
なんとなくマニアな匂いを醸し出していた店員さんに話しかけてみた。いいのがあったら買って帰る! という気持ちを込めて。すると「何を撮りたいですか」と聞かれたので彩花は即答した。
「飛行機です!」
「おおぅ」
意外だと言いたげな顔をした店員は、すぐに気を取り直してこう言った。
「これと、これと、そして……これが初心者向けと言われています。設定も簡単ですしAF機能も優秀です。あ、オートフォーカスの機能のことです」
「お、オートフォーカス……」
被写体にレンズを向けシャッターを半押しすると自動的にピントを合わせてくれる。そのピントを合わせる速度も速いと言う。
「旅客機であればこれくらいのズームレンズからどうですか。お値段もキャンペーン中でお得ですし、もちろん標準レンズも付いています。取り換えもワンタッチですから」
「えっと……戦闘機でも撮れますか?」
「戦闘機」
店員の眉が一瞬クッと上がった。彩花はしまった変なことを言ったかしらと口をつぐむ。
「……」
時が止まったように店員の動きも止まる。彩花はどうしようと焦る。なにか話題を変えよう。もっと女性らしく、動物とか景色とか言うべきだったかな。そんなことを思い始めたとき、その店員の口角がぐんと上がった。
「シャッタースピードさえ合わせておけば問題ないですよ! ちゃんと捉えてくれます。あとは慣れと感性です!」
店員にぐぐっと寄られて彩花は「わっ」と一歩引いた。そんな彩花を気にもとめずに店員はなおも話を続ける。
「ではこれを持ってみましょう。はい、覚えましたね。次にこれです。どうです? 持った感じは」
「えっ」
「直感ですよ、さあ!」
彩花はこの店員グイグイくるなと焦りながらも、もう一度それぞれのカメラを手にして構えてみた。よく分からないなりにも彩花は一つのカメラを持ち上げる。
「これ、かな?」
「はい決まり! これをオススメします!」
店員が言うには機能や画素数は最近のカメラはどれもあまり違いはない。メーカーが違っても同じ機能だし、そのメーカーにこだわりがないのならばあとは何処で決めるのか。
「フィーリーングが一番大切ですよ。恋人も同じでしょう? 誰がなんと言おうとも、自分が好きになったらもうそれしかないんです。ずっと側に置くんですから。ね!」
「え、ええ」
握った感触、首から下げたときの重み、構えたときの感覚は一つ一つ違うのだと言う。よく聞けば彼自身が飛行機を撮る人だった。目の色が変わる理由がやっと分かったと彩花は納得した。そして、この店員の言う事なら信用してもいいなと思いはじめた。最新をすすめるでもなく、高いものをすすめるわけでもなく、手にとった時の感覚で決めるものだと言ったから。
「本体は安いものでいいんです! ようは、レンズですから! 上手になったらいいレンズを買えばいいんです! そしてもっと上手になったときに本体を考えましょう」
「なるほど……じゃあ、これください!」
「ありがとうございます!」
こうして彩花はたったの一晩で思い立ち、翌日には一眼レフ購入まで至ってしまった。でも、彩花の心は満足していた。もう視線は天井を突き抜けて大空を見つめていたから。
「かっこいい写真、撮るんだから!」
「では行きましょうか」
「はい!」
彩花はどこに行くのか聞きもせずその自衛官に従った。前を歩くその自衛官の男性の歩く姿は颯爽としていた。ピンと伸びた背筋、規則正しく運ばれる足、振られる腕の角度はどう見ても普通ではない。自衛官になったらみんなこうなるのかと想像した。そしてそんな彼について歩く自分はまるで連行されているみたいだと、少し滑稽に思えた。
「今日はどちらから来られたのですか」
「はい。えっと、市内からです」
「初めてですか? こういったイベントは。サイン会の列に並ばれていましたよね」
