地球で死ぬのは嫌なので異世界から帰らないことにしました

真野蒼子

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第22話 皇王襲来

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 「楪!何だこれ!」
 「ヴァーレンハイト皇王陛下がお越しだ。魔法結界をぶつけて相殺しようとしてる。悪くない手だよ」
 「褒めてる場合か。大丈夫なんだろうな」
 「結界は大丈夫だけど地割れが怖いね。このままこの揺れが続くとこっちの地面が割れるから街で死人がでるよ」
 「ふん。国民を人質に取るとはいい度胸だ。こうなりゃ呼び込んで直接対決だ」

 流司とメイリンが慌てる中、ルイと楪はシレっとしていた。
 この程度の事は彼らにとって問題でも何でもないのだろう。

 「楪。結衣と雛を連れてきてくれ。目の届くところにいてもらったほうがいい」
 「分かった」

 これを頼まれたのが流司なら、呼びに行って戻ってくるという往復時間がかかる。
 しかし楪は瞬間移動で消えたかと思えばすぐに結衣と雛を連れて戻って来た。結衣と雛は何が起こったか分からないようで、きょろきょろと辺りを見回した。
 流司はいいからこっち来い、と結衣と雛を隠すように腕の中に押し込んだ。

 「全員俺の後ろに隠れてろよ。楪、呼び込め」
 「了解」

 楪は目を閉じるとぶつぶつと何かを呟いた。
 いつもは呪文を唱えたり魔法陣を描いたりといういかにもファンタジー的な事はしないけれど、魔術は脳内で方程式を組むとか言っていたし、手のかかる物はこうして考えるのだろう。
 そして楪がぱちっと目を開くと、机を挟んで向かい側に一人の男が姿を現した。ヴァーレンハイト皇国皇王だ。

 「ん?ここは――……」

 皇王はきょろきょろと辺りを見渡した。
 瞬間移動というのは前置きが無いと何が起きたのか理解が追い付かないのは流司も体験済みだ。
 けれどルイが皇王の理解が追い付くのを待ってやるわけがない。

 「一国の王なら予約取って正面から挨拶して来いよ」
 「……やはりあなた方でしたか。ルイ様、楪様」

 皇王は憎々しげにルイと楪を睨みつけ、そのままメイリンに視線をスライドさせた。

 「これ以上のわがままは許すことはできない。戻りなさい、メイリン」
 「……私もお断りいたします」
 「ほう。私に逆らうとどうなるか分かってるんだろうな」

 皇王は結衣の事は無視してメイリンだけを見た。結衣がアイリスの偽物だとは気付いていないようだった。
 そして、皇王はぬうっと右手をメイリンに向けて伸ばしてくる。
 届かない距離にいるけれど、その手はメイリンを怯えさせるには十分だった。それに気付いたのか、ルイはメイリンを背に庇った。

 「ここは俺の国で彼らは俺の客人だ。このまま国に帰れば今回の無礼は見逃してやる」
 「それは我が一族の娘だ。返してもらおう」

 皇王は右手を振り下ろした。おそらく高熱を発しているのだろう。周辺の床が溶け出した。
 結衣達はきゃあと叫び声を上げたけれど、その熱はあっという間に押し戻された。きらきらと星屑が流司達を包み込み、それが皇王の魔法を無力化しているのだ。楪は何もしていないように見えたけれど、おそらく楪に守られているのだ。
 楪は流司達の前に立ち、全員を守るように杖で皇王の進路を阻んだ。

 「その程度の攻撃は聞かないよ」

 皇王は悔しそうに歯ぎしりをした。
 楪は存在が反則のようなものだ。どう考えても単身で飛び込んで楪に勝てるとは思えないし、だからこそルイも皇王を呼び込んだ。
 しかもこの状況はヴァーレンハイト皇国側にしたら皇王を人質に取られたようなものだ。これならヴァーレンハイト皇国が大軍で来ていても手出しができない。
 皇王は手あたり次第、机や椅子、ティーポット、あらゆる物を手に取って溶かしそれを投げつけてくる。
 けれど当然そんな物は全て楪の結界に弾かれていく。

 「話にならないな。もう一度言う。国へ帰れ。二度と蛍宮の領地領域に入ってくるな」
 「聞けませんね」

 皇王は魔法を諦めたのか、腰に下げていた剣を抜いた。
 自信満々な顔をするからには腕に覚えがあるのかと思ったが、その構えは流司が見ても分かるくらいに稚拙なものだった。

 (両脇がら空きだし、あんな大剣片手で持ってるのがまず頭悪いだろ)

 明らかに戦闘経験不足なのが見て取れた。
 ルイも相当呆れたのか、雑な手つきで壁に立てかけてあった棍を手に取った。
 ルイはあまり武器を持ちたがらない。本人曰く、暴力で解決できる事なんてたかが知れてるから意味が無いとの事だ。
 だから武器も刃の無い物しか使わない。刃物は刺したらそれだけで致命傷となる可能性もあるけれど殴る蹴るだけなら自分の加減でどうとでもなる。必要に駆られれば武器を手にするが、最大限生きる方法を選ぶのだそうだ。

