ぼくの言の葉がきみに舞う

ユーリ(佐伯瑠璃)

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吐露

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 常世は山口二郎の少し後ろをついて歩いた。
 山口は振り返ることもなく、黙ったまま足を進める。着流しに刀を差したその姿はに一切の隙はなく、常世が逃げることも隠れることも許さない空気をまとっていた。
 まるで縄にでも引かれているような気分である。

 しばらくすると、山口は人の少ない通りへと入った。そして、ぴたりと歩む足を止めた。
 にわかに山口の気配が変わった。それを感じ取った常世は片方の足を一歩下げた。山口の背中から刺々しいものがでている。殺気とまではいかないが、少なくとも常世にとって歓迎できるものではなかった。

 ―― 山口め、やっかいな男だな

「あんた市村鉄之助を、どうした」

 山口は常世に背を向けたままそう言った。

「どうした、とは」

 常世は山口の様子を探るように返事を返した。
 すると、山口は振り返りながら刀のつかに手を伸ばす。よく見れば、山口の親指がつばにかかっているではないか。
 それを見た常世はまた一歩下がる。体が勝手に間合いを取ろうとしたのであろう。

「あんたは俺が知っている市村鉄之助ではない。似てはいるが、俺の目は誤魔化せん。あんたがそのなりでいるということが、どういう意味か分からんほど愚かではないということだ」
「俺を斬るつもりか」
「無論、あんたが市村鉄之助を斬ったようにな」
「俺はっ」

 斬ってなどいない。ましてや血を分けた兄妹であるというのに。しかし、それを言ったところで山口は信じてくれるのだろうか。

 じりと山口の草履が土をにじる。
 常世はこの場をどうするか考えていた。逃げた方がいいに決まっている。山口ほどの男に、一対一の刀で勝てるわけがないのだ。

「弁明の余地くらい与えてやってもいい。あんたがなぜ市村鉄之助になり代わり、日野へ行き遺品を届けたのか。それについては興味がある」

 興味があると言いながらも、山口は親指を鍔にかけたままである。山口の抜刀は常世でも舌を巻くほどに速い。しかも、彼の太刀筋は普通のそれとは違う。
 山口は刀を左手で操るからだ。

「興味があるわりには殺気がひどいじゃないか。あんたこそ、なぜ市村鉄之助に固執する。もう戦争は終わったんだ。干渉し合うほどの価値などないはずだ」
「うむ。あんたの言い分も確かだが、俺にはあんたを斬る理由がある。市村鉄之助の仇討ちだ」
「今度は謹慎じゃすまないぞ」
「臨むところだ」
「なんでそこまでしてあいつのことを!」

 妹は山口二郎にも好かれていたというのか。もしもそうであるならば、妹はなんと罪深いことであろうか。

「守ってやれなかったことへの、詫びだ」
「おまえもか。おまえも土方みたいに、妹を好いていたとでもいうのか! 勝手だな。好いているならば、手放してやればよかったんだ! てめぇの懐がいちばん危ないって分かっておきながら! なんで側に置きたがる! なんで俺は、そんな奴のためにあんなことをしたんだ……くったれがぁー!」

 常世は眉間にシワを寄せた山口を無視して、腰にさしていた刀を二本とも抜いた。どうせ負けるのは目に見えている。であれば両手にもって挑むしかない。懐や腰には隠し持った飛び道具もある。
 常世はここで死ぬことも覚悟した。

 ―― 最低でも、相討ちだ!

 そう決心したときであった。
 常世の意とは反して目の前の山口は刀から手を離してしまった。

「気が変わった。俺について来い」

 山口は常世に背を向け、再び歩き始める。意味が分からず呆然と立ち尽くす常世は、山口の背中が霞んで見えた。


 ◇


 常世は山口が借りているらしい、平屋建ての家に通された。入り口をくぐると土間が広がり、その奥に炊事場があった。まだ利用していないのか火の気はなく、水を汲む杓子だけが光っていた。

「何もないが、とりあえず上がれ」

 山口は慣れた様子で上り口で草履を脱ぐと、囲炉裏の炭に火をつけた。本来は女が居るべきこの家に男が一人、火をつけ飯を炊いているのかと想像すると何ともわびしい。それが、山口だと思うとなおさらにそう感じた。

「おい、上がれと言っただろう」
「失礼します」

 畳はわりと新しかった。
 常世は刀を外すと、山口に言われた場所に腰を下ろした。

「近いうちに武士はなくなり、刀を差すことが罪となる。何か事を起こそうと考えているのなら、諦めた方がいい」

 囲炉裏の上でお湯が沸き始めた。カタカタと音を出すそれを山口は静かに下ろした。
 そして湯呑みにお湯を注ぎ、常世の近くまでその湯呑みを押しやった。
 飲め、ということだろう。