少し歩く速度を落としてその自衛官は彩花に問いかけた。丁寧な口調と少しだけ緩めた顔の表情はどこにでもいそうな営業マンに見える。
「あ、はい。知らぬ間に並んでいて……巻き込まれたサイン会でした」
「そうだったんですか。一度その中に入ると抜け出せませんからね、特に彼らが絡むと」
「彼ら?」
聞けばブルーインパルスと言えば、航空自衛隊の花形で全国各地を回って展示飛行というものを披露している人気の部隊らしい。今日見たのはほんの一部で、基地で行うときはアクロバット飛行もするという。
「アクロバット飛行……へぇ」
彩花の何も知りませんといった反応に男性自衛官は僅かに目を細めた。彩花の頭の中はあの小さなジェット飛行機がどんなふうに飛ぶのか想像中だ。
「インターネットにたくさん上がってますよ。ブルーインパルスで探してみてください」
「ありがとうございます」
そうこうしていると、小さな仮テントが現れてそこに案内された。まさに撤収中といった感じで、数名の自衛官が忙しそうに箱を整理していた。その一人に男性自衛官が問いかける。
「拾得物の届出はありませんか」
「え、あ、そちらのお嬢さんの?」
「はい。ICカードらしいのですが」
「あったかな……もしかしたもう警察にまわしたかもだな」
そう答えたのは濃い紺色の制服の男性だった。奥では黒い制服を着た人もいて胸にたくさんの飾り物があった。
(みんな自衛官なのよね? どうして制服がバラバラなの?)
「交番か……。近くにありましたかね」
「ああ、あそこの交差点の所にあるよ。おまえついて行ってやれ」
落とし物の管轄は確かに警察だから仕方がない。そう思いながらも彩花は落胆を隠せなかった。それよりこれ以上は迷惑をかけられないと、慌てて口を開いた。
「お手数をおかけしました。一人で大丈夫です。交番に行ってみます」
彩花がそう言うと連れてきたくれた男性自衛官が申し訳なさそうに頭を下げた。
「管轄外なもので申し訳ないです。イベント時間内でしたら保管していたと思うのですが」
「いえ、大丈夫です。落とした自分が悪いので! ありがとうございました!」
彩花もその自衛官に頭を下げてその場をあとにした。残念なのに少しだけ気分がいいのはなぜだろう。彩花は思った。
(礼儀正しい人に接したから……かな?)
なんとなく自分もきちんとした人になった気がしていた。
◇
「すご……。なんでこうなるの? どうやったらこんなふうに飛べるのよ」
あのあと彩花は交番で無事にICカードを手にした。届けられてすぐだったようで、あまり待たずに引取り手続きは終わった。家に帰った彩花はさっそくパソコンの前に座った。あの自衛官が言っていたブルーインパルスのアクロバットとを見ている。最初は驚いた。6機の機体がぶつかりそうな距離で一周したり、くるくる回転したりと何もかもがあり得ない飛行をする。よく見ればその機体は白と青の可愛らしい飛行機だった。彩花は真っ白な煙を噴きながら大空を舞う彼らの姿に、胸を踊らせた。そして、もっと驚いたことがある。
「これ……カッコイイ!」
たくさんの写真。しかも、プロじゃないアマチュアが撮ったブルーインパルスの写真に彩花は釘付けになる。今にも画面から飛び出しそうな迫力、エンジン音が聞こえてきそうな臨場感に彩花は時間が経つのも忘れて夢中になって見ていた。ページを移動させる指は止まらず、気がつくと自衛隊だけでなくいつも目にしている旅客機までときりがなかった。
「ヤバい、鳥肌がたつわ……」
航空機の部分的アップを見た彩花はブルッと震えた。美しいボディから伸びた細い脚とタイヤは特に彩花の何かを刺激した。
「スマホじゃ、無理よね。何で撮ってるのかな……一眼レフ? デジタル一眼レフカメラ! なるほどー」
