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第一部 誕嬢篇
決着のとき
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そして時間は普段通りの速度で流れ出す。
ギィン──と高音を響かせて、アズライルの振り下ろした剣は私の肩装甲に弾かれ、刃の半ばであっさりと折れた。その切っ先側は回転しながら彼自身の顔面を襲う。
「おっと」
無造作に首を傾げてそれをかわしたアズライルは、続けて飛来するミオリの投じたナイフたちも、半分の長さの剣で易々と叩き落としていた。
その隙を狙うかのように、私の右腕がひとりでに動く。あの優しい声が『いまは任せて』と囁いた気がした。そして拳は固く握りしめられ、彼の胸の真ん中に向けて凄まじい速度の正拳突きが放たれる。
「おもしろい、おれを殺してみせろ」
不敵に笑いながら折れた剣を放り捨てたアズライルは、迫る黒き鉄拳の一撃に対し、手首を左右から両手で掴んであっさりと受け止めていた。──額の擬神化魔紋を激しく輝かせながら。
籠手の内部から放出され、魔戦士の鎧を形成した魔力は、おそらく緊急用の蓄魔器のものだろう。それは過去に籠手を使った誰かの魔力の残滓。
それが「誰か」は今は置いておく。重要なのは、そう長くは保たないだろうということ。
長引けば、不利なのはこちらだ。
「この程度か?」
失望したように吐き捨てる彼の目は、しかしそこで驚愕に見開かれた。それは私の右手を覆う、そして彼が両手で抑え込んでいる魔玄籠手が、後方に紫の炎を噴射しながら「射出」されたから。
そう、いわゆるロケットパンチである。特撮にもたまに登場する武器ではあるが、まさか自分の手からそれを放つことになるとは思いもよらなかった。
その威力たるやすさまじく、アズライルの抑え込む力をあっさり振り切って胸にめり込みながら、彼の体をお仲間が背を預けた壁の隣に磔にして、ようやく止まった。
「ゲホッ……やってくれたな……」
咳き込んだアズライルが袖で拭った口元には、べっとりと鮮血がこびりついていた。そして彼の足元に黒い籠手が転がり落ちる。ほぼ同時に、私の全身の装甲はすべて紫の炎になって散華するように消えた。
──ミオリ、お願い!
最高の姉で侍女で忍者である彼女は、私が口に出すまでもなく、籠手を取り戻さんと前傾姿勢で駆け出していた。
「まあいい、必要なものは手に入った」
対して、すでに魔鎧を解除したジブリールは、無事なほうの左手で、懐からなんらかの魔具だろう黒い鍵状の物体を取り出す。
それを彼は膝立ちで自らの足元の石床に突きたて、鍵穴があるかのようにくるりと半回転させた。
「ミオリだめ! 戻って!」
嫌な予感に突き動かされ私は制止の言葉を上げる。
応じて急停止したミオリのつまさき数センチまで、黒い円形の穴としか形容しようのないものが、ジブリールの足元を中心に床に広がっていた。
帝国から来た男二人と、その足元に転がった魔玄籠手は、まるで泥の沼に沈んでいくようにズブズブとその黒穴の中に吸い込まれていく。
ここは地下室で、それより下の階はない。しかし私は知っている。それが、あの襲撃の日に使われる禁呪「転移門」であることを。黒穴の下は地中ではなく別の空間──おそらくは帝国領のどこかに繋がっているのだろう。
「残りのすべては、次《・》までお預けだ。待っているがいい、そのときこそ──」
ジブリールの口にした「次」こそが、あの襲撃の日になるのだろう。そして見る間に肩まで沈んだ赤髪と蒼髪の二人は、それぞれに狂笑と、不敵な笑みとを浮かべて、同じ意味の台詞を吐いた。
「貴女《アナタ》は、私の実験体だ」「おまえは、おれの獲物だ」
──なんだか、すごくモテているような気がする。もちろん、すこしも嬉しくはない。
互いの言葉に憮然として睨み合ったまま彼らは地中に消え、黒穴も滲むように消えて、元通りの石床だけがそこに残る。
私の左手にはお母様の紫水晶、そして右手には、奪われた魔玄籠手のパーツだろうか、唯一残された円筒形の魔具が、無意識にぎゅっと握りしめられていた。
そしてずっと張り詰めていた何かが、ぷつんと切れる。駆け寄ったミオリの優しい腕のなかで、私の意識もまた黒い闇へと沈んでいく。