「事を起こそうなど……」
「しきりに用があると言っていたではないか」
「それは」
「まあいい。それより、その仮の姿の理由を聞きたい。あんたは会津で俺と刀を振るった沢忠助であろう。それがなぜ、市村鉄之助になった。そして、市村鉄之助はどこにやった」

 山口は背を丸めて湯を一口飲むと、下から常世の顔をめた。常世は言わずに躱せるような雰囲気ではないと思い、その重い口を開いた。

「確かに俺は会津で沢忠助として戦い、あんたの命令で土方隊と合流し箱館を目指した。命令されなくとも、そうするつもりでいた。俺は鳥羽伏見から、ずっとあんたたちのあとを追っていた。目的は、市村鉄之助に扮した俺の妹を守るためだ」
「……妹、だと?」
「知っていただろう。市村鉄之助が女だったってことを。全部知っていた上で、あんたたちは妹を離さなかった。本物の市村鉄之助がどうしているかなんて、気にもとめずにな」

 常世は湯呑みのお湯をあおるように飲んだ。思い出すだけで、怒りや苛立ちが込み上げてくるからだ。

「その妹は、なぜ新選組に入った。他人の身分を奪ってまで、お前たちは何をするつもりだったのだ」
「何もするつもりなんてないよ。妹は日本の行く末を近くで見たいと言って聞かなかった。俺たちは孤児だったんだ。妹がまだ赤子だったとき、俺たちは小舟に乗せられて海に捨てられた。運良く島に流されて、爺さんが拾って育ててくれたんだ。二人で生きていけるようにと、たくさんの術を教え込まれた」

 兄は妹を守るため、それは厳しい鍛錬を強いられた。いつかこの国は大きな動乱に巻き込まれる。その動乱に飲み込まれぬよう妹と生きるはずだった。それなのに妹は自らその動乱に飛び込んだのだ。
 我が子を捨ててまでしなければならなかった日本という国は、どうなっているのだと知りたかったのだろう。

「俺たち兄妹は市村兄弟を町の外れで待ち伏せて、彼らの身分を拝借した。荒業だったが、市村鉄之助の命は奪っていない。今ごろは市村鉄之助である事を忘れて生きているはずだ。戦争で死んでいなければな」

 常世はそこまで話すと、再び口を閉ざした。この話を山口が信じようが信じまいが、構わないと言った風体で。

「そのあとどうなった。箱館でお前の妹は死んだのか。土方さんと一緒に……」

 山口は信じる事を選んだようだ。
 常世はあの時のことを話した。先ほど永倉に話した内容とは異なるものだ。

「土方は孤立した仲間を助けるために弁天台場に走った。それが間違いだったんだ。いや、もしかしたら、土方は死に場所を探していたのかもしれない。あいつ、妹を逃していたんだ。箱館から離れろと、遺品を託して……」

 常世は膝の上で拳を握った。あの時のことを思い出すだけで吐き気がする。

「なのに馬鹿な妹は土方を一人では死なせないと、脱出した。そして、倒れた土方を見つけて自らの手で命を断とうとした。その場にいたのは俺だけだ。沢忠助として、立ち会った。妹はその瞬間も俺を兄だと気付いていなかった。妹の頭の中は土方でいっぱいだったんだ」

 悔しくて、悔しくて、涙がこぼれそうになる。

「そうか……だからあんたが土方さんの遺品を、代わりに市村鉄之助として運んだのか。そうか、二人は共に逝ったのか……」

 山口の眼差しは先ほどとは変わり、わずかに黒目が震えていた。この男も常葉を好いていたのだ。慈愛と慈悲がその気配から溢れてきた。
 だから常世は無性に腹が立った。
 女とわかっていながら、誰も妹を新選組から解放しようとしなかったからだ。

「死んでねぇよ」
「なに⁉︎」
「妹も、土方も死んでねえ! だから俺が、ここにいる! くそったれが!」

 常世は山口を睨み返した。
 本当なら妹を連れて故郷に帰るはずだったのだ。しかし、妹の土方への想いを見せつけられては、さすがの兄も無理やり引き離すことができなかった。
 妹は離れている間に、すっかりと女になっていたのだ。常世の知っている常葉ではなくなっていた。

 結局は常世も土方や山口と同じだったのだ。
 妹が愛おしいからこそ、その想いを遂げさせてやりたいと願ってしまったのだ。

「俺も妹も、大馬鹿だ……」

 常世はそう吐き捨てて、肩を落とした。
 山口はそれを黙って見ていた。
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