28 / 64
第二部 炎嬢編
ノルカソルカ
しおりを挟む
エリシャが敢えて悪役令嬢を演じていた、ということは理解した。
そうだとして、今の私はそれと同じことをするべきだろうか。だって、自分だけを悪者に──犠牲にするなんて、結局あの「悲劇的結末」となにも変わらないんじゃないか。
──ねえ、エリシャ。私達でもっと良いやり方を、探そう?
私は自分の中にそう語りかけて、それから口を開いた。
「……そうね……すこし、やり方を変えてみようと思っていたの」
「ふうん? それは、どんなふうに」
「まだ考えてるところ。ただ、ひとつお願いがあって」
訝しげに問いを返すユーリイの目を、まっすぐに見つめて。
「あなたにも、手伝ってほしい」
そう訴えかけた。これは、賭けだった。
ここまでのやりとりで、どうやら彼がエリシャを大好きらしいということはだいたいわかった。
エリシャとしてはあまり認めたくないようだが、衿沙さんの目は誤魔化せないぞ。だからこそ、彼は私の変化を敏感に感じ取って、別人とまで言い切ったのだろう。
「……えっ……」
意表を突かれて固まる彼。あのエリシャが──誰のことも信じない孤高の彼女が、自分に頼ってくるなどありえないと思っていたことだろう。
彼がそれを「やはり別人」と受け取るのか、それとも。
「……俺に、なにをしろって言うんだ? いや、まだ君をエリシャと認めたわけじゃない……けどまあ、その、話ぐらいは聞いておいてもいいかな……」
急に眼を泳がせながら、言い訳じみた言葉をもごもごと口にする。──そう、別人と受け取るか、それとも大好きなひとに頼られた嬉しさが勝るか、という賭け。
その結果は、少なくとも私の大敗けではなさそうだ。
「だから、それはもう少し考えさせて。けどあなたが協力してくれるなら、きっとうまくできると思うの」
言って、ふわりと微笑んで見せる。それは心の底から、エリシャと衿沙の総意だった。第三王子であり、頭も切れる彼が味方になってくれるなら、これほど心強いことはない。
「……ああ……わかったよ。きみを、エリシャと認めたわけじゃないけれど」
すこし私の微笑に見惚れてから、彼は言った。そしてふと思い出したように手をぽんと叩いて、言葉を続ける。
「それともうひとつ。きみのお父様の話だ」
言われてみれば、もともとそれで呼び出されたのだった。一難去ってまた一難か……と私が内心で頭を抱えかけたとき、唐突に、教室の外から何やら喧騒が聞こえはじめる。
数人が廊下を走っていく足音がして、私は驚いてそちらに目を向けた。それは本来、厳格な校則のもと絶対に禁じられている行為である。あきらかに何らかの非常事態が起きている。
『エリシャ様。外から聞こえる声を拾ったのですが』
姿なきミオリの囁き声が、耳元にそう告げる。
つい先日、彼女のこういった遠聞・遠話は「風話」という忍術だと教えてもらったばかりだ。
で、そもそも忍術とは何かと言えば、忍道具と呼ばれる専用の魔具とその使用技術をまとめて体系化したもの──と、ここまでは話してくれたのだが、それ以上は門外不出とのこと。
『学園内に複数の魔物が出現したようです』
「──なんですって?!」
ありえない話に、私は思わず声に出して聞き返していた。
そうだとして、今の私はそれと同じことをするべきだろうか。だって、自分だけを悪者に──犠牲にするなんて、結局あの「悲劇的結末」となにも変わらないんじゃないか。
──ねえ、エリシャ。私達でもっと良いやり方を、探そう?
