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第一部 誕嬢篇
プロトワン
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「試整壱型! もう、そこまで……」
傍らで魔鎧を目にした父の顔には、驚愕と、恐れとが浮かんでいた。
アニメで見たそれは全身が血のように真っ赤だったが、ジブリールのまとう魔鎧はところどころのパーツが不完全なのか灰色で、刻まれた幾何学状の魔紋がむき出しになっている。
「卿! こんな場所で魔鎧を使うなど!」
主の暴挙に、ライルが非難の声を挙げた。
「──煩い」
対してジブリールはその一言と同時に右腕を横薙ぎし、自分をかばっていたライルの胴を殴打していた。それだけで彼の体は軽々と宙に舞い、資料棚に激突して三列ほどを将棋倒しにする。
崩れた書類や器具に埋もれ、彼はそのまま動かなくなった。
生身の人間があの速度で吹き飛んだ事実から、その一撃の威力の大きさと、ライルが無事では済まないだろうことを理解できた。
それでも私は一歩も引かずに、ジブリールの鉄仮面で紅く仄光る、柘榴石が埋め込まれたような楔形の双眸を睨みつけていた。
「だめだエリシャ、危険すぎる…… 逃げてくれ……」
机の傍らで、どうやら腰が抜けてしまったらしい父が、それでも私の身を案じて声を上げてくれる。たしかに危険なのだろう。ただのOLだった私なら、迷わず逃げていただろう。実際、厄介ごとからはいつもそうやって逃げて我慢して、そのまま目を逸らして生きてきた。だけど。
「いいえ、お父様。ここで逃げたら私は──」
決められた運命のまま、破滅に向かうだけ。それに、ダンケルハイト家令嬢としてのエリシャが、これまで一度も逃げたことなどないと誇らしく背中を押してくれている。
「──エリシャ様──」
そのとき耳元で、私にだけ聞こえるようにミオリが囁いた。
「…………」
私も、彼女にだけ聞こえるように答えて、それから微かにうなずく。
「いやはやなんとも見上げた胆力、気に入りましたよエリシャ嬢。私はこう見えてもね、その手の女性を力で屈服させるのが大好きなんだ」
ジブリールは、ねっとりと話しながらまず机上の記憶盤を紅い装甲で覆われた右手で拾い上げ、さらに魔玄籠手へと指先を伸ばした。
「ミオリ!」
「──はい!」
合図と同時に私は、スカートの裾を両手で持ち上げながら体勢を低くした。その頭上を、ミオリが両手から放った無数のナイフとフォークが銀の流星群と化して奔る。
「はは、まだランチにも早い時間ですよ?」
紅い装甲のそこ此処に当たっては金属音を響かせ床に落ちる食器たちを、体勢を変えることもなくただ嘲笑うジブリール。だがそれは想定内。本命はナイフとフォークにまぎれて顔面に飛ぶ、二本のスプーンだ。
「あ?!」
ジブリールの鉄仮面の、紅い柘榴石の両目を覆うように、スプーンの箆の部分がぴたりと貼りついていた。
「ふざけた真似をッ」
唐突に視界を奪われ、先ほどまでの余裕はどこへやら喚きつつ両手でスプーンを引き剥がそうとするが、そこにたっぷり塗られた接着剤は蕩けたチーズのように長々と糸を引き、なにやら愉快なポーズになっている。
──その隙に私は机に駆け寄ると、いっぱいに伸ばした右手で、魔玄籠手を掴み取っていた。
「舐めるなよ小娘が! それはもう俺のモノだ!」
顔面をかきむしりようやく視界を取り戻したジブリールが、激昂しつつ籠手を奪い取ろうと赤い手を伸ばしてくる。掴まれれば、魔鎧で強化された力には絶対に敵わない。
「いいえ、これは──」
何の勝算もない無謀な行動ではない。この危機を打開する鍵は、すでに私の手にある。
「──私のための力!」