 「戦うのは得意じゃないけど、これ以上瑠璃宮を壊されるのは困る」

 細い棍を軽々と一回転させるとヒュッと空を切る音がした。
 その構えは美しく、今から踊り始めるのではないかと思う優雅さがあった。凛の剣技にどこか似ている。
 舞い踊るその姿はあまりにも隙が無く、間合いに入ったら一瞬で終わるだろう恐怖を感じさせた。それでも皇王は一歩も引かず、不細工な構えでルイに切りかかった。

 「おおおお!!」
 「掛け声だけは完璧だな」

 皇王は何度も何度もルイに切りかかるけれど、その全てが流されていく。
 その度にみっともなく転びそうになり、家具を溶かしきった事で手を着く場所も無い。敵だというのに見ているこっちがハラハラしてきて、もう止めればいいのに思ってしまう。
 結局皇王は思い切り転び、その途端に自らの剣が腕を切り裂いてしまった。そこからだらだらと血が流れ、ルイの足元まで広がって来た。

 「最後の忠告だ。国に帰れ。そして出てくるな。そうすれば」
 「ははははは!!」
 「……気でも触れたか?」

 皇王はルイの恩情を蹴飛ばした。これにはルイも含め全員がため息を吐く。
 こんなのが皇王だなんて国民に同情するよ、と楪はいつもの切れ味ある言葉をぶつけた。

 「何故私が単身やって来たと思います、ルイ様」
 「メイリンが欲しいんだろう。術力を持つ贄を作るために」
 「いいえ。いいえ、違いますよ。私が欲しいのはそれではない」
 「……何?」

 皇王は床に這いつくばったまま、広がり続ける自らの血の池をばしゃんと叩きつけた。
 するとその血はふるふると震え始めた。
 そして次の瞬間、ばしゃばしゃと音を立てながら一点に向かった飛び掛かり中へと入り込んでいった。

 楪の口の中からその体内へと。

*

 「楪!!」

 皇王から流れ出た血が楪を襲った。
 一瞬の出来事に結界で防ぐのも間に合わず、がぼがぼと楪の体内に染みわたっていく。流司は楪を襲う血を取り除こうと掻き回すが固形ではない血液を掴む事などできはしない。
 何もする事ができず、皇王の血を楪の喉を通っていくのを外から見ているしかできない。
 皇王から流れた血は全て楪の中に呑み込まれた。

 「術力のみで生きる身体に魔力の介入はさぞお苦しい事でしょう。さあ、どんどん蝕んでいきますよ」

 ルイは吐き出させようと喉に手を突っ込んだけれど、楪は全身を痙攣させている。
 元々真っ白な肌色だが、明らかに命の危機を感じるほど蒼白になり、体温はどんどん低下していった。
 ヒューッと浅い呼吸でか細い命をなんとか繋ごうとしていたけれど、ついにルイの腕の中でくたりと動かなくなった。

 「楪様!!しっかりして下さい!!」

 結衣が必死に呼びかけるけれど返事は無い。
 かすかに呼吸をしているから死んではいないのだろうけれど、大丈夫だなんて気休めが言える状態では無かった。

 「さあ、二人一緒に死んでもらいましょうか」

 これ幸いと皇王は再び剣を構えた。それはさっきのようにみっともないものではなく、勇ましく皇王の威厳を纏っていた。
 さっきのは油断を誘うための演技だったのだ。
 楪を抱いたまま動かないルイに向かって剣が振り下ろされ、流司はルイの棍を拾ってその剣を何とか止めた。

 「小賢しい。私とやりあうならまずはアルフィードを倒して来い!!」

 皇王は片手で軽々と流司を吹き飛ばした。
 しかし皇王の腕が宙にいるその隙にメイリンがその手に炎を宿し皇王に殴りかかった。
 それは皇王の脇腹をかすったけれど皇王の肌を焼く事もできなかった。まるで相手にならないメイリンを、皇王は思い切り蹴飛ばした。

 「流司!メイリン!」

 戦う術などない結衣と雛は部屋の隅でがたがたと震えていたけれど、皇王はそれには興味も示さない。
 カツカツとルイと楪の元へ向かっていき、呆然と楪を抱きしめるルイの項めがけて剣を振り上げた。
 しかしそれはルイの首に触れる事は無かった。その前に剣の方が粉々に砕け散った。

 「何だと!?」

 結界か何かだろうか。弾かれた皇王の腕はビリビリと痺れ、剣の柄から手を放してしまう。
 けれどルイはそんな皇王になど見向きもしない。
 楪の頬をさすりながら自分で自分の唇を噛み切ると、ルイの口は真っ赤に染まった。そしてそれをそのまま口移しで楪に飲ませていくと、わずか数秒で楪がゆっくりと目を覚ました。