私は自分の中にそう語りかけて、それから口を開いた。
「……そうね……すこし、やり方を変えてみようと思っていたの」
「ふうん? それは、どんなふうに」
「まだ考えてるところ。ただ、ひとつお願いがあって」
訝しげに問いを返すユーリイの目を、まっすぐに見つめて。
「あなたにも、手伝ってほしい」
そう訴えかけた。これは、賭けだった。
ここまでのやりとりで、どうやら彼がエリシャを大好きらしいということはだいたいわかった。
エリシャとしてはあまり認めたくないようだが、衿沙さんの目は誤魔化せないぞ。だからこそ、彼は私の変化を敏感に感じ取って、別人とまで言い切ったのだろう。
「……えっ……」
意表を突かれて固まる彼。あのエリシャが──誰のことも信じない孤高の彼女が、自分に頼ってくるなどありえないと思っていたことだろう。
彼がそれを「やはり別人」と受け取るのか、それとも。
「……俺に、なにをしろって言うんだ? いや、まだ君をエリシャと認めたわけじゃない……けどまあ、その、話ぐらいは聞いておいてもいいかな……」
急に眼を泳がせながら、言い訳じみた言葉をもごもごと口にする。──そう、別人と受け取るか、それとも大好きなひとに頼られた嬉しさが勝るか、という賭け。
その結果は、少なくとも私の大敗けではなさそうだ。
「だから、それはもう少し考えさせて。けどあなたが協力してくれるなら、きっとうまくできると思うの」
言って、ふわりと微笑んで見せる。それは心の底から、エリシャと衿沙の総意だった。第三王子であり、頭も切れる彼が味方になってくれるなら、これほど心強いことはない。
「……ああ……わかったよ。きみを、エリシャと認めたわけじゃないけれど」
すこし私の微笑に見惚れてから、彼は言った。そしてふと思い出したように手をぽんと叩いて、言葉を続ける。
「それともうひとつ。きみのお父様の話だ」
言われてみれば、もともとそれで呼び出されたのだった。一難去ってまた一難か……と私が内心で頭を抱えかけたとき、唐突に、教室の外から何やら喧騒が聞こえはじめる。
数人が廊下を走っていく足音がして、私は驚いてそちらに目を向けた。それは本来、厳格な校則のもと絶対に禁じられている行為である。あきらかに何らかの非常事態が起きている。
『エリシャ様。外から聞こえる声を拾ったのですが』
姿なきミオリの囁き声が、耳元にそう告げる。
つい先日、彼女のこういった遠聞・遠話は「風話」という忍術だと教えてもらったばかりだ。
で、そもそも忍術とは何かと言えば、忍道具と呼ばれる専用の魔具とその使用技術をまとめて体系化したもの──と、ここまでは話してくれたのだが、それ以上は門外不出とのこと。
『学園内に複数の魔物が出現したようです』
「──なんですって?!」
ありえない話に、私は思わず声に出して聞き返していた。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました
いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。
子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。
「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。
しかし、マリエールには秘密があった。
――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。
未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。
「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。
物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー!
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます
山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。
でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。
それを証明すれば断罪回避できるはず。
幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。
チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。
処刑5秒前だから、今すぐに!
貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ
凜
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます!
貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。
前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?
一家処刑?!まっぴらごめんですわ!!~悪役令嬢(予定)の娘といじわる(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫
むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。
笑顔が苦手な元公爵令嬢ですが、路地裏のパン屋さんで人生やり直し中です。~「悪役」なんて、もう言わせない!~
虹湖🌈
ファンタジー
不器用だっていいじゃない。焼きたてのパンがあればきっと明日は笑えるから
「悪役令嬢」と蔑まれ、婚約者にも捨てられた公爵令嬢フィオナ。彼女の唯一の慰めは、前世でパン職人だった頃の淡い記憶。居場所を失くした彼女が選んだのは、華やかな貴族社会とは無縁の、小さなパン屋を開くことだった。
人付き合いは苦手、笑顔もぎこちない。おまけにパン作りは素人も同然。
「私に、できるのだろうか……」
それでも、彼女が心を込めて焼き上げるパンは、なぜか人の心を惹きつける。幼馴染のツッコミ、忠実な執事のサポート、そしてパンの師匠との出会い。少しずつ開いていくフィオナの心と、広がっていく温かい人の輪。
これは、どん底から立ち上がり、自分の「好き」を信じて一歩ずつ前に進む少女の物語。彼女の焼くパンのように、優しくて、ちょっぴり切なくて、心がじんわり温かくなるお話です。読後、きっとあなたも誰かのために何かを作りたくなるはず。
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ライバル悪役令嬢に転生したハズがどうしてこうなった!?
だましだまし
ファンタジー
長編サイズだけど文字数的には短編の範囲です。
七歳の誕生日、ロウソクをふうっと吹き消した瞬間私の中に走馬灯が流れた。
え?何これ?私?!
どうやら私、ゲームの中に転生しちゃったっぽい!?
しかも悪役令嬢として出て来た伯爵令嬢じゃないの?
しかし流石伯爵家!使用人にかしずかれ美味しいご馳走に可愛いケーキ…ああ!最高!
ヒロインが出てくるまでまだ時間もあるし令嬢生活を満喫しよう…って毎日過ごしてたら鏡に写るこの巨体はなに!?
悪役とはいえ美少女スチルどこ行った!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる