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第一部 誕嬢篇
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「くっ、ふははっ! こいつは傑作だ!」
手首までを覆う黒い魔玄籠手を装着した私に、ジブリールが向けたのは嘲笑だった。こちらに伸ばしていた手を止めて、わざとらしく腹を抱えてのけぞる仕草までしながら。
「どうやらエリシャ嬢は神遺物というものを理解していないようだ。王国が誇る魔学者クラウス殿の娘として、どうなんだこれは?」
彼は、机の反対側で腰を抜かしているはずの我が父に、仮面の下で二ヤついているのがわかる厭らしい口調で問いかける。
「たしかに、ダンケルハイトの血族である貴女《アナタ》にはそれを起動する資格がある。しかし神遺物の起動には、少なくとも宮廷魔術師クラスの魔力量が必要なのですよ」
私は彼の偉そうな講釈に耳を傾けつつ、確かに何の反応も見せない右手とは逆の左手で、胸元の紫水晶を握りしめていた。
「しかしクラウス殿、あなたの愛娘はどうだ? お世辞にも魔力が高いとは言えなそうだが。たしか王国《こっち》でも『オマモリつき』と言うんだよな」
この世界の貴族の間には、子供が五歳になったときに「オマモリ」と呼ばれる魔力制約魔紋の刻まれた魔具を贈る習わしがあった。その五年後、十歳の誕生日にこれを手放す儀式をして、そこから後は一人前の貴族のひとりとして扱われるのだ。
日常で使う魔力に常時、緩やかな制約を設けたまま生活することで、たとえば高地トレーニングのような鍛錬とし、魔力量を底上げするというわけだ。
このことから、一人前の年齢でも魔力の低い者のことを揶揄し、まだオマモリ付けっぱなしなの? という意味で「オマモリつき」と蔑んだりする。
もしかしたら、私も学園でそう呼ばれていたかもしれない。けれど、それは別にいい。呼ばれて当然なのだから。
「……ん?」
そこでジブリールが違和感に気付く。机の傍らには、すでに父の姿はない。私の後方、資料棚の影に、ミオリに抱えられるように避難していた。
「エリシャ、どうやら僕が間違っていたようだ」
棚を支えによろよろと立ち上がった父は、静かに私に語り掛ける。
「殻にこもったきみを、僕が守らなければいけないと、そればかり考えていた。でも、きみは僕が考えているよりずっと強い子に育っていたんだね」
「……やれやれ、クラウス殿まで何を言い出すのやら。そんなに、目の前で愛娘が手足を引きちぎられる様を見たいのかなァ?」
魔鎧のせいでおかしなスイッチでも入ったのか、それともただの本性か、ジブリールはとり憑かれたようにまくしたてる。
「それも自分の研究から生まれたこの魔鎧によって! 嗚呼、なんと残酷で美しい物語だ!」
しかし、父はまるでそれが聞こえていないかのように、自分の言葉を続けるのだった。
「──その男に見せてあげなさい、きみと母さんの、絆の力を!」
お父様の言葉に背中を押されるように、私は紫水晶を握る左手に力を込めた。そして今日まで支えてくれたお母様との繋がりを、どうしても手放すことのできなかったその細い鎖を──思い切り、引きちぎっていた。
「ああ? 何をして……」
怪訝な声を上げるジブリールの前で、私は胸の奥から滾々と湧きだした熱い力が、枷を外された奔流のように──右腕の籠手に流れ込んでいくのを感じていた。
「まさか、今のそれは『オマモリ』──?!」
そう、その通り。私は、本来なら十歳──まさにお母様を喪くした齢で手放すはずだった「オマモリ」を、そのままずっと身に着けてきた。
「オマモリ」による魔力制約量は、魔力の成長にあわせるため、月日の経過に伴って加速的に増えていくようになっている。魔力を汲み出すバケツが大きくなるに従って、底に空いた穴もどんどん拡がっていくのだ。
そして魔力の成長が落ち着く十歳を越えるころには、通常ならば成長量を制約量が追い越してしまい、日常生活に支障をきたす。いわばバケツの底が、ほぼぜんぶ抜けてしまうようなもの。
「バカな、その年齢までそれを……?」
確かに、私は馬鹿だ。お母様との繋がりを途切れさせたくないばかりに、今の今まで「オマモリ」を外すことを拒否してきたのだ。それゆえの魔力量の低さだった。周囲の子供たちより五年も長く、日々増えゆく重石を付けたままで生活してきたのだ。
それをいま解き放った。お母様との絆が育んだ、私の真の魔力を。
──余剰魔力が、黒髪をふわりと扇状に持ち上げる。
「くそっ、こんなもの小娘が出せる魔力量じゃないだろ!? おいやめろっ、起動してしまうッ!」
焦りも顕わに、ジブリールは再び私の右手、紫の燐光に包まれ始めた魔玄籠手を奪い取ろうと手を伸ばしてきた。
