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第一部 誕嬢篇
対決のとき
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「──誰だ?!」
「エリシャです、お父様」
父の鋭い問いかけに堂々と答えつつ、私は資料棚の狭間に踵の音を響かせ、黒髪を揺らしながら彼らの前へと姿を見せる。
「……これはこれはエリシャ嬢、今日もじつにお美しい」
赤髪をかき上げて白々しい笑顔で迎えるジブリールとは対照的に、テーブルを挟んで立つ父の見慣れた顔には明らかな動揺が浮かんでいた。木製の作業テーブル上には魔玄籠手と、その研究成果が収められているだろう手のひらサイズの魔紋記憶盤が置かれている。
それからもう一人、ジブリールの付き人という触れ込みでいつも彼の傍らに従う、七三分けの蒼髪が誠実そうな好青年・ライルの姿もあった。主の派手さと対照的に落ち着いた紺の平服姿で、年齢はおそらくミオリと同じくらいだろうか。
彼ら三人の視線が私に集まる。けれど私の背後にもまた、影のように付き従うミオリがいる。その微かな気配の心強さに支えられながら、口火を切った。
「それらは当家のとても大切な所有物。あなたのような方にはお見せすることも憚《はばか》られますし、お渡しすることなど絶対にあり得ません」
「エリシャ、きみは……」
毅然と言い放つ私に、父は困り果てた表情を浮かべ、ジブリールの貼り付けたような笑顔は苦笑へと変化する。
「やれやれ、困ったものですね。お父上はすべて貴女のために動かれているというのに」
「いいえ、父はあなたに惑わされているだけです。だから記憶盤を置いて今すぐここを立ち去りなさい──そうすれば、なかったことにしてあげる」
悪役令嬢の本領とばかりに、堂々たる上から目線で宣告する。その言葉でジブリールの表情から余裕が消え、空気が変わるのがわかった。
口調、声のトーン、間の取り方、そして生まれ持った品格──それらが直結して紡がれた、一瞬で場を支配し得る雄弁。もしかするとこれは、エリシャの才能と呼べるものかも知れない。
「なるほど。貴女はお父上とは違い、舌先で誤魔化せる相手ではなさそうだ」
「──父を侮辱することは許しません」
「おお、こわいこわい。ま、とは言え私を騎士団に突き出したところで、お父上も共に罪に問われるだけ。貴女にもそれ以外の選択肢はないのでしょうな」
そう言いながらジブリールは、視線をこちらに向けたまま、テーブル上の記憶盤にゆっくりと手を伸ばす。バレないとでも思っているのだろうか。
──カッ
乾いた音が響く。銀の光が空を裂き、ジブリールの指先と記憶盤の間の机上に突き刺さっていた。それは、毎日の食卓で見慣れた銀のフォークだった。
傍らのミオリに目を移すと、彼女はエプロンドレスの胸の前で交差させた両手の指の隙間、フォークとナイフとスプーンを扇状に挟んで並べ、ぎらりと銀に輝かせている。
そして三人の男たちの視線もまた、驚きをはらんで彼女に集中していた。彼らは今の今まで、そこに彼女が居ることに気付かなかったのだ。……侍女忍者すごい……。
「ほう、もしや忍か? なかなか面白い輩を飼っておいでだ」
「飼ってなどいない、彼女は私の姉も同然のひとです。やはりあなたのように無礼な輩、我が家の敷地から一刻も早く去っていただかねば」
ミオリは、こらえきれず漏れたような「ゔっ……」という謎の声を残しつつ、再び私の背後に溶け姿を消す。
対するジブリールの付き人ライルは、射線を遮るように主の前に立つ。腰の剣の柄に手を添えながら、しかしその表情は苦々しく、いや哀しげにさえ見える。
「卿、ここはエリシャ嬢に従って退きましょう。やはりこのようなやり方、帝国騎士としての信義にもとる」
ライルが発したのは、イメージ通りの誠実な言葉だった。
……そう言えば。衿沙の記憶、いつだか奈津美が熱っぽく語っていた「攻略対象ではないのに主よりはるかに人気がある従者キャラ」というのは、きっと彼のことなのだろう。
対して、その主たるジブリールは顔を伏せながら答える。
「そうか……お前がそう言うのなら、そうだな……」
顔を上げた彼が美貌に浮かべていたのは、狂気さえ漂う満面の笑み。
「よし、魔玄籠手もそれもまとめてぜんぶ頂戴していくとしよう! もちろんエリシャ嬢、貴女の御身も追加でね! いやあ、さぞ実験が捗るだろうな!」
そうして彼は自らの狂相を隠すように掲げた右手の、手首に巻かれた紅い腕輪に左手の指先を添え、直前のテンションと打って変わって厳かに、その言葉を発した。
「……纏装……」
腕輪から、紅い炎があふれ出す。それはジブリールの真っ赤な衣装をより紅く燃え上がらせ──替わりに、炎が凝結して実体化した紅いパーツが次々に体に装着されていく。
騎士が身にまとうような仰々しく鉄板を重ねた鎧とはまったく違う、曲面的なパーツと肌に密着した素体から成るそれは、まさしく特撮ヒーローを思わせる外見だった。
間違いない。アニメで見た「魔鎧」そのものだ。
「か……」
