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第一部 誕嬢篇
神遺物
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長い階段を、地下に向かって一歩ずつ降りてゆく。
壁に据え付けられた魔力灯の蒼白い光が、着なれた紫のドレスの足元を照らしてくれる。
こちらの世界で魔法と呼ばれるものは、呪文を詠唱して超自然現象を起こすようなわかりやすい「魔法」とは少し違う。万物に宿るエネルギー「魔力」を、「魔紋」と呼ばれる特殊な紋様に「流す」ことで何らかの「現象」に変換する、というものだ。
「エリシャ様、足元どうかお気をつけください」
たとえばこの地下への階段横に等間隔に並ぶ魔力灯には、「発光」の魔紋が刻まれた小さな魔紋片が内蔵されている。
魔力灯の表面に指先で触れると、人体に流れる魔力を微量だけ取り込んで光に変換し、数分間は輝き続けるのだ。
「うん、だいじょうぶ。ありがとう」
このような魔紋を応用した便利な道具は「魔具」と呼ばれ、一般家庭にも普及して人々の暮らしを豊かにしている。すごく大雑把に言ってしまえば、「電化製品みたいなもの」という感じ。
「……! こんなことで感謝のお言葉がいただけるなんて……!」
「ねえ、ミオリ。ありがとうのたびに感激していたら、きりがなくてよ?」
古の魔法文明では、この魔紋を自在に産み出し操り、神に等しい御業を振るっていたという。しかしそれら文明は千年以上前、何らかの災禍に見舞われて滅亡した。人の欲が神の怒りに触れたのだ、とも伝えられているが、記録のほとんどが喪われており、何ひとつ定かではない。
「うっ、申し訳ございません」
「ええと、責めてるわけではないの。ただ、疲れないかなって」
今、この世界で使われている魔紋はすべて、神遺物と呼ばれる当時の魔具からその魔紋の一部を複写し、再現したものばかりだ。
「そのようなお心遣いまで! いたみいります!」
「う……うん」
そういった魔紋を研究・再現するのが「魔学」と呼ばれる学問であり、エリシャの父は王国でも最高位の「魔学者」だった。
対するエリシャはちなみに、王都の王立学園に通う学生という身分になる。弛まぬ努力の成果で成績は上位。ただ、魔学の授業における魔法の実践だけは、少し苦手としていた。
──それは同級生たちより、放出できる魔力量が乏しいからだ。
日常生活においては、現行のほとんどの魔具は魔力灯のように微量の魔力で済むように作られているので、困ることはない。とは言え、王国における貴族はそれぞれが家の由来となる神遺物を有しており、その起動には多大な魔力量を要する。
以前は起動が当主の条件とされていた時代もあったが、替え玉やら不正魔薬やら様々な問題が発生し、今ではその辺は形式化している。だが、当主が起動に成功すれば社交界でも一目置かれる存在となるのは確かだ。
そのこともあって、貴族の間では魔力の高さをステータスとする空気も根強く残っている。それに、一定以上の強い魔力は他者でも感じ取れるため、その人の威光や魅力の一端と捉えられることも多い。
「……魔玄籠手……」
思考を逸らすように、私はそう口に出した。それが、ダンケルハイト家に代々伝わる神遺物の名。建国三英雄のひとり、魔戦士ダンケルハイトの鎧の一部といわれる伝説の魔具だ。
階段の最後の一段を降りた私たちの目前、現れた黒い両開きの扉の向こう。父の書斎兼魔学研究室に、それは保管されている。
「お待ちを──」
ノックしようとする私を手で制し、ミオリは扉に耳をあててしばし沈黙する。それから小声で「ご無礼をお許しください」と言いつつゆっくりノブに手を掛け、まるで魔法のように完璧な無音で、人ひとり通れるだけの広さに扉を開けた。
その向こう、立ち並ぶ資料棚で視界が遮られた部屋の奥から話し声が聞こえてくる。
「──本当に素晴らしい研究成果です。この資料さえあれば、もうすぐだ」
どこか芝居がかった、よく通る美声。真っ赤な衣装を纏った派手好きな美青年の姿が目に浮かぶ。ジブリール卿だ。
「最強の魔法武装たる纏魔鎧装──【魔鎧】の完成が!」
彼は誇らしげに、そう言い放つのだった。
壁に据え付けられた魔力灯の蒼白い光が、着なれた紫のドレスの足元を照らしてくれる。
こちらの世界で魔法と呼ばれるものは、呪文を詠唱して超自然現象を起こすようなわかりやすい「魔法」とは少し違う。万物に宿るエネルギー「魔力」を、「魔紋」と呼ばれる特殊な紋様に「流す」ことで何らかの「現象」に変換する、というものだ。
「エリシャ様、足元どうかお気をつけください」
たとえばこの地下への階段横に等間隔に並ぶ魔力灯には、「発光」の魔紋が刻まれた小さな魔紋片が内蔵されている。
魔力灯の表面に指先で触れると、人体に流れる魔力を微量だけ取り込んで光に変換し、数分間は輝き続けるのだ。
「うん、だいじょうぶ。ありがとう」
このような魔紋を応用した便利な道具は「魔具」と呼ばれ、一般家庭にも普及して人々の暮らしを豊かにしている。すごく大雑把に言ってしまえば、「電化製品みたいなもの」という感じ。
「……! こんなことで感謝のお言葉がいただけるなんて……!」
「ねえ、ミオリ。ありがとうのたびに感激していたら、きりがなくてよ?」
古の魔法文明では、この魔紋を自在に産み出し操り、神に等しい御業を振るっていたという。しかしそれら文明は千年以上前、何らかの災禍に見舞われて滅亡した。人の欲が神の怒りに触れたのだ、とも伝えられているが、記録のほとんどが喪われており、何ひとつ定かではない。
「うっ、申し訳ございません」
「ええと、責めてるわけではないの。ただ、疲れないかなって」
今、この世界で使われている魔紋はすべて、神遺物と呼ばれる当時の魔具からその魔紋の一部を複写し、再現したものばかりだ。
「そのようなお心遣いまで! いたみいります!」
「う……うん」
そういった魔紋を研究・再現するのが「魔学」と呼ばれる学問であり、エリシャの父は王国でも最高位の「魔学者」だった。
対するエリシャはちなみに、王都の王立学園に通う学生という身分になる。弛まぬ努力の成果で成績は上位。ただ、魔学の授業における魔法の実践だけは、少し苦手としていた。
──それは同級生たちより、放出できる魔力量が乏しいからだ。
日常生活においては、現行のほとんどの魔具は魔力灯のように微量の魔力で済むように作られているので、困ることはない。とは言え、王国における貴族はそれぞれが家の由来となる神遺物を有しており、その起動には多大な魔力量を要する。
以前は起動が当主の条件とされていた時代もあったが、替え玉やら不正魔薬やら様々な問題が発生し、今ではその辺は形式化している。だが、当主が起動に成功すれば社交界でも一目置かれる存在となるのは確かだ。
そのこともあって、貴族の間では魔力の高さをステータスとする空気も根強く残っている。それに、一定以上の強い魔力は他者でも感じ取れるため、その人の威光や魅力の一端と捉えられることも多い。
「……魔玄籠手……」
思考を逸らすように、私はそう口に出した。それが、ダンケルハイト家に代々伝わる神遺物の名。建国三英雄のひとり、魔戦士ダンケルハイトの鎧の一部といわれる伝説の魔具だ。
階段の最後の一段を降りた私たちの目前、現れた黒い両開きの扉の向こう。父の書斎兼魔学研究室に、それは保管されている。
「お待ちを──」
ノックしようとする私を手で制し、ミオリは扉に耳をあててしばし沈黙する。それから小声で「ご無礼をお許しください」と言いつつゆっくりノブに手を掛け、まるで魔法のように完璧な無音で、人ひとり通れるだけの広さに扉を開けた。
その向こう、立ち並ぶ資料棚で視界が遮られた部屋の奥から話し声が聞こえてくる。
「──本当に素晴らしい研究成果です。この資料さえあれば、もうすぐだ」
どこか芝居がかった、よく通る美声。真っ赤な衣装を纏った派手好きな美青年の姿が目に浮かぶ。ジブリール卿だ。
「最強の魔法武装たる纏魔鎧装──【魔鎧】の完成が!」
彼は誇らしげに、そう言い放つのだった。
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