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第二部 炎嬢編
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「ところで、エリオットくんはどこのクラスなんですか?」
安息地点──魔物避け聖魔紋が刻まれた扉の向こうの、殺風景な小部屋にて。地上への簡単な状況報告を終えたラファエルが、私に問いかけてきた。
「そっ、そそそれはあれだよね! 編入が決まったばかりだから、まだクラスは決まってなくて……!」
マリカが慌てて助け船を出してくれるけれど、その船は残念ながら泥船だ。これでは逆に怪しまれてしまうだろう。
「なるほど、そういうこともあるんですねえ。そうか、マリカくんも編入組だから詳しいわけか。ん? でも、そうなってくると──」
そこで何かに勘付いたようにラファエルは、マリカと私の顔を交互に見て、言った。
「──それで二人は仲良しなのですね! いやあ、僕も一度くらいは経験してみたいものです、編入……」
……怪しまれてしまうだろう、相手がラファエルでなければ。
この第二王子殿下は、とにかく優しい。
優しいという言葉で括っていいのか多少の疑問はあるし、実際、口さがない者たちは影で彼を嘲ったりしているらしい。
けれどエリシャにとっては以前からずっと、誰よりも優しいひと、だった。
「まあ、いろいろ事情もあるのかも知れませんが、改めてよろしくお願いしますね。そちらの影狐さんも」
そう言って微笑む、何もかも受け入れてくれる海のような深青色の瞳を見ていると、彼にはすべて話してしまいたいという衝動に駆られる。
彼とはじめて会ったのは、お母様の葬儀の日のことだ。お母様の級友にして親友だった王妃様とともに、そこに参列していた十二歳のラファエルが、ひとり泣きはらしていた十歳の私のところに近寄ってきた。
そして何も言わずに、小さな杖の先から飴玉サイズの「ちびメラるん」を生み出してみせてくれたのだった。
エリシャの差し出した手のひらにちょこんと乗ったその子は、ほんわりと暖かくて、彼が去った後も、裏方のお仕事を終えたミオリが隣に戻ってくるまでずっと見守ってくれて、その後いつの間にか消えていた。
今考えると、さりげない優しさもさることながら、天才的な魔力操作技術にも舌を巻く。
「──ああ。それじゃあ、先を急ごう」
私は目を逸らしながら、つとめて無愛想にそれだけ言って、安息地点から再び迷宮の通路に足を踏み出す。ここから先に進めば第二区郭ということになる。外観上の変化は、特に見られないようだが。
「そこの十字路はまっすぐ、その先のつきあたりを右ね」
迷わず言い切るマリカの勘によって、ここまで道に迷うことは一切なかった。そんな彼女が急に足を止め、すこし首をかしげながらラファエルに伝える。
「先輩、次の角の先にまた瘴犬三匹……だと思います」
「りょうかい。さあ、紅蓮と燃やせ──メラるん!」
すぽんぽんぽん、快音と共に飛び立って角の向こうに消えてゆくメラるんたち、だが。
「──みんな、すこし待ってね」
静かに制止の言葉を口にするラファエル。
同時に、角の向こう側から瘴犬が、こちらを伺うように赤黒い顔だけをのぞかせた。……倒せなかった?
そして私は、その顔の位置が妙に高いことに違和感を覚える。私の目線と同じくらいなのに、首の角度はまるで屈みこんでいるようだった。そもそも顔自体が、これまで遭遇したものより一回り以上大きいような気が、する。
──そして、その口元。乱杭歯に挟まれもがいていたメラるんを、ぐしゃりと噛み潰す。火の粉になって消えるそれを、私たちに見せつけるように。
続いて残る二匹も上下に顔を出し、目も耳もない口だけの魔獣の頭部が三つ、並んだ。
影狐がすっと前に出る。私は黒い装甲で覆われた右腕に、魔力を集中させる。
「先遣隊のリヒトからも、通常より大型で魔力耐性の高い個体と遭遇して、さほど問題なくやっつけたという報告があったよ。ただ、それは第二区郭の最奥を守るエリアボスだったようだけど」
あくまで平静なラファエルの言葉を、否定するように。瘴犬は悠然とその全身を、角の向こうから私たちの前に現した。
「……ごめんなさい。三匹じゃなく、一匹だけだったみたい」
通路を塞ぐほどの巨体を見上げながら、マリカが今日はじめて外れた勘を詫びるが、もちろん誰もそのことを責めたりはしない。完全な外れというわけでもなかったし。
──何せそいつには、頭部が三つあったから。