こんな世界があるのかと彩花はときめいた。そう、飛行機にでもなく、それに乗るパイロットにでもない。カメラが捉えたその世界にドキドキが止まらなくなってしまった。彩花はカメラが欲しい! そう思い始めたら自分の気持ちを抑えられなくなって、すぐにインターネットで調べ始めた。一眼レフ、初心者、メーカー……。こうして夜はあっという間に更けていった。
翌日。彩花はあるカメラ専門店に駆け込んだ。インターネットでは見てもわからない事が増えていく、だったら実物を見てみよう! もうほとんど勢いだった。
「一眼レフカメラが欲しいんです。一度も触ったことない初心者なのですがっ」
なんとなくマニアな匂いを醸し出していた店員さんに話しかけてみた。いいのがあったら買って帰る! という気持ちを込めて。すると「何を撮りたいですか」と聞かれたので彩花は即答した。
「飛行機です!」
「おおぅ」
意外だと言いたげな顔をした店員は、すぐに気を取り直してこう言った。
「これと、これと、そして……これが初心者向けと言われています。設定も簡単ですしAF機能も優秀です。あ、オートフォーカスの機能のことです」
「お、オートフォーカス……」
被写体にレンズを向けシャッターを半押しすると自動的にピントを合わせてくれる。そのピントを合わせる速度も速いと言う。
「旅客機であればこれくらいのズームレンズからどうですか。お値段もキャンペーン中でお得ですし、もちろん標準レンズも付いています。取り換えもワンタッチですから」
「えっと……戦闘機でも撮れますか?」
「戦闘機」
店員の眉が一瞬クッと上がった。彩花はしまった変なことを言ったかしらと口をつぐむ。
「……」
時が止まったように店員の動きも止まる。彩花はどうしようと焦る。なにか話題を変えよう。もっと女性らしく、動物とか景色とか言うべきだったかな。そんなことを思い始めたとき、その店員の口角がぐんと上がった。
「シャッタースピードさえ合わせておけば問題ないですよ! ちゃんと捉えてくれます。あとは慣れと感性です!」
店員にぐぐっと寄られて彩花は「わっ」と一歩引いた。そんな彩花を気にもとめずに店員はなおも話を続ける。
「ではこれを持ってみましょう。はい、覚えましたね。次にこれです。どうです? 持った感じは」
「えっ」
「直感ですよ、さあ!」
彩花はこの店員グイグイくるなと焦りながらも、もう一度それぞれのカメラを手にして構えてみた。よく分からないなりにも彩花は一つのカメラを持ち上げる。
「これ、かな?」
「はい決まり! これをオススメします!」
店員が言うには機能や画素数は最近のカメラはどれもあまり違いはない。メーカーが違っても同じ機能だし、そのメーカーにこだわりがないのならばあとは何処で決めるのか。
「フィーリーングが一番大切ですよ。恋人も同じでしょう? 誰がなんと言おうとも、自分が好きになったらもうそれしかないんです。ずっと側に置くんですから。ね!」
「え、ええ」
握った感触、首から下げたときの重み、構えたときの感覚は一つ一つ違うのだと言う。よく聞けば彼自身が飛行機を撮る人だった。目の色が変わる理由がやっと分かったと彩花は納得した。そして、この店員の言う事なら信用してもいいなと思いはじめた。最新をすすめるでもなく、高いものをすすめるわけでもなく、手にとった時の感覚で決めるものだと言ったから。
「本体は安いものでいいんです! ようは、レンズですから! 上手になったらいいレンズを買えばいいんです! そしてもっと上手になったときに本体を考えましょう」
「なるほど……じゃあ、これください!」
「ありがとうございます!」
こうして彩花はたったの一晩で思い立ち、翌日には一眼レフ購入まで至ってしまった。でも、彩花の心は満足していた。もう視線は天井を突き抜けて大空を見つめていたから。
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