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第一部 誕嬢篇
従者ライル
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魔紋の人体刻印──それは「転移門」と並ぶもうひとつの禁呪「擬神化」と呼ばれるもの。ただし、禁呪である理由は前者とは異なり、とても単純だ。
それはすなわち、魔力の成長期前である五歳以下の幼な子にしか刻印を施せないこと。そして想像を絶する痛みを伴うというその施術の結果、九分九厘が適合できず死に至るという、あまりにも人道に反する行為だからだ。
ライル──いや、アズライルと呼ばれた彼の、魔鎧の一撃に(示しあわせて受け身を取ったのだとしても)耐え得る頑丈さ、瞬間移動としか思えないほどの速度、それらはおそらく擬神化による肉体強化の賜物なのだろう。
「エリシャっ!!」
父の声が鋭く響き、ミオリはその傍らでナイフを放ちつつ、前傾姿勢でこちらに駆け出す。そしてアズライルの剣はギロチンのような無慈悲さで、装甲に覆われていない私の華奢な右肩に振り下ろされてゆく。
──私はそれらの光景すべてを、スローモーションで目の当たりにしていた。
これはおそらく、脳があらゆる処理能力を危機回避のみに集中することで発生する体感時間遅延現象。特撮の演出に使われていたとき調べたので知ってる。
とは言え、自分の体もまたスローでしか動かない以上、凶刃をかわすことはできそうにない。結局のところ、私には破滅を回避することができないのか。やはり、人の身では運命の力に抗うことなど不可能なのだろうか?
──いいえ! いいえ!!
私の中に響いたのは、エリシャの声だ。現世では悪役令嬢とまで呼ばれる少女の、強くてまっすぐな声だ。
そして私は思い出す。衿沙の好きなヒーローたちもまた、どんな逆境にあっても諦めたりしなかった。それが誰かを守るためなら、絶対に退くことはなかった。
──そうだ。私はエリシャを守ると決めたのだ。
ならどうすればいい。諦めずに考えよう。そうだ、こっちは考察大好きな特撮オタクなのだから。
まず、いま魔玄籠手から作り出された装甲は私の二の腕までしかカバーできていない。しかし、この籠手をベースに作り出されたジブリールの魔鎧は全身を覆っていた。
ならば、同じことを本物にできないはずがないのではないか。つまり、充分な魔力を供給できれば肩部まで装甲を生み出して、斬撃を防げるのではないか。
私は左手に握ったままの紫水晶を、さらに強く握りしめた。エリシャを守るため、ダンケルハイト家を守るため、お母様、どうか私に力を貸して。
胸の奥から湧き上がり右腕に流れ込む魔力が、加速する。いまここで、すべて出し尽くしてもいい。
刃が寸前まで迫るなか、魔玄籠手の装甲の端から溢れた紫の炎が、私の肩をゆっくり覆っていく。それが凝結して黒い装甲に──は、ならなかった。急激に、魔力の流れは停滞していた。
──ッ!?
魔力の通路になっていた胸奥から右腕までを、凄まじい激痛が襲っていた。それにより集中が乱されたのだ。
ずっと「オマモリ」によって制限されてきた魔力をあまりに急激に放出した、その反動がいま襲ってきたのだろう。──それでも! 私はもう守ることを諦めない!
『……そう、それは誰かが誰かを守るために遺《のこ》した力』
そのとき、私の頭の中に誰かの声が響いた。エリシャではない、衿沙でもない。どことなくお母様のそれに似た、静かで凛々しくて、ひたすらに優しい女性の声だった。
そして魔力が爆発的に溢れ出す──籠手の内側から。
それは濃紫の烈火となって私のすべてを呑み込むと、炎の形状を遺した禍々しい漆黒の重装甲に凝結し、瞬く間に全身を鎧い尽くしていた。
──客観《じぶん》で見えずとも、わかりきっている。
黒き兜からは巨大な双角が天に伸びて、仮面《かお》は悪鬼の如き憤怒の形相、その中で紫水晶の双眸だけが鎮かに燿いていることだろう。
その姿こそ、エリシャが絵物語で憧れ焦がれた、魔戦士ダンケルハイトそのものだ。
それはすなわち、魔力の成長期前である五歳以下の幼な子にしか刻印を施せないこと。そして想像を絶する痛みを伴うというその施術の結果、九分九厘が適合できず死に至るという、あまりにも人道に反する行為だからだ。
ライル──いや、アズライルと呼ばれた彼の、魔鎧の一撃に(示しあわせて受け身を取ったのだとしても)耐え得る頑丈さ、瞬間移動としか思えないほどの速度、それらはおそらく擬神化による肉体強化の賜物なのだろう。
「エリシャっ!!」
父の声が鋭く響き、ミオリはその傍らでナイフを放ちつつ、前傾姿勢でこちらに駆け出す。そしてアズライルの剣はギロチンのような無慈悲さで、装甲に覆われていない私の華奢な右肩に振り下ろされてゆく。
──私はそれらの光景すべてを、スローモーションで目の当たりにしていた。
これはおそらく、脳があらゆる処理能力を危機回避のみに集中することで発生する体感時間遅延現象。特撮の演出に使われていたとき調べたので知ってる。
とは言え、自分の体もまたスローでしか動かない以上、凶刃をかわすことはできそうにない。結局のところ、私には破滅を回避することができないのか。やはり、人の身では運命の力に抗うことなど不可能なのだろうか?
──いいえ! いいえ!!
私の中に響いたのは、エリシャの声だ。現世では悪役令嬢とまで呼ばれる少女の、強くてまっすぐな声だ。
そして私は思い出す。衿沙の好きなヒーローたちもまた、どんな逆境にあっても諦めたりしなかった。それが誰かを守るためなら、絶対に退くことはなかった。
──そうだ。私はエリシャを守ると決めたのだ。
ならどうすればいい。諦めずに考えよう。そうだ、こっちは考察大好きな特撮オタクなのだから。
まず、いま魔玄籠手から作り出された装甲は私の二の腕までしかカバーできていない。しかし、この籠手をベースに作り出されたジブリールの魔鎧は全身を覆っていた。
ならば、同じことを本物にできないはずがないのではないか。つまり、充分な魔力を供給できれば肩部まで装甲を生み出して、斬撃を防げるのではないか。
私は左手に握ったままの紫水晶を、さらに強く握りしめた。エリシャを守るため、ダンケルハイト家を守るため、お母様、どうか私に力を貸して。
胸の奥から湧き上がり右腕に流れ込む魔力が、加速する。いまここで、すべて出し尽くしてもいい。
刃が寸前まで迫るなか、魔玄籠手の装甲の端から溢れた紫の炎が、私の肩をゆっくり覆っていく。それが凝結して黒い装甲に──は、ならなかった。急激に、魔力の流れは停滞していた。
──ッ!?
魔力の通路になっていた胸奥から右腕までを、凄まじい激痛が襲っていた。それにより集中が乱されたのだ。
ずっと「オマモリ」によって制限されてきた魔力をあまりに急激に放出した、その反動がいま襲ってきたのだろう。──それでも! 私はもう守ることを諦めない!
『……そう、それは誰かが誰かを守るために遺《のこ》した力』
そのとき、私の頭の中に誰かの声が響いた。エリシャではない、衿沙でもない。どことなくお母様のそれに似た、静かで凛々しくて、ひたすらに優しい女性の声だった。
そして魔力が爆発的に溢れ出す──籠手の内側から。
それは濃紫の烈火となって私のすべてを呑み込むと、炎の形状を遺した禍々しい漆黒の重装甲に凝結し、瞬く間に全身を鎧い尽くしていた。
──客観《じぶん》で見えずとも、わかりきっている。
黒き兜からは巨大な双角が天に伸びて、仮面《かお》は悪鬼の如き憤怒の形相、その中で紫水晶の双眸だけが鎮かに燿いていることだろう。
その姿こそ、エリシャが絵物語で憧れ焦がれた、魔戦士ダンケルハイトそのものだ。
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