かっこいい。目の前で「変身」した実写のそれに対し漏らしかけた、特撮ヲタクとしてのごくごく素直な感嘆を、私は必死に呑み込んだ。
「エリシャです、お父様」
父の鋭い問いかけに堂々と答えつつ、私は資料棚の狭間に踵の音を響かせ、黒髪を揺らしながら彼らの前へと姿を見せる。
「……これはこれはエリシャ嬢、今日もじつにお美しい」
赤髪をかき上げて白々しい笑顔で迎えるジブリールとは対照的に、テーブルを挟んで立つ父の見慣れた顔には明らかな動揺が浮かんでいた。木製の作業テーブル上には魔玄籠手と、その研究成果が収められているだろう手のひらサイズの魔紋記憶盤が置かれている。
それからもう一人、ジブリールの付き人という触れ込みでいつも彼の傍らに従う、七三分けの蒼髪が誠実そうな好青年・ライルの姿もあった。主の派手さと対照的に落ち着いた紺の平服姿で、年齢はおそらくミオリと同じくらいだろうか。
彼ら三人の視線が私に集まる。けれど私の背後にもまた、影のように付き従うミオリがいる。その微かな気配の心強さに支えられながら、口火を切った。
「それらは当家のとても大切な所有物。あなたのような方にはお見せすることも憚《はばか》られますし、お渡しすることなど絶対にあり得ません」
「エリシャ、きみは……」
毅然と言い放つ私に、父は困り果てた表情を浮かべ、ジブリールの貼り付けたような笑顔は苦笑へと変化する。
「やれやれ、困ったものですね。お父上はすべて貴女のために動かれているというのに」
「いいえ、父はあなたに惑わされているだけです。だから記憶盤を置いて今すぐここを立ち去りなさい──そうすれば、なかったことにしてあげる」
悪役令嬢の本領とばかりに、堂々たる上から目線で宣告する。その言葉でジブリールの表情から余裕が消え、空気が変わるのがわかった。
口調、声のトーン、間の取り方、そして生まれ持った品格──それらが直結して紡がれた、一瞬で場を支配し得る雄弁。もしかするとこれは、エリシャの才能と呼べるものかも知れない。
「なるほど。貴女はお父上とは違い、舌先で誤魔化せる相手ではなさそうだ」
「──父を侮辱することは許しません」
「おお、こわいこわい。ま、とは言え私を騎士団に突き出したところで、お父上も共に罪に問われるだけ。貴女にもそれ以外の選択肢はないのでしょうな」
そう言いながらジブリールは、視線をこちらに向けたまま、テーブル上の記憶盤にゆっくりと手を伸ばす。バレないとでも思っているのだろうか。
──カッ
乾いた音が響く。銀の光が空を裂き、ジブリールの指先と記憶盤の間の机上に突き刺さっていた。それは、毎日の食卓で見慣れた銀のフォークだった。
傍らのミオリに目を移すと、彼女はエプロンドレスの胸の前で交差させた両手の指の隙間、フォークとナイフとスプーンを扇状に挟んで並べ、ぎらりと銀に輝かせている。
そして三人の男たちの視線もまた、驚きをはらんで彼女に集中していた。彼らは今の今まで、そこに彼女が居ることに気付かなかったのだ。……侍女忍者すごい……。
「ほう、もしや忍か? なかなか面白い輩を飼っておいでだ」
「飼ってなどいない、彼女は私の姉も同然のひとです。やはりあなたのように無礼な輩、我が家の敷地から一刻も早く去っていただかねば」
ミオリは、こらえきれず漏れたような「ゔっ……」という謎の声を残しつつ、再び私の背後に溶け姿を消す。
対するジブリールの付き人ライルは、射線を遮るように主の前に立つ。腰の剣の柄に手を添えながら、しかしその表情は苦々しく、いや哀しげにさえ見える。
「卿、ここはエリシャ嬢に従って退きましょう。やはりこのようなやり方、帝国騎士としての信義にもとる」
ライルが発したのは、イメージ通りの誠実な言葉だった。
……そう言えば。衿沙の記憶、いつだか奈津美が熱っぽく語っていた「攻略対象ではないのに主よりはるかに人気がある従者キャラ」というのは、きっと彼のことなのだろう。
対して、その主たるジブリールは顔を伏せながら答える。
「そうか……お前がそう言うのなら、そうだな……」
顔を上げた彼が美貌に浮かべていたのは、狂気さえ漂う満面の笑み。
「よし、魔玄籠手もそれもまとめてぜんぶ頂戴していくとしよう! もちろんエリシャ嬢、貴女の御身も追加でね! いやあ、さぞ実験が捗るだろうな!」
そうして彼は自らの狂相を隠すように掲げた右手の、手首に巻かれた紅い腕輪に左手の指先を添え、直前のテンションと打って変わって厳かに、その言葉を発した。
「……纏装……」
腕輪から、紅い炎があふれ出す。それはジブリールの真っ赤な衣装をより紅く燃え上がらせ──替わりに、炎が凝結して実体化した紅いパーツが次々に体に装着されていく。
騎士が身にまとうような仰々しく鉄板を重ねた鎧とはまったく違う、曲面的なパーツと肌に密着した素体から成るそれは、まさしく特撮ヒーローを思わせる外見だった。
間違いない。アニメで見た「魔鎧」そのものだ。
「か……」
かっこいい。目の前で「変身」した実写のそれに対し漏らしかけた、特撮ヲタクとしてのごくごく素直な感嘆を、私は必死に呑み込んだ。
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