──そして。神遺物は、起動する。
手首までを覆う黒い魔玄籠手を装着した私に、ジブリールが向けたのは嘲笑だった。こちらに伸ばしていた手を止めて、わざとらしく腹を抱えてのけぞる仕草までしながら。
「どうやらエリシャ嬢は神遺物というものを理解していないようだ。王国が誇る魔学者クラウス殿の娘として、どうなんだこれは?」
彼は、机の反対側で腰を抜かしているはずの我が父に、仮面の下で二ヤついているのがわかる厭らしい口調で問いかける。
「たしかに、ダンケルハイトの血族である貴女《アナタ》にはそれを起動する資格がある。しかし神遺物の起動には、少なくとも宮廷魔術師クラスの魔力量が必要なのですよ」
私は彼の偉そうな講釈に耳を傾けつつ、確かに何の反応も見せない右手とは逆の左手で、胸元の紫水晶を握りしめていた。
「しかしクラウス殿、あなたの愛娘はどうだ? お世辞にも魔力が高いとは言えなそうだが。たしか王国《こっち》でも『オマモリつき』と言うんだよな」
この世界の貴族の間には、子供が五歳になったときに「オマモリ」と呼ばれる魔力制約魔紋の刻まれた魔具を贈る習わしがあった。その五年後、十歳の誕生日にこれを手放す儀式をして、そこから後は一人前の貴族のひとりとして扱われるのだ。
日常で使う魔力に常時、緩やかな制約を設けたまま生活することで、たとえば高地トレーニングのような鍛錬とし、魔力量を底上げするというわけだ。
このことから、一人前の年齢でも魔力の低い者のことを揶揄し、まだオマモリ付けっぱなしなの? という意味で「オマモリつき」と蔑んだりする。
もしかしたら、私も学園でそう呼ばれていたかもしれない。けれど、それは別にいい。呼ばれて当然なのだから。
「……ん?」
そこでジブリールが違和感に気付く。机の傍らには、すでに父の姿はない。私の後方、資料棚の影に、ミオリに抱えられるように避難していた。
「エリシャ、どうやら僕が間違っていたようだ」
棚を支えによろよろと立ち上がった父は、静かに私に語り掛ける。
「殻にこもったきみを、僕が守らなければいけないと、そればかり考えていた。でも、きみは僕が考えているよりずっと強い子に育っていたんだね」
「……やれやれ、クラウス殿まで何を言い出すのやら。そんなに、目の前で愛娘が手足を引きちぎられる様を見たいのかなァ?」
魔鎧のせいでおかしなスイッチでも入ったのか、それともただの本性か、ジブリールはとり憑かれたようにまくしたてる。
「それも自分の研究から生まれたこの魔鎧によって! 嗚呼、なんと残酷で美しい物語だ!」
しかし、父はまるでそれが聞こえていないかのように、自分の言葉を続けるのだった。
「──その男に見せてあげなさい、きみと母さんの、絆の力を!」
お父様の言葉に背中を押されるように、私は紫水晶を握る左手に力を込めた。そして今日まで支えてくれたお母様との繋がりを、どうしても手放すことのできなかったその細い鎖を──思い切り、引きちぎっていた。
「ああ? 何をして……」
怪訝な声を上げるジブリールの前で、私は胸の奥から滾々と湧きだした熱い力が、枷を外された奔流のように──右腕の籠手に流れ込んでいくのを感じていた。
「まさか、今のそれは『オマモリ』──?!」
そう、その通り。私は、本来なら十歳──まさにお母様を喪くした齢で手放すはずだった「オマモリ」を、そのままずっと身に着けてきた。
「オマモリ」による魔力制約量は、魔力の成長にあわせるため、月日の経過に伴って加速的に増えていくようになっている。魔力を汲み出すバケツが大きくなるに従って、底に空いた穴もどんどん拡がっていくのだ。
そして魔力の成長が落ち着く十歳を越えるころには、通常ならば成長量を制約量が追い越してしまい、日常生活に支障をきたす。いわばバケツの底が、ほぼぜんぶ抜けてしまうようなもの。
「バカな、その年齢までそれを……?」
確かに、私は馬鹿だ。お母様との繋がりを途切れさせたくないばかりに、今の今まで「オマモリ」を外すことを拒否してきたのだ。それゆえの魔力量の低さだった。周囲の子供たちより五年も長く、日々増えゆく重石を付けたままで生活してきたのだ。
それをいま解き放った。お母様との絆が育んだ、私の真の魔力を。
──余剰魔力が、黒髪をふわりと扇状に持ち上げる。
「くそっ、こんなもの小娘が出せる魔力量じゃないだろ!? おいやめろっ、起動してしまうッ!」
焦りも顕わに、ジブリールは再び私の右手、紫の燐光に包まれ始めた魔玄籠手を奪い取ろうと手を伸ばしてきた。
──そして。神遺物は、起動する。
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