常夜の徒然なる日常 瑠璃色の夢路

真野蒼子

文字の大きさ
14 / 30
第一章

第十二話 白練

しおりを挟む
 鈴屋当主、白練。
 鈴屋というのがどれほど重要な店かは分からない。でも若旦那が大店の管理と紫音お嬢さんを任せている時点で何かしら特別な人であることは間違いない。
 思いもよらないところで願っていた縁を手に入れ、私は貰った赤い錫をぎゅっと強く握りしめた。

「本当に貰っていいの?」
「ああ。鉢を守ってくれたのだからこれくらいは当然だ」
「やった! 有難う! これならどこかで雇ってもらえるかもしれないわ」
「雇う? 君は金魚屋にいるんだろう?」
「でもお金がないと飴を変えないわ。破魔矢と交換でもいいっていうけど、作る数にも限度があるわ。それに奥の手を握られるのは嫌よ」
「ふむ……」

 白練さんは腕を組み、少しだけ考え込んだ。それから小さく頷き、にこりと微笑んでくれる。

「こういうのはどうだ? 空き店舗を貸してあげるからそこで装飾品屋を開く。商品は手作りでもどこかから卸してもよい。もちろん破魔矢を売るのも良いだろう」
「自分の店を開いちゃうってことよね。私も最初はそれがいいと思ったんだけど……」
「懸念でも?」
「若旦那に反発したことが知れ渡るわけじゃない。それって敵が増えると思うのよね。それに破魔屋さんだって嫌がるし、紫音お嬢さんも面白くないと思うわ」
「それはそうだろうね。だが君が気にする必要は無い」
「無くても気になるわよ。別に私は経営がしたいわけじゃな――そうだ。あなた偉い人なのよね。現世に帰りたいんだけど何か方法無いかしら」
「君は帰りたいのかい?」
「当たり前でしょ! 家だってお父さんの形見だって全部向こうなんだから! それに方法はあるわ。絶対ある!」
「へえ。どうしてそう思う?」
「お父さんは元々こっちの人なんでしょう? なら現世に行く方法があるのよ。それに若旦那は現世に来たわ。私を連れて来たのはあの人よ。往復できるのよ!」

 現世と常夜は完全に乖離しているように言うけれど、魂が輪廻するという点では繋がっている世界だ。
 お父さんが何でそんな特別な存在だったのか知らないけど、その娘の私なら現世へ渡れるかもしれない。
 けれど白蓮さんは頷いてくれなかった。それどころか少し俯き、また少し考え込んだ。

「……かつて現世からやってきて現世へ帰った男がいた」
「え!? 何それ! できるの!?」
「そうだ。それこそ」
「ストーップ」
「ぶっ」

 突如私の鼻と口元を何かが覆った。
 驚き思わず跳ね除けると、それが扇だったことに気付いた。そしてそれを握っているのは呆れ顔の若旦那だった。

「喋りすぎだよ、白練さん」
「これは失礼」
「ちょっとあんた! 往復する方法教えなさいよ!」
「いいけど、あれは僕以外にはできないんだよ」

 若旦那はすっと右腕を上げた。すると若旦那の後ろからぬるりと何かが宙を泳いで現れた。

「錦鯉?」
「そう。現世へ向かうにはこの子達を犠牲にする」
「犠牲?」
「この子達も君の金魚と同じだよ。人の手で作られた魂。現世と常夜を往復する際に身代わりとなってくれる」
「え? 魂が二つあれば誰の魂でもいいってこと?」
「そう。でもそれが通用するのは現世の肉体を持っている者のみだ」
「現世の肉体って、え? あんた現世の人間なの?」
「その中間というところかな。鯉屋の跡取りは現世で生きながら死んでいる者から選ばれ、そのまま常夜へやって来るんだ。半死半生。だから行き来する時に『これから金魚になる魂』と判断され輪廻の対象にならない。だが君は違う。今ここにいる君は魂のみ。現世の肉体を持たないからこの子達では身代わりになれないんだ」
「……信じられないわ。証拠は?」
「無いね。一か八かやってみるのもいいだろう。失敗したら消滅するけどね」

 若旦那はくすっと笑うと錦鯉を撫でた。

「白練さん。経営補佐は止めないけど、必要以上のことは許さないからね」
「承知したよ。我らが若旦那様」

 白練さんが立ち上がり深々と頭を下げると、若旦那は錦鯉を連れて帰って行った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました

大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――

香死妃(かしひ)は香りに埋もれて謎を解く 

液体猫
キャラ文芸
第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞受賞しました(^_^)/  香を操り、死者の想いを知る一族がいる。そう囁かれたのは、ずっと昔の話だった。今ではその一族の生き残りすら見ず、誰もが彼ら、彼女たちの存在を忘れてしまっていた。  ある日のこと、一人の侍女が急死した。原因は不明で、解決されないまま月日が流れていき……  その事件を解決するために一人の青年が動き出す。その過程で出会った少女──香 麗然《コウ レイラン》──は、忘れ去られた一族の者だったと知った。  香 麗然《コウ レイラン》が後宮に現れた瞬間、事態は動いていく。  彼女は香りに秘められた事件を解決。ついでに、ぶっきらぼうな青年兵、幼い妃など。数多の人々を無自覚に誑かしていった。  テンパると田舎娘丸出しになる香 麗然《コウ レイラン》と謎だらけの青年兵がダッグを組み、数々の事件に挑んでいく。  後宮の闇、そして人々の想いを描く、後宮恋愛ミステリーです。  シリアス成分が少し多めとなっています。

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

後宮なりきり夫婦録

石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」 「はあ……?」 雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。 あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。 空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。 かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。 影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。 サイトより転載になります。

処理中です...