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第二部 炎嬢編
忍ぶもの
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この王都は、周囲を魔紋強化された壁が守る城郭都市である。
そして王立学園は、パラディオン王城の敷地に隣接して建てられている。つまり、王都のほぼ中心部に位置しているのだ。
しかも、前身が騎士や魔術士など国を守る兵士のための訓練施設だったということもあって、建物自体も堅牢な石作りになっている。
その内部まで魔物が侵入するなどということは、本来ありえるはずがないことだった。
「──なんですって?!」
思わず声に出して聞き返してしまった私は、慌ててユーリイの方を見る。彼は彼で、背後に立つ男子生徒と小声で何事かを話していた。
──っていうか誰? いつからそこに居たの?
よく見ると、その黒髪の短髪に精悍な顔つきは見覚えがあった。彼も私のクラスメイトで、名はジン・ブライスという。
会話しているところをいま初めて見たくらいに、誰よりも物静かで、正直に言ってしまえばとても印象の薄い少年である。しかし、彼がなぜ……
『彼はユーリイ様の密偵です。私と同じく、忍びの技を受け継ぐ者かと』
ミオリの囁きが答え合わせをしてくれた。密偵まで使っているとは、なかなかに本格的な切れ者だ。やはり、できれば味方にしておいた方がよさそう。
「いやー、まいったなー。いろいろと、まずいことになっているようだ」
当のユーリイは、頬をぽりぽりと掻きながら呟く。
「とりあえず、この話はまた後で。一応これでも王子として責務があるからね」
その肩越しでジン君が、無表情のまま軽く会釈をしてきた。
「──ひとつ私の方から、そこの者によろしいかな」
そして、年齢を疑いたくなるくらい落ち着いた渋い声と口調で、彼は私のかたわらの、ミオリが潜んでいると思われる机の方に声をかけた。
「容易く気配を悟らせるようでは、主をお守りすること適わぬぞ」
すこしの沈黙。ちょっとなんなの、うちのミオリにケチ付けないでもらえるかしら。
「ええ、おっしゃる通りです」
しかしミオリの声が聞こえたのは、彼の背後から。いつの間にか──いや、最初からそうしていたかのように、私と同じ灰色の王立学園制服をまとった彼女はそこに立っていた。
「──フェイクか。ならば、先に気取られたのは私のほうか」
動じた様子もなく淡々と話す彼は、ミオリに背後から武器を突きつけられているのだろう、ゆっくりと両手を挙げて無抵抗をアピールする。
「はー、すごいな。うちのジンの裏をかくとはね」
「……アイゼン流の継承者が、たった三年で奥義を極めた天才少女だという話、どうやら根も葉もない噂ではなさそうだ」
ユーリイとジンの賞賛が自分のことのように嬉しくて、ちょっとにやけてしまう。どうやらうちのお姉ちゃんは、同業者から見てもすごいらしい。
「お褒め頂いたついでに、僭越ながら私からもひとつユーリイ殿下によろしいでしょうか」
「えっ、俺に? なんだろ……」
本心からなのか疑わしい、きょとんとした表情を見せながら、指命されたユーリイはジンをはさんでミオリと向きあう。
「獅子の仔、三日会わずばその牙を恐れよ──。これは、東方の格言です」
彼女が口にしたのは、どこかで聞いたような、でも少し違うフレーズだった。
「ああ、知っているよ。志を持って学ぶものは、ほんの三日でも別人のように成長する、って話だろ」
「はい。さすがです」
──東方の知識にまで通じているのか。
「確かに、お嬢様は突然に変わられました。でも、その根は以前のままです。自分の身を盾にしてでも誰かを守ろうとする想いは、より強くなったくらいです」
私は、そのやりとりを黙って聞いている。ミオリがそう思ってくれていることは、素直に嬉しかった。
「私には、抑えていたものが溢れ出しただけのようにも思えます。殿下にも──いいえ殿下になら、それがわかるはず」
落ちたしばしの沈黙を、部屋の外の喧騒がかき消す。そして、ユーリイは口を開いた。
「…………例の情報を彼女たちに」
無言でうなずいたジンは、胸ポケットから取り出した手のひらサイズの四角い魔紋記憶盤を、背後のミオリの頭上に向けて放物線を描き放り上げる。
片手を上げて、落下してきたそれをキャッチするミオリ。その一瞬にジンはするりとその場から逃れ、真上に跳躍して姿を消した。見ると天井のパネルがひとつだけ外されて、四角い穴が開いている。
ちなみにミオリが彼の背中に突きつけていたのは、お馴染みの銀のスプーンだった。
「うーん、王家付密偵も形無しだな。まあ、つまり彼女と居ればきみは安全ということか」
ユーリイは苦笑して、片手をひらひらと振りつつ。
「魔物の発生源はおそらく、地下迷宮だ。だから、入口のある中庭の方には絶対に近付かないように」
そう言い残して、飄々と部屋を去っていくのだった。
なるほど、魔物は外部からではなく、内部から出現したということか。
──さて、それじゃ。
「エリオットに変装して、中庭に向かうわ」
「御意っ──!」
気のせいだろうか、ミオリの返答はなんだか妙に嬉しそうだった。
そして王立学園は、パラディオン王城の敷地に隣接して建てられている。つまり、王都のほぼ中心部に位置しているのだ。
しかも、前身が騎士や魔術士など国を守る兵士のための訓練施設だったということもあって、建物自体も堅牢な石作りになっている。
その内部まで魔物が侵入するなどということは、本来ありえるはずがないことだった。
「──なんですって?!」
思わず声に出して聞き返してしまった私は、慌ててユーリイの方を見る。彼は彼で、背後に立つ男子生徒と小声で何事かを話していた。
──っていうか誰? いつからそこに居たの?