「……瘴獄狼……」
ラファエルがぼそりと呟いた。お伽噺の中でしか目にしたことのない、その名を。
安息地点──魔物避け聖魔紋が刻まれた扉の向こうの、殺風景な小部屋にて。地上への簡単な状況報告を終えたラファエルが、私に問いかけてきた。
「そっ、そそそれはあれだよね! 編入が決まったばかりだから、まだクラスは決まってなくて……!」
マリカが慌てて助け船を出してくれるけれど、その船は残念ながら泥船だ。これでは逆に怪しまれてしまうだろう。
「なるほど、そういうこともあるんですねえ。そうか、マリカくんも編入組だから詳しいわけか。ん? でも、そうなってくると──」
そこで何かに勘付いたようにラファエルは、マリカと私の顔を交互に見て、言った。
「──それで二人は仲良しなのですね! いやあ、僕も一度くらいは経験してみたいものです、編入……」
……怪しまれてしまうだろう、相手がラファエルでなければ。
この第二王子殿下は、とにかく優しい。
優しいという言葉で括っていいのか多少の疑問はあるし、実際、口さがない者たちは影で彼を嘲ったりしているらしい。
けれどエリシャにとっては以前からずっと、誰よりも優しいひと、だった。
「まあ、いろいろ事情もあるのかも知れませんが、改めてよろしくお願いしますね。そちらの影狐さんも」
そう言って微笑む、何もかも受け入れてくれる海のような深青色の瞳を見ていると、彼にはすべて話してしまいたいという衝動に駆られる。
彼とはじめて会ったのは、お母様の葬儀の日のことだ。お母様の級友にして親友だった王妃様とともに、そこに参列していた十二歳のラファエルが、ひとり泣きはらしていた十歳の私のところに近寄ってきた。
そして何も言わずに、小さな杖の先から飴玉サイズの「ちびメラるん」を生み出してみせてくれたのだった。
エリシャの差し出した手のひらにちょこんと乗ったその子は、ほんわりと暖かくて、彼が去った後も、裏方のお仕事を終えたミオリが隣に戻ってくるまでずっと見守ってくれて、その後いつの間にか消えていた。
今考えると、さりげない優しさもさることながら、天才的な魔力操作技術にも舌を巻く。
「──ああ。それじゃあ、先を急ごう」
私は目を逸らしながら、つとめて無愛想にそれだけ言って、安息地点から再び迷宮の通路に足を踏み出す。ここから先に進めば第二区郭ということになる。外観上の変化は、特に見られないようだが。
「そこの十字路はまっすぐ、その先のつきあたりを右ね」
迷わず言い切るマリカの勘によって、ここまで道に迷うことは一切なかった。そんな彼女が急に足を止め、すこし首をかしげながらラファエルに伝える。
「先輩、次の角の先にまた瘴犬三匹……だと思います」
「りょうかい。さあ、紅蓮と燃やせ──メラるん!」
すぽんぽんぽん、快音と共に飛び立って角の向こうに消えてゆくメラるんたち、だが。
「──みんな、すこし待ってね」
静かに制止の言葉を口にするラファエル。
同時に、角の向こう側から瘴犬が、こちらを伺うように赤黒い顔だけをのぞかせた。……倒せなかった?
そして私は、その顔の位置が妙に高いことに違和感を覚える。私の目線と同じくらいなのに、首の角度はまるで屈みこんでいるようだった。そもそも顔自体が、これまで遭遇したものより一回り以上大きいような気が、する。
──そして、その口元。乱杭歯に挟まれもがいていたメラるんを、ぐしゃりと噛み潰す。火の粉になって消えるそれを、私たちに見せつけるように。
続いて残る二匹も上下に顔を出し、目も耳もない口だけの魔獣の頭部が三つ、並んだ。
影狐がすっと前に出る。私は黒い装甲で覆われた右腕に、魔力を集中させる。
「先遣隊のリヒトからも、通常より大型で魔力耐性の高い個体と遭遇して、さほど問題なくやっつけたという報告があったよ。ただ、それは第二区郭の最奥を守るエリアボスだったようだけど」
あくまで平静なラファエルの言葉を、否定するように。瘴犬は悠然とその全身を、角の向こうから私たちの前に現した。
「……ごめんなさい。三匹じゃなく、一匹だけだったみたい」
通路を塞ぐほどの巨体を見上げながら、マリカが今日はじめて外れた勘を詫びるが、もちろん誰もそのことを責めたりはしない。完全な外れというわけでもなかったし。
──何せそいつには、頭部が三つあったから。
「……瘴獄狼……」
ラファエルがぼそりと呟いた。お伽噺の中でしか目にしたことのない、その名を。
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