オレンジヒーロー

ユーリ(佐伯瑠璃)

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番外編~出港~

側に居てくれさえすれば、いい。

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 新婚旅行なんだからと贅沢にも国際線は往復ビジネスクラスの座席にした。半日以上は飛行機に乗ることを考えると、ガッチリした体躯の勝利にはエコノミーは地獄だ。それに……。

「ビジネスクラスにしてよかったって、心の底から思います。ショウさんありがとう」
「おう」

 離陸して飛行が安定した途端、海音はフルフラットにして横になってしまった。原因は昨夜の勝利にあるので文句は言えない。

「足を伸ばして寝れるなんて、すごいよね。ショウさんも伸ばせる? 狭くない?」
「俺よりデカい外国人もイケるみたいだから問題ないな」
「よかったぁ……ふわぁぁ(ねむ)」
「しかしあれだな、プライベートが守られているのはいいが」
「ん?」

 勝利は不満そうに座席の設備を弄っていた。カーテンを閉めるとちょっとした個室になる。テレビもあるし、インターネットにも繋げられる。映画、音楽、ゲームとなんの不自由もない。時間になれば美味しい食事が運ばれ、飲み物も充実している。ゆったりとした空間、誰にも邪魔されない快適な旅の始まり。なのだけれど。

「孤独感が半端ない」
「え、どういうこと?」

 海音がそう聞き返すと勝利は眉間にシワをぎゅぎゅっと入れた。鬼のような形相に海音は思わずブランケットで顔の下半分を隠した。こんな顔をした勝利を始めて見たからだ。

(恐いよ、なんで怒ってると?)

「隣に座っているのに、ろくに手も繋げないってどういうことだよ。ほら、な? 俺と海音をこのテーブルが邪魔するんだよ。フラットに倒したら余計に見えなくなる。目が覚めたら海音が誰かに攫われていたなんて考えたら、おちおち眠れん」

 とても真剣な顔でそう言い切った。海音はブランケットを胸まで下げ、口をポカンと開けたまま勝利を見上げた。海音は窓側ですぐ隣に勝利の席がある。しかもカップルシートの為、誰かが二人の間を通ることもないし、攫うなんてこの機上でできるわけがない。お手洗いに行くのも勝利の前を通って行くのだし、仮にそんな状況になっても、気配に鋭い勝利が気づかないわけがない。いや、勝利を跨いで海音を攫うなんて、わざわざこのゴリラみたいな男を越えて手を出すなんて……。

「そう思わないか、海音」
「……(あり得ないよ)」
 
 その発想に驚いた海音はとにかく一度落ち着いてから返事をしようと、起き上がってミネラルウォーターに手を伸ばし口にふくんだ。

「俺の上に座るか」
「ブッ……くっ、は。ゲホゲホッ、ケホッ」
「大丈夫か。気管に入ったな」
「ひっ、ケホッ、ケホッ(ショウさんのせいよっ)」

 気管に入ると辛いよなと言いながら勝利は海音の背中を擦った。自分の発言のせいだなんてちっとも思っていない。幸いお水だったお陰ですぐに治まった。

「海音、ほら、ここに来い」

 勝利は座ったまま自分の太腿をポンポンと叩いてみせる。俺の上に来いよと、まさかの本気。

「ショウさん冗談でしょう? びっくりして咽ちゃったよ。子供じゃないっちゃけんやめてよね」
「はぁ!? ばかやろう。恥ずかしがってる場合じゃないだろう。来いって言ったら来るんだ」
「ええっ、やっ……ちょーっとぉぉ」

 勝利は海音の膝裏に腕を差し込んで、あっという間に抱え上げ自分の上に乗せてしまった。そして、素早くカーテンを閉めてしまう。二人だけの空間と化してしまった。

「しーっ……暴れるな。口もチャックだ」

 人差し指を海音の唇にあてて片目を瞑ってみせた。海音は雰囲気に呑まれたのか小声で勝利に話しかける。

「ショウさってば、機内でこんなこと」
「こんなことってなんだ、こういうことか?」

 海音を後ろから抱きしめて首元にキスをした。ピクンと過剰に反応する海音が可愛くて仕方がない。勝利の大きな手は海音の太腿を撫で、お腹に回された。反対の手は海音の胸めがけて這い上がってくる。

「あ……っ。ダメだってぇ、えっちなことせんでっ」
「してない」
「しとるしっ」
「これのどこが厭らしいんだよ」

 確かに、這い上がってきたけれど揉まれているわけではない。添えられたお腹の手も動いていない。膝に乗せて落ちないように支えているだけと言われれば、そうとも言える。

「罠にハマった気分」
「酷い言われようだな」
「このままじゃ顔も見れんやん。私はショウさんのお顔が見たいとよ」
「じゃあこれでどうだ」

 くるりと回転させられて、海音は勝利に覆い被さるような態勢になった。勝利の胸に手を置いた海音は上からじっとその顔を見つめた。少し髭が生えはじめた勝利の顎をちょっとだけ指で撫でてみる。ジリと何とも言えない感覚だ。

「あ、生えてきたな。剃るか」
「いいよそのままで。あとは寝るだけやし」
「まあ、それもそうだな……っ! か、かのんっ」

 海音は唇を勝利の顎に押し付けて、さわさわとジリジリ音がなりそうなそこを撫でた。唇にあたる伸びはじめの髭はチクチク、ジリジリしていて擽ったいのに気持ちがいい。

(こんな感触、初めてかも……ぁ、唇、ぼわんてしてきた)

