断罪魔嬢・ザ・ダークヒーロー ~破滅のさだめの令嬢は黒き魔鎧で無双する〜

草葉ノカゲ

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第二部 炎嬢編

魔獣咆哮

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 「……瘴獄狼ケルベロス……」

 ラファエルが、その名をぼそりと呟く。

 ──うん、特撮でもこれほど大物のCGモンスターとなると、劇場版か年末商戦の時期でなければなかなかお目に掛かれない。眼福眼福。

 などと、ありがたがっている場合でないのはわかっている。けれども、瞬時に視点を客観オタク化できるのは、きっと私のこの世界における強みだと思うの。

 赤黒い剛毛で覆われた巨獣は、目鼻のない三つの頭部から私たちパーティ、大きく裂けた口元を笑みのように歪める。そこに、いつかの瘴鬼ゴブリンの面影がちらついた。

 たしか、迷宮内の魔物は『弱体化』されているのではなく、こちらのレベルに合わせて『調整』されているようだ──それが先遣隊からの報告だったはず。

 つまりリヒトたち先遣隊エリートの強さに合わせて魔物が強化された結果、こんな高位の魔物が出現ポップしたという可能性がある。
 更に言うなら、先遣隊の前にこの迷宮に挑んだのは二人──試作魔鎧ジブリール偽神化皇子アズライルである。もし、挑戦者の戦闘能力の平均値に合わせて魔物の強さが引き上げられているとしたら……?

 これ以上は考察したくもないが、第二区郭のエリアボスと思われる存在が序盤まで移動してきているという事実も見逃せない。放置したら、こんな魔物ものが地上まで出てしまうこともあり得るということだ。
 
 そして、迷宮からいちばん近いのは私の教室クラスだ。

「──ここで倒そう」

 私の決意ことばに、うなずく三人。その意味を察したかのように瘴獄狼ケルベロスも動いた。
 並ぶ三つ首の下で、象のように太い右の前足をゆっくりともたげる。その先には蛮刀シミターじみた爪が並び、できれば正面から戦うよりも側面や背後に回り込みたいと思ってしまうが、通路の八割を塞ぐ巨体に対してそれは叶わぬ望みだろう。

 パーティ戦の基本は役割分担である、と戦闘理論Ⅰの学科で習った。
 騎士ナイト戦士ウォリアーが敵と対峙し戦線を固定する。
 遊撃手アタッカー魔術士マジシャンがそれぞれの得意位置から攻撃を担い。
 神官プリーストが治癒や防御で支える。

 このパーティならば魔戦士たる私が戦線を固定する役割だ。
 魔術師ラファエルが杖を掲げて目を閉じ、魔力を集中させている姿を横目に捉えつつ、私はひとり瘴獄狼ケルベロスの前に歩を進める。左手は上着のポケットにしまい、黒い装甲まとった右手を、無造作にだらりとぶら下げ揺らしながら。
 
 ラファエルにがあるなら、時間さえ稼げばいい。
 背中は影狐に任せればいい。多少の傷はマリカが治癒してくれるはずだ。
 ほんのひと月前のエリシャわたしは、いくらパーティ戦の知識があっても、こんな風に仲間パーティにすべてを委ねることはできなかっただろう。

 ──今は、違う。

 そういえば、ラファエルと影狐とマリカ、そしてエリシャ わたし 衿沙わたしでちょうど五人──強敵に仲間と力を合わせて挑むのは、戦隊モノの基本。 
 私は大きく敵の間合いに踏み込んだ。右腕を水平に払い、迎え撃つ巨獣の爪をはげしく弾く。

 零星籠手レイガントレットの装甲をまとっているのは右腕だけだが、そこから衣服の下をワイヤー状の簡易素体スーツが全身に伸びていて、全身フル纏装時と同様の身体強化を施してくれている。効果は三割ほどに落ちるが、魔物相手なら充分だとお父様のお墨付きだ。
 
 唯一の問題は、見た目がいわゆるガーターベルト(しかも紫色)で、十五歳エリシャにはまだ早いんじゃないかということなのだけど、まあ、誰かに見せるわけでもないし問題はない──ことにしよう。

「影狐、お願い!」
「御意!」

 爪を弾かれ右前脚をねあげられた巨獣に対し、私の背後かげから跳びだした影狐は、重力を置き去りにして迷宮の壁を斜めに駆け上がる。

 右前脚の真横、壁との隙間を、忍者刀を抜刀一閃しつつ前傾姿勢で駆け抜けた彼女は、勢いのまま天井を蹴って逆さまに跳躍──巨獣の背中に着地すると同時に、足元に刀の切っ先を突き立てていた!

 ギヴョオォォォォ!

 まっとうな生物の発するそれとは明らかに異なる咆哮を、右端の頭部だけがあげた。役割分担でもあるのだろうか。その頭部だけが、背中をざくざく突き刺す影狐のほうに首をねじるけれど、残りの二つは動じる素振りもない。

 私の客観オタク視点を越える切り替え、だてに三つも頭あるわけじゃないようで、影狐との連携で隙を作ろうという私の当ては外れてしまった。しかし右前脚は影狐の一閃で深刻なダメージを負ったのだろう、だらりと力なくぶら下がって追撃はない。
 しかし敵の武器はまだまだある。次は中央の、メラるんを噛み潰してみせた頭が顎をいっぱいに開き、尖った乱杭歯を覗かせて噛みついてきた。

「テーブルマナーが、なってないね」

 上顎のひときわ大きな剣歯をひとつ、私は黒き装甲まとった右手でむんずと鷲掴みにし、それを受けとめる。全身にずしりと掛かる重さを、簡易素体ガーターベルトに補助された両脚で支える。

 ──エリシャわたしの小さな頭なら丸呑みにできそうなその口の中、メラるんの残滓のような火の粉が、舞って見えた気がした。
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