よく見ると、その黒髪の短髪に精悍な顔つきは見覚えがあった。彼も私のクラスメイトで、名はジン・ブライスという。
会話しているところをいま初めて見たくらいに、誰よりも物静かで、正直に言ってしまえばとても印象の薄い少年である。しかし、彼がなぜ……
『彼はユーリイ様の密偵です。私と同じく、忍びの技を受け継ぐ者かと』
ミオリの囁きが答え合わせをしてくれた。密偵まで使っているとは、なかなかに本格的な切れ者だ。やはり、できれば味方にしておいた方がよさそう。
「いやー、まいったなー。いろいろと、まずいことになっているようだ」
当のユーリイは、頬をぽりぽりと掻きながら呟く。
「とりあえず、この話はまた後で。一応これでも王子として責務があるからね」
その肩越しでジン君が、無表情のまま軽く会釈をしてきた。
「──ひとつ私の方から、そこの者によろしいかな」
そして、年齢を疑いたくなるくらい落ち着いた渋い声と口調で、彼は私のかたわらの、ミオリが潜んでいると思われる机の方に声をかけた。
「容易く気配を悟らせるようでは、主をお守りすること適わぬぞ」
すこしの沈黙。ちょっとなんなの、うちのミオリにケチ付けないでもらえるかしら。
「ええ、おっしゃる通りです」
しかしミオリの声が聞こえたのは、彼の背後から。いつの間にか──いや、最初からそうしていたかのように、私と同じ灰色の王立学園制服をまとった彼女はそこに立っていた。
「──フェイクか。ならば、先に気取られたのは私のほうか」
動じた様子もなく淡々と話す彼は、ミオリに背後から武器を突きつけられているのだろう、ゆっくりと両手を挙げて無抵抗をアピールする。
「はー、すごいな。うちのジンの裏をかくとはね」
「……アイゼン流の継承者が、たった三年で奥義を極めた天才少女だという話、どうやら根も葉もない噂ではなさそうだ」
ユーリイとジンの賞賛が自分のことのように嬉しくて、ちょっとにやけてしまう。どうやらうちのお姉ちゃんは、同業者から見てもすごいらしい。
「お褒め頂いたついでに、僭越ながら私からもひとつユーリイ殿下によろしいでしょうか」
「えっ、俺に? なんだろ……」
本心からなのか疑わしい、きょとんとした表情を見せながら、指命されたユーリイはジンをはさんでミオリと向きあう。
「獅子の仔、三日会わずばその牙を恐れよ──。これは、東方の格言です」
彼女が口にしたのは、どこかで聞いたような、でも少し違うフレーズだった。
「ああ、知っているよ。志を持って学ぶものは、ほんの三日でも別人のように成長する、って話だろ」
「はい。さすがです」
──東方の知識にまで通じているのか。
「確かに、お嬢様は突然に変わられました。でも、その根は以前のままです。自分の身を盾にしてでも誰かを守ろうとする想いは、より強くなったくらいです」
私は、そのやりとりを黙って聞いている。ミオリがそう思ってくれていることは、素直に嬉しかった。
「私には、抑えていたものが溢れ出しただけのようにも思えます。殿下にも──いいえ殿下になら、それがわかるはず」
落ちたしばしの沈黙を、部屋の外の喧騒がかき消す。そして、ユーリイは口を開いた。
「…………例の情報を彼女たちに」
無言でうなずいたジンは、胸ポケットから取り出した手のひらサイズの四角い魔紋記憶盤を、背後のミオリの頭上に向けて放物線を描き放り上げる。
片手を上げて、落下してきたそれをキャッチするミオリ。その一瞬にジンはするりとその場から逃れ、真上に跳躍して姿を消した。見ると天井のパネルがひとつだけ外されて、四角い穴が開いている。
ちなみにミオリが彼の背中に突きつけていたのは、お馴染みの銀のスプーンだった。
「うーん、王家付密偵も形無しだな。まあ、つまり彼女と居ればきみは安全ということか」
ユーリイは苦笑して、片手をひらひらと振りつつ。
「魔物の発生源はおそらく、地下迷宮だ。だから、入口のある中庭の方には絶対に近付かないように」
そう言い残して、飄々と部屋を去っていくのだった。
なるほど、魔物は外部からではなく、内部から出現したということか。
──さて、それじゃ。
「エリオットに変装して、中庭に向かうわ」
「御意っ──!」
気のせいだろうか、ミオリの返答はなんだか妙に嬉しそうだった。
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