けれど私は闇の中、運命に立ち向かうひとすじの光明を見出していた。それは──
ギィン──と高音を響かせて、アズライルの振り下ろした剣は私の肩装甲に弾かれ、刃の半ばであっさりと折れた。その切っ先側は回転しながら彼自身の顔面を襲う。
「おっと」
無造作に首を傾げてそれをかわしたアズライルは、続けて飛来するミオリの投じたナイフたちも、半分の長さの剣で易々と叩き落としていた。
その隙を狙うかのように、私の右腕がひとりでに動く。あの優しい声が『いまは任せて』と囁いた気がした。そして拳は固く握りしめられ、彼の胸の真ん中に向けて凄まじい速度の正拳突きが放たれる。
「おもしろい、おれを殺してみせろ」
不敵に笑いながら折れた剣を放り捨てたアズライルは、迫る黒き鉄拳の一撃に対し、手首を左右から両手で掴んであっさりと受け止めていた。──額の擬神化魔紋を激しく輝かせながら。
籠手の内部から放出され、魔戦士の鎧を形成した魔力は、おそらく緊急用の蓄魔器のものだろう。それは過去に籠手を使った誰かの魔力の残滓。
それが「誰か」は今は置いておく。重要なのは、そう長くは保たないだろうということ。
長引けば、不利なのはこちらだ。
「この程度か?」
失望したように吐き捨てる彼の目は、しかしそこで驚愕に見開かれた。それは私の右手を覆う、そして彼が両手で抑え込んでいる魔玄籠手が、後方に紫の炎を噴射しながら「射出」されたから。
そう、いわゆるロケットパンチである。特撮にもたまに登場する武器ではあるが、まさか自分の手からそれを放つことになるとは思いもよらなかった。
その威力たるやすさまじく、アズライルの抑え込む力をあっさり振り切って胸にめり込みながら、彼の体をお仲間が背を預けた壁の隣に磔にして、ようやく止まった。
「ゲホッ……やってくれたな……」
咳き込んだアズライルが袖で拭った口元には、べっとりと鮮血がこびりついていた。そして彼の足元に黒い籠手が転がり落ちる。ほぼ同時に、私の全身の装甲はすべて紫の炎になって散華するように消えた。
──ミオリ、お願い!
最高の姉で侍女で忍者である彼女は、私が口に出すまでもなく、籠手を取り戻さんと前傾姿勢で駆け出していた。
「まあいい、必要なものは手に入った」
対して、すでに魔鎧を解除したジブリールは、無事なほうの左手で、懐からなんらかの魔具だろう黒い鍵状の物体を取り出す。
それを彼は膝立ちで自らの足元の石床に突きたて、鍵穴があるかのようにくるりと半回転させた。
「ミオリだめ! 戻って!」
嫌な予感に突き動かされ私は制止の言葉を上げる。
応じて急停止したミオリのつまさき数センチまで、黒い円形の穴としか形容しようのないものが、ジブリールの足元を中心に床に広がっていた。
帝国から来た男二人と、その足元に転がった魔玄籠手は、まるで泥の沼に沈んでいくようにズブズブとその黒穴の中に吸い込まれていく。
ここは地下室で、それより下の階はない。しかし私は知っている。それが、あの襲撃の日に使われる禁呪「転移門」であることを。黒穴の下は地中ではなく別の空間──おそらくは帝国領のどこかに繋がっているのだろう。
「残りのすべては、次《・》までお預けだ。待っているがいい、そのときこそ──」
ジブリールの口にした「次」こそが、あの襲撃の日になるのだろう。そして見る間に肩まで沈んだ赤髪と蒼髪の二人は、それぞれに狂笑と、不敵な笑みとを浮かべて、同じ意味の台詞を吐いた。
「貴女《アナタ》は、私の実験体だ」「おまえは、おれの獲物だ」
──なんだか、すごくモテているような気がする。もちろん、すこしも嬉しくはない。
互いの言葉に憮然として睨み合ったまま彼らは地中に消え、黒穴も滲むように消えて、元通りの石床だけがそこに残る。
私の左手にはお母様の紫水晶、そして右手には、奪われた魔玄籠手のパーツだろうか、唯一残された円筒形の魔具が、無意識にぎゅっと握りしめられていた。
そしてずっと張り詰めていた何かが、ぷつんと切れる。駆け寄ったミオリの優しい腕のなかで、私の意識もまた黒い闇へと沈んでいく。
けれど私は闇の中、運命に立ち向かうひとすじの光明を見出していた。それは──
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