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惚れた弱み/Cleared Attack

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 驚いたことに私の初めては失われることなく朝を迎えた。飼い主に叱られた犬のようにしょんぼりした立木さんはあまりにも可哀想で、添い寝だけならと許した。後ろから包み込まれるようにして寝たんだけれど、不思議なくらい深い眠りだった。背後を取られるのって不安だと思っていたけれど、そんなことなかった。背中が暖かくて守られてる感じがして安心する。私、ちゃんと彼の事を知りたいな。

「ねぇ、立木さん起きてる?」
「立木さんに戻ってる」
「えっ?」
「昨夜、将人さんって言ってくれただろ? 名前で呼んで欲しいな。兄貴も立木じゃん。どっちのこと言われてるか、分からないし」
「じゃあ、将人さん」

 ちょっと恥ずかしいけど名前を呼ぶことにした。そしたら彼が抱きしめた腕にぎゅうって力を入れた。なんだかその反応が嬉しい。

「今日、仕事だよね」
「うん。行きたくない」
「そういう事、できないでしょう? 行かないなら私、帰ります」
「居てくれるの!? てっきり俺、もう帰るのかと」
「有給休暇というものを使いました。だって、いつ会えるか分からなかったから」

 そう言うと将人さんが「マジか!」と言いながら勢い良く飛び起きた。その時、私たちは裸のまま寝ていたんだと気づいてギョッとした。

「服! 服を着てくださいっ!」

 嬉しそうに笑う将人さんが子どもに見えた瞬間だった。なにこの可愛さ……反則。



 それから朝食をいただきながら話した結果、特別に基地を見学をさせてもらえる事になった。以前、対防空侵犯処置の中国語を指導したという立場を使って。しかも、立木准教授のお墨付きと言うことで許可が下りてしまった。自衛隊さんて思ったよりも臨機応変だ。

「あ! ネクタイ」
「あー、実はさ……予備がある」

 将人さんは罰が悪そうにクローゼットから同じネクタイを出してきた。もぅ……。

「じゃあこれで懲罰はなしってことよね?」
「怒らないのか」
「もう怒るのは疲れました。遅刻しますよ、早く行きましょう」
「ほたる」
「はい?……ふっ、ん」

 彼からぶつかる様にキスをされた。そしてご機嫌にネクタイを締めて帽子をかぶる。こうして見ると、本当にかっこいい。制服ってズルい。

 昨日とは逆に今度は基地の門を車で入場した。偶然か昨日と同じ警務隊の隊員さんが敬礼で迎えてくれる。私の顔を見て少し驚いたのか目を見開いたけれど、片目を瞑ってすぐに笑顔に戻った。それを見て、大変なご迷惑をかけたんだなと実感した。

「じゃあ俺は行かなきゃならないから。呼ばれるまで宜しくな」
「はい」

 将人さんが自分の仕事をしている間、私は他の戦闘機パイロットさんに語学指導をすることになっていた。それが今回の条件。若手パイロットさんたちに防空任務で使う用語を教えること。

 あの日の将人さんとは比べ物にならないほど全員、真面目に取り組んでくださった。






ウイーン……ゴー!!

 あちこちで鳴り響く轟音は戦闘機のエンジン音。私は広報課の方に案内されてエプロンという所に立っている。目の前には例のガラの悪い戦闘機たちが並んで停まっていた。そしてもっと驚いたのは、ガラの悪い服を着た人たちがズラリと並んでいること。

「こちらは飛行教導群所属のアグレッサー部隊の隊員です。全国にある航空自衛隊の基地へ巡回教導をする部隊です。簡単に言いますと、訓練において敵役を担う者たちです。戦闘機パイロットの技術、戦力向上が目的です」

 後ろで腕を組み背筋をピンと伸ばした隊員さんたちの中に将人さんもいた。別人だった。全員が蛇と骸骨のワッペンをつけていて、それが決まりなんだとこの時知った。

コブラは視界の広い生物です。彼らに習って広い視野を持ち、敵がどこから来ても反撃できるようにという意味が込められています。胸の骸骨ドクロはいつも死は隣り合わせであるという戒めです」
「そんな意味が、あったんですね」

 隊長らしき人が前に来ると、ビシッと音がするような敬礼と、無駄のない動きでそれぞれの機体へ移動した。私は瞬きをするのも忘れて、将人さんを目で追った。将人さんの前を歩くのは昨日のあの彼、スマイリーさんという人だ。彼が前席に乗り、その後ろに将人さんが乗った。

「二人乗り、なんですね」
「はい。基本的には前席者が操縦、攻撃をします。後席者は操縦者の目の役割をします。ウィングマンという別名がありまして、背後を守る重要な任務を持っています」
「ウィングマン……」

 将人さんがそんな重要なお仕事をする人だとは思ってもみなかった。何なのこのギャップは。
 それから順にガラの悪い戦闘機は離陸して行った。あとから聞いた話によると、アグレッサーは侵略者という意味を持ち、いわゆる悪役を務める部隊。だから機体の塗装もそういうふうに見せるためにあんな柄なんだとか。単なるガラが悪い集団じゃなかった。
 とにかく何も知らない私には口をポカンと開けることばかりだった。機動飛行というものを見せてもらったけれど、あれは危険行為よ! 宙返りしたり、至近距離ですれ違ったりして、もう見ていられなかった。これが将人さんの仕事だなんて信じられない!