ダンケルハイト家の血筋の者にしか起動できない、魔戦士の腕を守りし神遺物──その黒く刺々しい、しかし意外と軽くて小さな籠手に、私は右手を差し入れた。
傍らで魔鎧を目にした父の顔には、驚愕と、恐れとが浮かんでいた。
アニメで見たそれは全身が血のように真っ赤だったが、ジブリールのまとう魔鎧はところどころのパーツが不完全なのか灰色で、刻まれた幾何学状の魔紋がむき出しになっている。
「卿! こんな場所で魔鎧を使うなど!」
主の暴挙に、ライルが非難の声を挙げた。
「──煩い」
対してジブリールはその一言と同時に右腕を横薙ぎし、自分をかばっていたライルの胴を殴打していた。それだけで彼の体は軽々と宙に舞い、資料棚に激突して三列ほどを将棋倒しにする。
崩れた書類や器具に埋もれ、彼はそのまま動かなくなった。
生身の人間があの速度で吹き飛んだ事実から、その一撃の威力の大きさと、ライルが無事では済まないだろうことを理解できた。
それでも私は一歩も引かずに、ジブリールの鉄仮面で紅く仄光る、柘榴石が埋め込まれたような楔形の双眸を睨みつけていた。
「だめだエリシャ、危険すぎる…… 逃げてくれ……」
机の傍らで、どうやら腰が抜けてしまったらしい父が、それでも私の身を案じて声を上げてくれる。たしかに危険なのだろう。ただのOLだった私なら、迷わず逃げていただろう。実際、厄介ごとからはいつもそうやって逃げて我慢して、そのまま目を逸らして生きてきた。だけど。
「いいえ、お父様。ここで逃げたら私は──」
決められた運命のまま、破滅に向かうだけ。それに、ダンケルハイト家令嬢としてのエリシャが、これまで一度も逃げたことなどないと誇らしく背中を押してくれている。
「──エリシャ様──」
そのとき耳元で、私にだけ聞こえるようにミオリが囁いた。
「…………」
私も、彼女にだけ聞こえるように答えて、それから微かにうなずく。
「いやはやなんとも見上げた胆力、気に入りましたよエリシャ嬢。私はこう見えてもね、その手の女性を力で屈服させるのが大好きなんだ」
ジブリールは、ねっとりと話しながらまず机上の記憶盤を紅い装甲で覆われた右手で拾い上げ、さらに魔玄籠手へと指先を伸ばした。
「ミオリ!」
「──はい!」
合図と同時に私は、スカートの裾を両手で持ち上げながら体勢を低くした。その頭上を、ミオリが両手から放った無数のナイフとフォークが銀の流星群と化して奔る。
「はは、まだランチにも早い時間ですよ?」
紅い装甲のそこ此処に当たっては金属音を響かせ床に落ちる食器たちを、体勢を変えることもなくただ嘲笑うジブリール。だがそれは想定内。本命はナイフとフォークにまぎれて顔面に飛ぶ、二本のスプーンだ。
「あ?!」
ジブリールの鉄仮面の、紅い柘榴石の両目を覆うように、スプーンの箆の部分がぴたりと貼りついていた。
「ふざけた真似をッ」
唐突に視界を奪われ、先ほどまでの余裕はどこへやら喚きつつ両手でスプーンを引き剥がそうとするが、そこにたっぷり塗られた接着剤は蕩けたチーズのように長々と糸を引き、なにやら愉快なポーズになっている。
──その隙に私は机に駆け寄ると、いっぱいに伸ばした右手で、魔玄籠手を掴み取っていた。
「舐めるなよ小娘が! それはもう俺のモノだ!」
顔面をかきむしりようやく視界を取り戻したジブリールが、激昂しつつ籠手を奪い取ろうと赤い手を伸ばしてくる。掴まれれば、魔鎧で強化された力には絶対に敵わない。
「いいえ、これは──」
何の勝算もない無謀な行動ではない。この危機を打開する鍵は、すでに私の手にある。
「──私のための力!」
ダンケルハイト家の血筋の者にしか起動できない、魔戦士の腕を守りし神遺物──その黒く刺々しい、しかし意外と軽くて小さな籠手に、私は右手を差し入れた。
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