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第一章
第十三話 娯楽
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念願の卸鈴を貰ったけれど、私は大店へは行かず相変わらず金魚屋で破魔矢――数珠作りをしていた。
理由はいくつかあるが、無駄に思えてきたからだ。目的は飴を手に入れることであって就職そのものじゃない。ひよちゃんに交換して貰うことを私自身が良しとすれば良いだけのことだ。
それに出目金の騒動と鉢を見て、若旦那が気に食わないなんて言っている場合じゃないと知ってしまった。
仮に自分で店を開いたとして、破魔矢を商品にするということは貧困に喘ぐ鉢の人達は買うことができない。最も必要とする人々に渡らなきゃ意味がない。ならやっぱり若旦那に渡すべきなのだろう。
結局ひよちゃんと交換してもらって金魚屋でお世話になる方が世のため人のためというわけだ。
それに交換するのはひよちゃんとであって若旦那とじゃない。鯉屋に入れって言われるわけじゃないし、これが一番良い。
「……そういや何で金魚屋に置いてくれたのかしら。鯉屋に縛り付けておきゃいいのに」
「SM趣味は無いよ、僕」
「うわっ!」
「閉じ込めて欲しいなら牢に入れてあげるよ。入る?」
突然後ろから声をかけられ、私は思わず声を上げた。
見上げるとそこにいたのは涼やかに微笑む若旦那だ。
「何か用?」
「用がなきゃ来ないよ。大店に店を出すって聞いたけど、本当?」
「決めてないわ。飴を貰うだけならひよちゃんと交換すればいいだけだし」
「交換する必要もないでしょ。大店の宿泊施設なら貰い放題だし」
「はい?」
「聞いてない? 大店には仕入れする人用の宿があるんだけど、卸鈴があれば無料で使えるよ。アメニティは持ち出し自由。もちろん飴もある」
「は!? 何それ! 何でそういう大事なこと言わないのよあの人!」
「白練さんを信用しない方がいい。彼は思うことが色々あるんだ」
「何よ色々って」
「色々は色々だよ。例えば紫音さんを引き取るって言い出したのはあの人の方からだ」
「え? あなたが押し付けたんじゃないの?」
「違うよ。僕は看板娘として鯉屋にいていいって言ったんだ。今も昔もこれからも、鯉屋当主は彼女なんだからね」
「ああ、あんたは経営をやってるだけなんだっけ」
「うん。でも権力を捨て自立を選んだのは彼女だ。なのにそれもしないとなると僕が庇うにも限度がある。あれだけの問題を起こしておいて意味も無くお嬢様扱いはできないんだ」
「問題って何よ」
「さあね。それより大店の宿を案内するよ。あそこを使えば君は生活に困らないしね」
「あ、ちょ、ちょっと!」
若旦那は私の手をむんずと掴むと問答無用で引っ張り立たせ金魚屋を出た。
*
そのまま真っ直ぐ大店へ向かった。卸鈴は持っていればそれで良いようで、何もせずすんなり入ることができた。
入ると大店の人達がわあっと色めき立って駆け寄ってきて、あっという間に囲まれてしまった。
「これは結様! 大店にいらっしゃるとは珍しい」
「僕が来ても邪魔なだけだろうからね。今日は彼女の案内人だよ」
「ほー! ついにご結婚で!?」
「は!? 違うわよ!」
「とまあ、なかなか了解が得られないんだ」
「何がよ! そもそもプロポーズされた覚えないわよ!」
「そうだっけ」
「そうよ! 単なる誘拐よ!」
「それもそうだね。じゃあ」
若旦那はするりと私の手を取ると指先に口付けをしてきた。
「は!?」
「僕と結婚してくれますか」
おおお、と見ていた人達は叫びながら飛び跳ねた。
「ふ、ふざけないで! そんな裏のある結婚しないわよ私は!」
「そんな。失礼だな」
「どっちがよ! その気もないのに口説くんじゃないわよ! さっさと案内しなさい!」
*
私は若旦那を振りほどき、道も分からずずんずんと進んだ。
しかし一体どんな速度で広まったのか、行けば行くほど視線が集まってくる。
けれどその中で一つの会話に私は足を止めた。
「聞いたか。ついに結様がご結婚なさるそうだ」
「なんと。では紫音様は完全にお役御免か」
「今更お役もなにもないだろう。いや、これはすっきりするな」
本来なら若旦那と紫音お嬢さんが結婚するのが筋だったという。それならこの噂を紫音お嬢さんが聞いたら面白くないどころじゃないだろう。若旦那にも国民にも踏みにじられプライドはずたずただ。
私はちらりと若旦那を見ると、人々へ手を振り笑顔を振りまいている。整った顔立ちに多くの女性が魅了されている様はまるでアイドルさながらだ。
「……あんたそれでいいの?」
「いみじくも醜聞は最大の娯楽だ」
「他の方法あるでしょ!」
「そうだね。でも娯楽産業の総元締めである華屋は経営難。どうしようもないね」
「そんな酷いの? 技藝ってようするに芸能でしょ? 勝手に広まりそうなもんだけど」
