12 / 64
第一部 誕嬢篇
超越
しおりを挟む
「くっ、ふははっ! こいつは傑作だ!」
手首までを覆う黒い魔玄籠手を装着した私に、ジブリールが向けたのは嘲笑だった。こちらに伸ばしていた手を止めて、わざとらしく腹を抱えてのけぞる仕草までしながら。
「どうやらエリシャ嬢は神遺物というものを理解していないようだ。王国が誇る魔学者クラウス殿の娘として、どうなんだこれは?」
彼は、机の反対側で腰を抜かしているはずの我が父に、仮面の下で二ヤついているのがわかる厭らしい口調で問いかける。
「たしかに、ダンケルハイトの血族である貴女《アナタ》にはそれを起動する資格がある。しかし神遺物の起動には、少なくとも宮廷魔術師クラスの魔力量が必要なのですよ」
私は彼の偉そうな講釈に耳を傾けつつ、確かに何の反応も見せない右手とは逆の左手で、胸元の紫水晶を握りしめていた。
「しかしクラウス殿、あなたの愛娘はどうだ? お世辞にも魔力が高いとは言えなそうだが。たしか王国《こっち》でも『オマモリつき』と言うんだよな」
この世界の貴族の間には、子供が五歳になったときに「オマモリ」と呼ばれる魔力制約魔紋の刻まれた魔具を贈る習わしがあった。その五年後、十歳の誕生日にこれを手放す儀式をして、そこから後は一人前の貴族のひとりとして扱われるのだ。
日常で使う魔力に常時、緩やかな制約を設けたまま生活することで、たとえば高地トレーニングのような鍛錬とし、魔力量を底上げするというわけだ。
このことから、一人前の年齢でも魔力の低い者のことを揶揄し、まだオマモリ付けっぱなしなの? という意味で「オマモリつき」と蔑んだりする。
もしかしたら、私も学園でそう呼ばれていたかもしれない。けれど、それは別にいい。呼ばれて当然なのだから。
「……ん?」
そこでジブリールが違和感に気付く。机の傍らには、すでに父の姿はない。私の後方、資料棚の影に、ミオリに抱えられるように避難していた。
「エリシャ、どうやら僕が間違っていたようだ」
棚を支えによろよろと立ち上がった父は、静かに私に語り掛ける。
「殻にこもったきみを、僕が守らなければいけないと、そればかり考えていた。でも、きみは僕が考えているよりずっと強い子に育っていたんだね」
「……やれやれ、クラウス殿まで何を言い出すのやら。そんなに、目の前で愛娘が手足を引きちぎられる様を見たいのかなァ?」
魔鎧のせいでおかしなスイッチでも入ったのか、それともただの本性か、ジブリールはとり憑かれたようにまくしたてる。
「それも自分の研究から生まれたこの魔鎧によって! 嗚呼、なんと残酷で美しい物語だ!」
しかし、父はまるでそれが聞こえていないかのように、自分の言葉を続けるのだった。
「──その男に見せてあげなさい、きみと母さんの、絆の力を!」
お父様の言葉に背中を押されるように、私は紫水晶を握る左手に力を込めた。そして今日まで支えてくれたお母様との繋がりを、どうしても手放すことのできなかったその細い鎖を──思い切り、引きちぎっていた。
「ああ? 何をして……」
怪訝な声を上げるジブリールの前で、私は胸の奥から滾々と湧きだした熱い力が、枷を外された奔流のように──右腕の籠手に流れ込んでいくのを感じていた。
「まさか、今のそれは『オマモリ』──?!」
そう、その通り。私は、本来なら十歳──まさにお母様を喪くした齢で手放すはずだった「オマモリ」を、そのままずっと身に着けてきた。
「オマモリ」による魔力制約量は、魔力の成長にあわせるため、月日の経過に伴って加速的に増えていくようになっている。魔力を汲み出すバケツが大きくなるに従って、底に空いた穴もどんどん拡がっていくのだ。
そして魔力の成長が落ち着く十歳を越えるころには、通常ならば成長量を制約量が追い越してしまい、日常生活に支障をきたす。いわばバケツの底が、ほぼぜんぶ抜けてしまうようなもの。
「バカな、その年齢までそれを……?」
確かに、私は馬鹿だ。お母様との繋がりを途切れさせたくないばかりに、今の今まで「オマモリ」を外すことを拒否してきたのだ。それゆえの魔力量の低さだった。周囲の子供たちより五年も長く、日々増えゆく重石を付けたままで生活してきたのだ。
それをいま解き放った。お母様との絆が育んだ、私の真の魔力を。
──余剰魔力が、黒髪をふわりと扇状に持ち上げる。
「くそっ、こんなもの小娘が出せる魔力量じゃないだろ!? おいやめろっ、起動してしまうッ!」
焦りも顕わに、ジブリールは再び私の右手、紫の燐光に包まれ始めた魔玄籠手を奪い取ろうと手を伸ばしてきた。
──そして。神遺物は、起動する。