 その日の夜は、以前来た自衛官御用達のレストランで夕飯を頂いた。前回、私は途中から酔っ払って記憶がないのだけど、マスターはニコリと笑ってまたお会い出来て嬉しいですと言ってくださった。もう顔を覚えられていた。

「今夜、帰るのか」
「うん。だって明日はお仕事だもの。私ね、将人さんのお仕事が見れてよかった。でも怖いな」
「怖い?」
「アグレッサー? だっけ。あんな危険なお仕事、万が一が無いとは言えないでしょう」
「まあ、ゼロじゃないけど。俺、そんなヘマしないよ? これだけは自信があるんだ。俺が乗ってれば絶対に大丈夫ってね」
「そっか。自信があるなら、大丈夫ね」

 私にはこれと言える取り柄がない。だから自信もないの。だから聞くことができない……私たちの関係は何? って。

「なあ、やっぱり明日の朝帰りなよ。仕事は午後からって言ってたじゃん」
「でも」
「俺と過ごすのがイヤなら諦める」
「イヤじゃないけど」
「じゃあ、決まり! 俺から会いに行くことなかなか出来ないんだ。だから会えたこのチャンスは逃したくない」

 将人さんからは会いに来れない、か。会いに来てもらえるような存在になりたいな。彼の気持ちを知るのが怖くて、また、流されて、そして堕ちて行く。
 好きに、なっちゃった……。






「痛い?」
「いっ……た。あっ、い、いたい」
「やっぱり止めとくか」
「ダメ、止めないで。大丈夫だから、お願い」
「けどさ」
「ごめんなさい。私、なんで処女なんだろ……面倒くさいよね。うっ」
「ほーたーるぅ。泣くなよバーカ」

 一旦中止した。こんなに痛いなんて聞いてない! 不甲斐ない! もっと早くに経験しておくべきだった!

「だって、せっかく」
「焦せんなくていいって。ほたるが俺のものなのは変わりないから。これは俺のものだよな?」

 これと将人さんが指を差したのは私の胸の中央。そこをツンツンってしている。

「どう言う意味? これって、なに」
「分かんない? ここにあるもの、心。ほたるの心が俺に向いてるならいい」
「む、向いてるよ! すごく不埒でチャラいって思ってたのに、あんなに真剣にお仕事してて、しかも命懸けで。目が、離せないよ。私、将人さんのことっ」

チュ

 あと少しで言えたのに。キスで言葉を遮られてしまった。セックスもできない、告白もさせてもらえない。本当に私ってダメな女。

「危なく先に言われるところだった」
「え?」
「俺、ほたるのことが好きだよ。ずっと前から好きだった。ちゃんとパイロットになれたから兄貴に頼んで、寄越してもらったんだ」
「え、ええっ!」
 
 だから何が何でもものにしたかった。逃したくなかったと将人さんは言った。ずっと前がいつなのか聞いても教えてくれなかった。ただ、自分の目に入ってきたものは絶対に逃さないと言った。

「キルコールって、知ってる?」
「し、知らない」
「俺達の世界では撃墜判定を意味する。つまるところ、ほたるは俺に撃ち落とされたということだね」
「ぇ……」
「ほたるはもう少し自衛隊のことを勉強しようか」
「はい」
「ははっ。そんな顔するなって。俺が教えてやる。ABCからじっくりとね」

 ニコと爽やかな笑顔でそう言った。言葉尻は全く爽やかに聞こえない。

「じゃあ、初めからやり直しな。ほら、俺を見て、俺を欲しがって」
「将人さん」

 どうして彼から会いに来れないのか。どうして突然連絡が途切れるのか。どうして言えないことがたくさんあるのか。それは私が彼らを学ぶことで知らされた。不安は湯水の如く溢れ出る。本当に私のことが好きなの? と、問い詰めたくなる時もある。だけど、止められない。

 だって愛して、しまったから。


「ほたる......可愛いよ。ほら、もっと欲しがってごらんよ」
「欲しがるってなによっ。あっ、い、いやっ。だめ、だめ、だめぇ」
「さすがに俺もそろそろ限界なんだけど。ほたるの中に入りたい」
「あっ、んっ。は、ああんっ」

 彼の所属する部隊はアグレッサー。まさに侵略者だわ! 将人さんの目が妖艶に光った。

攻撃開始クリアードアタック!」
「まさ、と、さ」

 彼の本気が始まった。
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