「じゃあ見てみる? 悲惨だよ、結構」
若旦那は眉をひそめてうーんと小さく唸ると、あっち、と方向転換をした。
理由はいくつかあるが、無駄に思えてきたからだ。目的は飴を手に入れることであって就職そのものじゃない。ひよちゃんに交換して貰うことを私自身が良しとすれば良いだけのことだ。
それに出目金の騒動と鉢を見て、若旦那が気に食わないなんて言っている場合じゃないと知ってしまった。
仮に自分で店を開いたとして、破魔矢を商品にするということは貧困に喘ぐ鉢の人達は買うことができない。最も必要とする人々に渡らなきゃ意味がない。ならやっぱり若旦那に渡すべきなのだろう。
結局ひよちゃんと交換してもらって金魚屋でお世話になる方が世のため人のためというわけだ。
それに交換するのはひよちゃんとであって若旦那とじゃない。鯉屋に入れって言われるわけじゃないし、これが一番良い。
「……そういや何で金魚屋に置いてくれたのかしら。鯉屋に縛り付けておきゃいいのに」
「SM趣味は無いよ、僕」
「うわっ!」
「閉じ込めて欲しいなら牢に入れてあげるよ。入る?」
突然後ろから声をかけられ、私は思わず声を上げた。
見上げるとそこにいたのは涼やかに微笑む若旦那だ。
「何か用?」
「用がなきゃ来ないよ。大店に店を出すって聞いたけど、本当?」
「決めてないわ。飴を貰うだけならひよちゃんと交換すればいいだけだし」
「交換する必要もないでしょ。大店の宿泊施設なら貰い放題だし」
「はい?」
「聞いてない? 大店には仕入れする人用の宿があるんだけど、卸鈴があれば無料で使えるよ。アメニティは持ち出し自由。もちろん飴もある」
「は!? 何それ! 何でそういう大事なこと言わないのよあの人!」
「白練さんを信用しない方がいい。彼は思うことが色々あるんだ」
「何よ色々って」
「色々は色々だよ。例えば紫音さんを引き取るって言い出したのはあの人の方からだ」
「え? あなたが押し付けたんじゃないの?」
「違うよ。僕は看板娘として鯉屋にいていいって言ったんだ。今も昔もこれからも、鯉屋当主は彼女なんだからね」
「ああ、あんたは経営をやってるだけなんだっけ」
「うん。でも権力を捨て自立を選んだのは彼女だ。なのにそれもしないとなると僕が庇うにも限度がある。あれだけの問題を起こしておいて意味も無くお嬢様扱いはできないんだ」
「問題って何よ」
「さあね。それより大店の宿を案内するよ。あそこを使えば君は生活に困らないしね」
「あ、ちょ、ちょっと!」
若旦那は私の手をむんずと掴むと問答無用で引っ張り立たせ金魚屋を出た。
*
そのまま真っ直ぐ大店へ向かった。卸鈴は持っていればそれで良いようで、何もせずすんなり入ることができた。
入ると大店の人達がわあっと色めき立って駆け寄ってきて、あっという間に囲まれてしまった。
「これは結様! 大店にいらっしゃるとは珍しい」
「僕が来ても邪魔なだけだろうからね。今日は彼女の案内人だよ」
「ほー! ついにご結婚で!?」
「は!? 違うわよ!」
「とまあ、なかなか了解が得られないんだ」
「何がよ! そもそもプロポーズされた覚えないわよ!」
「そうだっけ」
「そうよ! 単なる誘拐よ!」
「それもそうだね。じゃあ」
若旦那はするりと私の手を取ると指先に口付けをしてきた。
「は!?」
「僕と結婚してくれますか」
おおお、と見ていた人達は叫びながら飛び跳ねた。
「ふ、ふざけないで! そんな裏のある結婚しないわよ私は!」
「そんな。失礼だな」
「どっちがよ! その気もないのに口説くんじゃないわよ! さっさと案内しなさい!」
*
私は若旦那を振りほどき、道も分からずずんずんと進んだ。
しかし一体どんな速度で広まったのか、行けば行くほど視線が集まってくる。
けれどその中で一つの会話に私は足を止めた。
「聞いたか。ついに結様がご結婚なさるそうだ」
「なんと。では紫音様は完全にお役御免か」
「今更お役もなにもないだろう。いや、これはすっきりするな」
本来なら若旦那と紫音お嬢さんが結婚するのが筋だったという。それならこの噂を紫音お嬢さんが聞いたら面白くないどころじゃないだろう。若旦那にも国民にも踏みにじられプライドはずたずただ。
私はちらりと若旦那を見ると、人々へ手を振り笑顔を振りまいている。整った顔立ちに多くの女性が魅了されている様はまるでアイドルさながらだ。
「……あんたそれでいいの?」
「いみじくも醜聞は最大の娯楽だ」
「他の方法あるでしょ!」
「そうだね。でも娯楽産業の総元締めである華屋は経営難。どうしようもないね」
「そんな酷いの? 技藝ってようするに芸能でしょ? 勝手に広まりそうなもんだけど」
「じゃあ見てみる? 悲惨だよ、結構」
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