 「楪……」
 「……大丈夫だよ……」

 楪はルイに手を伸ばそうとしているようだったけれど、手を持ち上げることもできずにいる。
 ルイはもう一度口付けをして血を飲ませると、そっと床に寝かせた。
 何か特別な血液なのだろうか。この二人はとても強い繋がりを持っているように見えたが、やはり何かあるのだろう。

 結衣と雛は楪を守らなくてはと駆け寄ったけれど、二人が楪に触れるよりも早くルイの腕が皇王の首を壁に埋め込んでいた。

 「う、ぐううう!」

 皇王は宙吊り状態になりばたばたと暴れるが、ルイはさらに腹を抉るように膝を打ち付けた。その度に皇王の叫び声がする。
 うるせえなと吐き捨てると、ルイは頭が壁に埋まったの皇王の横腹を蹴飛ばした。皇王の身体からバキバキという音が聞こえてきて、そのまま床に落ちた。
 それでも皇王は立ち上がろうとしたけれど、ルイはその背を踏んだ。

 「誰が立って良いって言ったんだよ」
 「あああああ!」
 「楪に触れた人間は殺す」

 まるで翔太と同じような事を言っているが、その狂気は比ではない。
 その目には一点の光も無く、暗闇の様に深い。
 そして、ルイが踏みつけた皇王の右腕からブチッという音が聴こえた。

 「う、うあああ!!」
 「うるさい」
 「うああああああ!!!!!」
 「うるせえって言ってんだろ」

 今度は左腕からブチッという音がした。

 「ぎゃあああ!!」

 一方的な暴力だった。
 もう皇王の両腕は繋がっていない。内臓も無事だとは思えない。

 「殺しはしない。肉を切り骨を削り意識を残したまま少しずつ焼く」
 「う、あ、ああ……」

 結衣と雛は恐怖のあまり声も無く目をそらし二人で抱き合って震えている。
 メイリンはルイが二人の視界に入らないよう、痛む身体を引きずりながら抱きしめた。
 流司はこれ以上はいけない、とルイに走り寄りの手を引いた。けれどもはや無差別なのか、ルイは流司をも蹴り飛ばした。

 「流司!!」

 そのまま壁に激突し、流司は右半身を打ち付けてしまい骨が折れる音を聞いた。
 それでもルイを止めなければと、気を失いそうな痛みをこらえて立ち上がる。しかしその手を引き留めたのは楪だった。

 「僕を、ルイの所に連れて行ってくれ……」
 「何言ってんだ!その身体じゃ無理だ!」
 「早く……!」

 楪は口から血を流しながら匍匐前進のようにしながらルイの方へずるずると向かっていく。
 諦めて流司は楪を抱き上げてルイの傍へと連れていった。

 「ルイ……もう、やめて……これくらいすぐ直るから、落ち着いて……」
 「楪……?」
 「そいつ殺すより僕を助ける方が、先、でしょ……」
 「あ、あ……」
 「……大丈夫だから……」

 ルイはようやく瞳に光を取り戻し膝から崩れ落ちた。流司から楪を奪い取り抱きしめると、ルイは声を殺して泣いた。
 そして、流司はもうぴくりとも動けなくなっている皇王を見下ろした。

 「……国民を殺して得た物は犠牲に見合ったのか」

 答えたく無いのか答えられないのか、皇王は何も言わなかった。
 ルイは楪に、少し待っててくれ、と言って結衣に預けて皇王を再び踏みつけた。
 ぐうっとうめき声が聞こえたけれどもう反撃する事などできるはずもない。流司はルイを止めなければと思っていても、手が震えてルイに触れて制することができなかった。
 ルイは皇王の胸倉を掴み無理矢理立たせた。すると、皇王は力なくルイの腕を掴んだ。

 「……身に余る術力はいずれその身を食い尽くす…早々に捨てるがよろしかろうよ……」
 「お前と楪は違う。俺は楪を捨てはしない」
 「マルミューラド……いや、棗流司、だったな……」

 突然名前を呼ばれた事よりもルイがこちらに目線を寄越した事に流司はびくりと震え、慌てて皇王に目を落とした。
 流司はヴァーレンハイト皇国では一度もその名を口にしていない。
 異世界人だとしれたらどんな目に合うか分からないから言わないようにと祖父からきつく言われていたからだ。
 皇王は悔しそうに目を細め、絞り出すように声を出した。

 「……早乙女を守れ」
 「は?」

 また思いもよらぬところで裕貴の名前が出て来て、流司は一機に混乱した。
 その真意を問い質そうと膝を付こうとしたけれど、それより早くに皇王の心臓を何者かの剣が貫いた。皇王の身体はびくりと震えると、呼吸の音も途絶えていった。
 剣を突き立てたのは流司でもルイでもなかった。

 そこにいたのは―― 

 「グレディアース老……!?」
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