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第一部 誕嬢篇
悪魔の右腕
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漆黒の籠手から紫の炎がたちのぼる。それは私の衣装の、袖から細腕を舐めるように延焼して肩口までを包み込んだ。
「エリシャ様ッ──!?」
悲痛な声を上げるミオリを、お父様が手で制する。大丈夫、すこしも熱くないその炎は、手首から順に凝固して漆黒の装甲になり、私の腕を鎧っていくのだ。
──それは何度となく絵物語で見た、魔戦士ダンケルハイトがまとう悪魔の如き黒鎧の腕そのものだった。
そして禍々しい漆黒の装甲で覆われた私の右手は、籠手を奪い取ろうと伸ばされたジブリールの紅い魔鎧の手首を、がっしりと掴んで固定していた。
「くそっ、なんて馬鹿力だ! 離せっ!!」
相変わらず無礼極まりない彼の弁に、ふと私の脳裏に浮かんだのは──OLとしての仕事中、何度もさりげなさを装ってボディタッチを繰り返してくる大嫌いな上司の、品のない金の腕時計をしたあの腕。
メギャッ──という聞いたことのない異音を響かせながら、黒く鋭い爪の並ぶ悪魔の手は、紅い装甲で守られたジブリールの手首を、紙細工の感触で握りつぶしていた。
「ぎゃあァうあッ──!?」
ジブリールの上げためちゃくちゃな悲鳴に、さすがに面食らい手を緩めてしまう。すかさず彼は、まるで床を転がるようにしながら壁際まで後退していった。
「くそぉ……、なんてことしてくれるんだ小娘がッ……!」
そして声を震わせ、吐き捨てるように言う。
「あら──ご免あそばせ、そんなにか弱いとは思いもよらず」
攻め手を緩めてしまった代わりに、言葉で追撃する。何も言い返せず彼は、魔鎧の上からもわかるほどに、わなわなと肩を震わせていた。
しかも、そのおかしな方向にねじ曲がった手首の周辺からは、装甲が薄赤い光の粒子に変化しつつこぼれ落ちて、大気に溶けるように消えていくのが見える。
「あれは……原型魔紋が干渉して、魔鎧の魔力結合が破壊されているのか……」
そこに聞こえたお父様の声には、驚きと共に知的好奇心の色が垣間見えた。
「ああくそっ、もういい……神遺物は女の腕ごと斬り落として持ち帰る。それでいいだろう、なあ──」
その分析を受けてなのか、ジブリールは絞り出すように自棄じみた言葉を吐き、そして誰かに向け問いかける。
「──アズライル閣下」
それに応じてゆらりと立ち上がったのは、ずっと資料に埋もれて沈黙していた彼の従者──ライル。
何事もなかったような澄まし顔でぽんぽんと服のほこりを払った彼は、乱れた七三分けの蒼髪を両手でさらにぐしゃぐしゃにしてから、撫でつけるように悠然と掻き上げて、オールバックにする。
「ああ、そうだな」
先ほどまでとは別人のような尊大さで応じた彼の、顕わになった額に仄蒼く、八肢を広げる蜘蛛のような形状の魔紋が浮かんで見えた。
──そう認識した次の瞬間には、すでに彼の姿は私の目の前に立っていて、その手の長剣を無造作に振り下ろしていた。
「エリシャ様ッ──!?」
悲痛な声を上げるミオリを、お父様が手で制する。大丈夫、すこしも熱くないその炎は、手首から順に凝固して漆黒の装甲になり、私の腕を鎧っていくのだ。
──それは何度となく絵物語で見た、魔戦士ダンケルハイトがまとう悪魔の如き黒鎧の腕そのものだった。
そして禍々しい漆黒の装甲で覆われた私の右手は、籠手を奪い取ろうと伸ばされたジブリールの紅い魔鎧の手首を、がっしりと掴んで固定していた。
「くそっ、なんて馬鹿力だ! 離せっ!!」
相変わらず無礼極まりない彼の弁に、ふと私の脳裏に浮かんだのは──OLとしての仕事中、何度もさりげなさを装ってボディタッチを繰り返してくる大嫌いな上司の、品のない金の腕時計をしたあの腕。
メギャッ──という聞いたことのない異音を響かせながら、黒く鋭い爪の並ぶ悪魔の手は、紅い装甲で守られたジブリールの手首を、紙細工の感触で握りつぶしていた。
「ぎゃあァうあッ──!?」
ジブリールの上げためちゃくちゃな悲鳴に、さすがに面食らい手を緩めてしまう。すかさず彼は、まるで床を転がるようにしながら壁際まで後退していった。
「くそぉ……、なんてことしてくれるんだ小娘がッ……!」
そして声を震わせ、吐き捨てるように言う。
「あら──ご免あそばせ、そんなにか弱いとは思いもよらず」
攻め手を緩めてしまった代わりに、言葉で追撃する。何も言い返せず彼は、魔鎧の上からもわかるほどに、わなわなと肩を震わせていた。
しかも、そのおかしな方向にねじ曲がった手首の周辺からは、装甲が薄赤い光の粒子に変化しつつこぼれ落ちて、大気に溶けるように消えていくのが見える。
「あれは……原型魔紋が干渉して、魔鎧の魔力結合が破壊されているのか……」
そこに聞こえたお父様の声には、驚きと共に知的好奇心の色が垣間見えた。
「ああくそっ、もういい……神遺物は女の腕ごと斬り落として持ち帰る。それでいいだろう、なあ──」
その分析を受けてなのか、ジブリールは絞り出すように自棄じみた言葉を吐き、そして誰かに向け問いかける。
「──アズライル閣下」
それに応じてゆらりと立ち上がったのは、ずっと資料に埋もれて沈黙していた彼の従者──ライル。
何事もなかったような澄まし顔でぽんぽんと服のほこりを払った彼は、乱れた七三分けの蒼髪を両手でさらにぐしゃぐしゃにしてから、撫でつけるように悠然と掻き上げて、オールバックにする。
「ああ、そうだな」
先ほどまでとは別人のような尊大さで応じた彼の、顕わになった額に仄蒼く、八肢を広げる蜘蛛のような形状の魔紋が浮かんで見えた。
──そう認識した次の瞬間には、すでに彼の姿は私の目の前に立っていて、その手の長剣を無造作に振り下ろしていた。
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