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第一部 誕嬢篇
帝国の影
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──魔鎧の完成。はっきりとそう聞こえた。どうやら大当たりらしい。
「きみも見た通り、こちらの保管用資料はすべて消去した。だから誓約の通り、渡した資料と引き換えに、娘の命だけは何があろうと保証してもらう」
ジブリール卿とは対照的に静かで落ち着いた声が、淡々と続ける。聞き慣れたそれは私の父、クラウス・ダンケルハイトのものだ。
「ええ、ええ、わかっていますとも。すべて我らに、お任せいただければ」
ジブリールの軽薄なその言葉で、何もかもが腑に落ちた。あの優しく穏やかで、研究とお母様を誰よりも愛していた父が、どうして帝国への情報漏洩などという行動に走ったのか。
それは娘──エリシャのためだった。
「ああそれと、最後に例のものを、せめて一目だけ見せていただきたいのですが」
「…………いいだろう。これが本当の本当に最後だ」
二人の会話が続く中、私の特撮オタクとしての考察脳がぐるぐると高速回転する。
ミオリの推察通り、ジブリール卿が帝国の手先であることは明らかだ。
彼は、魔鎧を完成させるため、ダンケルハイト家の秘法──おそらくは神遺物に関わる研究資料──と引き換えに私の命を保証するという、脅迫めいた取引を持ち掛けたのだろう。
となると、あの「襲撃」は現時点で、すでに計画されているのかも知れない。
この王国──パラディウム神聖王国の領土は、切り立った崖の上の台地に広がっている。いわば王国全体が、天然の要害によって護られているのだ。そしてここ半世紀の間に、崖の下の大陸のほとんどを武力により支配下に置いたのが帝国──アスラフェル大帝国だった。
その領土は王国の十倍以上、兵力差もそれに準じ、まともに侵攻を受けたらひとたまりもないだろう。──ただし、それは崖が存在しなければの話だ。
どんな魔法を駆使しても、崖を越え大軍勢を送り込む手段はない。禁じられた転移魔法でも使わない限り不可能だ。そして、魔法文明を滅亡させた大災禍の元凶とも云われるその禁呪「転移門」に手を出すようなことは、いかな帝国といえどありえないだろう。
そして。ありえないそれが、ありえることを私は知っている。
「おお、これが……!」
ジブリールの感嘆が聞こえ、思考に浸かっていた私は我に返った。ミオリはこちらを見つめて、私の指示を待っている。見つめ返して小さく頷いたら、頬を染めて目を逸らした。……緊張が、すこしだけ和らぐ。
がちゃ、と金属製の箱を開ける音が響いた。私も数えるほどしか目にしたことのない、ダンケルハイト家の秘宝がいま、すぐそこで同じ空気に触れている。なぜか懐かしさのような、奇妙な胸のざわつきを覚えた。
「──ご覧なさい、エリシャ。これが、我が家に伝わる神遺物、開祖たる魔戦士ダンケルハイトの御身を守っていた魔玄籠手です」
エリシャの幼い記憶の中から、優しくも誇らしげな母の声が聞こえた。それはお伽話として何度も見聞きした、建国の英雄たちの物語。いずれ王家の血筋となる白の聖騎士パラディオンと、好敵手にして相棒だった黒の魔戦士ダンケルハイト。
いつも無口で笑顔を見せないけれど、誰よりも心優しく、そして強かったというダンケルハイトを、幼いエリシャは大好きだった。
いやあいいよね、特撮ヲタク視点でもそういうキャラは大好物です。あとでゆっくり記憶の中のお話を反芻しなくっちゃ。そもそも私、影を背負ったダークヒーローが最推しで──。
そんな私の妄想交じりの意識を現実に引き戻すのは、またもジブリールの声だった。
「これぞ魔鎧の原型魔紋が刻まれし神遺物……かの魔戦士ダンケルハイトが身に纏った魔玄籠手……ああなんと禍々しくも美しい」
母と同じように熱っぽく語る彼の言葉には、母のそれとは決して相容れない邪《いやらし》さが絡みついて聞こえる。
エリシャの心が叫んでいた。神遺物にこんな男を近付けてはいけない。父の研究資料も渡してはいけない。──母の誇りを、穢させてはいけない。
「しかし、これを扱えるのはダンケルハイトの血族のみ。入婿の私では魔紋も反応しない」
「ええ、ゆえにエリシャ殿には生き延びていただく価値があるのですよ。ですから、彼女の身の安全についてはご安心いただきたい」
その約束に一切の実効性がないことを知っている私は、ミオリに大きく頷いてから深呼吸──
そして隙間だけ開いていた扉のノブに手を掛け、思いきり開け放った。
「きみも見た通り、こちらの保管用資料はすべて消去した。だから誓約の通り、渡した資料と引き換えに、娘の命だけは何があろうと保証してもらう」
ジブリール卿とは対照的に静かで落ち着いた声が、淡々と続ける。聞き慣れたそれは私の父、クラウス・ダンケルハイトのものだ。
「ええ、ええ、わかっていますとも。すべて我らに、お任せいただければ」
ジブリールの軽薄なその言葉で、何もかもが腑に落ちた。あの優しく穏やかで、研究とお母様を誰よりも愛していた父が、どうして帝国への情報漏洩などという行動に走ったのか。
それは娘──エリシャのためだった。
「ああそれと、最後に例のものを、せめて一目だけ見せていただきたいのですが」
「…………いいだろう。これが本当の本当に最後だ」
二人の会話が続く中、私の特撮オタクとしての考察脳がぐるぐると高速回転する。
ミオリの推察通り、ジブリール卿が帝国の手先であることは明らかだ。
彼は、魔鎧を完成させるため、ダンケルハイト家の秘法──おそらくは神遺物に関わる研究資料──と引き換えに私の命を保証するという、脅迫めいた取引を持ち掛けたのだろう。
となると、あの「襲撃」は現時点で、すでに計画されているのかも知れない。
この王国──パラディウム神聖王国の領土は、切り立った崖の上の台地に広がっている。いわば王国全体が、天然の要害によって護られているのだ。そしてここ半世紀の間に、崖の下の大陸のほとんどを武力により支配下に置いたのが帝国──アスラフェル大帝国だった。
その領土は王国の十倍以上、兵力差もそれに準じ、まともに侵攻を受けたらひとたまりもないだろう。──ただし、それは崖が存在しなければの話だ。
どんな魔法を駆使しても、崖を越え大軍勢を送り込む手段はない。禁じられた転移魔法でも使わない限り不可能だ。そして、魔法文明を滅亡させた大災禍の元凶とも云われるその禁呪「転移門」に手を出すようなことは、いかな帝国といえどありえないだろう。
そして。ありえないそれが、ありえることを私は知っている。
「おお、これが……!」
ジブリールの感嘆が聞こえ、思考に浸かっていた私は我に返った。ミオリはこちらを見つめて、私の指示を待っている。見つめ返して小さく頷いたら、頬を染めて目を逸らした。……緊張が、すこしだけ和らぐ。
がちゃ、と金属製の箱を開ける音が響いた。私も数えるほどしか目にしたことのない、ダンケルハイト家の秘宝がいま、すぐそこで同じ空気に触れている。なぜか懐かしさのような、奇妙な胸のざわつきを覚えた。
「──ご覧なさい、エリシャ。これが、我が家に伝わる神遺物、開祖たる魔戦士ダンケルハイトの御身を守っていた魔玄籠手です」
エリシャの幼い記憶の中から、優しくも誇らしげな母の声が聞こえた。それはお伽話として何度も見聞きした、建国の英雄たちの物語。いずれ王家の血筋となる白の聖騎士パラディオンと、好敵手にして相棒だった黒の魔戦士ダンケルハイト。
いつも無口で笑顔を見せないけれど、誰よりも心優しく、そして強かったというダンケルハイトを、幼いエリシャは大好きだった。
いやあいいよね、特撮ヲタク視点でもそういうキャラは大好物です。あとでゆっくり記憶の中のお話を反芻しなくっちゃ。そもそも私、影を背負ったダークヒーローが最推しで──。
そんな私の妄想交じりの意識を現実に引き戻すのは、またもジブリールの声だった。
「これぞ魔鎧の原型魔紋が刻まれし神遺物……かの魔戦士ダンケルハイトが身に纏った魔玄籠手……ああなんと禍々しくも美しい」
母と同じように熱っぽく語る彼の言葉には、母のそれとは決して相容れない邪《いやらし》さが絡みついて聞こえる。
エリシャの心が叫んでいた。神遺物にこんな男を近付けてはいけない。父の研究資料も渡してはいけない。──母の誇りを、穢させてはいけない。
「しかし、これを扱えるのはダンケルハイトの血族のみ。入婿の私では魔紋も反応しない」
「ええ、ゆえにエリシャ殿には生き延びていただく価値があるのですよ。ですから、彼女の身の安全についてはご安心いただきたい」
その約束に一切の実効性がないことを知っている私は、ミオリに大きく頷いてから深呼吸──
そして隙間だけ開いていた扉のノブに手を掛け、思いきり開け放った。
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