常夜の徒然なる日常 瑠璃色の夢路

真野蒼子

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第一章

第一話 父の遺志(二)

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 電車を乗り継ぎ三十分ばかりで御縁みえにし神社に到着した。
 さぞ怪しい何かが登場するだろうと身構えていたが、そこは何の変哲もない神社だった。参拝客はまばらで御守りやおみくじの売店に巫女装束の少女が一人立っている。取り立てて人気のある神社でもなさそうだった。
 しかし記されていたのは神社そのものではなく、その中にある喫茶店だ。具体的にどこなのかまでは分からなかったので敷地内をうろうろしていると、視界の隅で黒い何かがごそりと動いた。
 誰かいるのだろうかと何となく目を向けると、私はその光景に思わず後ずさった。
 なにあの人! 真っ黒じゃない!
 そこにいたのは恐らく人間の青年だった。恐らくと言うのは人だと言い切れなかったからだ。身体の周りをぐるぐると黒いもやが飛び回っていて、青年が移動してもずっと付いて回っている。しかもどういうわけか、青年は黒いもやを優しく撫でているのだ。
 ……一回帰ろうかな。
 恐らく本命だろう。だがとても人間とは思えない。思わず逃げ腰になったが、その時だった。青年がぐるんとこちらを向いてきて目が合ってしまった。
 げ!
 青年は一瞬目を見開いたが、にんまりと妖しい笑みを浮かべた。私は逃げようとしたが、青年は身体を全く揺らさなず流れるような歩行であっという間に目の前にやって来た。

「見つけたよ。出目金を祓った子だね」
「で、出目金?」

 青年はにっこりと微笑んでいた。二十代後半だろうか。見惚れてしまうほど端正な顔立ちと上品な微笑みにどきりとしたが、素直にときめくことができないのは周囲を囲む黒いもやのせいだろう。
 しかし私は顔立ち以外にも青年には気になるところがあった。それは彼の服装だ。青い着物に濃紺の羽織を羽織っているのだが、羽織には金で柄が施されていた。その柄はまるで鯉の鱗のようだった。

「どうやって祓ったの? あれはそう簡単に祓えるものじゃない」
「何のことですか。私お祓いなんてできませんけど」
「駄目だよ。見てたんだ」

 青年は自らの腰辺りにいる黒いもやをするりと撫でた。それは青年の目線を追うようにして私の眼前にやって来て、思わず青年を突き飛ばした。

「ほら見えてる」
「な、何なんですかあなた!」
「数珠見せて貰ってもいいかな。君が作ったの」
「は!?」
「見せて」

 青年はにこりと微笑むと、それを合図とでも言わんばかりに黒いもやが私の周りを取り囲んで来た。断る余地など無く、私は鞄の中から数珠を取り出し差し出した。
 そんなのがほしいならあげるから帰りたいと思ったが、それを見透かしたように青年はにこりと微笑んだ。

「見事だ。黒曜さんと比べても遜色がない」
「……え? 父を知ってるんですか?」
「うん。とてもお世話になったんだ」

 青年は怪しく微笑むと、ぐいっと強く私の腕を引いた。その勢いで青年に抱き着くようになってしまう。

「探してたんだ、君を」
「いや、ちょっと放して下さい」

 私は思い切り腕を振り回した。鞄が青年の身体を打ったようで、その拍子に手が離れた。
 この隙に逃げようと思ったが、突如発生した異常な光景に私は思わず足を止めた。

「あ、あんた何飛んでんのよ!」
「飛べる物に乗ってるからだよ」
「は!?」

 青年は何かに腰かけているのだろうか、脚を組んでぷかぷかと空に浮いている。だがそこには椅子も脚立もない。あるのはひと際多い黒いもやだった。
 何こいつ。何なのよ!
 私は咄嗟にポケットから自作の腕輪を取り出した。父の作る数珠より小さい。数量やボリュームが関係するかは分からないが、対抗手段が大いに越したことは無い。

「そんな警戒しないで。これでも助けに来たんだよ、僕は」
「あんたが敵の間違いでしょ」
「違うよ。もっとも黒曜さんとは意見が合わなかったけどね」
「お父さんとどういう関係よ」
「その前にこれ」

 青年は持っていた巾着からごそりと何かを取り出し差し出してきた。手のひらにころころと並んでいるのは色とりどりの飴玉だった。
 小指の爪ほどの物から頬張るのも難しそうな巨大な物まである。

「どうぞ」
「不審者のよこす物を食べるほど阿呆じゃないわよ」
「正しいね。でも君はそろそろ危ないんだ」
「は?」

 くすくすと青年は笑っていた。私は一旦家に戻ろうかと後ずさったが、その時ぐらりと眩暈がした。それは次第に激しくなり、ぐわんぐわんと頭が揺れて私は地べたに座り込んだ。

「ほらね」
「な、に。何したの」
「僕は何も。ただ君は魂が少なすぎるんだ。そのままじゃ死ぬよ」
「何、言ってるの」
「死にたくなければこの飴食べて。応急処置だけど魂を補填できる」
「……いやよ」

 青年は私が食べやすいように手頃な大きさの飴を口元持って来たが、言っていることも見せられる物も全て妖しいこの男を受け入れられるわけがない。
 私は顔を背けたが、青年はふうと大きなため息を吐いた。

「いいから食べて」
「うぐっ!」

 私は顎を掴まれた。青年は無理矢理飴を私の口に押し込んで、さらに吐き出さないように口を抑え込まれてしまう。
 口を塞がれ叫ぶこともできないが、立ち上がろうとしても眩暈がする。どうにもできなくなっていたが、その時ふわりと身体が浮いたような感覚になった。
 何!?
 青年にぐいっと抱き寄せられると景色が一転した。
 一体どこから湧いて来たのか水が私達を取り囲む。ぐるぐると渦になり、自宅もご近所も、慣れた景色はどこにもないし誰もいない。
 何が何だか分からないが、水の向こう側にゆらりと何かが見えた。
 人だ。男が女を一人、横抱きにしている。男の顔は見えないが女の方は見覚えがあった。
 ……私!?
 女の顔は私にそっくりだった。けれどハーフアップが精いっぱいの私よりもずっと髪が長く、抱いている男の膝辺りまで垂れている。

「何! 何なの!? 誰よあれ!」

 私は青年を睨み付けたが、青年はただ穏やかににこりと微笑んだ。

「鯉屋へようこそ。待っていたよ、我らが瑠璃るり姫」

 口の中の飴が溶けてなくなった。ごくりとそれを呑み込むと耐え切れない眠気に私は目を閉じ青年に身体を預けた。
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