「んっ、ふふっ。けっこう鋭いね、お髭」

 勝利は指の腹で海音の唇を撫でながら「痛いだろう、切れたらどうする」と、心配そうに見上げた。

「切れんって。ショウさんは過保護やね。私にそんなんで、子供ができたらどうすると。今から心配」
「男なら厳しく育てる。女なら……、ダメだ海音。男を産んでくれ、女はダメだ」

 勝利は考えたあと急に気難しい表情になって、女はダメだと言う。産み分けなんてできないし、海音は女の子を拒否されて少し悲しくなった。先ずは五十嵐の名を継ぐ男児を産まなければ、嫁として認めてもらえないのだろうかと。

「女の子は受入れてもらえんと? やっぱり最初は男の子じゃないとお義父さん達に顔が立たないってこと?」
「いや、違う。そんなこと言わないし言わせない。言葉が足りなかった。もしも俺が娘を持ったらって想像してみたんだ」
「うん」
「海音にすらこんなだぞ。いつでも触れていたいし離れたくないんだ。そんな海音が娘を産んでみろ、俺はどうなる」
「うーん、わからん」
「可愛すぎて家から出れなくなるだろっ。レスキューなんてやってる場合じゃなくなる!」

 真顔で言われた。

「しょ……(ショウさん)」
「くそぅ。情けねえなあ。なあ、海音。三人くらい産んでくれないか。だったら紛れる気がするんだ。いや、三人とも娘だったらどうする! はぁ、参ったな」

 まだ見ぬ我が子を想像して取り乱す救難の隊長に、海音は心が温かくなった。この男との間に産まれる子供は、絶対に幸せだと。力いっぱいの愛情を注いでくれるに違いない。

「ショウさん。困る必要はないとよ」
「あ?」
「親になったら子供が一番は当たり前。私は二番目でいいと。でもたまには愛してね」

 もしも子供が出来たなら、子供が一番でいて欲しい。心からそう思っている。

「何を言っている。一番は海音だ。これは死ぬまで変わらない。子供は二番。たまには愛しては俺のセリフだぞ。本当は、男でも女でもどっちでもいいんだ。海音から産まれた子供なら、例え他人でも愛すよ」

 その言葉を聞いた海音は思わず泣きそうになる。ここに来てそんな愛の告白をされるとは思っていなかった。勝利は自分の隣に海音が存在してくれるだけでいいと言っているのだ。仮に生まれてくる子供に自分の血が混じっていなくても、その子を含めたお前の全てを愛すると。

「私はあなたの子供以外は産みません。もし、赤ちゃんができなくても気にしない。ショウさんが私の側に居てくれるなら、それだけで、いいもん」
「海音」
「でも、赤ちゃんできると思うよ。ショウさんのこのコ、暴れん坊やけん」
「おぃっ」

 海音はなんとなく感じていた。このハネムーンで赤ちゃんが来てくれるのではないかと。勝利はさることながら、海音も今回とても体調がいい。
 それに。

「私も我慢できずに暴れるかも」
「は?」
「ショウさんとくっついとると、えっちな気分になるとよ。躰が熱くなると......」


     ◆


 スリっと海音は勝利の胸に頬を乗せ視線を上げた。そして伸びをするように勝利の唇を自分の唇で塞いだ。ただのキスではなく、官能的なキスだ。煽るように唇を擦り合わせ、僅かな隙間から舌を滑り込ませた。攻めの勝利が何もできずに受けとなっている。妻のキスに完全に酔わされた。
 妻は夫の咥内を我が物顔で這い回る。夫よりも小さく細い舌が隅々まで確認して、溢れ出る唾液はこくんと喉の奥に流し込んだ。

「ふうっ、はぁ」

 海音は腰を勝利のソレに押し付けて、グリグリとまさかのグラインド。

「っ! か、の、んっ。つはっ」
「しぃー。声、ダメだよ」
「……く」

 これはいったいどうしたことか。飛行機のシートの上で淫らに腰を揺らす海音が蕩けた瞳で勝利を見下ろしている。着衣のまま与えられる刺激は大変もどかしく、このまま全て剥ぎ取ってしまいましたい衝動にかられる。ほんの僅かに残る理性が勝利を踏みとどめさせていた。

(ここで暴いたら、他の乗客に知れてしまう。途中でCAが様子を見に来るかもしれない。海音のこんな姿を晒すわけには……っ!)

「はあん。ショウさん」
「海音、まて、ここはっ、飛行機のっ」
「あ、あっ、ダメっ……もう、私っ、あああっ!」

 この声は聞かせてなるものか。海音をガシッと抱き寄せて、その唇を塞いだ。

「海音っーー!」


    ◆


ー ピーン。お客様へご案内します。当機は今から約5分後、気流の悪いところを通過いたします。シートベルトをご着用ください。また、お手洗いも暫くご利用いただけません。


「あっ、私、お手洗いに行ってこよ。ごめんショウさん……(寝てる? ふふ、かわいい) 前、通りまーす」

 海音は勝利を起こさないようにそっと席を立った。おちおち眠れない。そんな事を言っていた矢先に寝落ちしたのは勝利が先だった。赤ちゃんの話をしてから安心したように目を閉じて今に至る。
 因みに勝利が海音と思って抱きしめているのは背当てのクッションだ。まさか夫があんな淫らな夢を見ているなんて、妻は微塵も思っていない。
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