手首までを覆う黒い魔玄籠手を装着した私に、ジブリールが向けたのは嘲笑だった。こちらに伸ばしていた手を止めて、わざとらしく腹を抱えてのけぞる仕草までしながら。
「どうやらエリシャ嬢は神遺物というものを理解していないようだ。王国が誇る魔学者クラウス殿の娘として、どうなんだこれは?」
彼は、机の反対側で腰を抜かしているはずの我が父に、仮面の下で二ヤついているのがわかる厭らしい口調で問いかける。
「たしかに、ダンケルハイトの血族である貴女《アナタ》にはそれを起動する資格がある。しかし神遺物の起動には、少なくとも宮廷魔術師クラスの魔力量が必要なのですよ」
私は彼の偉そうな講釈に耳を傾けつつ、確かに何の反応も見せない右手とは逆の左手で、胸元の紫水晶を握りしめていた。
「しかしクラウス殿、あなたの愛娘はどうだ? お世辞にも魔力が高いとは言えなそうだが。たしか王国《こっち》でも『オマモリつき』と言うんだよな」
この世界の貴族の間には、子供が五歳になったときに「オマモリ」と呼ばれる魔力制約魔紋の刻まれた魔具を贈る習わしがあった。その五年後、十歳の誕生日にこれを手放す儀式をして、そこから後は一人前の貴族のひとりとして扱われるのだ。
日常で使う魔力に常時、緩やかな制約を設けたまま生活することで、たとえば高地トレーニングのような鍛錬とし、魔力量を底上げするというわけだ。
このことから、一人前の年齢でも魔力の低い者のことを揶揄し、まだオマモリ付けっぱなしなの? という意味で「オマモリつき」と蔑んだりする。
もしかしたら、私も学園でそう呼ばれていたかもしれない。けれど、それは別にいい。呼ばれて当然なのだから。
「……ん?」
そこでジブリールが違和感に気付く。机の傍らには、すでに父の姿はない。私の後方、資料棚の影に、ミオリに抱えられるように避難していた。
「エリシャ、どうやら僕が間違っていたようだ」
棚を支えによろよろと立ち上がった父は、静かに私に語り掛ける。
「殻にこもったきみを、僕が守らなければいけないと、そればかり考えていた。でも、きみは僕が考えているよりずっと強い子に育っていたんだね」
「……やれやれ、クラウス殿まで何を言い出すのやら。そんなに、目の前で愛娘が手足を引きちぎられる様を見たいのかなァ?」
魔鎧のせいでおかしなスイッチでも入ったのか、それともただの本性か、ジブリールはとり憑かれたようにまくしたてる。
「それも自分の研究から生まれたこの魔鎧によって! 嗚呼、なんと残酷で美しい物語だ!」
しかし、父はまるでそれが聞こえていないかのように、自分の言葉を続けるのだった。
「──その男に見せてあげなさい、きみと母さんの、絆の力を!」
お父様の言葉に背中を押されるように、私は紫水晶を握る左手に力を込めた。そして今日まで支えてくれたお母様との繋がりを、どうしても手放すことのできなかったその細い鎖を──思い切り、引きちぎっていた。
「ああ? 何をして……」
怪訝な声を上げるジブリールの前で、私は胸の奥から滾々と湧きだした熱い力が、枷を外された奔流のように──右腕の籠手に流れ込んでいくのを感じていた。
「まさか、今のそれは『オマモリ』──?!」
そう、その通り。私は、本来なら十歳──まさにお母様を喪くした齢で手放すはずだった「オマモリ」を、そのままずっと身に着けてきた。
「オマモリ」による魔力制約量は、魔力の成長にあわせるため、月日の経過に伴って加速的に増えていくようになっている。魔力を汲み出すバケツが大きくなるに従って、底に空いた穴もどんどん拡がっていくのだ。
そして魔力の成長が落ち着く十歳を越えるころには、通常ならば成長量を制約量が追い越してしまい、日常生活に支障をきたす。いわばバケツの底が、ほぼぜんぶ抜けてしまうようなもの。
「バカな、その年齢までそれを……?」
確かに、私は馬鹿だ。お母様との繋がりを途切れさせたくないばかりに、今の今まで「オマモリ」を外すことを拒否してきたのだ。それゆえの魔力量の低さだった。周囲の子供たちより五年も長く、日々増えゆく重石を付けたままで生活してきたのだ。
それをいま解き放った。お母様との絆が育んだ、私の真の魔力を。
──余剰魔力が、黒髪をふわりと扇状に持ち上げる。
「くそっ、こんなもの小娘が出せる魔力量じゃないだろ!? おいやめろっ、起動してしまうッ!」
焦りも顕わに、ジブリールは再び私の右手、紫の燐光に包まれ始めた魔玄籠手を奪い取ろうと手を伸ばしてきた。
──そして。神遺物は、起動する。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました
いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。
子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。
「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。
しかし、マリエールには秘密があった。
――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。
未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。
「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。
物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー!
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます
山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。
でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。
それを証明すれば断罪回避できるはず。
幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。
チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。
処刑5秒前だから、今すぐに!
貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ
凜
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます!
貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。
前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?
一家処刑?!まっぴらごめんですわ!!~悪役令嬢(予定)の娘といじわる(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫
むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。
笑顔が苦手な元公爵令嬢ですが、路地裏のパン屋さんで人生やり直し中です。~「悪役」なんて、もう言わせない!~
虹湖🌈
ファンタジー
不器用だっていいじゃない。焼きたてのパンがあればきっと明日は笑えるから
「悪役令嬢」と蔑まれ、婚約者にも捨てられた公爵令嬢フィオナ。彼女の唯一の慰めは、前世でパン職人だった頃の淡い記憶。居場所を失くした彼女が選んだのは、華やかな貴族社会とは無縁の、小さなパン屋を開くことだった。
人付き合いは苦手、笑顔もぎこちない。おまけにパン作りは素人も同然。
「私に、できるのだろうか……」
それでも、彼女が心を込めて焼き上げるパンは、なぜか人の心を惹きつける。幼馴染のツッコミ、忠実な執事のサポート、そしてパンの師匠との出会い。少しずつ開いていくフィオナの心と、広がっていく温かい人の輪。
これは、どん底から立ち上がり、自分の「好き」を信じて一歩ずつ前に進む少女の物語。彼女の焼くパンのように、優しくて、ちょっぴり切なくて、心がじんわり温かくなるお話です。読後、きっとあなたも誰かのために何かを作りたくなるはず。
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ライバル悪役令嬢に転生したハズがどうしてこうなった!?
だましだまし
ファンタジー
長編サイズだけど文字数的には短編の範囲です。
七歳の誕生日、ロウソクをふうっと吹き消した瞬間私の中に走馬灯が流れた。
え?何これ?私?!
どうやら私、ゲームの中に転生しちゃったっぽい!?
しかも悪役令嬢として出て来た伯爵令嬢じゃないの?
しかし流石伯爵家!使用人にかしずかれ美味しいご馳走に可愛いケーキ…ああ!最高!
ヒロインが出てくるまでまだ時間もあるし令嬢生活を満喫しよう…って毎日過ごしてたら鏡に写るこの巨体はなに!?
悪役とはいえ美少女スチルどこ行った!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる